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僕はアンナの全身を見渡した。すると右足に傷痕のようなものを見つけた。近くで見てみると、それは傷痕ではなく、花びらの塊だった。
「アンナ、勝手に触ってごめん」
そう言いながら、そっと右足に触れる。すると、花びらはさらさらと崩れ落ち、足に小さなへこみができた。
「……花人形」
学生時代、精霊学の授業で聞いたことがある。植物の属性を持つ精霊は、花や草、木を使ってどんなものでも作り出せるのだと。
力の強い精霊になると、花びらから人間そっくりの花人形を作って人を惑わせることもできるらしい。
ほとんど伝説のような話で、今の今まですっかり忘れていた。しかし、アンナは精霊が見える聖女だ。そんなすごい力を持つ精霊の力を借りられたとしても、何もおかしくない。
「アンナはもしかして生きているのか……?」
希望が胸に灯るのを感じた。もしかしたら、アンナは人形を身代わりにどこかへ逃げたのかもしれない。ここから遠く離れた場所で元気に暮らしているのかもしれない。
絶望の中に光を見つけ、目からまた涙がこぼれた。
棺桶の蓋を元通りに閉める。このことは誰にも言わないほうが良いだろう。もし発覚すればアンナが連れ戻される恐れがある。
僕はアンナを探しに行くことにした。
一目で良いから元気な姿を見たい。いや、本音を言えば、僕と一緒に故郷へ来てくれないだろうかと思っている。
アンナが教会で不当な扱いを受けているのを見る度、どこかへ連れて行ってしまえたらと思っていた。
しばらく前に跡取りだった兄が外国からやって来た女性と駆け落ち同然に家を出てしまってから、父に騎士団を辞めて実家の後を継ぐよう何度も急かされている。
アンナがうなずいてくれるなら、僕の故郷で一緒に穏やかに暮らしたい。
けれど、多くは望まない。アンナが元気に生きていてくれるなら、それだけで構わなかった。
***
アンナを探しに行くために騎士団の仕事に都合をつけようと準備をしていたある日、教会に新しい聖女がやって来た。
彼女の名前はロズリーヌ・フェリエ。赤い髪に金色の目をした、人目を引く女性だ。侯爵家のご令嬢だという。
彼女の名前はあっという間に街中に知れ渡った。騎士団でも多くの者が彼女を美人だと褒めている。
僕は彼女を好ましいとも、好ましくないとも思わなかった。ただ、新しい聖女が来たことで、人々の頭からアンナの記憶が上書きされるような気がして、それを寂しく感じたけれど。
しかし、しだいに彼女への感情は嫌悪へと変わっていった。
ロズリーヌはどうやら富と権力にしか興味がないらしい。有名な貴族や裕福な商人の元へは呼ばれなくても飛んでいくのに、怪我や病気に苦しむ庶民が教会を訪れても、冷たい目で一瞥して去って行くだけなのだ。
いまいましいのは、そんな態度なのにみんなが彼女を崇めることだ。
彼女がやることは何もかもよく受け取られ、素晴らしい方だと多くの者が褒めたたえた。
望んで聖女の能力を持って生まれてきたわけではないのだから、ロズリーヌが打算で能力を使うことを咎めるのはお門違いなのかもしれない。
それでも、毎日全力で頑張っていたアンナのことを思い出すと、その十分の一も人々のためになっていない彼女が称えられることが納得いかなかった。
教会に加護を受けに行く日、意外にもロズリーヌが向こうから話しかけてきた。
アンナがいないため、適当にそばにいたプリュムに頼んで加護の魔法をかけてもらったが、ロズリーヌはもう一度自分が強い魔法をかけてあげるという。
二回も魔法をかけてもらう理由がなく、断った。
しかし、大分素っ気ない態度を取ったと思うのに、彼女は立ち去る僕を後ろから追いかけてきた。うっとうしくてはっきり嫌いだと告げると、彼女は眉を吊り上げて怒鳴った。
私利私欲の何が悪いのか、無条件に尽くしても誰も感謝しないと。慣れれば当然だと考えて文句を言うようになるだけだと。
その時は否定してしまったが、ロズリーヌの言葉はずっと胸の奥に残った。
アンナの教会での扱いや、最後には人柱にされたことを考える。
ロズリーヌは何も考えていない女性だと思っていた。けれど、あの言葉を聞くに、そういうわけではないのかもしれない。
彼女が打算的な生き方をするに至ったのには、おそらくそれなりの理由があるのだ。
今度会うことがあれば彼女に謝ろうと、そっと心に決めた。
アンナを探しに旅に出る前には、その機会が訪れるといい。