タキ
「はあ。あの溶けかかっているアイスクリーム。なんて、なんて素敵なの。ああ。あの一欠片のチョコレート、あの切なさを噛み締めたい」
滴るアイスクリームを眺めてうっとりと、欠け落ちて転がった一欠片のチョコレートを見て駆け寄ってきたのは、猫のタキでした。タキは歪に欠けたチョコレートを拾い上げると、すーっと香りを嗅ぎました。甘くて少し、ほろ苦い。その香りにため息をつくと、小さな欠片の端っこをほんの少しだけパキッと齧りました。ひと噛み、またひと噛みして味わいながら、欠けたチョコレートを見つめて噛み締めると、そっと溶けかかっているアイスクリームの側まで行きました。小さな欠片に、ひと救いのアイスクリーム。それをまた眺めて、滴ろうかという所でパクリと一口に。もぐもぐゴクリと、ひと息つきました。そして空を見上げると、思い出したように懐から小瓶を取り出しました。小瓶の中には、飴玉の欠片で形作られた、小さな飴玉が入っていました。青に赤、黄に緑と多彩に光る飴玉を空にかざして見上げると、タキはそっと懐へしまって歩き出しました。
歩きながらビスケットの欠片に、クッキーの欠片を見つけましたが、アメ玉の欠片は見つかりませんでした。見つけた欠片を食べ終わると、タキは喉が乾いてラムネの湖へ向かいました。そして湖が見えてきた頃、その畔に何か小さな物が光って見えました。タキが喜んで駆け寄ろうとしたその時、誰かがその欠片の側で立ち止まりました。近付くにつれて見えた光っているものは、紛れもなくアメ玉の欠片でした。タキが声をかけようかとした時、その誰かが足元の欠片を思い切り蹴飛ばしてしまいました。欠片は湖へ落ちて見えなくなりました。
「ちょっとあなた!」
欠片が湖へ落ちていくのを見て、タキは駆け寄って名前も知らない相手に怒鳴り散らしました。せっかく見つけた欠片が目の前で手に入らなくなったことや、蹴飛ばされたこと等諸々の怒りが重なって、口を止める事が出来ませんでした。怒るだけ怒ってその場を離れたタキでしたが、怒りは収まりませんでした。
「やっと見つけたのに。なによ、蹴飛ばすなんて」
怒りが収まってくると、段々と悲しくなってきました。タキはなんだか良い景色が見たくなって、この辺りで見晴らしの良い場所へ行こうと、スコーンの岩場へ向かいました。険しい岩場ではあるものの、柔らかい香りのおかげで登っていても苦にはなりませんでした。大きなスコーンに小さなスコーンと、よじ登り飛び越えて、またよじ登り飛び越えて落ちかけて。ようやく見晴らしの良いスコーンの丘にたどり着くと、登りながら集めたスコーンの欠片を広げて、丘からの景色を眺めていました。
欠片をつまみながら一息着いていると、したの岩場に誰かが居るのが見えました。犬のラドールです。こんなところで何をしているのだろうと思っていると、タキの視線の片隅に何か光るものがありました。よくよく目を凝らすと、それはアメ玉の欠片でした。そしてその欠片の方向へ、ラドールが向かって行ました。タキは慌てて岩場を降りながら、ラドールに向かって声を掛けました。タキは息を切らしながらラドールに欠片を譲って欲しいとお願いすると、そのお願いを聞いてくれました。それにタキはとても喜んで、今拾った欠片を小瓶の中へ足すと、お礼に宝物である欠片のアメ玉をラドールに見せてあげました。何度もありがとうと言ってラドールと別れた後、夕暮れを歩きながら小瓶を眺めていると、ようやく我に返ったように思いました。
「でも私、一方的だった、よね。ラドールと、あんまり話したこともなかったのに。ええ、どうしよう。今度会ったら、ちゃんと話そう。話して、くれるかな」
恥ずかしさと申し訳ない気持ちと、ラドールと話せて嬉しかった気持ちが橙色に照らされて明るみになると、タキは見つめ直して少し反省しながら帰り道を歩いて行きました。