6-5
立ち上がって家の中に入ろうとする私の腕をロラン様が掴む。立ち止まった拍子にフードが外れてしまった。
「待ってくれ、アンナ。言いたいことがあるんだ。君さえよければ、僕の故郷の町に一緒に来てくれないか」
「嫌です。私、もうロラン様が好きになってくれたアンナじゃありません。自分のことしか考えない、あさましい女になったんです」
「それだったら火事の現場に駆けつけて炎を消してくれるはずないだろう。君は今も優しいアンナのままだ。どうか一緒に来てくれ」
ロラン様は懇願するように言う。
私の頬を涙が流れ落ちた。
「ごめんなさい。私、ロラン様が思うより計算高いんです。アンナの時だって、ただ無私で働いていたわけじゃありませんでした。本当はみんなから気に入られたくてやってたんです」
「何が悪いんだ。行動すること自体が立派じゃないか」
「いいえ、私、本当は自分のために困っている人を見捨てても平気な奴なんです」
「見捨てる? 見捨てるどころか君はあの火事の日、髪を振り乱してけが人たちを治癒して回っていただろう。翌日教会を辞めるのにだ。あれも計算だったというのか?」
でも、とまだ言葉を受け取れないでいる私に、ロラン様はきっぱり言う。
「君はあさましくなんかない。けれど、仮に君に冷たい部分があったとしても構わないよ。僕はどんなアンナだって好きなんだ」
涙が後から後から流れ落ちる。
本当にいいのだろうか。私みたいな人間がロラン様といても。そんな素敵な未来を選んでもいいのだろうか。
おそるおそる、差し出されたロラン様の手を取る。すると、彼はとても嬉しそうに笑ってくれた。
なんだか照れくさくなり、私はそっと目を逸らす。
ふと、頭に考えが浮かんできた。掴んでいたロラン様の手を、ぎゅっと握りしめる。
「ロラン様。せっかくだから加護魔法をかけてあげます」
「本当か? よろしく頼む。アンナに加護をもらうのは久しぶりだ」
「この前は断られてしまいましたからね」
「それは言わないでくれ。アンナだと気づかなかったんだ」
困り顔をするロラン様をくすくす笑って見ながら、加護の魔法をかけた。
きっとロズリーヌとして使う最後の魔法になるだろう。ローズとの契約は切れる。けれど、せっかくなら最後の魔法はロラン様に使いたかった。
光がロラン様の中に溶けていく。
「アンナ、髪が……それに目も」
驚いた顔で見られて、髪をそっと手に取る。赤と茶の入り混じっていた髪は、完全に元の茶色に戻っていた。
「契約が切れてしまったようです」
「な……!? 契約ってなんだ!? 僕に加護魔法をかけてくれたのが原因か!? 姿が変わるほど大変な魔法なんて使わなくてよかったのに」
ロラン様はおろおろしながら言う。
「いいえ。私が最後の魔法はロラン様に使いたいと思ったんです。美人じゃなくなってしまってすみません」
私がそう言うと、ロラン様は真面目な顔で首を横に振る。
「僕はそっちの姿のほうが好きだ」
「まぁ」
ロラン様が迷いなくそう言ってくれたので、契約が切れる寂しさが薄れる気がした。
すると、後ろのほうからローズが飛んで来た。
『ロズリーヌ! 契約が切れたようね!』
「ええ。今までありがとう。ローズ自身がどこかに行っちゃうわけじゃないのよね?」
『もちろん。私はずっとロズリーヌと一緒よ。それに第一段階の契約が切れただけだし』
「え?」
ローズはふんぞり返って得意げに言う。
「第一段階って?」
「契約はいくつかの段階に分かれててね、一段階目の契約で得た魔力を使いきったら第二段階、それも使い切ったら第三段階に進める仕組みになってるの。次に進むごとに使える魔力は強くなるわ。第二段階では外見を変えたり戻したりも簡単にできるわよ」
得意げに言うローズをぽかんと見つめてしまう。すると後ろからリュカが飛んで来てローズに呆れ顔で言った。
『ロズリーヌ様が驚いてるじゃないか。ちゃんと説明しておけよ』
『契約が終わることは言ったもの!』
『次の契約に移れる話はしなかったんだろ』
『それならリュカが教えてあげればよかったでしょ』
『ロズリーヌ様の反応がちょっと変だとは思ってたけど、まさかそんな重要なことを説明されていないとは思わなかったんだ。仕方ないだろ』
私は騒ぐ精霊二人を呆然と見つめる。
もう夢の時間は終わりだと思ったのに。悩んでた時間が馬鹿みたいだ。けれど嬉しさが込み上げてくる。
「アンナ、一体誰と話してるんだ? もしや、そこに精霊がいるのか……?」
「はい、精霊のローズとリュカ。私の友達です」
そう言ったら、二人は嬉しそうに私の頬に触れる。
「すごいな、精霊と話せる聖女。とても楽しそうだ」
「ええ。ローズが現れて、リュカも仲間になってから、毎日とても楽しいです」
私はそう言いながら頬にすり寄る二人を指で撫でる。
大きな力を手に入れて好き放題振る舞う日々は楽しかった。けれど一番楽しかったのは、二人とこっそり目線を合わせて話すときだったような気がする。
大きな力も崇められる生活も、さほど重要ではなかったのだ。
その証拠に魔力が減ってつつましく生活している今も、毎日が充実しているもの。
『ロズリーヌ、また暴れ回ってやりましょうねっ』
ローズがやたら気合を入れて言うので、ついくすくす笑いが漏れる。
契約が終わったわけではないのなら、私はまだまだ好きなようにやってもよさそうだ。
今度はもう私利私欲のために生きるなんて意地を張らず、助けられるだけの人を助けながら生きてもいいのかもしれない。
だって私は残念ながら、髪を振り乱して人を助けて回る人生が結構好きらしいのだ。
見返りがあるとは限らないのに馬鹿みたい。それどころか仇になって返ってきたことのほうが多いのに。
それでもそんな人生を受け入れてみることにする。
仕方ないわ。だって私は、聖女様だから。
終わり
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