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司教様たちが部屋から出て行ってしまうと、棺桶の中は完全な静寂に包まれた。
中は狭く、腕一本満足に動かすこともできない。目は大分暗闇に慣れてきたが、見えるのは棺桶の木目くらいだった。
死ぬまでずっとこうしているしかないのだと思うと絶望感が込み上げてくる。
空気はまだ十分にあるはずだけれど、閉鎖的な状況が私を息苦しくさせた。心理的な問題だけでなく、そのうち実際に空気がなくなっていくのだろうと思うと体が震える。
しかし、耐えるしかないのはわかりきっていた。
早く私の命が終わってしまえばいいと思った。できるなら眠っている間に死んでしまいたい。願いも虚しく、意識はずっと冴えたままだ。
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随分長いこと時間が経った。曜日の感覚はわからないけれど、二、三日は経った気がする。
意外と空気はなくならないようで、息苦しさは感じるものの当分の間は酸素が原因で死ぬ心配はないように思えた。
何も口に入れていないので最初は胃が痛くなるほど空腹を感じたけれど、慣れてきたのか今はそれほど苦痛を感じない。
ただ、体を全く動かせないことだけは慣れられそうになかった。外に出て思い切り手足を伸ばしたいなんて、叶わない望みで頭がいっぱいになる。
私は早く死んでしまいたいなと思いながら、冴える頭を鎮めて無理矢理目を閉じた。
目を閉じる前、私の顔のすぐ上を小さな光が通り過ぎる気がした。
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時折顔の横を精霊らしき光が通り過ぎるほかは、何の変化もない日々が続いた。
体感では一週間ほど経った気がするのに、まだ私は生きている。
こんな小さな棺桶で、空気が一週間も持つなんてあり得るのかと不思議だった。どこかに空気穴でもあるのだろうか。
それに私は棺桶に入れられてから何も口にしていない。水さえあれば食べ物がなくてもしばらくは生きられるというけれど、水すら一滴も飲んでいない私がなぜ平気なのかわからなかった。
私は憂鬱になりながら、こんなところに閉じ込められているから経過した時間を実際以上に長く感じているのだと結論付けた。
私がこの不自由な空間から解放されるのは、まだまだ先のことなのかもしれない。
「本当に、あの人って馬鹿よね。ちょっとおだてられたら自分から人柱に志願しちゃうんですもの」
突然聞こえてきた声に体がびくりと跳ねた。何日ぶりの人の声だろう。じっとその声に耳を澄ませる。
「生きたまま棺桶でしょう? 私だったら絶対いや」
「私も無理。生きているうちは下女みたいに雑用ばかりして、死ぬときはいいように利用されて殺されるんですもの。惨めな人生よね」
「本当。そんなの絶対ごめんだわ」
棺桶の外で笑い声が響く。聞き覚えのある声だ。確か、プリュムの中でも特にノエミ様を崇拝して、いつもついて回っていた二人。
「それにしてもノエミ様、よかったわよね」
「そうね! 無事にヴィルジール殿下との婚約が決まって本当によかった。でも、アンナさんが図々しく婚約者の座に居座らなかったらノエミ様が婚約者になっただろうし、当然の結果よ」
「殿下とアンナさんの婚約が決まったときのノエミ様、お気の毒で見ていられなかったわ。つらいだろうに気丈に振る舞って……」
「今回のことも殿下が提案したんですっけ? 災害を口実にアンナさんを神の儀で生贄にすれば、ノエミ様に婚約者を移しても文句を言われないだろうって」
「そうそう。司教様も大賛成だったそうよ。なんせ教会で神の儀を行えば、王家からたくさん褒美がもらえますものね」
「それでもノエミ様は最後まで気が咎めると迷ってらっしゃって、本当にお優しい方だと思ったわ」
途中から彼女たちの言っている言葉の意味が理解できなかった。
それでも何度も頭で反芻し、受け入れがたい言葉を必死で飲み込む。
……私は、ヴィルジール殿下とノエミ様が婚約するために生贄にされたというのだろうか? そんなことのために、殺されるのだろうか。
私の死を悲しむ人なんていないのは知っている。けれど、私はそれでも国のために死ぬのだと思っていた。それが、こんな身勝手な事情だったなんて……。
「でも、婚約解消ってここまでしなければできないものなの? ノエミ様だって聖女なんだし、殿下が気に入っているほうと結婚するでいいじゃない」
「大貴族の中に反対する者がいるそうよ。王子は一番能力に恵まれた者と結婚して、国を栄えさせるべきだって」
「能力っていったって、精霊の光が見えるとかいう本当かどうかわからない力だけじゃない」
「それを重視している人もいるのよ。意味がわからないけどね。美しさでも教養でも家柄でも、ほかは全てノエミ様のほうが上なのに」
私は彼女たちの声をただ聞いていることしかできなかった。
今さら逃げたいと思っても、どうにもならない。それでも棺桶の蓋に手を当て、押し上げようとしてみるが、びくともしなかった。