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新国立競技場

 莉愛は絢に報告すると部屋のなかに足を踏み入れた。

 部屋にはむっとする血の臭いが立ち込めている。

 優貴を見る。

 優貴は首を振った。

 莉愛は頷くと、西川を見た。

 気絶してなお西川の目はかっとみひらかれ、怒りと怨念にぎらついていた。まるで頭上に立っている菊池を睨みつけているようだ。


17


「終わったのかな」

 莉愛が呟いた。

「まぁ、そういうことだわな」

 優貴の声は寂しい。

「西川、ううん、智海さん、菊池さんのことを忘れられなかったんだな」

「ああ」

 優貴は莉愛に頷くと、菊池の背を見た。

「あんたも、これで」

 安心だな、続けようとしたとき、

 嗚咽が響いた。

 菊池の肩が揺れている。

「ど、どうしたんだい?」

 慌てて莉愛が優貴を見た。

「ぼくは、ぼくは酷いこと…酷いこと…を」

 優貴は菊池の肩に手をかけた。

「智海さんが訪ね歩いたところは」

「ええ、そう、そうです。自分と……智海が……愉しく」

 菊池の声が途切れ、息を吸い上げる。

「過ごしたところばかり……」

 イタリアンレストランは誕生日、渋谷ストリームはクリスマスプレゼントを買ったところ、フットサルコートとガーデンプレイスはふたりでいつも行っていたところだと菊池は切れ切れに続けた。

「ぼ、ぼくはこわかった。智海が出世の邪魔になることも、襲われることも。なにも間違ったことをしていないのに、なんでこんな目に合うんだと思っていた。そして、智海なんかいなくなればいいと思った。だから、ボディガードを頼んだ。智海が捕まれば安心だった。でも、ちがう、ちがったんだ。ぼくがすることは、やるべきことは」

 嗚咽で菊池は言葉を続けることができない。

「もういい、いいよ。判った」

 優貴の声は優しい。

「あんた、ちょっとディフェンシヴになっちまっただけなのさ」

「ディフェンシヴ……」

 そう呟くと菊池の眸からさらにぼろぼろと涙が噴き出す。

「来たのだ」

 莉愛が玄関に来た回収部隊のことを告げる。

 あとは絢の部隊の出番だった。


「優貴は、こうなると知っていたのかい?」

 莉愛はマツダ2のナヴィゲーターシートで優貴に尋ねた。マツダ2は四ツ谷の自宅に向かっている。二人きりになると莉愛の棒読み口調も和らぐ。リラックスしている証拠だ。

「いや、おれは一番楽なガードの仕方を思いついただけ」

「ふ~ん。怠け者だね」

「知っての通り」

 マツダ2が原宿駅前の通りを抜けて右折する。

「怠け者だけど、優貴はふたりとも救った気がするよ」

「ふたりとも?」

「うん。智海さんと菊池さん、ふたりとも。今からきついかもしれないけど、救われたんじゃないかな。あたしはそうであってほしいのです」

 マツダ2が新国立競技場のトンネルをくぐる。左手に巨大なスタジアムが見える。

「ディフェンシヴになっちまっただけ、か。いい言葉だね」

「莉愛、お前」

「なんだい?」

 莉愛がその美しい黒髪を揺らして優貴を見る。

「お前、おれにキスしたいだろ?」

 莉愛の白磁の肌がぱっと朱に染まる。

「へへぇ、ばればれぇ」

 優貴はマツダ2を路肩に寄せた。


 ようやくと優貴をダイヤモンドタワーの空中庭園からの墜落から救い出すことが出来ました。


 ダイヤモンドタワーのエントランスフロアでぺんしゃんこになったあと、どこに収容されていたのか?

 また、西川智海の部屋にいた新たに現れたマシアスの男は何者で、智海に何をしたのか? 

 はたまた、マシアスになった智海はなぜ男たちにフュシスを与えず、血を吸い取って殺していたのか?


 などの謎は次回以降に持ち越されましたが、なにはともあれ、この近代の知に支配されて行き詰っている地獄の世界で、莉愛と優貴は一緒に生きていくようです。

 よろしければ、みなさんも地獄めぐりとそれを食い破るふたりに同行してください。


 さて、次回はどんな近代の呪いが現れるのでしょうか? お愉しみに。


2023年4月3日 中井良

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