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石畳


 のんびりコーヒーを飲んで、マンションに帰って来た優貴と莉愛をブルーのボルボが待っていた。ポールスター、ボルボらしくがっしりとしているが、スタイリッシュなスポーツモデルだ。

 公道からマンション玄関までの石畳を進みながら、優貴は莉愛の右斜め前に出る。

 予定外の変化があると莉愛を守るポジションに付くのが習い癖になっている。

 莉愛も心得たものだ。つないでいた手を放し、周囲に目をやる。

 優貴は意識を広げて、ポールスターに近づいた。

 わずかにポールスターのボディが揺れた。ドライヴァーズシート側のドアが開く。一番危険な瞬間だが、逆に優貴は警戒を解いていた。

 害意がない。

 出て来た男は優貴を認めると丁寧に腰を折った。イケメンの長身だ。仕立のいいスーツにきっちりとしたネクタイが良く似合っている。大企業のビジネスパーソン、商社当たりの人間だろう。

「莉愛、なんか予定あったか? 今日?」

 優貴は莉愛に尋ねた。マネージメントを任せているのだ。

「いや、アポなしだ。断るか?」

「そうだな、まぁ、それもいいが」

 優貴は男を見た。目礼してくる男の顔色はすこぶる悪い。

「なんだか困ってるみたいだしな。ちょっと働くか」

「怠け者の優貴さんが連続仕事」

「ホントのこと言うなよ」

 優貴はそう言っている間に、男が歩み寄ってくる。

「田村優貴さんですね?」

「残念ながら、そうらしい」

「はい?」

 男が怪訝な顔をする。悪巫山戯は通じない相手のようだ。

「いや、田村優貴です。ディプロマットの」

 優貴は気持を切り替えて答えた。

「よ、良かった。私は菊池薫と申します。ABC通信社の植田絢さんに紹介されました」

「ああ」

 それが始まりだった。


 菊池薫は大手商社三星商事のビジネスパーソンだった。優貴は自分の勘の良さにちょっと感心した。菊池は主にエネルギー関係の部署に所属しているとつづける。

「実はお願いしたいのは、私の身辺警護とある女性の調査なんです」

 レセプションルームの応接セットに腰を下ろした菊池はおもむろにそう切り出した。

 三人分のコーヒーを置いた莉愛が優貴の隣に座る。

 菊池が莉愛を見る。若すぎるのと可愛すぎるということだろう。

「ああ、こちらは前田莉愛。おれのマネージャーをやってもらっている。問題ないよ。口は堅い」

 莉愛が頷く。

「だが、身辺警護というとただごとじゃないな。菊池さん、あなたまっとうな商売してるんだろ? そんなに危ない目に合うようには思えないが」

「はい、自分でもそういう堅い道を進んできたつもりです。ですが、ある女性に脅かされているのです」

「脅迫? それがはっきりしてるなら警察案件だが」

「いや、警察はまずい。うちの会社は古い体質なんです。今どき信じられないかもしれませんが、女性関係のトラブルがあったりすれば、たちまち目をつけられて子会社に飛ばされます」

 菊池は財閥系の会社群がいかに息苦しいか、足の引っ張り合いをしてるかを開陳して見せた。まぁ、国がバックについている旧財閥系で、自分の会社が決して倒れないとなれば、内部抗争に血道をあげるというのはありがちなことだ。

 困った菊池は仕事で知り合っていた通信社の記者を称している植田絢に相談して、優貴を紹介されたというわけだ。

 CIAも手抜かりない。こうやって大手商社にもアセットを作っている。

「で、どんなふうに脅迫されてるのかな?」

 優貴は努めて軽く言う。

「あなたの血を吸い取って殺してやる……そう言われていて」

 優貴と莉愛は顔を見合わせた。


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