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「ロズリーヌ様にだけ教えますが、彼女は今も生きているんです。どうやら精霊の力を借りて逃げ出したようです」
「え……っ」
なぜ知っているのだろうとロラン様を見るが、彼はそれ以上何も言ってくれなかった。
「そういうわけで、僕は騎士団の仕事に都合がついたら、しばらく旅に出ようと思っています。アンナを探す旅に」
ロラン様の言葉に、視界が滲みだす。彼がそんなにまで私を想ってくれているなんて知らなかった。
嬉しかった。けれど、素直に喜ぶわけにはいかない。
ロラン様にはもうどこにもいない以前のアンナを探すなんて無駄なこと、して欲しくない。
「ロラン様、お言葉ですが、アンナ様のことは諦めた方がいいと思いますわ。今も以前の彼女のままでいるかわかりませんもの」
「いいえ、僕はアンナがどうなっていようと……」
「やめておくべきです。アンナ様だって、きっとロラン様の中にきれいな思い出として残りたいはずですわ」
泣きそうになるのをこらえながらそう言ったら、ロラン様は目を見開いた。
彼は何か言おうと逡巡しているようだったが、これ以上ここにいたら未練が残りそうで、プリュムたちのいるほうに駆けて行く。
どうせもう魔力は尽きかけているのだろう。それならいっそ使い切ってやろうと思った。
私はプリュムたちに混じって、久しぶりに全力で働いた。貴族も庶民も関係なく、ただただ目の前にいる人に魔法をかけ続ける。
『ロズリーヌ、楽しそうねっ』
横からローズがそう言った。
「そうかしら」
『そうよ。ロズリーヌは聖女の仕事をしているときが一番楽しそうだわ』
言われた言葉に苦笑いした。私は根っからの下働き気質なのかもしれない。
「ローズ、リュカ。髪の色が変わってたら教えてね」
『わかったわ!』
『お任せください!』
二人の返事を聞くと、私は安心して次の患者の元に向かった。
***
あの火事から三ヶ月が過ぎた。
私は引き止める人々に構わず、火事の翌日には教会をやめて王都から遠く離れた町に引っ越した。
現在は町の小さな教会でシスターとして働いている。精霊が見えることや、聖女として働いていたことは秘密のままだ。
町の隅の小さな家を借りて、ローズとリュカと三人でひっそり暮らしている。
この街に来てから王都の噂話として聞いたのだけれど、あの火事の原因はノエミ様だったらしい。ヴィルジール王子の態度が変わったことを恨んだ彼女は、彼を苦しめるため、宮殿に火を放ったのだそうだ。
それを聞いたとき、火事の遠因は私なんじゃないかと青ざめた。
しかし、頭を振って思い直す。やったのはノエミ様だ。彼女の凶行にまで私が責任を感じる必要はない。何もかも自分のせいだと謝るのはもうやめたのだ。
ノエミ様は現在役人から取り調べを受けているという。彼女が犯行理由を供述してから、人々のヴィルジールを見る目は冷たいらしい。
せっかくアンナを始末してノエミと婚約できたのだから、ロズリーヌになんか構わなければよかったのにねと思う。
「ローズ、リュカ。庭の花に水遣りをするから手伝って」
『わかったー』
『お任せください、ロズリーヌ様!』
二人に呼びかけて、フードを被って庭に出る。
火事を止めたことでやはり大量の魔力を消費してしまったらしく、もうローズと契約して得た力はほとんど使えなくなっていた。
髪色も不安定で、はじめのうちはローズに染めてもらっていたものの、しょっちゅう色が薄れるので現在はフードで隠して生活している。
ここには王都の人もそうそう来ないし、完全に元に戻ったらフードを外して生活してもいいと思っている。
「じゃあ、ローズはあっちの花壇をお願い。リュカはあっちね」
じょうろを渡してそう頼むと、二人の精霊は元気に水遣りをしに飛んで行く。
私も目の前の花壇に水を遣ることにした。
「アンナ」
突然、柵の前から声が聞こえた。驚いてフードで髪を隠しながら顔を上げる。そこに立っていたのは、ロラン様だった。
「ロ、ロラン様……?」
「ああ。教会に会いに行こうとしたら火事の翌日には辞めているんだから、随分探したよ。こんなところにいたんだな」
「ど、どうして……。今、アンナって」
「君はアンナなんだろう? あの火事の日に見た君の悲しそうな笑顔、アンナが僕を見送る時によく見せた表情とそっくりだった。考えてみれば精霊が見える者なんてそうそう現れないのだから、もっと前から同一人物だと疑うべきだったよ」
「わ、私……」
今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。よりによってロラン様に見つかってしまうなんて。




