レセプションルーム2
「血って美味しいのよと」
「……」
優貴は沈黙せざるを得ない。
「あなたの血も美味しいに違いない、吸い取ってやる、殺してやる、必ずと西川は続けました。馬鹿なことを言うなと言って私はその場を離れたんですが……」
その後も、那須塩原、鎌倉とそれらしい殺人事件が続いたのだという。
7
「だが、それだけだとただの脅しとも取れる。あんたの身に直接身の危険が迫ってるとは思えないがね」
「いいえ、迫っています。鎌倉は僕らが旅行した最後の街です、ということは、次はわたし本人しかない」
「なるほど」
身の危険を感じた菊池は絢に相談したというわけだった。
「頼みます。サウジに行くまでの一ヶ月だけで構いません。身辺警護を、そして、西川の調査をお願いします」
「身辺警護は当然として、調査ってのは?」
「西川が殺人を犯している、もしくは誰かにやらせている証拠があれば、逮捕につなげることができます。それが私にとっても安心につながります」
莉愛と優貴は同時に左の口角をあげた。シニカルな笑みだ。まぁ、普通なら断ってもいい依頼だが、血を吸い取るというのは気になるところだ。
「なるほど、判りました。お引き受けしましょう」
優貴はそう言うと条件を出した。
「ただし、身辺警護中はこちらの指示に従ってもらう。あんたの行動の自由を拘束することもある。それでもかまわねぇかい?」
菊池は一瞬考えた。だが、深く頷く。
「構いません。たった一ヶ月のことだ。我慢します」
話は決まりだった。
優貴は連絡先と住所を聞くと、菊池を帰した。今この瞬間から警護が始まると思っていた菊池は不満げだったが、防犯カメラだらけの東京の昼日中に襲撃、拉致誘拐は難しいと優貴が言うと菊池は不承不承腰を上げた。
優貴は玄関先で夕方には菊池のマンションに行くと告げて、部屋に戻る。
「莉愛、ちょっと調べてくれ。菊池の言っていた事件の裏取りだ」
「了解なのだ。優貴は?」
「絢に連絡する。詳しいことを知ってるだろ」
「うん」
莉愛がちょっと不安気に頷く。
「マシアスが動いてるのかなぁ」
「かもな」
莉愛が優貴を見上げた。
優貴がにっと莉愛に笑いかける。
「おれがいる。大丈夫さ」
途端に莉愛が笑顔になる。射していた不安が吹き払われ、代わりに蕩けるような笑顔が浮かぶ。
「だね」
莉愛はそう言うと思い切りよく立ち上がった。
『知らないと怖いが、知るとそうでもないさ』
優貴はそう呟くと、絢に連絡を入れる。暗号化ノイズの低音が響く呼び出し音のあと、絢が出る。
「おひさ~。相変わらず美人かな、絢は」
「え~え、おかげさまで。日本政府から搾り取った金で、SKⅡをたらふく使ってるわ。ぴちぴちよ」
絢も随分言うようになった。肩に力が入り過ぎないというのはいいもんだ。
「ダイヤモンドタワーの地下搬入口以来かしら」
「だな」
優貴は重装備でダイヤモンドタワーの天辺の水晶宮に殴り込みをかけたことを思い出す。あれ以来ちょっと高所恐怖症だ。地上四〇〇メートルで飛んだり跳ねたりしたうえに、命綱なしで二〇〇メートル落下すれば君たちもそうなる。
「ステーツのサテライトカントリィの病院にいたって聞いてたけど」
何でも知ってやがる。属国とはいえ、もちっと口を慎めないもんか。
「いたって快適な洋館の病院だったんだんだがね。やたら検査しやがるんで、黙って退院しちまったよ」
「大騒ぎだったらしいわよ。貴重な……」
「実験体が逃げ出したってか」
優貴は絢が言いにくいことを言ってやった。
「そんなところ」
「市井に出ちまえばパーティのブラウニーさ。属国くんだりが手出しは出来ないし、あんたらにとってもその方が都合がいい」
優貴はCIAやS3(統合情報三課)の立ち位置を認識していることを絢に教えてやった。危ういバランスの上だが、優貴と莉愛はのんびり都会暮らしを愉しめるのは間違いない。
「そのあたしたちに都合がいいというところなんだけど」
「ああ、その件だった。美人と話して満足して、切っちまうところだわ。すっかり忘れてたよ」
絢がふふっと含み笑いをする。まんざらでもないらしい。
「菊池が言っている殺人事件には伏せられている情報があるわ」