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教会で私に逆らう者は誰もいなかった。
アンナ時代にはあれだけ見下されていたのに、今はロズリーヌが一言命令するだけでみんな頭を下げて言う通りにする。
以前私が入れられた棺桶の前で悪口を言っていたプリュムなんて、私が少し褒めてやると犬のように尻尾を振って喜び、翌日手の平を返すように冷たくすると、泣きそうな顔で戸惑っていた。
自分の行動一つで人々が一喜一憂するのは、なんて愉快なのだろう。
司教様も今ではすっかり私の言いなりだ。なんでも私が来てから権力者たちが教会を目にかけるようになり、多額の寄付をしてくれるようになったのだと言う。
目の前で下卑た笑みを浮かべてぺこぺこ頭を下げる司教様を、私は冷めた思いで眺めた。
いくらロズリーヌにひれ伏したって、アンナ時代にされた仕打ちは忘れられるものではない。
私は表面上は司教様に友好的に振る舞いながら、裏でこっそり彼の悪事を権力者たちに流した。「都合の悪いことがあれば、これで教会を思うようにできるはずです」と言い添えて。
聖職者のくせに、司教様は寄付金の横領をしたり、詐欺まがいの手口で土地を手に入れたりと、随分なことばかりしている。いつ表に出るのか楽しみだ。
自分の利益以外考えない司教様は、これからも風向きが変われば簡単につながりのある者を切るだろう。司教様の悪事を知っている者が彼に裏切られたとき、どんな行動に出るのだろうか。
「ロズリーヌ!」
教会の廊下を歩いていると、爽やかな笑みを浮かべた美青年が駆け寄って来た。ヴィルジール殿下、アンナの元婚約者で、ノエミの現婚約者だ。
「殿下。今日も教会にいらしてたんですね。ノエミ様に会いに?」
「いや、今日は君に会いに来たんだ。君はよく頑張っているらしいから、これを」
ヴィルジール殿下はそう言ってビロードの箱を差し出してきた。中を開けると、宝石をふんだんに使ったネックレスが現れる。
美しいネックレスを眺めながら、心が急速に冷えていくのを感じた。
ロズリーヌのやっていることなんて、地位のある者やお金のある者を探して恩着せがましく魔法をかけ、あとは好き放題遊んでいるだけだ。
アンナ時代、ふらふらになるまで病人を癒しても、手があかぎれだらけになるまで雑用をこなしても、ねぎらいの言葉一つかけられたことがなかったのに。
ロズリーヌにはこんなネックレスまで渡して褒めるのか。
「ありがとうございます。嬉しいですわ」
そう言って笑顔を向けたら、ヴィルジールはぱっと顔を輝かせて、「ぜひつけてくれ」と機嫌よく去って行った。
私は箱のふたを閉めると、どこに売ろうかと頭を悩ませた。
王子からのプレゼントを売ったとバレるのはまずいから、切り刻んで宝石だけ売るのがいいかもしれない。
教会の者はみんな私を憧れと畏怖の混じった目で眺めたけれど、ただ一人ノエミは、敵意だけを込めた目で私を見つめた。
私がここに来てからというもの、今までノエミを崇拝していたプリュムたちは私のご機嫌取りばかりするようになって、司教様も私を最優先して物事を決めるようになった。おもしろくないのは当然だろう。
その上、やっと婚約者になれたヴィルジール殿下まで私に気を取られているのだ。
最近ではヴィルジール殿下が婚約者をノエミから私に変えられないか、あちこちへ走り回っているなんて話まで聞いた。
たとえ許可されても私には再び彼の婚約者になる気などさらさらないのに、ご苦労なことだ。
けれど、彼の行動はきっとノエミを苦しめているだろうと思うと、少しだけ感謝してもいいと思った。
ノエミははじめこそにこやかに接してきたものの、今は不愉快さを隠そうともしなくなった。廊下ですれ違うたびにじろりと睨みつけてくる。
私はその度に微笑みを返していたけれど、一度以前のノエミを真似して、周りにいるプリュムたちに「私何かしたかしら……? きっと無意識のうちにしてしまったのね……」と悲しげに言ってみたら、ノエミは慌て顔になって走り去っていった。
それからはあからさまに睨みつけてくることはなくなった。
好き放題生きる毎日はとても楽しくて、私はよくこっそりそばにいるローズとリュカに顔を向けて笑い合った。




