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飢えた犬は棒も恐れない話

完全に理性で制御された闘争などあるものか、と俺は思う。人間なんて魔物や動物とさして変わりはない。感情は理性に先行し、優れた理性であればこそ、感情を後付けの理論武装で修飾することができるようになるからだ。

例えば俺が持つ”東方の国出身の奴らは悪巧みばかりしている”という偏見だって、つまりは俺の東方嫌いでしかない。


逆に、そのように感情も理屈で修飾されればされるほどしがらみとなる。突発的な情動ほど長続きしない。

ゆえに、戦いは戦わずに勝つことが最上だとも思う。


「クロです」

「なるほど、その過程を教えて貰えるか」

俺は兄弟からの報告を受ける。超特急(なるはや)で頼んだ結果、彼の眼の下には色濃い隈が出ていた。重要な仕事ほど裏切りを警戒しなきゃならないので仕方ないね。

「はい。”金の斧”に出入りしていたロナ・ファミリーの工作員がウチの酒場で勧誘活動を始めていまして、同様の動きが砂糖商人でも起きているようです」


「挑発行為にしては穏やかだな」

「はい。ロナ・ファミリー周辺の物資の動きを見ますと、今月に入って前年度同月の1.5倍になっています。前月比でも1.2倍とかなり物を溜め込んでいるようです」

「ロナ・ファミリーといえば安価なアルコールとアッパー系とダウナー系のブレンド(ちゃんぽん)だったな?その売り上げは?」

あいつらなんでも混ぜればいいと思ってんのか。でもそれで客はついてるんだからそれでいいのか。もうおわりだよこんな薬物の街。


「前年度比1.1倍で、新製品を生み出して新規開拓を狙ってるようです」

「裏帳簿までは分からんからいいとしても、売り上げと購入に乖離があるのは事実だな」

「はい。武器の購入も順調な伸びを見せています」

「傭兵に渡すためかな?続けて」

「業物とされるものが数点、数打ちは一本もありませんでした」

「武器の形態は?長物は?」

「ああ、長剣が一振りのみで他はバスタードソードや短剣といったものばかりでした。家具の購入などに紛れ込ませていた可能性は無きにしも非ず、ですが。すみません」

「いや、構わない。聞きたいことは聞けた。一旦下がっていてくれ」

街中での使用を目的としていることは間違い無い。そして、ウチには一度も表に出していない伏せ札は幾つかあるのだが、それらをも一網打尽にできるほどの情報を得ているとは到底考えられない。


ウチを狙っていると断言するには少し弱い。

「私からもいいですか」

そう口をはさむのはシモン。俺は目の間を揉む。

「おお、傭兵共の方はどうなった」

「街にいる傭兵数十人のうち、かなりの人数がロナに取り込まれているようです」

「そこまで少なかったか?」

「はい。近年きな臭いことになってるのは西部のほうですから、市民権を取得していない彼らはそちらに流れているのだと考えられます」

「そうか。こちらに靡いた者は何割程度だ?」

「五名。どれも木っ端ですね。実戦経験三年未満です」

「一年以上ではあるのか?」

「いえ、二人が組織だった戦闘をこなしていないようで、うち一方は処女すら迎えていません」

「実質三人か」

ここでの処女とは、「人殺しの処女」という意味だ。傭兵が最初の一年で生存している確率は七割未満とされる。それは、実戦経験がない彼らが組織的な行動を取り死傷率を低減させることができないためであり、ましてやきちんとキルレート1を大きく上回るような立ち回りができるわけもない。


三人仲間が増えてなんになる?

いや、猫の手も借りたい状況でこれは上々か。

「では、残りは?」

「全員、あっち側に着くようです。金を先に払って契約してくれたのは向こうだから、と」

「そうか、金では動かない、と」

金のために傭兵なんて仕事をしているにも関わらず、な。敵対される側としては面倒なことこの上ない。ーーーいや待て、奴らも同じく戦闘で飯を食っている連中だ。奴ら、ロナ・ファミリーのドラッグにハマったのではあるまいな?


余りにもヤバすぎる妄想が俺の脳裏を駆け巡る。と同時に、中毒者(ジャンキー)共の異様な行動を想起せざるを得ない。


ーーー全身を焼かれ四肢が熱収縮で拳闘士態勢になってるにも関わらず、残った体幹で俺に一撃加えようとする捨て駒。奴ら関節を外しても平気な顔してるからやりづらいんだよ。死ぬまで襲いかかってくる連中には、確実に滅ぼせるように気管を焼くのが最も手っ取り早かった。

差し違える覚悟で襲って来る奴らだが、薬物を摂取して堕ちた野郎と俺の命が等価になるだなんて冗談でもない。萎縮した脳みそと俺のフレッシュな脳髄を比較することですら俺への著しい侮辱である。


ともあれ、その可能性は俺の心胆を寒からしめるには十分すぎた。


俺達がヌルい薬物を比較的安価で流通させることにより、依存症となった中毒者(ジャンキー)共を適度にアンダーグラウンドに落としつつ、逆にその数を調整しているつもりでいた。

それがもし、「一足跳びにドギツいヤツをキメる阿呆がそこそこの人数居る」としたら?


