ショートケーキ
「魔王ビビアン! もうあとがないぞ! 観念しろ!」
うるさい小娘め――
「くくっ、貴様のスキルは全て見切った――我が必殺の魔法を受けてみよ、勇者アリスよ!!」
我が魔力が極限まで高まる。
この魔王城がきしむ程の魔力が手の平に集まる。
勇者アリスは聖なる剣を構え――
「――僕の最後の力を!!!」
我が力と、勇者アリスの力がぶつかり合い――辺りは光の渦に支配された。
「ぐっ……こ、これは――」
「きゃっ!! か、身体が!」
我の身体が……消えかけている!? ゆ、勇者の力でやられたわけじゃない?
消失が止められん!?
くっ、魔力が――意識が――
最後に見た光景は――消えかける勇者が泣いている姿であった。
*************
「はぁ……親父、約束は守れそうないないぜ」
俺、皆川駆は天涯孤独の身である。
親父が三ヶ月前に死んだ。母親は子供の頃に病気で死んだ。親父は街の小さなケーキ屋を営んでいた。
俺はその店を継ぐために、子供のころから必死こいて修行を重ねていた。
幼馴染の晴海ちゃんが彼氏と遊んでいるのを尻目に……俺は泣きながら猛特訓する青春であった。
親父は死ぬ前に「み、店を――残して――」と言いながら死んだ――
俺も頑張って店を切り盛りしようとした矢先……。
商店街の会長である――大手洋菓子店の跡取り息子。かつ、晴海ちゃんの彼氏、藤堂幹也が俺の店に乗り込んで来やがった。
書類を見せながら俺に言った。
その時のムカつく顔は今でも忘れられない。プルプルした唇を引っこ抜きたくなった。
『ああ、皆川く〜ん? 君さ、借金あるの知ってる? ああ知らなかったの? ねえ、これ見てよ』
俺は書類を見て意識が失いかけた――
借金一億円。
親父のハンコが押してある……。
それでも、これはおかしい。
俺は親父と一緒に帳簿付をしていた。一緒に信用金庫に行って、店の借金がいくらある理解している。
今まで通り経営してれば問題ない程度の額であった。
そんな時に振って湧いた借金。
『あっ、返せなかったら、君の店は僕の会社がもらうからね。……ほら、期限は一年。頑張ってね〜』
思う出しても腹が立つ。
絶対あれは仕組まれた借金だ。
……方法はわからん。親父は優しい男だったからな。もしかしたら本当にハンコを押したのかも知れない。はぁ……弁護士に相談するか。……そんな金ねーし、大手と裁判しても負けるのが目に見えている。
俺、高校卒業したばっかりなのに、人生ハードモード過ぎない?
あっ、そういえば、藤堂の親父っておふくろに惚れてたんだっけ? こっぴどく振られちゃっらしいな。まさか、そんな事が理由じゃないだろ……。
俺は臨時休業の店の中で、背伸びをした。
「ううっん……、やるだけやってみっか。諦めたらそこで試合は終了っと……」
小さな厨房をあとにして、店内スペースへと移動する。
数席のカウンタースペースと、二席ばかりのテーブル席。入り口には生ケーキを収める冷蔵ショーケースと、焼き菓子の棚がある。
俺はカウンターに移動して、コーヒーを淹れようと思った。
「コーヒー、コーヒー、っと……うおい!?!?」
カウンターの椅子に腰掛けている……二匹の……動物のような物体がいた。
「貴様に我にコーヒーを差し出す名誉を与えよう――わん」
「ぷぷっ、わんって……魔王ビビアンが何言っちゃってんの? ――もきゅ」
俺と二匹は視線が交わる。
明らかに動物っぽい、だけど、なんていうんだろ? 動物って言葉喋れるのか? ていうか、でかくない?
