タワーマンション2
ウェルの頭部がぐずぐずになった。
瞬間、膨らんだかと見えた頭蓋骨が一気に爆発する。壁一面に血の花を咲かせてウェルが崩れ落ちる。
13
男が右手に隠し持っていたシグ・ザウエルP320を腰だめに連射したのだ。狙いをつけることもなく弾はすべて頭部に命中している。恐るべき手練れだった。
「くそがっ」
大坂が部屋に飛び込んだ。FN P90を連射する。
男は平然と大坂へ走った。ブルゾンに着弾するが、気にする様子もない。
マシアスや、間違いないっ。
大坂はP90を捨てた。
左掌を前に突き出し、右手を腰に構える。
左前、空手の構え。
ダイヤモンドタワーでのやり方を思い出したのだ。マシアスは不死身だが、神経系は人間と同じだ。肉弾戦で急所を突けば意識を吹き飛ばせる。
それが大坂の命を救った。
一階に降りた西川は外に出るとタクシーを拾った。三人はマツダ2に戻ってそれを追う。西川の行き先は恵比寿ガーデンプレイスだった。広いスロープの両側に設置してあるベンチに西川は腰を下ろしている。
夜九時を過ぎて秋とはいえ夜は寒い。
「なにしてるんだ?」
スマホを見ては、ちらちらと周囲を見回す西川を遠めに見て莉愛が呟く。
「誰か待ってるようにも見えるけどな」
「待ってるんじゃない。ぼくを探してる」
「なるほどな」
西川はそうやって小一時間ほどもガーデンプレイスのベンチで過ごした。寒さが躰の芯にまで沁み通るには充分な時間だ。
と、突然声がした。
「なぜ、来ない。薫、来たら殺してやれるのに、なぜ、来ないんだ」
そのつぶやきとともに西川がすっと立ち上がった。
「来ないなら、行ってやる。あたしのほうからいって乗り込んでやる」
そう言いながら歩きだした西川はまたタクシーを拾って新宿方面に向かった。
大坂に迫る男の動きが間延びした。時間流が緩慢になる。
来た来た、と大坂が喜悦の声をあげた。時間感覚が異質の次元に滑り込んでいる。死地に隣したときにだけ訪れる圧倒的な感覚だ。この全能感を味わうために大坂はこの仕事をしていると言っていい。むろん、金儲けが第一だが。
と、その大阪にも見えないなにかが、眼の端を横切った。
大坂の躰が後ろに飛ぶ。
びゅっと、空気が切り裂かれた。
男の左手が何かを持っている。
『ムチ』
えげつな、大坂の脳裏を想念が横切る。
瞬間、大坂の躰が動いた。勝手にだ。
腰だめの右正拳が突き出される。
同時に、前に突き出していた左掌が吹き飛んでいた。
その奥から、男の白い拳が飛びてくる。まっすぐ大坂の顔に向けてだ。
『おおぉ、りゃ!』
大坂の天才が炸裂した。
一瞬で顎を引き、歯を喰いしばると白い拳に額を向けたのだ。
爆発が生じた。
西川の光点が止まった。
「明治神宮前だ」
モニターを見ていた莉愛が呟いた。西川をあらわす光点は明治神宮の鳥居のあたりで止まっている。
優貴はナヴィゲーターシートに座っている菊池を見た。先ほどから菊池の顔は引き攣ったままだ。
モニターの光点がゆっくり動き出した。
「歩き始めたみたいだぞ」
「どっち方向だ?」
「公園通りを西に向かってる」
「公園通りを西?」
「ああ、そうだ」
「ってことはいよいよ仕上げってことだ」
「仕上げってどういうことです?」
菊池が首だけを動かして優貴を見た。
「そりゃ、西川はあんたの部屋に向かったのさ。公園通りの西には代々木八幡、その先に代々木上原だろ? あんたのマンションがある。その証拠に」
優貴はスピーカーをオンにした。スピーカーから女の声が溢れだす。
「こうなったら、乗り込んでやる。乗り込んで殺してやる」
粘つく声が呪詛を繰り返している。
優貴はついでにハッキングしてある路上の防犯カメラの映像をマルチディスプレイを見た。ちょうど西川の顔が映る。憔悴しきった鬼の形相に微かに乗っている笑いが恐ろしい。