犬も食わない話
8話以内で終わる話を書きました。
宗教というものの原型が生まれた頃から、麻薬及び向精神薬は利用され用いられてきた。
ラリって見た光景をカミサマと見間違えるなんて、本物の神様が見ていたら落雷どころか人間を滅ぼしていただろう。
ま、いればの話だが。
カミサマがおわしますのなら、こんなクソッタレな世界なんて噴火と津波で押し流して滅ぼしてしかるべきだからだ。人種や出生地だけでなく精霊など、差別を区別と呼んではばからない愚昧がはびこる世界を耐えることがどんな試練だというのか。参加者全員が少なからず苦しむ罰ゲームを容認する神様など神ではないし、滅ぼす力を持たないのならそれは神とは呼べない。
ゆえに、神はいない。天地創造の時に足でも滑らせて死んだか、別の世界でバカンス中だ。生み出しといて放ったらかしとか死ねよ。育児放棄とか野生動物並みだぞ。
ちなみに、差別を区別とも言いかえるような研究がある。
ボス猿と下っ端の猿に同じように薬物を投与してみたら、依存したのは下っ端の恵まれてない方の猿ばかりだったって話だ。
薬物依存は現実世界で救われないからこそ、流行るってワケ。
現実世界で楽しけりゃ、ハマる必要もないわな。
いやぁ、笑えるよなぁ!ヒエラルキーの隅っこで搾取された挙句、最後には麻薬の売人の養分となって一生を終えるなんて。哀れにも程がある。
しかし、哀れを食い潰して生きながらえているのが麻薬を商売して生きている人種だから、同類相憐れむと言ったところか。
救えないもんである。
俺も、薬物を横流しなくちゃ生きていけない俺も、カミサマからすれば地獄に落とすべき存在なんだろう。
俺は、マフィアになどなりたくはなかった。
◇ ◇ ◇
こんな稼業をしておいてなんだが、冒険者や傭兵に限らず貴族位の戦士階級にとっても麻薬は必要な存在だ。
倫理や平常心と言った箍を外し、ちょっとだけ狂う。
そうすることでいざ相手とぶつかった時に倫理の欠如という点でちょっとだけ有利になり勝ちの目が大きくなるのは言うまでもないが、そのちょっとだけが実は重要だ。
自制心の箍を外すが、気持ちよくはなれない量。アルコールと混ぜて希釈し、ついでに牛の生き血なんかを混ぜて味を誤魔化しつつ強壮薬として供せばあら不思議、わずかにくるってそれでいて正常な戦士の出来上がりだ。
たまにこれでハマってしまう情けない奴らがいるが、まあそれはお得意様に早変わりする。貴族様なんて金はないけど名誉はあるから、借金させてめくるめく快楽の世界へご案内すればいい。
日常にするりと溶け込ませ、大きすぎて潰せない状態はなんていったかな。「部屋の中のゴブリン」だったかな?ドラゴンだったかな?どっちも四文字だからややこしい。ああくそ、薬物もやってなくても年を取ってしまえば記憶力は落ちるらしい。
俺は同様に脳を麻痺させるアルコールが主成分であるウォトカの瓶を手に取った。
お高価い瓶に包まれないと運送もできない液体依存物質もそうだ。昔から飲まれているために、肝臓を悪くして死ぬ奴が沢山いるにも関わらず、依然飲まれ続けて沢山殺し続けている。
正直言って、アルコールも、薬物も、やる奴はバカだと思う。ストレスをそれでしか癒やせないのなら、それは、もう、死んだほうがいい。
全て世はこともなし。低ヒエラルキーで苦しんで生きるくらいなら、死んで楽になった方がいい。
差別にまみれた世界だが、下で支える人間が一人また一人と消えれば今度は上から人が降ってくるだろう。蔑んでいた側が、蔑まれるような立場に立つことを考えてみろ。少なくない人間は。その這い上がることさえ許されない環境に絶望して死ぬだろうぜ。
いやぁ、これはもう。たまりませんな。
俺はそれを想像するだけで背中にゾクゾクと怖気に似た何かが走ってニヤニヤ笑いが止まらない。
