3 ツンデレ王子は辺境伯にあなどられる
その後一週間ほどネモフィラは寝込んだ。
王都にあるキャンベル辺境伯のタウンハウスへと、花を手にユーフラテスは見舞いに足を運んたが、ネモフィラの顔を見ることは叶わなかった。
邸宅に仕える者に花を渡すと、ユーフラテスは在宅していたキャンベル辺境伯当主を呼んだ。
応接間に現れたキャンベル辺境伯はすっかり憔悴しきっていた。
何しろ娘のネモフィラが突如、王国の重大な秘密を人目のある婚約者との茶会で暴露したことで、キャンベル辺境伯はほうぼうから批難と疑惑の目を向けられていたのだ。
肝心の娘は未だベッドの上で目を覚まさない。
「辺境伯。だいぶお疲れのようだ」
大人のように眉を寄せる少年ユーフラテス王子に、キャンベル辺境伯は苦笑した。
「全く情けないことです。殿下にはこうしてお御足を運んでいただきながら、父娘ともに誠不甲斐ない」
ネモフィラと同じブルネットの髪をきっちり後ろに撫でつけたキャンベル辺境伯は、その頭をゆるゆると力なく左右に振った。
「全くわからんのです。なぜあの娘がそんな話を知っていたのか……」
ネモフィラが倒れた直後、ユーフラテスは父である国王からすぐさま国王執務室へ来るようにと呼び出された。
そして向かった先、ネモフィラの語ったことが真実であると告げられたのである。
そのときのユーフラテスの驚きは、とても言葉に表せない。
何しろあのネモフィラの言うことである!
おっとりノンビリ。まるで貴族令嬢らしくない、頭足らずのネモフィラ。
それがこれまでのネモフィラへの総意であった。
また王はユーフラテスは勿論、この話を耳にした全ての者達に緘口令を敷いた。
第十一代国王レオンハルト二世とキャンベル辺境伯令嬢ナタリー・キャンベルとの間に婚約関係の結ばれていた事実すら、歴史書からは抹殺されていたことだ。王家の威信に関わる。
特に大貴族と密かな対立関係にある中で、青い血に纏わる問題は慎重を期すべき話題である。
本来、キャンベル辺境伯家にも厳しく口止めされていたはずであり、当主から次期当主へと秘密裏に口承してきた。紙面に残したこともない。
「キャンベル辺境伯。私はあなたを疑っていない」
ユーフラテスが断言すると、キャンベル辺境伯は顔を上げた。
その口元には諦めと、微かな嘲笑が浮かんでいる。
ユーフラテスはテーブルの下で拳を握りしめた。
――子供の俺が何を言おうと、信用に値しないというわけだな。
ユーフラテスは第二王子だ。
正妃の子ではあるが、王太子には兄の第一王子が既に立太子しているし、何よりまだ十歳。幼すぎる。
王子としての執務もまだほとんどなく、有する力はたかが知れている。
国王がキャンベル辺境伯に反逆の意志ありと見なせば、ユーフラテスの執り成しなど、何の役にも立たない。
それをキャンベル辺境伯はユーフラテスに隠すことなく表情に出した。
不敬であるし、貴族として迂闊である。
だがそれが今のユーフラテスに対するキャンベル辺境伯からの評価なのだ。
ユーフラテスは甘んじて現状を受け入れることにした。
――これからだ。
今に見ておけ、辺境伯よ。俺は必ず力をつける。お前が守れなかった娘を、俺が必ず守ってやる!