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「ちょっと、皆さん。アンナさんはまだ迷っているというのに、プレッシャーをかけるようなことを言うのはよくないわ」
突然、ノエミ様が近づいてきてプリュムたちを窘めた。プリュムたちはノエミ様に注意されたのが効いたのか、一斉に押し黙る。
「アンナさん、無理をすることはないのよ。棺桶に生きたまま入れられるなんて、恐ろしいに決まっているもの。私だってそうよ」
「ノエミ様……」
ノエミ様がただ一人私の恐怖を慮ってくれたことで、体から力が抜けるような感覚がした。やはり彼女はいい人だ。
感謝の言葉を伝えようとしたとき、ノエミ様は笑みを浮かべて言った。
「大丈夫よ。アンナさんの好きなほうに決めてちょうだい。神の儀では魔力の高い者が生贄になるほど効果が高いと言われているから、もしもアンナさんが断るようなら私に話が来るだろうけれど……。
でも、そうなっても私、ちゃんと役目を果たすわ。だからあなたは好きに決めていいのよ」
女神様のように美しい笑顔だった。目は慈愛に満ち、眉は少しだけ困ったように垂れ下がっている。
自分も恐怖を感じながらも、こちらの意思を優先してくれる優しい聖女の顔。
この時、私は悟った。私にはもう断る選択肢などないのだと。
「ノエミ様! そんな悲しいことをおっしゃらないでください!」
「そうですよ。あなたがお亡くなりになったら、私たちどんなに寂しいか……」
プリュムたちはノエミ様を囲んで、真剣な顔で言い募る。先程まで私に神の儀を受けるよう勧めていたその口で、ノエミ様はあんな残酷な儀式を受ける必要はないと真面目に言ってのけるのだ。
ノエミ様はそんな彼女たちに涙で潤んだ笑顔を向けて、「でも、国民を守るためなら仕方ないわ」と言った。
その慈愛に満ちた表情を見つめていたら、頭の中でもういいか、と声がした。
どうせ私はただの平民で、孤児で、誰かに必要とされたことなど一度もない人間だ。それならここで死んで、国のためになるのが一番いい命の使い方なのではないだろうか。
プリュムたちの態度は何も間違っていない。みんなから愛されるノエミ様が死ぬより、私が死ぬ方がずっといい。当たり前のことじゃないか。
それに、私が断ってノエミ様に話が行くようなことがあったら……待っているのはこれまで以上の冷たい視線と、針のむしろのような日々だろう。
私は教会中の人から憎まれ、我が身可愛さにノエミ様を犠牲にした臆病者だと蔑まれるはずだ。
その日の夜、私は司教様のところへ行って神の儀を受けると伝えた。
司教様は私の言葉に満面の笑みを見せ、よく決断してくれたと褒めてくれた。その表情には、私が儀式で死ぬことへの罪悪感などわずかにも浮かんでいなかった。
わかっていたことだ。別に構わない。
けれど一つだけ……ロラン様と会うのはこの間で最後になってしまったんだなと思ったら、ちくりと胸が痛んだ。