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イザベラ


 応えざるを得なくなった莉愛が会釈する。

「おっと、これはキレイな人だねぇ。女優さんか何か?」

「よく言われるのだ。でも、違う」

 莉愛も大したものだ。初めて会った頃なら、困った顔をしただけだろう。

「もったいない。ボクね、いい芸能事務所知ってるんだよ。この前も、韓国のBTAのメンバーと食事してね。キミ、興味ない」

 男は芸能事務所にか、世界的に有名なアイドル・グループになのか、判らない訊き方をする。こういう混乱した訊き方をするのが手口だ。BTAに興味があってうんと言えば、芸能事務所の話を始めてしまう。だが、莉愛は一枚上手だった。

「ない」

 そっけなく答えて、そのまま前を向いてしまう。

「え、そんなはずないでしょう。BTAだよ。ビヨンドザアダルト、普通は会えない連中なんだけどな」

 男が莉愛の方に乗り出す。

「手越さん、そういえば、この前話してたオンダ・ディーラーのコンサルティングってどうなったの?」

 男のしつこさに、希がさすがに割り込む。

 莉愛は優貴を見ると、にっと微笑んだ。優貴の顔が崩れる。莉愛の鼻の下にはべったりとウィンナーコーヒーのクリームがついている。それで手越という男に返事をしていたのだ。

「莫迦」

「ん」

 っと莉愛が顔を突き出す。優貴は取り出したハンカチで莉愛の口を拭った。

「へへぇ」

 俺のおかげでディーラーの売上が三倍に跳ね上がった、ひと月で一支店で十億を売り上げたと希に吹いていた手越が莉愛の甘い声に、こちらを見る。優貴が莉愛に相手にされているのが気に食わないのだ。

「おにいさん、あんた、フリーの人?」

 ぱっと値踏みした手越が優貴に始めて声をかける。

「ええ、まぁ」

 優貴はお茶を濁す。

「どんな仕事してるの?」

「色々ですよ。依頼された仕事をコツコツと」

「俺ね、去年、一昨年、長者番付に載っちゃってさ。いや、俺は会社持ってるんだけど。うまく節税できなくて。そのせいで、ビジネス系の出版社には本を出さないかって追いかけられるは、広告代理店の人には契約してくれって頭をさげられるはで、もう大変」

 手越は優貴に話しかける風を装って、ちらちらと莉愛の反応を見る。莉愛の反応? 諸君のご想像通りだよ。まるで無視だ。

「それは、大変ですね。代理店って言」

「電通」

 手越が食い気味に答える。

「いい話じゃないですか。羨ましいですよ。おれみたいな、フリーの人間にとっては」

「だよね、困ってるのも『力』があるからだからね」

「ええ、おれみたいな怠け者で、力がない人間はすげぇと思うしかないですよ」

「まあ、ここで会ったのも何かの縁だし、手広くやってるからさ。困ったら相談してよ」

「ええ」

 優貴は満面の笑みを浮かべて軽く頭を下げる。

 それに満足したのか、手越は残ったコーヒーを飲み干して、そそくさと出て行った。

「ごめんねぇ、からませちゃって」

 会計を終えた希が優貴に謝ってくる。

「あの人、最近来るようになった手越啓って人なんだけど、まぁ、自慢話が多くて困ってんだわ」

 希はそれほど困った風でもなく、あははと笑いを続ける。

「でも、長者番付に載るってすごいんだろ?」

「そりゃ、すごいさ。でも、おおかたウソだよ、あれは」

「え?」

「うそっ」

 莉愛と希が同時に声を出した。

「しゃべりが速すぎる。それに、質問の答えが食い気味に来る。人は嘘を吐く時、早口になるし、用意した答えを口走るのさ」

「でも、それだけじゃぁ」

 希は不審げだ。

「希さん、名刺もらってる?」

 希は首を振った。

「決定打さ。さっきも、相談してよ、と言いながら連絡先も言ってよこさなかった。連絡されたら困るのさ」

「優貴はそう知りながら、あの人の話を真面目に聞いていたのかい?」

「そうさ」

「でも、ちょっと褒めていた……」

「ああ、褒めたくなったからな。あの手越って奴には嘘をつかなきゃ、やってられないことがあるんだろ」

 莉愛の大きな眸がさらにぱっと大きくなる。

「そうか、そうだ、そうだね、うん」

 笑顔がこぼれた。莉愛の瞳が涙袋で隠れる。


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