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「何をするんですか」
「私利私欲の何が悪いって言うの!! 偶然聖女の能力を持って生まれたからって、無条件に尽くせとでも!? 言っておくけどね、そんなことをしても誰も感謝しないわよ。すぐに当然だと思うようになって、少しでも対応が足りなければ文句を言うようになるの。そんな扱いをされても耐えろって言うの!?」
廊下中に響くような声で叫んだら、ロラン様は呆気に取られた顔をした。
いくらロラン様の言葉でも、とても納得できなかった。いや、ロラン様の言葉だからこそ悲しかったのかもしれない。
アンナだった頃、私は私利私欲は捨てて、街の人たちのために、教会のために、昼夜を問わず働いた。けれどその結果返ってきたのは、蔑みの目と人柱なんていう惨めな終わり方だった。
あの生き方が正しかったと言うのだろうか。悲しい結果に終わったけれど、人々のためになったからそれでよかったって? 冗談じゃない。あんな人生、二度とごめんだ。
ロラン様は肩で息をしている私に、眉をひそめながら言う。
「そんなことは言っていません。あなたの行動は極端過ぎると思うだけです」
「へぇ、そう。人間なんてみんなそんなものじゃないですか? 聞きますけれど、ロラン様は私みたいに私利私欲で動かないで、権力者にも庶民にも分け隔てなく接するような人知っています? そんな人いるんですか?」
「いますよ。よく知っています。あなたが来る前にここで聖女として働いていた、アンナという人です。とても優しい人でした。聖女の立場にありながら文句ひとつ言わず雑用をこなし、プリュムたちが帰っても何時間でも病人の世話をしていたような人です。僕はずっと彼女のように生きたいと思っていた」
ロラン様はさっきまでの冷たい顔が嘘のように、優しげな表情を浮かべて言う。その笑みはきっと目の前にいる私ではなく、アンナに向けられたものなのだとわかった。
心臓がまた痛みだす。先程までとは違う痛み。
けれど、心に浮かんだのは過去の私を褒めてくれたことへの純粋な喜びではなかった。
「……そうですか。そんな人がいたんですね」
「はい。とても素敵な人でした」
「では、その人は今どこで何をしているのですか? そんなにいい方なら、きっと幸せに暮らしているのでしょうね」
尋ねたら、ロラン様の顔がたちまち歪んだ。彼はつらそうに唇を噛んだ後、私から目を逸らす。
「知りません。けれど、きっとどこかで幸せに暮らしているはずです」
「そうですか。それはよかったこと。でも、私はそんな生き方まっぴらだわ」
私はくるりと背を向け、ロラン様の元から走り去る。
まるで逃げたみたいだ。けれど、これ以上ロラン様とアンナの話をしていたくなかった。
『ロズリーヌ、あいつ嫌な奴だと思ったけど、アンナのことを褒めていたからいい奴ね!』
『ロズリーヌ様に失礼なことを言ったのは許せませんけどね』
ローズとリュカが私の周りを飛び回る。
嬉しいとは思えなかった。だってロラン様が褒めてくれたアンナはもういないのだ。今の私は自分のことしか考えない悪女に成り下がってしまった。
後悔はしていない。
けれど、ロラン様が素敵だと言ってくれた自分は失われたのだと思うと、胸の奥がじくじく痛んだ。




