6-1
憂鬱な気分で目を覚ました。私の心情とは裏腹に、窓の外は明るく晴れている。
昨日のロラン様との会話が、ずっと胸に残っていた。ロラン様は、もし私がアンナだと知ったらどう思うだろうか。幻滅されるだろうか。
ため息を吐いてベッドから起き上がる。とりあえず支度をしなくてはならない。
鏡台の前に座って、ブラシを手に取る。
「……え?」
鏡に映る自分の姿に目を見開いた。赤い髪がところどころ茶色に戻っている。
『ロズリーヌー。髪をぺたぺた触ってどうしたの?』
「ローズ……!」
近づいて来たローズに縋るような目を向ける。
「髪が一部、茶色くなっているの。まるでアンナの時の髪色みたい」
『ああ、契約切れが近いのかもね』
「契約切れ……?」
尋ねると、ローズはけろりとして言った。
『契約には限りがあるの。魔法をたくさん使うと、契約切れで元の姿に戻る仕組みになっているのよ』
「な……! そんなこと一言も言ってなかったじゃない!」
『だって聞かれなかったから……。だめだった?』
ローズは不思議そうにしている。
だめに決まっているじゃないか。教会にいる間に元の姿に戻ったらどうするのだ。しかし、ローズは平然としている。
「髪、どうしよう……。こんな姿じゃ外に出られないわ」
「任せて。染めちゃえば問題ないわ」
ローズはそう言うと、どこからか薔薇の花を大量に持ってきて私の頭に被せた。薔薇は髪の上で氷のように融け、私の髪を赤く染めていく。
鏡を見ると、外見は元通り綺麗な赤髪姿に戻っていた。
けれど、魔力を使い過ぎると契約が切れるなんて新情報を聞いたことで、私の心は全く落ち着かなかった。
***
それから私はこれまで以上に魔法をかける人を選ぶようになった。
契約が切れても、アンナ時代に使えていた魔法はそのまま使えるらしい。しかし、ローズと契約してから得たような強い魔法は使えなくなるという。
限りがあるのなら適当な人に使うわけにはいかない。
一応ローズとの契約が切れたとき、ほかの精霊と契約できないのか尋ねてみた。しかし、それはできないようだった。
もともと私の守護精霊としてそばにいたローズは、私と大変相性が良いらしい。だから契約をすることで外見が変わったり、魔力が大きく上がったりしたのだそうだ。
つまり、ローズとの契約が終わってから、たとえばリュカと契約してまた強い魔力を得るということはできないのだ。
最近は、以前加護の日に起こったような魔力切れが頻繁に起こる。
魔力が滞る度、私は力なく自分の手を見つめた。私がロズリーヌでいられる期間は、もうわずかしか残っていないのかもしれない。限られた魔力は大切に使わなくては……。
そんなある時、街で事件が起きた。
貴族たちがパーティーを開いていた宮殿で、大きな火事が起こったのだ。都合の悪いことに、招待客の中にはヴィルジール殿下もいた。
教会から行けるだけの人間が現場に派遣された。私も司教様に現場に向かうよう頼まれる。
移動中、プリュムたちはみな顔を見合わせて、不安そうな顔をしていた。
周りを見回して、ふとノエミがいないことに気づく。婚約者であるヴィルジール殿下が巻き込まれたかもしれないというのに、どうしたのだろう。
しかし、前方に見えた恐ろしい光景に、そんな疑問は一瞬で飛んで行ってしまった。
宮殿からは赤々と燃える炎と灰色の煙が立ち上り、一部は壁が焼けて柱が露出していた。炎はまだ消えておらず、近づくだけで熱気を感じる。
水魔法を使える者で形成された消防部隊が消火活動を行っていたが、火の勢いはおさまらない。
宮殿の前にはシートが引かれ、たくさんの火傷をしたらしい人々が寝かされていた。
街の住人らしき人々が必死にけが人の体を冷やしたり、包帯を巻いたりしているが、応急処置は全く間に合っていない様子だった。