裏渋谷
「どうするんです?」
菊池が不安気に優貴を見る。
「あの感じだと手当たり次第に暴れるってのもありそうなんでな。おれらはもうちょっとそばで監視するわ。あんたはここにいて待っていてくれ」
「え? ひ、ひとりでですか?」
菊池は振り向くと縋るように莉愛を見た。いてくれというのだろう。
「あたしはいつも優貴と一緒なのだ」
莉愛はにべもない。
12
「西川は瞬間移動できるわけじゃないからな。大丈夫、ここは安全だよ」
「し、しかし」
菊池は眉を八の字にして憐憫を誘おうとする。男のくせにと思ったが、まぁ、今どきは男の女もないか。怖いものはこわいのだろう。
「じゃあ、一緒に来ればいい。視界に西川がいても、おれが一緒にいれば安心だろ」
「はい、そのほうが、責任もはっきりしますし」
確実にガードしてもらえるし、怪我でもしたときに優貴のせいに出来るというわけだ。しっかりした男だ。
「じゃ、行こうか」
優貴たちは十一月の寒空の下、渋谷ストリームに向かった。
盛大にガラスの割れる音が室内から響いた。一度だけではない、あっという間に五回ほどそれが繰り返される。
『やるぅ』
ザックはブレイザーR93の全弾を西川の部屋の窓に叩き込んだのだ。
ガラスの破壊音が終わると同時にウェルがドアを開け、突入する。
ドアから真っすぐ廊下でその奥がリヴィングダイニングだ。まずそこを制圧する。
続いて大坂が突入した。
マッケンニーがそれを見てドアそばに移動する。まるで三人で一つの有機体のような動きに惚れ惚れする。
ウェルがドアを蹴破ってリヴィングダイニングに侵入した。
M45A1を構える。
「動くな!」
窓の傍の壁に立っていたブルゾンを着た男が振り返る。
「……」
ウェルが息を飲んだ。
男があまりに美しかったからだ。容姿端麗にして、透き通るような白い肌に栗色の髪。大きな茶色の瞳にまっすぐに通った鼻筋、うすいが形のいい口唇。女どもを磁石のように惹きつけるだろう。
男がウェルを認め、薄く紅い、紅過ぎる唇をゆがめる。そのとたんに、男の印象が下卑たものになった。
唇が微かに動く。
「美しくない」
「は?」
その瞬間、九ミリパラベラム弾の連射がウェルの顔面を襲った。
「彼氏と待ち合わせなんです」
バッズから西川の声が聞こえる。三階のアパレルショップ「セオリー」に立ち寄った西川を目の端に置いて、優貴はコー・デ・コードのロゴの下に立っていた。菊池は角に隠れている。買い物にいそしんでいる彼女を待っている男たちと言った態だ。まぁ、実際に莉愛は獲物の物色に走っているが。
「あ、それ、よくお似合いですよ」
何か商品を手に取ったのか、店員が話しかけた。
「あ、でも、ちょっと胸あきすぎぃ」
「そうですか、ここにアクセを入れるとバランス取れますよ」
ジャラジャラと音がする。店員が何か店のアクセサリーを合わせて見せたのだろう。
「あ、すいません。連絡来ちゃった」
西川がそう言って店員から逃げ出す。
優貴は間接視野で西川を見る。
吉祥寺で遠めに見た時の印象より、さらにしょぼくれた印象だ。眸の下に隈が出来ていて、髪にも肌にも艶がない。肩と首が前に出ている。二十代には見えない。
「ここにも来ないぞ」
しわがれた声がして西川はエスカレーターで、四階に上がる。四階にはホテルのフロントとフットサルコートがあるはずだ。優貴と菊池も間を開けてその後を追う。
西川はフロントの前を通り、その先にあるフットサルコートに向かっていた。
仕事を終えた社会人がフットサルを愉しんでいた。男女混成チームで男の野太い声と、女の嬌声が混じる。
西川が血走った形相でコートと観客席を隔てるネットフェンスを握りしめる。
「さ、探してるんだ、ぼくを」
青白い顔をした菊池が西川の後ろ姿を見て呟いた。週末友人とよくフットサルをやるらしい。
「いつも、ここにきてるくせに、なぜ、いない。どこだ、薫、どこにいる」
あきらめたのか西川がフェンスを離れた。
背中を向けたふたりの後ろを西川が歩いていく。強い大蒜と饐えた汗のきつい体臭が鼻を突いた。しかも、小声で何かつぶやいている。よく聞くと、捕まえる、捕まえると言っているようだ。
菊池の躰が小刻みに震えはじめた。
ウェルの頭部がぐずぐずになった。
瞬間、膨らんだかと見えた頭蓋骨が一気に爆発する。壁一面に血の花を咲かせてウェルが崩れ落ちる。