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ゴーレム使いの花嫁修業  作者: 九重 まぶた
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第六章 容疑者と花嫁④

銀のトレイを乗せた台車を豪奢な絨毯に転がしていく。

 台車がぴたりと止まり、扉をノックする。


「どうぞ」


 扉の先には森に降りそそぐ木漏れ日のような声とさわやかさをもつ青年がいた。

 彼の瞳は冴え渡る空のように青く、その笑顔は真っ青な空から降り注ぐ陽光を全身に浴びた庭園の花のように鮮やかだった。


「やあ、君はモンスターにも負けない強さだって聞いたけど本当かい? 僕にはか弱い一人の女の子にしか見えないよ。そして、すまない。君のような子に大変な勤めを押し付けてしまい」


 王子は瞳を曇らせ、こちらを労わるように見つめてくる。

 その言葉とさわやかさにだろうか、トクンと鼓動が揺れ動いた。

 どうもゴーレムが心動かされたらしい。実際、ゴーレムは働きどうしである。優しい言葉の一つでも掛けられればコロっといくのかもしれない。


(なんだかいけすかねーな)


 シウスは面白くもなさそうに視界に映る王子に悪態をつく。


(あら、今までの殿方と比べればとてもまともな方に私は見えますけど。王族なのに偉ぶらないですし、初対面のときも大臣を諭していましたわ)


(わかってねーな。こういう奴が一番あぶねーんだよ。裏じゃ何やってるかわかったもんじゃねー。きっとこいつが犯人だ)


 シウスの決め付けに隣のベアトリーチェは冷たい眼差しを送ってくる。


(な、なんだよ)


(もしかして、ヤキモチ?)


 言葉がぐさりと胸を刺す。


(……違う)


(まっ、もしかしてシウスさん……私のことを? ごめんなさい私シウスさんは好みでは)


(それはマジで違うから安心してくれ)


(否定するところが……もしかして、照れてる?)


(違う!)


 シウスは思いの他、絶叫してしまい肩で息をつく。


「――っ」


 王子の食事をテーブルの上に置き、紅茶をカップに注ごうとしたゴーレムがシウスの絶叫に手元が狂いポットから注がれていた琥珀色の液体がゴーレムの衣服に零れてしまった。


「――御意っ」


(ああ! シウスさんが精神を乱すからゴーレムさんが動揺しちゃったじゃないですか)


(わ、悪かったよ)


「これはいけない。ヒエル!」


 瞬間、冷気が吹く。

 ゴーレムさんのエプロンにかかった紅茶の湯気が瞬時に消え去る。


((――っ))


「大丈夫かい? ああ火傷はしてないようだね?」


 王子は紅茶の零れたエプロンに触れ、熱が消えていることにふっと笑みを浮かべた。


「御、御意」


「ああ、これかい? 氷の指輪さ。ちょっとした冷気魔法なら持ち主の魔力を元に発動できるんだ。もちろん僕の魔力量なんてたかが知れているから、低レベルの氷魔法が限界だけどね」


 王子の右手薬指には青い魔法石がはめ込まれた指輪が輝いていた。


(まあ、きれいですね)


(ああ、売ればちょっとした金になりそうだぜ)


(……)


(俺のミスリルの剣を魚と交換するために奪い取ったあんたにだけそんな目をされたくない)


「御意」


「ん? あれ? なんだこれ」


 王子の服の袖がほつれていた。


(腕のほつれ? これは思いがけずチャンスよゴーレムさん)


「御意」


 ゴーレムは力ある言葉を唱えるとその体の一部から針と糸を精製する。


「御意」


「え? いまここでかい?」


「御意」


 ゴーレムは王子に服は脱がなくていいことを伝え、その袖がほつれた手をそっと持ち、すばやく糸で縫い合わせていく。

 王子は驚いたように目を見張るが、ゴーレムの顔を見るとすぐに顔を綻ばせた。その陽だまりのような笑顔に見つめられ、ゴーレムは頬を染め、逃げるように袖を縫うことに集中した。

 一人と一体は悪くない沈黙の中、ひだまりの中のような優しい気持ちに満ちていた。


(どうやったらあんな細かい作業ができるんだ? 恐ろしいゴーレムだ)


(これくらい花嫁にとって必須スキルですから)


 ベアトリーチェはえへんと鼻を高くする。


(……。でもよ。王子の服は仕立て屋とかに持っていくだろ普通)


(シウスさん。わかっていませんね。例えそうだとしても殿方はああいうのに弱いのです。見てください王子の顔。あれはあと一歩で落ちる顔です)


(……ほんとかよ)


「御意」


 糸がぷつりと切れるとともにその陽だまりのような優しい沈黙は終わりを告げる。


「ありがとう。君は強いだけではなく優しいのだね」


 再び二人の瞳が重なり、ふいに王子は笑う。

 ゴーレムは頬を染める。


(ふふふ。どうやら王子も懐柔したも同然ですね。ゴーレムさん。今です)


「御、御意」


 その声音はなるべくあなたが心配での想いを色濃くした声音だった。


「王を殺した魔女の使いを帰した後に、王にどのように接触したか? なぜそんなことを?」


「御意」


「……なるほど、接触の程度で病気が感染しているかどうか知りたいと?」


 王子の瞳がこちらの意図を伺うように覗き込んでくる。そしてふっと笑う。


「それだけ僕のことを心配してくれているのですね。確かに僕は彼らが城を去ったあと一度王の寝室を訪れました。父がその時は救われたと心の底から安堵していましたから。また玉座に座る父の姿を見れると思うといてもたってもいられなかった」


 王子は照れくさく髪をかく。そして王の死を思い出したのか哀しそうに苦笑した。


「僕は父には触れてはいません」


 王子はゴーレムから視線を逸らし、窓の外に向ける。声は哀しみに塗り替えられしとしとと降り続く陰気な雨のような色彩を帯びていた。


「さあ、このまま君をずっと繋ぎ止めておきたいけれど、君には仕事がある。もちろんまた来てくれるね。君との時間だけが僕の不安を春風のように取り去ってくれる」


「御意」



(どう思うよ?)


(何がでしょう?)


(王子が犯人かどうかだよ)


(はてさて、どうでしょうね)


 ベアトリーチェがにこりと微笑む。

 シウスは溜息とともに息を吐き出す。


(さあ、次の部屋につきましたよ)


 そこは王妃の部屋――シウスは息を飲む。

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