「皆死ねばいい」なんていう子供染みた想像をこの齢になってまでするつもりはないが、そうやってかつて俺を踏みつけていた人間が転げ落ちていくのはどうしようもなく滑稽だ。本来なら指差してゲタゲタと笑いつけてやりたいところだが、残念ながら最後っ屁に殺されることもあり得るので、俺はやめておく。誠に残念である。
俺が手に取った高価なこの毒も、一体どれだけの人間を不幸にするのだろうか。
俺が一枚噛んでいる酒造業も、それに使う穀物があるなら豚を育てて肉が食える。貧民の飢えを凌ぐことも出来る。そうしないのは、穀物が富の偏在の始まりだからで、そうするだけの価値が酒造に比べて少ないからだ。
つくづくこの世はクソである。
◇ ◇ ◇
冒険者という職分に侵され今や“泣く子も黙る”というほど認知されていない、裏方のしょぼい職業であるマフィアは数を頼みにしたいところだが安易に人を増やせば不良品が混じるというジレンマを抱えている。
比較的新興のウチは、それらを克服しないことにした。
少数で居続けることにより、情報管理の精度を上げ精霊術のピンポイント爆撃から逃れたのだ。結果から言えば、コレがハマった。
分断して統治せよ……だったか?
それを狙った政治家共が俺達に目を付け、麻薬販売を俺達に主に任せることで彼らはマフィアの暗殺から逃れることに成功していた。
もちろん俺達にも利益がないわけではない。目抜通りで堂々大手を振って薬物を販売出来るのは俺たちだけなので水割りワインの如く効果の薄いものを売って利鞘を稼ぐと同時に、依存者共をアンダーグラウンドにいるマフィアの売買人に卸すことで、向こうにも利益を上げさせる構図だ。
カジュアルに用いられる薬物は、カジュアルな薬物依存を生み出す。
それを、流通量を絞ることで不良品を増産しないよう心がけるという、非常に微妙な舵取りが必要とされる旨みがそう多くはない商売だった。
もちろん管理を徹底してはいるが、店を開けて人が増えれば不良品も混じるというもの。酔えない安酒の如き力価の薬物を横流しする不埒者も現れるため、そう順風満帆とはいかない。
……前置きが長くなった。
「―――だからな?俺も暇ってワケじゃない。俺は俺で家族を養うべく走り回ってるのよ。睡眠時間も毎日まちまちだ。俺がストレスをため込んでいるのは理解できたよな?」
猿ぐつわを噛まされた男は四肢を縛られたままに、陸に打ち上げられた魚の如くビクビクと跳ねている。彼が求めるのは空気などではなくーーー
「血中濃度は?」
「10mg/dLきっかり」
背後のトーマスが答える。
「くっそ、中毒者かよ。肝臓も何も使えねーじゃん」
「認知機能検査は非協力的で実行不可。言葉が通じればいいんですが」
薬物中毒者の肉にも微量の薬物が含まれている。その肉を食べても症状が現れることはほぼないが、極度の中毒者は肝臓に蓄積した成分で症状が現れることがある。
土に埋めようにも掘り返した犬が食って……などという事態を避けるべく、深くまで掘るか、焼いて骨にするか。個人的には後者よりのハイブリッド。あいつら意味不明な挙動することがあるから、汚物は消毒するに限る。
「兄弟、猿轡を外してやってくれ」
俺がそう頼むと、トーマスが一歩進み出、顔面を一発蹴りつける。
そうして抵抗力を少し削いだあとで、後頭部に作った結び目を外した。
この血中濃度だと、初回だと死にかねない。それが生きているのは、何度もキメて耐性をつけたからに他ならない。
俺たちが表で売ってる薬でその分量を摂取しようとするなら逆に急性アルコール中毒で吐瀉物に溺れ死ぬことを覚悟する必要がある。他のマフィアのクスリにどっぷり漬かっていることの証明であり、薬物供給元の手下となり果てたことを表している。
