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私と変身したローズは応接室に通された。
司教様は一瞬怪訝な顔で私を見たが、私のつけているダイヤモンドの首飾りや、金の腕輪に目を留めると、たちまち笑顔になって「どうぞおかけください」と告げた。
「突然伺って申し訳ありません。私は、フェリエ侯爵家のロズリーヌと申します。こちらは当主である兄です」
笑顔でそう告げると、司教様の曖昧な笑みを浮かべ、探るようにこちらを見た。フェリエ侯爵家なんて存在しない。侯爵家だというのに、聞いたこともない家名を言われ戸惑っているのであろう。
「失礼ですが、ロズリーヌ様はこの国のご出身ですか?」
「ええ、そうですわ。フェリエ家をご存知ありません?」
「失礼ながら、聞いたことも……」
言いかけた司教様に向かってローズが手を伸ばす。ローズの手から、光がふわふわと司教様の元へ飛んでいく。
「ああ、フェリエ侯爵家のお嬢様ですね。よく存じております」
司教様は虚ろな目で言った。私とローズは笑いだしそうになる口元を隠して、顔を見合わせる。
ローズには人を催眠状態にして、どんな荒唐無稽の嘘でも本当だと信じ込ませる能力があるらしい。これで、司教様の中では私は由緒正しい侯爵家で育ったお嬢様になった。
「フェリエ家のご令嬢が何の御用でしょうか」
「ええ、実は最近急に魔力が上がった気がしますの。それに、今まで一度も見えたことがなかったのに、精霊の姿が見えるようになったんです」
「精霊?」
司教様が目を見開いた。驚くのも当然だ。精霊の姿が知覚できる者は、十数年かけてもアンナとノエミの二人しか見つからなかったほど貴重なのだから。
「ええ。精霊が見える者は、教会で聖女として働く決まりでしょう? ですからここにやって来ましたの」
「それはありがたい。しかし、侯爵家のご令嬢がわざわざ教会で働くことを選ばなくても……」
「せっかく能力をもらったのですから、正しい形で使いたいのですわ」
そう言うと、司教様は戸惑ったようにうなずいた。
「何か精霊が見えるという証拠を見せたほうがいいかしら?」
「は、はい。教会で働く者が皆受けるテストがあるので受けていただけますか」
「もちろんよ。やらせてちょうだい」
私がうなずくと、司教様は隣の部屋から鳥籠のような物を持って来た。懐かしい思いでそれを眺める。
アンナ時代に教会に来たときも受けたテストだ。あの時は籠の中がうっすら光っているだけで何もいないように見えたが、今の私にはその姿がはっきりと見えた。
「この籠の中に、何か入っているのが見えますか」
司教様はそう尋ねる。
私はじっと籠を覗き込んだ。
青い髪をした男の子だった。彼は不機嫌そうな顔でじっとこちらを睨んでいる。ローズと同じ半透明の羽は、ところどころ破けてしまっていた。
「見えますわ。小さな男の子の精霊ですね」
「な……っ」
「髪は青。目は緑色。人間みたいなスーツにコートを羽織って、可愛らしいですね。けれど、羽根が破けて顔にも擦り傷がたくさんついています。中でたくさん暴れたんじゃないかしら」
司教様は目を大きく開けてこちらを見ていた。一方、籠の中の精霊のほうも驚いた様子で私を見ている。
「そ、そんなにはっきりと見えるのですか?」
「ええ。よく見えます」
「私にはそれが全く見えないのです。けれど、今仰られたことは、五十年前の聖女が告げた籠の中の精霊の特徴と一致しています」
司教様の言葉にうなずきかけたところで、嫌な想像が頭をよぎる。五十年前の聖女と言っただろうか。まさか……。
「司教様。この精霊、まさか五十年も籠の中に閉じ込めているということですの?」
「え? ええ。我が教会に代々伝わるもので、聖女を見分けるためのテストに必要なので……」
「ふざけないで! そんなことのために精霊を五十年も閉じ込めるなんてありえないわ! すぐに出してちょうだい!」
私が怒鳴ると、司教様はおろおろと、そういうわけにはいかないと言う。私はすっかり呆れてしまった。アンナだった頃は精霊の姿まで見えなかったので、まさか中の精霊がこんなにボロボロになって閉じ込められているとは知らなかったのだ。