尊大な態度のやつは、ポメラニアンぽい何かである。
もう一匹は……ぬいぐるみみたいなうさぎである。
まるで漫画のキャラクターだ……
俺、疲れてんだな。
まあ、こういう事もあんだろ。
「……てめえらもコーヒー飲むか? まあ動物には飲めねえか?」
「わ、我は千年生きてる魔王だぞ! き、貴様!! ――飲めるに決まってる……わん」
「きゅきゅ、ねえ、取り合えず冷静になって考えようよ。とりあえずお腹減ったきゅ」
「おっし、ちょっとまてや……」
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変な格好をした少年がテキパキと動き出した。
――はぁ……ここ絶対異世界だよ。魔力弱っているし……。
まさか魔王と一緒だなんて……てっきり刺し違えたと思ったのに――
早く向こうの世界に戻って、世界を平和にしなきゃ……。
魔王の甘言には騙されないもきゅ。
「む、我の高貴なる姿をとくと見ろ!」
わんこ姿の魔王が粋がっている……。
こいついわく、魔王を倒しても、僕……勇者は、人間側から消されるだけ。
人間の悪意をちゃんと見ろって――
だから、逃げようって言ってくれた。
そんなの信じられるわけない。確かに人間は汚いところもある。でも、勇者である僕が人間を信じなきゃ……。
「っと、お待たせ。砂糖とミルクは適当に使ってくれ」
そう言って、この少年は自分のコーヒーを飲み始めた。
ちなみに、この子の言葉が通じるのは、翻訳魔法のおかげである。
……この子も大概おかしいよね? こんな魔物みたいな僕達の姿に驚かないで……肝が座っているわ。
「ありがきゅ」
「ふん、感謝するわん」
コーヒーは僕達の世界にもある嗜好品だ。
だから何気なくそれを口に入れた――
「もきゅ!?!?!?」
「わ、わん……」
口の中で芳醇な香りが暴れまわる。
渋みも苦味もあの世界のものと比較にならない。雑味が全然ない。生臭くない。味わい深いコクと切れのある酸味。
この砂糖もすごい。精製技術がすごいのか、真っ白である。ミルクも新鮮で香りがすごく良い。
魔王が呆然と僕を見た。
「勇者アリス……人間はこんなものを飲んでいるのか? 我は衝撃を受けた…… 素晴らしいわん」
「もきゅ!? ち、違うきゅ。これはこの世界だけのものでしょ?」
「なるほど……この異世界か……くくっ、我の新しい国として――」
「わ、僕がさせないもきゅ!」
僕の魔力と魔王の魔力が店の中で渦巻く。
「はい、店の中で喧嘩しない! 仲良くしねえと、これやんねえぞ?」
少年は手と叩いて、僕たちの仲裁に入る。
……やっぱりこの子おかしいって!? なんでこんな魔力の渦の中で平気でいられるの!?
やばいって……異世界人。
うん? そのお皿は? なんだろう?
僕と魔王は少年が持っているお皿に釘付けであった。
「お前らがおとなしくしてくれたら……ていうか、これ食ったら出てけよ? 飼い主が心配してんだろ? ……うん、まだ俺の頭が壊れているな。これって幻覚だろ? もうどうでもいいや」
お皿が僕らの前に置かれた。
「……もきゅ?」
「わふん?」
見たことがないフルーツが三角の何か上に乗っている。
……すごく良い匂いがする……。なんだろ、これ? 懐かしくて……昔を思い出しちゃう。
「――ショートケーキだ。まあ、菓子屋の基礎だよな。……なんだ知らねえのか? じゃあ説明してやんよ。それはジェノワーズって呼ばれている生地に生クリームをと苺をサンドしたケーキだ」
「ジェノワーズ? 生クリームはわかるけど……苺って……初めて見たきゅ」
「……勇者よ。御託は良いわん。これは……」
魔王は犬みたいな手で、器用にフォークを使い、生クリームをなめる。
魔王の動きが止まった。
魔王のわんこみたいな顔から……涙が溢れ出していた。
「ちょ、ちょっと、魔王大丈夫きゅ? あんた魔王でしょ!? なんで泣いて……」
魔王はただ首を振ってケーキを指差す。そして、ゆっくりと、惜しむようにケーキを食べ続けた。
……むう、仕方ないね。じゃあ僕も。
僕はフォークを魔力で持って……ケーキに入れる。
「うわ、柔らかいきゅ! ……ごくり……えいっ!」
「うわっ、勇者のバカチン!! 一気に食べ過ぎだわん! もったいない!!」
頭が弾け飛んだかと思った。
フルーツの天然の甘みと……この生クリーム? の旨味が僕に襲いかかる。
美味しいなんて言葉だけじゃ表現出来ない。
これは初めての体験……。
初めて魔法を使った時でも、こんな感動しなかったよ。
ジェノワーズって呼んでいた生地の繊細な食感と、生クリームとフルーツが合わさる時……至福の時が訪れる……。
口に運ぶごとに幸せが訪れる。
終わらせたくない。……ケーキが減っていくのを見ると……わけもわからない焦りが生まれる。
魔王はしっぽを高速で振り続ける。
「……お、お母さん……我……ひぐっ……」
このケーキを食べると、懐かしい気持ちが心に湧き上がる。
村でいつも一緒にいてくれた幼馴染――
お母さんがいつも僕の好きなシチューを作って待っててくれた――
ひぐっ……ぼ、僕は……ゆ、勇者なんて……
「ううぐっ……なりたくなかったきゅ……」
少年は何も言わずに僕らを見守ってくれた。
僕らを見て、嬉しそうに口を綻ばせていた。