6-2
プリュムたちは悲惨な光景におろおろと狼狽えている。
私はというと、たくさんの人々が苦しむ様子を見ても、心はどこか冷静なままだった。いかに使う魔力を抑えてこの状況を乗り切るかという考えばかりが頭を占める。
ぐるりと辺りを回り、けが人の状態を確認していった。
動けないほどの重傷を負っている者から、比較的程度の軽い火傷で済んだ者まで入り混じっている。
その中にヴィルジール殿下の姿もあった。上半身裸の姿で、肩からお腹にかけて大きな火傷の痕がある。
他のけが人よりも手厚く何人もの人たちで手当てをしているが、治癒魔法なしでは応急処置が限界だ。
目が合うと、殿下は苦しげな顔で私の名前を呼んだ。私はふいっと目を逸らす。
後ろから悲壮感たっぷりに呼び止める殿下の声が聞こえたけれど、気にせず歩いて行った。どうして私があの人をみてやらなければならないのだ。
棺桶の中で殿下がノエミと婚約するために私を人柱にさせたという話を聞いたときの記憶は、今でも頭に焼きついている。
私は怯えるプリュムたちの中から、最近教会に入って来た者を選んで命じた。
「あなたたちはあちらのけが人を治してあげて。そんなにひどくないから、新入りのあなたたちでも何とかできると思うわ」
その子たちがおそるおそるうなずくと、次は長く教会にいるベテランのプリュムに、けがのひどい者をみるように命じた。
その後も、けが人の程度別に治療できそうなプリュムを割り振っていく。
最後に心底嫌だったけれど、あえて治癒の下手な新入りを選んでやろうかという誘惑が何度も襲ってきたけれど、私はベテランのプリュムに声をかけた。
「あなたは……あちらで倒れているヴィルジール殿下をみてくれるかしら」
「えっ、わ、私ですか。殿下の処置は、聖女であるロズリーヌ様がなさったほうがいいのでは……」
「私、自分を殺そうとした人をみてあげられるほど心が広くないの。あなたは教会に来て長いでしょ。頼んだわよ」
「どういうことですか……? ロズリーヌ様!」
後ろから慌てた声で呼ばれたが、振り向かずに歩いて行った。あの人は私が来るよりも前から教会にいたベテランだし、魔力も高いから、殿下の処置だって何とかなるだろう。
ロズリーヌは力のある者に媚びまくって甘い汁を吸って生きることを信条にしているが、殿下は別だ。
権力者の中でも最高峰だけど、あいつに媚びるくらいなら死んだほうがましだとすら思う。
命令だけすると、私は先ほど辺りを見回したときに見つけた知り合いの貴族の元へ駆けて行った。
「ロ……ロズリーヌ様、来てくれたんですね」
「はい。もう安心ですよ。手を貸してください」
私は彼の手を握り、力を込める。真っ赤に焼けただれていた彼の腕が、みるみるうちに回復していった。
彼は涙を流して感謝の言葉を口にした。
「ありがとうございます。あなたはまさしく聖女だ……」
私は彼に微笑んでみせた。聖女だなんてとんでもない。私はこんな緊急時ですら、打算を優先する女なのだ。
だって貴重な魔力を使うなら、地位の高い者に使いたいもの。
裕福な知り合いを全て診終えると、私は周りの様子を見渡した。全てのけが人を治療するにはまだまだ時間がかかりそうだ。
手伝おうと思いかけ、慌てて頭を振った。
アンナの悲惨な人生を忘れたのか。私はこれからは自分のことだけ考えて生きるのだ。プリュムたちにけが人を割り振ってあげただけで十分だろう。
後は彼女たちに任せて帰ろうとした瞬間、後ろから住民たちの騒ぐ声が聞こえてきた。
「まだ人が取り残されているって!?」
「ああ、子供が窓から助けを呼ぶのが見えて、騎士様が飛び込んで行ったきり戻ってこないんだ」
「大丈夫なのか。一体どうしたら……」
騎士様という言葉に心臓がどくんと鳴った。まさか。騎士様なんてたくさんいる。そんなはずはない。
それでも気になって、会話をしている住民に近づく。
「あの、その飛び込んだ騎士とはどんな方ですか」
「聖女様! はい、騎士様は黒髪に青い目をした青年でした」
「名前は、名前はわかりませんか」
「名前は……確か火事が起こる前の会場でロランと呼ばれていたような……」
名前を聞いた瞬間、お礼を言うのも忘れて宮殿の前に駆けだしていた。
燃え盛る宮殿を見つめ、ロラン様の姿を探す。けれど彼の姿は見当たらない。
ふと、屋上のところで何かが動くのが見えた。じっと目を凝らすと、それは子供を抱えるロラン様の姿だった。




