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今日も教会はノエミ様を中心に回っている。
本来は彼女のものであったはずのヴィルジール殿下の婚約者という立場を奪った私は、みんなにとっていまいましい存在でしかない。
「ノエミ様は本当にいつも可愛らしくて、お優しくて素敵な方よね」
「本当に! この間も私の手が荒れているのを見て治癒魔法をかけてくれたのよ」
「それに比べてアンナさんは……」
「あの人がノエミ様を差し置いて殿下の婚約者になるなんて、許せないわ」
壁の向こうからプリュムたちの悪口が聞こえてくる。私は思わず身を固くした。
こんなことは特に珍しいことでもない。けれどいつまで経っても慣れることはなく、こんな時いつも私はうつむいてその場を逃げるように離れてしまう。
私、アンナは孤児だった。
赤ん坊の時、孤児院のドアの前に名前の書かれた紙と一緒に捨て置かれているのを、院長先生に見つけられて育てられた。
孤児院での生活は窮屈で、厳しく、あまりいいものではなかった。
放っておかれれば死ぬところだった私を助けてくれた院長先生にはとても感謝しているけれど、彼女の射抜くような厳しい目はどうしても苦手だった。
私には不思議な力があった。
両手を組み合わせて祈ると、けがや病気を治したり、邪気を祓ったりできるのだ。
これは光魔法の能力で、この資質を持つ者は望めば教会でプリュム(ほかの場所でいうシスターのようなもの)として働けるらしい。
さらに私にはときどき小さな光が舞う様子が見えた。森や水辺など自然の多い場所や、教会のような神聖な場所で見つけることが多く、時折街中でも光を見つけた。
どんな場所に行っても、目を凝らしさえすれば必ず一つはその光が見えた。
院長先生は、私は精霊の加護を持っておりその姿を知覚する能力があるのだと言った。それは光魔法よりもずっと珍しい能力だという。
光が見えるだけで私には精霊の姿までは見えなかったけれど、見えない何かが自分のそばにいると思うと心強い気持ちになった。
このことはすぐに王都にある国で一番大きな教会に知らされ、私はそこで暮らすことになった。
王都の教会で働くというだけで分不相応に思えるのに、その上プリュムではなくその一段上の階級の聖女になるのだという。ただの孤児でしかない私にはなんだか荷が重かった。
王都の教会は今まで暮らしていた村にあった教会とは比べ物にならないほど大きく、立派な造りをしていた。
出迎えてくれたプリュムたちはみんなにこやかで、聖女なんて大それた肩書きをもらってしまい緊張していた私は、和やかな雰囲気にほっと胸を撫で下ろした。
しかし、彼女たちが友好的だったのは私が孤児だと知るまでの間だけ。
この教会には裕福な家の娘たちが集まっており、平民出身の、まして孤児のプリュムなど一人もいない。
それが精霊を見られるというだけで、プリュムたちより一段上の聖女の肩書きを授かってしまったのだ。反感を買わないはずがない。
この教会は少し変わった階級制度を持っている。一番上が司教様で、その次が聖女、そしてその次が「プリュム」と呼ばれるシスターたち。
聖女には、長く教会で働いているとか、働きぶりが優秀だとか、そういった理由ではなることができない。精霊を知覚できる者だけが聖女の称号をもらえる仕組みになっている。
わずかでも精霊を知覚できる人間は非常に珍しく、この国には現在私とノエミ様の二人しかいない。
貴重な能力を持っているからと言って周りが認めてくれるかといえば全くそんなことはなく、むしろ孤児のくせに生意気だと叩かれる材料になった。