「た、助けてくれ」
ーーー意外と元気だな。
あまりにも型通りな言葉の羅列に、俺は喉の奥で笑いを噛み殺す。
「お前、飼い主は誰だ?」
「ちょっと魔が差しただけなんだ!」
殴打音。
体をくの字に折り曲げた男は言葉を中断させられた。
ちなみに飴を出す役である俺は手を出していない。
「もう一度同じことを言わせるつもりか?」
「ひっ……し、知らない!いつも酒場の伝言とか使ってたから顔も知らない!」
やはり。俺達の真似をして自分の身分を明かさないままに人手を集める手段をライバルたちも真似してきているらしい。もちろん傘下に収めている酒場から情報を集め統合すれば割り出すことは可能だろうが……それだけのマンパワーと金をつぎ込むほどの価値ある情報が眠っているとは考えにくいし、なにより他所の酒場を経由されればそれで精度はだいぶんに落ちる。
これがマンパワーが無駄に豊富なマフィアだったらよかったのにという無為な呟きは心にしまっておくとしても、俺たちが誰も対策を思いつかなかったからこそ採用されたこの情報伝達手法は俺達に今も対策を許さないでいた。
まあいいや。
「もう一つだけ質問だ。お前の精霊は水か?」
「はい!水の精霊です!湖でもまるごと一杯の水出せます!」
精霊をわざと入れ替えたことを疑っての発言だったが、正直水の精霊を操ろうと、その申告がハッタリであろうとどうでもよかった。
面子を潰されたならば汚名は返上しなくてはならない。そうでなくば、数の利に圧殺される未来が待っている。
弱小であるからこそ苛烈であらねばならない。そこらも人生と同じだろう。
まあ、湖丸ごとなんて十中八九どころか二千くらいで嘘だろうが。池一つ分の水も出せる精霊なら、井戸水に生活のかなりを頼る街ではかなり有用だからだ。そんな人間が、麻薬に溺れるほど落ちぶれる?冗談も大概にした方がいい。
自分を大きく見せようと膨らんだカエルが結局破裂して死んでしまうという童話を初めて聞いたときと同じような、もの悲しい感慨を込めて笑いかけてやると、男の顔は喜悦に歪んだ。
「ありがとうございます!俺頑張ります!!」
ほほほ、まだ助かると思ってんのか。麻薬は人格破壊するといわれているが、俺は違うと思ってる。酒と同じだ。本人の悪い部分、社会性かなんかで覆われていたものが、脳機能が萎縮することによって姿を現すだけ。これもこれで本人自身だ。
大体、薬を服用し続けたのは手前の選択なのだから、始末も手前でつけるべきだろうという話だ。
「ならよ、バトルしようぜ、精霊術バトル!」
「は?」
「じゃあスタート」
途端気温が数度上昇する。俺達には簡単に耐えられる程度の温度変化だが、標的の周囲は高熱の余り炎のように燐光が渦巻いている。
あえて彼の失敗を挙げるなら、言葉を発したのが間違いだった。息を吐いたら次は吸わねばならない。己の意思で吸い込んだ高熱は気管を灼き、断末魔も許さず声を奪う。
男は縛られた両手で喉を抑えるが、既に肺も焼かれて死は確定していた。
そして、声にもならない声は爆発的に膨れ上がった空気の風音にかき消される。
皮膚は融け、熱で男の四肢は収縮し始める。男は程なく絶命するが、力不足だと言わんばかりにその体表を焼き発火点にまでもっていく。
ステーキでも食べなくなるほど、丁寧に、丁寧に。
無機毒以外の全てを浄化しうるだろう炎はさながら不恰好な火葬。
悪臭をも火力で燃やしてしまえば無害と化すことを証明するかのように焦げすら許さない。
足元からするりと実体化した精霊は、幽鬼のごとく存在感なく、しかし痩せこけた犬の顔貌からギラギラと飢えた目を灰へと向けていた。
中つ国「ダメだって分かってるのに、国民が止められないのぉ!」
これがアヘン顔ダブルピース……
ごめんて。