②
「よかった。ちゃんと治ったんですね」
「ああ、君のおかげだ。今何をしてるんだ? 倉庫の掃除か?」
「はい。長いこと使われていなくて散らかっていたので」
「よかったら僕にも手伝わせてくれないか? 何かお礼がしたいんだ」
その人は力を込めて言った。申し出はありがたいけれど、よその方を手伝わせていいものだろうかと躊躇してしまう。
「ええと……」
「……迷惑だろうか?」
私が返事に迷っていると、その人はちょっとしゅんとした顔になって言う。私よりずっと背が高くて、普段は騎士団で戦場に赴くこともあるだろうに、気弱な仕草がなんだかおかしくなってしまう。
私はご親切に甘えることにした。
「じゃあ、お願いします。あの箱を外に出してもらっていいですか?」
「ああ、任せてくれ!」
私が頼むと、彼は途端に元気を取り戻して言った。そうして私が一つ運ぶのにも苦労していた荷物を、ひょいひょい外に運び出してくれる。
「ありがとうございます。私一人では随分時間がかかりそうだったので助かりました」
「お安い御用だ。だけど、こんなにたくさんの荷物を一人で運び出して掃除していたのか? 教会にもっと人手があればいいのにな」
彼は真面目な顔でそう言った。
別に人手不足だというわけではない。今も教会の中ではプリュムたちが派閥ごとに休憩室やテラスに集まってお喋りしているだろう。
私が一人で倉庫掃除をしているのは、単に面倒ごとを押し付けられただけだ。
「教会のそばにはよく来るんだ。もし手伝って欲しいことがあったらいつでも呼んで」
私がぼんやり考え込んでいると、彼は笑顔でそう言った。
長らく人に頼る機会がなく、誰かに助けてもらうという発想自体なくなっていた私には、その言葉が不思議に思えた。
「でも、あなたも騎士団の仕事でお忙しいでしょう? 教会の仕事まで手伝ってもらうのは申し訳ないです」
「とんでもない。教会にはいつも世話になっているからいつでも手伝うよ」
彼はそれに、と続ける。
「君の力になりたいんだ。助けが必要になったらいつでも言って欲しい」
胸の奥がじわりと温かくなる気がした。
そんな言葉、教会に来てから、いや、その前に孤児院で暮らして来たときだって、一度も言ってもらったことはない。
「そういえば、まだ名乗ってなかったな。僕はロラン・シャレット。君は?」
「私はアンナと申します」
私がそう言うと、ロラン様は「よろしく、アンナ」と笑顔を向けてくれた。
その日の倉庫掃除は、ロラン様が手伝ってくれたおかげで予定よりもずっと早く終わった。ロラン様は私に教会での話を聞いた後、笑顔で手を振って去って行った。
ロラン様の背中を見送りながら、私は長い間忘れていた、誰かがいなくなって寂しいという感覚を思い出していた。
寂しいけれど、そう感じるのはさっきまで楽しかったということで、なんだか不思議な気持ちになる。
ロラン様の姿が見えなくなっても、彼の向かっていった方向から目が離せなかった。しかし、しばらくすると我に返って慌てて頭を振る。
(だめだめ。私は孤児で、これからも一人で生きていかなきゃならないんだから。親切にしてもらったからといって甘え過ぎてはいけないわ)
そう自分に言い聞かせるけれど、ロラン様の笑顔がずっと頭を離れない。
また会いたいななんて思いが、今別れたばかりだというのに胸の中から消えなかった。
終わり
番外編読んでいただきありがとうございました!
本日4/6にこちらの作品の電子書籍が発売されます。電子版はweb版に加え3万字ほど加筆しました。
よろしければぜひ配信サイトで覗いてみてください!




