3-2
***
私は人に見つからないよう、こっそり逃げることを選んだ。
棺桶の中には、ローズに作ってもらった花人形を入れておく。
これはローズの魔法で花から作り出した人形で、ひと目見ただけでは偽物だとわからない精巧な作りをしている。これがあればしばらくはバレる心配がなさそうだ。
ローズのおかげで教会からは容易に脱出できた。
彼女はどんな鍵も自在に開け、廊下で人とすれ違えば魔法であっけなく眠らせてしまうのだ。
感心するとともに、こんなに便利な精霊が近くにいるなら、これまでも呼び出しさえすればもっと楽に生きられたんじゃないのかと思う。
『アンナ、教会を出たらどこに行く?』
ローズは期待に満ちた目で尋ねてくる。
「そうね……。とりあえず、王都を出て別の街に行こうかしら」
『いいわねっ。行きましょう、行きましょう! 馬車を出してあげましょうか?』
ローズはくるくる飛び回りながら楽しそうに言う。
そして外に出ると、本当に薔薇の形をした馬車を出してくれた。いかにも高貴そうな白い馬が引く、うっすらと光る馬車。
『さぁ、行きましょう。アンナ』
ローズに小さな手で袖を引っ張られ、私は馬車に乗り込んだ。
王都から一番近い別の街につく頃には、すっかり空が白んでいた。
ひとまずは宿探しから始めることにする。ローズが道端に咲いている花を宝石に変えたり、捨てられていた布切れをシルクの布に変えたりしてくれたので、宿代は簡単に貯まった。
後から元の花や布切れに戻ったりしないのかしら……と心配しかけたところで、ぶんぶん頭を振る。そうなったって私には関係ない。これからは自分のことだけを考えて生きるのだ。
棺桶の中で絶望した時に、こんな終わりは嫌だと強く思った。
せっかく外に出られたのだ。今度は言いなりになるばかりのつまらない人生じゃなくて、誰を蹴落としてでも好きなように生きてやる。
宿につくと早速準備を始めた。すでにやろうと決めていることがある。
ここで準備を整えて、もう一度あの教会に戻るのだ。
***
その街で一ヶ月ほど過ごした私は、再びローズに出してもらった馬車に乗り、今まで住んでいた王都の教会まで向かった。
私は今までだったらとうてい着ようと思わなかったであろう、黒いレースに縁どられた赤いドレスを着ている。
馬車の向かいには、白いスーツを着たピンク髪の紳士が座っていた。これは変身したローズだ。精霊とは性別関係なく好きな者に変身できるらしい。ローズはにこにこしながらこちらを見ている。
「アンナ……じゃなくて、今日からロズリーヌなんだっけ」
「そうよ。アンナという名前は出さないように気をつけてね」
「わかったわ! 任せておいて」
「それと、今は男性に変身しているから、言葉遣いも合わせたほうがいいわね」
私がそう言うと、ローズは口を押さえてもごもご言っていた。
私は今日からアンナと言う名前は捨て、ロズリーヌという人間として生きていくことにした。
外見はすっかり変わってしまったので、教会の人たちに会っても気づかれないだろう。
教会で働く条件はわずかでも光の魔力を持っていることで、さらに精霊を知覚できる能力があれば聖女になれる。
今の私なら当然また聖女になれるだろう。今度はいいように使われたりしない。聖女の肩書きを利用しきってやる。
そんなことを考えているうちに、馬車は教会に到着する。
「すみません。司教様にお会いしたいのですが」
二人いる門番のうち一人に声をかけると、めんどくさそうにこちらを振り向いた。しかし、私と目が合った途端彼の目は大きく見開かれ、満面の笑みになる。
「ええ、どうぞどうぞ! なんのご用ですか?」
「詳しくは言えませんが、お話ししたいことがあるんです」
「わかりました。すぐにお通しします。こちらへどうぞ」
なんの用で来たのかわからない人間をあっさり中に入れていいのかと思いながら、門番の後に続く。
「司教様、お客様がお見えです」
門番は玄関についている通信機で司教様にそう伝えると、にこやかに去って行った。
あの男とはアンナ時代にも面識がある。私のことを下女のようだと嘲笑っていたのに、随分な態度の差だと呆れかえった。




