6-3
「ロラン様!!」
私の声は届かない。ロラン様は子供を抱えたまま、辺りを見渡している。
屋上のすぐ下の階は、炎で焼け焦げていた。中の状況はわからないが、おそらく屋上以外に逃げ場がなかったのだろう。
ロラン様たちの姿に気づいた住民たちが、クッションになるものを持って来ようと駆けて行く。しかし、そうしている間にも炎の勢いはどんどん強くなっていった。
両手を胸の前で固く握りしめた。
私が全力を出せば、炎を消し去ることができるかもしれない。
けれど、こんなに大きな火を消したら、おそらくローズとの契約で得た残りの魔力をほぼ全て使い切ってしまうだろう。
そうしたら私は惨めなアンナに逆戻りだ。ロズリーヌとして手に入れたものを何もかも失うことになる。
一瞬悲しい思いにとらわれたが、すぐに顔を上げてロラン様を見上げる。
それでも、どっちが大切かなんてわかりきっているじゃないか。
「ねぇ、ローズ。契約が切れても私の守護精霊でいてくれる?」
『もちろんよ。ロズリーヌ』
「リュカも、私、本当はちっともきれいじゃないつまらない女なの。それでもそばにいてくれる?」
『当たり前です! 僕はどんなロズリーヌ様も大好きですから』
私は二人の精霊に笑いかけ、宮殿に向かって両手を向けた。目を瞑り、全意識を集中させる。そして力の限りの光魔法を放った。
宮殿はあっという間に白い光に包まれた。
炎は光に覆われ、みるみるうちに消えていく。屋上にいるロラン様は呆気に取られたように頭上の光を眺めていた。
宮殿の下に集まる人々も、その光景に目を奪われている。
炎が全て消えたのを確認すると、さすがに疲れて私は地面にしゃがみ込んだ。
住民たちが興奮気味にあなたがやったのかと話しかけてくる。私は胸を張ってそうだと答えてやった。多分、私にとって最初で最後の大魔法だ。
ローズとリュカは、私の周りをすごいすごいとくるくる飛んでいる。
「ローズ、リュカ、私の髪の色変わっていない?」
『大丈夫。ちゃんと染まったままよ』
『綺麗な赤い髪のままです』
「よかった。ありがとう」
しばらくすると、子供を抱えたロラン様が宮殿から出てきた。
ロラン様は一瞬のうちに人々に囲まれる。子供の親らしき人が何度もぺこぺこ頭を下げているのが見えた。
私がしゃがみ込んだままその光景を見ていると、ロラン様が駆け足で近づいてくる。
「ロズリーヌ様!」
「ロラン様」
「住民に聞きました。あなたが炎を消してくださったんですね」
「ええ、そうですわ。感謝してくださいね」
「もちろん、深く感謝しております。ありがとうございました」
ロラン様はそう言って深々と頭を下げる。なんだかくすぐったいような気持ちがした。
「ロズリーヌ様、この前は失礼なことを言って申し訳ありませんでした」
気まずげにロラン様は言う。
「いいですよ。私も髪飾りを投げつけたりしちゃいましたし」
「……本当にすみません。あれはただの八つ当たりです。この前、以前教会にいた聖女の話をしたでしょう? 私はあの子が好きだったんです。だから入れ替わるように聖女になったあなたをどうにも認めたくなくて……あんな大人げない態度を取ってしまいました」
ロラン様が申し訳なさそうに言う。私は目を見開いて彼を見る。
「好きだった……その聖女を?」
「はい。いつか、一緒に故郷の町に来て欲しいとずっと思っていました。結局、言えないままに彼女は遠くへ行ってしまいましたが。でも、僕はまだ諦めていません。いつか必ず見つけ出して、今度こそ気持ちを伝えようと思います」
ロラン様は真っ直ぐな目をして言った。
私は何と言葉を返せばいいのかわからなかった。アンナだったときにその言葉を聞けたら、どんなに嬉しかっただろう。けれど、彼が好きになってくれたアンナはもういない。
ロズリーヌに対して言った言葉は八つ当たりだと謝ってくれたけれど、それはあくまで別人だと思っているからだ。
アンナがわがままなロズリーヌになってしまったと知ったら、ロラン様はどんな感情を抱くのか、考えたくなかった。
嬉しさと悲しさで、感情が乱れる。
「失礼ですが……前の聖女様は儀式によって亡くなっているのではなくて?」
返す言葉に困り、ひとまず気になったことを尋ねる。ロラン様はアンナが死んだことを知らないのだろうか。
ロラン様はこちらを見て笑うと、周囲に聞こえないような小さな声で言った。




