明治通り
「仕上げってどういうことです?」
菊池が首だけを動かして優貴を見た。
「そりゃ、西川はあんたの部屋に向かったのさ。公園通りの西には代々木八幡、その先に代々木上原だろ? あんたのマンションがある。その証拠に」
優貴はスピーカーをオンにした。スピーカーから女の声が溢れだす。
「こうなったら、乗り込んでやる。乗り込んで殺してやる」
粘つく声が呪詛を繰り返している。
優貴はついでにハッキングしてある路上の防犯カメラの映像をマルチディスプレイを見た。ちょうど西川の顔が映る。憔悴しきった鬼の形相に微かに乗っている笑いが恐ろしい。
14
「こ、こんな化け物に……」
恐怖に鈍色になっている菊池の顔色がさらに悪くなった。
「あ、走り出した……」
莉愛が呟いた。光点の移動速度が速くなったのだ。
「ちょっ、ちょっと待ってください! ぼくの部屋に行かれるのは困ります!」
「大丈夫さ。これで西川が住居不法侵入でもやってくれれば現行犯逮捕ってわけだ。警察も手が出せる。ちょっと地味だが、一件落着だよ」
「いや、部屋は困る」
「部屋じゃなくてもいいんだ。住居侵入罪ってのは敷地に……」
「違います。違うんだ!」
菊池の様子に優貴は目を瞬かせた。
「どったの?」
「どったの じゃない! 今ぼくの部屋には人がいるんです」
「人って何だ?」
莉愛がバックシートから菊池に訊いた。
「新しい彼女です。先週知り合って、今日うちに来ることに……」
「馬鹿野郎!」
優貴はアクセルを踏み込んだ。尻を蹴飛ばされたマツダ2が猛然とアスファルトを切りつけ、明治通りを吹っ飛んでいく。
二人の躰が弾けた。
おたがいに距離を取って、跪く。
大坂の視界が揺れている。意識はしっかりしているのだが、視神経が不調なのだ。
白面の美形は水月を押さえている。効いている。
大坂が立ち上がろうとしたとき、マッケンニーが駆け込んできた。すぐさまP90を乱射する。
白面がべちゃっとした笑みを浮かべた。
来るか。
大坂が何とか構えた瞬間。
白面は後ろに飛んでいた。
後ろには窓しかない。カーテンと壊れた窓を突き抜け、外に消える。
よろよろと大坂がそれを追った。
だが、
『嘘やろ』
白面の美形の姿はすでに地上だ。飛び降りたのだ。
ちらっと大坂を見上げて、走り出す。たちまち吉祥寺方面に消えていく。
大坂はそのスピードに唖然とするしかなかった。
片側二車線の明治通りを吹っ飛ばす。猛然と迫って来るマツダ2に慌ててポルシェが車線を譲った。こういう時に譲らない馬鹿は相場が決まっている。今どき時代遅れの走り屋を気取っているトヨタ86だの、セルシオだのに乗ってる連中だ。
案の定、左車線から追い抜こうとするマツダ2の前に黒のセルシオが車線変更して来た。
「急いでるってのが判んねぇのか」
優貴はぶつくさ言いながらも、唇を舌で舐めた。愉しんでいる。獲物を狩りたてる興奮に全身が沸き立っている。
「莉愛、シートベルト締め直せ」
「もう締めたのだ!」
莉愛も愉しそうな声で返してくる。さすがだ。
そのやりとりに菊池が慌ててベルトを締める。
さらに優貴がアクセルを踏み込んだ。
右にステアリングを切る。追い越し車線にわずかに出る。
セルシオが覆いかぶさるようにマツダ2の前を塞ぐ。そう来なくっちゃ面白くない。優貴はさらにアクセルを踏み込む。
「ぶ、ぶつかります!」
「黙ってろ!」
菊池が悲鳴を上げた。
テールランプがまじかに迫る。
今度は左にステアリングを切る。マツダ2は左車線に戻り、さらに路肩による。それを追ってセルシオが車線を変えてくる。
優貴は口唇を巻き上げて歯を見せる。牙がないところが残念だ。
とんっと優貴は一瞬ブレーキを踏んだ。
テールランプが離れる。
マツダ2の全車重が前輪に乗る。
Gでシートベルトが肩に食い込む。
菊池は隣で前につんのめっている。
おらよっ。