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「……ねぇ、今なにか音が聞こえなかった?」
「そんなわけないじゃない。怖いこと言わないで」
「でも、棺桶のほうから……。ねぇ、まさかとは思うけれど、アンナさん、まだ生きてるってことはないよね?」
「そんなわけないでしょう。もう二週間も経っているのよ」
その言葉に心臓がどくんと跳ねる。二週間? 私は二週間も棺桶の中で生きているというのだろうか。
すっかり力の入らなくなった腕を持ち上げ、必死で蓋を押す。しかし、何度やっても結果は同じだ。
「ねぇ、やっぱり何か聞こえるわよ」
「まさか、アンナさんの幽霊?」
「やめてよ、変なこと言わないで! 早く掃除を済ませて戻りましょう」
二人が大慌てで掃除をして出て行く音が聞こえる。再び静かになった棺桶の中で、私はただじっとしているしかなかった。
心にあるのは虚しさだけだ。
このまま私の人生は終わるのだろう。騙されて、利用されて、人柱になった後も蔑まれて。
私の人生って一体何だったんだろう。
「……嫌」
無意識に言葉が口から洩れる。
「嫌、嫌、嫌!! そんなの絶対嫌!!!」
お腹の奥から声が出る。私はじたばたと手足を動かした。硬い棺桶はびくともせず、体が痛むだけだが、構わず暴れ続ける。
なんであんな奴らの言うことを聞いてしまったのだろう。
なんだったの? 私の人生。これで終わり?
心臓の鼓動が早くなる。今まで感じたことのないほどの怒りが込み上げてきた。
私は救いようのない馬鹿だ。
あの人たちが何をしたって私を認めないことなんて、最初からわかっていたのに。
それなのに言うことを聞いて、責められれば全て私が悪いと謝って。頼まれてもない雑務をこなして、何とか認められようと媚びを売って。
嫌。こんなみじめに終わりたくない。
だいたい、どうしてノエミがあんなに崇拝されているのよ。
あの女の優しげな微笑みなんて、どう見たって演技じゃない。いつもいつもいい子ぶって、あなたは悪くないよなんて言いながら、周りには被害者ぶって。
本当は気づいていた。けれど、ノエミを悪く思う自分のほうが心が汚れているように感じて、必死に押し隠していたのだ。
血が滲みそうなほど強く唇を噛む。このままでは絶対終わらせない。終わるなら、あいつら全員が苦しむ顔を見てからだ。絶対に許さない。
その時、また精霊らしき光が顔のそばに近づいてきた。
なんだか精霊にも腹が立ってくる。
どうして精霊の加護持ちの私がこんなに冷遇されているんだ。加護を持っていることで何かいいことがあっただろうか。思い出す限りひとつもない。
むしろ加護持ちのせいであのくそ王子の婚約者にされるし、マイナスにしかなってないじゃないか。
精霊に対してふつふつ怒りが込み上げてくる。
本当に今私の目の前にある光が精霊なら、一回くらい役に立ってみせなさいよ。
「……ねぇ、あなた精霊なんでしょう。私の言葉が聞こえてるのよね」
喉から、今まで出したこともないような低い声が出る。
「聞こえているなら私を助けなさい! 今すぐここから出すのよ!」
何も見えない暗闇の中で、声の限り叫んだ。怒りでどうにかなってしまいそうだった。
その時、突然棺桶の中が明るく光った。まさか本当に何か起こると思わず、情けないことに肩がびくりと跳ねる。
『任せて、アンナ! 私が助けてあげる!』
「……え?」
棺桶の蓋と私の胸の間のわずかなスペースに、光がふわふわ揺れている。光は少しずつ人型に姿を変えていった。
光が完全に人の姿に代わり、私の手のひらほどの大きさもない、小さな小さな女の子が現れた。
ピンク色の髪に赤い薔薇をつけ、春の空のような明るい水色の目をしている。背中には半透明の羽根が生えていた。
まさか、これ……。
「あなた、精霊?」
『ええ。アンナに呼ばれたから出てきたの!』
私は口をあんぐり開けて、精霊を見つめた。彼女はにこにこと嬉しそうに笑って私を見ていた。




