2-1
それから十日後に神の儀が行われることになった。
場所は神殿の奥にある、普段は閉ざされた部屋。私は黒い教会服から真っ白なドレスに着替えさせられ、服と同じく真っ白なブーケを持たされて、その部屋に入った。
まるで花嫁みたいだなと思ったら、乾いた笑いが漏れる。
部屋の上のほうには大きな窓があり、さんさんと光が差し込んでいた。予想に反して部屋の中は随分明るい様子だ。
すでに部屋に集まっている司教様や手伝いのプリュムたちは、皆にこやかな笑みを浮かべこちらを見ている。
自分が今から棺桶に入れられて殺されるのだということを忘れそうになるくらい和やかな空間だった。
けれど、司教様たちの後ろにある頑丈そうな白い棺が目に入ると、途端に心が重くなる。
私はゆっくり司教様たちの元に近づいた。
「アンナ、お前の決断に心から敬意を表そう。よく決心してくれた」
「……この国に住む人たちのためになるなら、私の命など些細な物です」
「素晴らしい。お前のような聖女がここにいてくれたことを誇りに思うよ」
司教様はそう言って拍手する。プリュムたちもそれに続き、部屋は盛大な拍手の音に包まれた。
その時、後ろの扉が開く音がする。
「……アンナさん!」
現れたのはノエミ様だった。急いでやって来たようで、肩で息をしている。
その横にはヴィルジール殿下もいた。一応、私の婚約者である方。そういえば私と彼の婚約はどうなるんだろうと、今さらになって思った。
司教様が勧めてくるくらいなのだから何の問題もないのだろう。
けれど、それならば以前婚約者を辞めさせて欲しいと頼んだときに許可して欲しかったと、少しだけ恨めしい思いがする。
そんなことを考えていると、ノエミ様が私のほうに駆け寄ってきて、ぎゅっと手を握りしめた。
「アンナさん、これでお別れなのね。寂しいわ……」
「ありがとうございます。そんな風に言ってくれるのはノエミ様だけです」
「私、ずっとこの前のこと気にしていたの。ほら、あの集会の後で、アンナさんが断ったら私に役目が回ってくるなんて言ってしまったでしょう? アンナさんは責任感が強いから、それを気にしてしまったのではないかと思って……」
ノエミ様は悲しそうに唇を噛む。こんな私のためにそんな顔をしてくれるなんて、改めてお優しい方だと思う。……そう、自分に言い聞かせる。
「いいえ。私が自分で決めたことです。お気になさらないでください」
「でも……」
「アンナ、少し良いかい」
ノエミ様の隣にいた王子は、真剣な顔で言う。
「なんでしょうか?」
「君には言っておかなければならないことがある。君が人柱になったことで、ノエミが僕の新しい婚約者に決まったんだ」
「まぁ、それはよかったですね。私よりもずっと殿下にぴったりではないですか。どうぞお幸せに」
「すまない。君の犠牲は決して無駄にしないよ。必ずいい国を作ると誓おう」
殿下は真剣な顔でそう言ってくれる。横でノエミ様も強く頷いていた。
プリュムの何人かは、この感動的な光景に目を潤ませている。
「……そろそろ時間だ。儀式を始めるぞ」
司教様が厳かにそう言い、儀式が始まった。
司教様によって長い長い祈りの言葉が読み上げられる。
祈りが終わると、私はプリュムたち数人に抱えられ、ゆっくりと棺桶の中に入れられた。狭い棺桶の中から天井を見上げた瞬間、終わりが近いことを感じて体が強張るのを感じた。
「ありがとう、アンナ。お前の献身は忘れないよ」
司教様はそう言って棺桶のふたを閉める。視界は黒く染まり、何も見えなくなった。
ガチャリと鍵の閉まる音がする。
それは私と世界が切り離される音だった。