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8 愛の告白とセクシーボイス



 さて院長がネモフィラに王子妃になって援助してほしい意思を示すと、ネモフィラはあっさり頷いた。「院長がそう言うなら」と。


 それでいいのかネモフィラ。


 あっさりし過ぎていて、ユーフラテスは肩透かしを食らった。


「というわけで殿下、わたくし殿下に嫁ぐことにいたしますわ」


 マジで。


 散々逃げ回っていたネモフィラの姿を知っているハロルドや、ユーフラテスのことを悪し様に罵ったり院長への恋心を語ったのを聞いたばかりのヒロインはネモフィラの鮮やか爽やかな変わり身に絶句した。


 一方ユーフラテスは、ここで畳み込んどけ! と前のめりになった。


 ――よし! ここで愛の告白だ!


 ユーフラテスはダメ押しとばかりに意気込む。


「ネモフィラ! お前ほどぶっ飛んでバカな女は見たことがない! 大人しく俺の嫁にこい!」


 ――違うだろ。


 その場に居た者全員の心の声が重なった。

 ユーフラテスとネモフィラ以外の。


 それは愛の告白なのか、ユーフラテス。

 それでいいのか、ユーフラテス。


 せっかくネモフィラが嫁ぐことを了承したというのに、台無しである。

 奇跡が起こったかと思えばぶち壊す男、ユーフラテス。


 しかし対するネモフィラもまた酷かった。


「院長の介護をして大往生を見送ったあとでよろしいなら良いですわ」


 んー。

 めちゃめちゃ納得できない!

 納得できないけどネモフィラ馬鹿だから丸めこんどけばオッケー。


「わかった。まず一月の内に院長にはここを退いてもらおう」


 老体に海辺の孤児院の管理は体に堪えるだろうからな、と優しく微笑みかけるユーフラテス。

 院長は強張った笑顔で頷く。何を言われても頷く姿勢です。


「この孤児院はキャンベル辺境伯預かりだったか? 人事については俺から辺境伯へ伝えておこう。院長はこれまでご苦労だった。よく休め」


 労をねぎらうようにユーフラテスは院長の萎びた肩に、その大きく分厚い手をかけた。本心ではギリギリと最大握力で粉砕してやりたかったが、そこは抑えた。


 頑張ったね、ユーフラテス。


 院長は身に余る光栄だのなんだのモゴモゴと口籠りながら礼をした。


「あとの面倒をキャンベル辺境伯家で見てやればいいだろう。ネモフィラもそれで異論ないな?」

「もちろんですわ!」


 この院長、現キャンベル辺境伯にとって従叔父でもあるため、寄親のキャンベル辺境伯家が彼を受け入れることは然程(さほど)不自然ではない。


 ネモフィラにとってはわざわざ孤児院に慰問に向かわなくてよく、また生家に恋する相手がいるのなら願ったり叶ったりである。


 そこへきて不満なのはヒロインである。


 せっかく孤児院の環境改善が見込めるかと思ったところで、ネモフィラが引き籠ってしまう。


 わかっているとばかりにユーフラテスがヒロインを一瞥すると、何かを言いたげに、しかし口を挟んでは不敬になるのかと唇を噛みしめ、組んだ両手を腹の前できつく結んでいる。


 先程は会話に割り込んできたが、ユーフラテスを援護するような発言であったし、おそらくユーフラテスに反意を唱えたい今は口を引き結んでいる。

 このヒロイン、最低限の礼節は弁えているらしい。


 ユーフラテスはニヤリと口角を挙げた。


「しかし俺は、この孤児院に援助することもその費用を増やすことも、ネモフィラに慰問させることも約束したからな」

「えっ。お約束なんてなされたかしら」


 驚いたのはネモフィラである。


 これで孤児院慰問なんて面倒なことをしなくて済むと安堵していたのに。

 なぜか院長も退職して去ってしまった孤児院に慰問に行けと言われている。


 それにユーフラテスは約束などしていないのでは……?

 提案しただけだったような……?


 目線を左に固定して眉をきつく寄せ、口元に手を当てながらネモフィラは考える。

 うんうん唸っているネモフィラにユーフラテスはそっと囁きかける。


「おい、お前の言っていた乙女ゲームはどこが舞台なんだ?」


 ユーフラテスの言葉に、はっと何かに気が付いたネモフィラは、勢いよく顔を上げた。

 ネモフィラの長い髪がユーフラテスの顔を強打した。


「孤児院! 孤児院ですわ、殿下!」

「……そうだろう。それでお前はその舞台を見逃すのか?」


 痛めた鼻を手で抑えながらも、ユーフラテスはネモフィラに優しく微笑みかけた。


 ユーフラテスがネモフィラに素直に微笑みかけることなど、今まであった試しがない。

 ユーフラテスの微笑は何か企んでいる証だ。


 しかしネモフィラは興奮していて気が付かなかった。


「それにだ」


 ますますユーフラテスはうっとりするような魅惑的な笑みを深めていく。

 これにはネモフィラもうっかり見惚れた。


「お前はあのヒロインとハロルドを結び付けたいのだったな?」

「はいっ!」


 ネモフィラはキラキラ目を輝かせて勢いよく挙手した。

 ハロルドは目を剥いた。

 ヒロインは目から光が消えた。


 三者三様の反応を確認して、ユーフラテスはネモフィラの耳元に口を寄せた。


「俺がお膳立てしてやってもいい」


 低く甘い声を吐息交じりに吹きかけてやると、ネモフィラは真っ赤になった。


 王子様のセクシーボイスに反応したのか。

 はたまたハロルド×ヒロインに興奮したのか。

 おそらく後者。




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