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二ヶ月ほどの遠征から帰って来たある日のこと。アンナの姿が見たくて、用もないのに教会に向かった。
そこでプリュムから信じられない話を聞いた。
アンナが「神の儀」という儀式を受けて、人柱にされたと言うのだ。
「人柱……? どういうことだ」
「ですから、アンナさんは神の儀で棺桶に入れられたのですわ」
「生きた人間を? 正気か?」
「そういう儀式なんですもの」
プリュムはあっさりそう言うと行ってしまった。今聞いた話が信じられず、呆然と立ち尽くす。
そんなわけない。きっとたちの悪い冗談だ。
自分にそう言い聞かせながら、司教に会わせてくれるよう近くにいた別のプリュムに頼んだ。
しかし、司教の口から出たのも同じ言葉だった。
「ああ、アンナですか。あの子は神への生贄になりましたよ」
なんてことのないような口ぶりだった。こいつはわかっているのだろうか。自分がアンナを殺したということを。
「なぜアンナだったんだ。そもそもそんな儀式本当にする必要があったのか」
「国のためですから」
「国のためならアンナが死んでいいとでも?」
声を震わせて聞くと、司教は曖昧に笑った。罪悪感すら抱いていないように見えるその態度に、怒りがふつふつと込み上げてくる。
「物分かりがいい子でよかったですよ。暴れもせず、大人しく棺桶の中に入ってくれました。あの子はきっと天国へ行くでしょう」
司教はこちらをなだめるように調子のいい言葉を口にする。その作り笑いを見ていると、全身の血が沸騰しそうになった。
「ふざけるな!! お前たちは人殺しだ!!!」
そう怒鳴ると、司教はいまいましそうにこちらを見た。
「仕方がなかったのです。私たちだって、あの子には悪いことをしたと思っていますよ」
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ふらふらと教会の廊下を歩いた。もうアンナのあの笑顔を見られないと思うと、世界が真っ暗になるような気がする。
せめて亡骸を見たいと司教に頼んだが、関係者以外の立ち入りは禁止だとあっけなく却下された。
諦めきれず、プリュムに頼んで棺桶のある部屋に案内してもらう。本来なら立ち入りは禁止されているらしいが、その子にそっとお金を渡し、鍵を開けてもらった。
「あの、私がここを開けたことは誰にも……」
「もちろん言わないから安心してくれ。万が一バレても、自分で鍵を盗んだことにする」
そう言うと、プリュムの少女はほっとした顔になって部屋から出て行った。鍵は部屋の前の花瓶の後ろに隠しておけばいいと、渡してくれた。
ゆっくりと部屋の奥にある棺桶に近づく。
神聖さを感じる真っ白な棺桶だった。つなぎ目には金色の鍵穴がある。こんなに厳重に鍵がかかっていたら、苦しくても逃げ出せなかっただろうと思うと、胸が重くなった。
「アンナ、アンナ」
呼びかけながら棺桶の蓋を撫でる。
どうして僕はこんな重要なときに王都を離れていたんだろう。王都にいれば、アンナが人柱にされるという話が入ってきたかもしれないのに。そうしたら一目散に飛んできて、アンナを助けたのに。
自分が情けなくなり、頬を涙が流れ落ちた。
アンナは何度も僕の傷を癒してくれたのに、何度も僕に加護の魔法をかけて守ってくれたのに、僕は彼女に何もできなかった。
棺桶の上に突っ伏して泣き続けた。彼女にもう会えないことがつらくてたまらない。
突然、棺桶からゴトリと音がした。蓋がずれるような音。
怪訝に思いながら蓋を持ち上げてみると、鍵がかかっているとばかり思っていたのにあっさり開いた。
驚きつつ、中が見えるまで蓋をずらす。するとアンナの子供のように無邪気な寝顔が現れた。……死に顔というのだろうけれど、僕には寝顔にしか見えなかった。
「アンナ」
思わずその白い頬に触れる。まるで作り物のように冷たく、少し触れるだけで大きく動くほど軽かった。というより、軽すぎるような気がした。
不思議に思いながら、そっとその体を持ち上げる。
あまりにも軽すぎる。顔はアンナそのものなのに、花びらを集めたように軽い。
それに、話によればアンナが棺桶に入れられたのは一ヶ月以上前のはずだ。それなのに、全く腐敗せず生前そのままの姿ということはあり得るのだろうか。




