リンガー
真っ白いホイップに包まれた、ふんわりとしたケーキ。甘いミルクチョコレートにチョコレートクリームと、ちょっぴり苦いビターなパウダーなケーキ。苺にミカン、キウイにマンゴーやらのフルーツケーキ。栗、クリ、栗なケーキまで。大きなケーキや小さなケーキに、高いケーキや平べったいケーキ。甘い香りに、あまーい香り。それぞれにわたしは僕がおれさまが、と。そんなケーキに囲まれて、誰かが品定めをしています。
「んー、どれでもいいけれど。何となく、白いホイップのあなたかな」
犬のリンガーは、クリームをひとすくいしてパクリと。見えたスポンジをつまんで、またクリームをひとすくいしてパクリ。かじられたようなそのケーキに飽きて隣を見ると、そこにあったモンブランのクリームをペロリとしました。
「美味しいんだけどな。何だか物足りないのよね」
そしてケーキを置き去りに、口直しに水を飲みに行きました。リンガーが水辺まで辿り着くと、そこには犬友達のラドールが居ました。リンガーは挨拶すると、水を飲み顔を洗いました。そしてラドールが食べていたチョコレートに目をやると、一口食べてみました。しかし、やっぱり物足りませんでした。
「チョコも美味しいけれど、なんだか違うのよねー」
そう言ったリンガーに、横からチョコレートをつまみ食いされたラドールは文句を言って、そしてリンガーに聞きました。
「じゃあ何が食べたいの?」
「そうねー…」
リンガーはみかん味のアメ玉が食べたいと言いました。思い当たるものがなくて、雑に返した答えだったものの、ラドールはそのアメ玉を探そうと言いました。そしてどちらが先に見つけるかの、競走をしようと。リンガーはラドールと別れた後、先程まで笑顔に競走にもやる気を見せていたのに、ひとりになるととてつもなく面倒になりました。ラドールを、鬱陶しいと思う程に。
「んー。めんどうなことになっちゃったなー」
リンガーはめんどうに思いながらも、アメ玉を探す事にしました。ラドールは仲良しで、いつも無理なお願いをしても、嫌々でもわがままに付き合ってくれる、そんな友達です。簡単には、蔑ろに出来ませんでした。気持ちは項垂れながら、歩き疲れるとアメ玉の事はどうでも良くなっていました。リンガーは疲れてわたあめのエスカレーターを登りました。そして上に広がるのは、職人広場。お菓子を作る職人達が、色々なお菓子を作っては競い、また作っては競っていた場所。今はもう、作る人を見ることは少なくなっていました。置き去りにされたように、積み上げられたお菓子達。見たことの無いお菓子から、名前も知らないお菓子まで。リンガーは名前があるのかさえも分からないお菓子を手に取ると、ひとかじりしました。いつ作られたのかも分からないお菓子なのに、生地の中に入っていたクリームはとても優しい味がして、心が安らぎました。次にリンガーは、近くにあったテーブルに置いてあったお菓子を食べました。先に食べたものと同じような見た目に反して、想像していた味とは違いました。美味しくないことは無いけれど、飲み込むのを躊躇うような。
「君!それ食べちゃったのかい?!」
リンガーが振り返ると、そこには見上げる程の大きな身体となびくたてがみが見えました。驚いて転げたリンガーを軽々と持ち上げて、彼女が落としたお菓子を拾い上げて渡してくれました。
「驚かせてごめんよ。僕はレオ。そのシュークリーム、僕が作ったんだ。どうだった?」
「あなたのだったのね。シュークリーム?勝手に食べてごめんなさい!お、美味しかったです」
「ほんとに?!良かった、初めて作ってみたんだよね。この島にはお菓子職人がたくさん居ると聞いてやってきたんだけれど、お菓子とお菓子を食べてる住人ばかりだね」
「昔は、大勢居たらしいですね。島の名前にもなっている、アンディルットゥルテという方が居た頃は」
「そう。そのアンディルットゥルテに、作ったお菓子を食べてみてもらいたかった。お菓子の島を作ってしまうほどの、お菓子が好きな彼にね。今は、もう居ない。残念だよ」
レオはそう言って、どこかへ行ってしまいました。リンガーはレオの作ったシュークリームでは無く、いつの日か作られたシュークリームをいくつも包むと、水辺の畔へ帰って行きました。