俺の作った中毒者(ジャンキー)流通システム。表からじわじわと薬物依存症にさせる代わりにその数をコントロールする深い仕組みに綻びがあることになる。


傭兵や冒険者などという、「危険を顧みないことが美徳とされる」傾向にあるコミュニティでは薬物の危険性も戦士階級のそれよりは理解されていないこともあるだろうが、それよりも俺達が把握できないという問題が大きい。

治安の問題、とするには守らせる側である俺達が悪徳に寄りすぎている気がするが、要はそういうことだ。


カジュアルな薬物摂取はカジュアルな薬物依存を生む。

そして把握できない薬物依存はコントロールできない。


「どうしました、ボス?」

「ああ、いや。ロナ・ファミリーの件がひと段落したら冒険者と傭兵における中毒者(ジャンキー)の率を調べてくれ。もちろん周辺人物も。アングラの売人に、マフィアが統制をかけていないのか、それとも統制が取れていないのか。それが知りたい」

細かな差だが、コントロールをしていないのか、出来ないのか。両者には大きな隔たりがある。特に他のファミリーはドラッグ中毒になっているのも珍しくないため、それにより内部崩壊が起きていれば対応策が必要だろう。

首肯を返す兄弟に、俺は続けた。


「話の腰を折った。冒険者の方は?」

「ああ、はい。貴族の子飼いである二名を除いて、冒険者組合に出入りしている彼らにアプローチしてみましたが、没交渉でした。「我々は権力には屈しない〜」とか」

「フゥン?結局ゼロか?」

「ゼロですね。申し訳ありません」


ああ、うん。俺達権力側だったね。いや有事でもあれば真っ先に切り捨てられる側なんだが、話し合いは通じない相手ばかりなんでまあいいか。


「そうか、交渉にはバルジーニ・ファミリーの名前を出したか?」

「はい、恙なく」

「なら損傷(ダメージ)も少ないか。それとも、バルジーニ・ファミリーの評判が悪いのか?」

これまで散々っぱら他のファミリーを騙ってきたが、その威力はレオン(ウチ)とは比べ物にならない。「逃げれば、手前の家族諸共皆殺しだ」という脅威を与えなければ、権力を直接持たない勢力は人を従わせることは難しい。

金を前払いしたらトンズラこくし、後払いならそも受けてくれないし、仕方ないね。


「別のファミリーで脅威度が高いヤツ……いねえなあ」

内乱を誘発したいのが正直なところだが、それにはもう遅すぎた。


“どうします?”と目で問い掛けるシモンから一旦目を逸らし、俺は瞬きする。

「一応バルジーニ・ファミリーのための予備を残させることはできた、筈。みんなでリンチだ☆(あいつぶっころそうぜ)されてない限りは。残りは領主殿(うえ)に泣きつくか?いやしかし。レオンはいざという時にスケープゴートにされるためにある。独力でなんとか治めなけりゃ、レオンの立ち位置がロナに変わるだけか」

独力……いやどうやって?街中ロナ・ファミリーに、レオン・ファミリーの一人が襲撃に遭うことを想定してみる。その場合、一に逃走、二に逃走、三、四はなくて五に闘争となる。


襲撃の場合、一対一(サシ)の勝負となることはまずない。あるのは数人によるフルボッコただ一つだ。


こうなれば、玉砕前提で殴りこむか?

それはそれで、勝ち戦だと思っていた連中に一泡吹かせられるかもしれないが。


「あと、違う話があります」

煮詰まってきたのを察したように、シモンは露骨な話題転換をする。

俺の関心がシモンに向いたのをたっぷり五秒確認してから彼は本題に入った。


その内容はあまりに時勢にそぐわないもので。

「献金のお願いだァ??!」

俺をほんのすこーし苛立たせるに至る。クソをつけてもいいくらい忙しい時によォ。

「聖遺物が見つかったようです」

()()かよ。聖遺物で人体骨格二十個分組めそうだぜ。なんだ、主というのは手足二十本どころか頭までいくつもあるのか?とんだバケモンじゃねえか。


骨じゃなくてミイラかもしれんし、遺髪かもしれんけど、そこは一度置いといて。

そんなバケモンの遺物が見つかった”お祝い金“を暗に要求しているわけだ。これで神を信じてるってマジ?むしろ金を分けてほしい。

「形式は?」

「通常貨幣で構わないそうです」

いっぺん硫化鉄をタングステン塊にコーティングしたのを金塊と偽って突きつけたらどうなるのかな、などと不埒な妄想は、前例と違う事象に一旦霞む。


せめて金ではなく可換金属とかにしろよ金食い虫野郎が。いやあそこには修道女(おんな)もいたっけか。金食い虫であることに変わりはねえやな。

「無茶だな。忙しいから……いや、誰か代わりに行ってくれないか」

麻薬商売なんていう金のなる木を持っているが故に、逆に教会のお墨付きが必要となる。哀しいね。

献金には教会にある帳簿に署名をすることが必要になるが、そうすると俺は暗殺の危険に晒される。かと言って僅かでも教会に後ろから刺される危険は排除したい。


「では、代わりにやっておきます」

そう貧乏くじを引いてくれたのはシモン。

「ああ。額面は、四万バリルでいいか」

一般住民が(麻薬なしで)二十年生活できるほどの金。

「そんな大金をいいんですか?」

ただし、バリルという通貨はあまり流通していない。というのも、俺の曽祖父殿が遠くから逃げ延びてきたときに一緒に持ってきた金だ。両替商にでも持っていけば替えられるだろうが、いくら手数料を取られるのやら。さらにインフレによる影響が倍率ドン。当時二十年分が今ではどれくらいなのか…考えたくもない。


シモンと愉悦を浮かべる目で微笑みあった。やっぱこいつも腹が立ってんだよこのクソ忙しい時に。


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