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四ッ谷 マンション2


「だいぶやられているのだ」

 朝日が明るくしているベッドの上で莉愛が優貴の絆創膏に触る。ぱっちりと開いた薄茶色の瞳が心配気に優貴を見ている。

「まったくだ」

 優貴は莉愛の頭の下に左手を差し入れた。邪魔にならないように莉愛が髪をかき集め、二の腕に頬を乗せる。

「ミラーすればいいのだ」

 莉愛が棒読みで言う。ちょっとひいて何か言うときの莉愛のくせだ。ちなみに、ミラーというのは二人で作った造語だ。

 優貴は莉愛と痛みを共有することで、怪我を治癒できるようになっている。フュシスでつながっている者同士の当り前のようで摩訶不思議な力だが、それは優貴が痛い思いをすると莉愛にもそれが伝わるということを意味した。

 便利ではあるのだが、優貴としては許せないところがある。そのために優貴はこの不思議な力をコントロールする方法をなんとか見つけ出していた。これで、フュシスを使うのはここ一番の時だけに出来る。そして、フュシスを使うのをミラーと名付けたというわけだ。つまり、ミラーすれば優貴の引っ掻き傷はたちまちに治癒する。だが、同時に莉愛が痛い思いをすることになる。

「痛いのはおれだけで充分さ」

 優貴の言葉に莉愛がふっくらした唇を尖らせる。不満顔も愛らしい。

「でも、優貴を感じ取りたいのだよ、あたしは」

「莉愛が痛そうな顔をするのはこういう時だけでいいんだよ」

 優貴の右手が莉愛の滑らかな肌を滑る。

「あっ」

 背筋を突き抜ける痺れる愉悦に莉愛の端正な眉が歪む。それは確かに痛みに耐えているように見える。

「そ、そうだな。これが一番いい。でも、痛みが伝わってくるのもうれしいのだ。あっ」

 優貴の右手がさらに動いたらしい。

 優貴はそれを合図に、莉愛のくちびるに覆いかぶさっていった。


「お、来たね。あたいの商売敵を連れて」

 カランとドアベルを鳴らして入ってきた優貴と莉愛を中里希なかざとのぞみが出迎えた。

「商売敵ではないのだ」

 莉愛が希にぶう垂れる。

「ちかちゃんが来てから、ゆうさんから毟取れるお金が減っちゃってるのよ。どうしてくれる?」

「あ、それはごめん。毟とってあげて。いいよ、許す」

 優貴は苦笑してカウンターに陣取った。

「あら、許されちゃった」

 莉愛があははと朗らかに笑う。大きな眸が涙袋で隠れる。

「じゃあ、今日のお代は五千円ね」

「おいおい、まだ注文してねえよ」

「なんにも頼まなくても、五千円。お許しが出たので毟ります」

「ひでえ店だ。ぼったくりだ」

 優貴は五千円分を取り返そうとモカマタリとウィンナーコーヒーを頼んだ。この「喫茶店」イザベラに何とかフラペチーノみたいなこじゃれたものはない。


 また、カランとドアベルが鳴った。

 ガタイのいい男が入ってくる。身長は百八十センチはあるだろう。横幅もしっかりしている。若いころにスポーツで鍛えた身体つきだ。ただ、最近やっているのはゴルフだけらしい。横幅に加えて前後幅もしっかりしている。

「いらっしゃい」

 希が外向きの声で出迎えた。

「お、希、元気そうだな」

「ええ、おかげさまで」

 店内をぱっと見回すと男はカウンターに席をとった。莉愛の一つ隣りだ。優貴は莉愛に視線を投げる。男の視線が一瞬莉愛に止まったのを見逃していない。当の莉愛はウィンナーコーヒーのカップを両手で持って、ふふう~んと微笑んだ。

「ブレンドでいい?」

「いや、キャラメルフラペチーノ」

「残念、うちはそういう洒落たものは出さないのよ」

 希は男の嫌がらせを軽くいなした。

「じゃあ、ブレンドでいいよ。しょうがねぇな」

 最後のしょうがねぇなを、男は満面の笑顔に載せて莉愛に振った。

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