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第四章「伽藍世界」


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 太陽の光に肌を焼かれながら、崖上から遠くを見つめていた。視線の先には発展した広大な国。

『あそこが……リノアキシア』

 強風に晒された外套が大きくはためくのも気にすることなく、呆気にとられた様に呟く。小さな村で育った少年は大きな国を見るのは初めてだった。故郷である村はこの国の四隅程度の大きさもないだろう。

 袖が引っ張られた。我に返ったエストは半開きの口を閉めながら、視線を転じるとそこにはぼろ切れ同然の外套に身を包んだ少女が居た。

『どうした、シア?』

 シアと呼ばれた少女は強風で乱れる髪を押さえていた。だいぶ大きな外套に包まれていながらも小柄だと分かる華奢な身体は、足を滑らせたらそのまま風に攫われそうな気がした。

『ここ、風が強い……早く降りよう』

 僅かに緊張の混じった声音で訴えるシア。ボロ布に包まれていながらその姿から可憐さは失われていない。それどころか、ボロ布が彼女の美を強調してさえいた。

『えぇー、もう少しこの風景を見たい――分かったから睨まないでッ!?』

 無言の圧力に一瞬で屈したエストは風に攫われない様、慎重にその場から離れた。無論、シアとは手を繋いでいた。風が穏やかな場所へと移動して、少女と向かい合い、視線を合わせる。

『これからあの国に向かうんだけど……』

『着いたところで入国できるの?』

 小首を傾げて疑問を投げ掛けるシアにエストは胸を張り、カバンの中から二枚の紙を取り出した。長々とした文章が綴られたソレを受け取った彼女は黙々と読み進めていく。二枚あるが内容は大して違いはなく、片方には自分の名が、もう片方にはエストの名が記されている。

『……招待状?』

 文面からそう判断した彼女は端的に紙の正体を口にする。何故か、エストは得意げに笑みを浮かべた。

『こないだ助けた女の子の親があの国の偉い人みたいでさ。お礼したいから国においで~ってさ』

 能天気に笑うエストの姿に僅かな不安を憶える。その場に居合わせなかった彼女は相手がどんな人なのか知らない。疑いたくもなるだろう。

『……まあ、いいか』

 彼女の独り言に首を傾げる少年に手を振って、何でもない事を伝えた。

 ――いざとなったら私が護れば良いだけの話。

『あと、俺たち兄妹って事で通してるから』

 エストとシアの関係は説明するのが難しい。彼らの関係を話すという事はシアの正体を暴露するという事。故郷を失い旅をする兄妹と説明する方が圧倒的に簡単だ。嘘を吐くのは嫌だったがこれは必要な嘘だと、エストは自身にそう言い聞かせた。

 それを聞いたシアは眉をしかめて『ひとつだけ問題が』と言った。

『私が姉でエストが弟。そして姉弟と読む』

『別にいいけど、何で?』

 どっちでも変わらないだろう、エストの表情にはそう書いてあり、釈然としていないのがひしひしと伝わってくる。

 対するシアは背筋を伸ばし、力強い視線と声音でその問いに応じた。

『――私がエストより下なんてありえない』

『……見た目はお前の方が幼――あ、いえ何でもないですはい』

 果敢にも反論しようとするも、ヘビを思わせる眼光に睨まれ、彼は委縮した。……幼くして既に力の優劣が決まっていた。

 鼻息をひとつ吐いて背を向けるシア。エストからその表情は見えないが、僅かにその口元は笑みを形作っていた。

『私はエストのお姉ちゃん……ふ、ふふふ』

 ぶつぶつと独り呟くその後ろ姿に言い知れぬ不気味なモノを感じたエストは恐る恐る華奢な肩を叩いた。

『あの、シアさん?』

『お姉様と呼べ、さもなくば殺す』

 振り向いたその顔はいつも通りの無表情。そして唐突に放たれる物騒な発言。

『ころッ――!? お、お姉様?』

『なぁに、愚弟』

『俺の扱いが酷くないかッ!?』

『姉の為に馬車馬の様に働くと良い』

『何やらせる気だ、てめぇ!?』

 国に到着するまで時間が掛かるだろうが、退屈はしないと二人は確信していた。


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 停止した馬車から降りたエストは、目の前に鎮座する山に厳しい視線を向けていた。緑あふれる従来の森とは違い、植物が少ないここは岩壁の所為で灰色が圧倒的に多い。断崖が多く、道も傾斜が激しい為、人を寄り付けさせない物々しさがあった。

 多数の竜が住まう事から近隣諸国から畏怖の念を込めて『竜の巣』と呼ばれるこの山こそが、魔人の逃亡先でありエストたちの目的の地。

 見れば、エストだけでなくその場に居る全ての者が彼と同様に山の頂上を見上げていた。

「何処を目指せばいいかなど、考える必要がないな」

 クライムが漏らした呟きに反応する者は居ない。けれども、皆、言葉にせずとも同じ事を考えていた。

 肌を差す様な殺気と膨大な魔力。その中心地は眼前の山の一番高い場所――そこに魔人はいる。

「登って来いという事か……。いいだろう、行くぞ」

 振り向く事なく告げたクライムは山へと向かう。その後ろ姿に続きながら、エストは横を歩く姉に気遣う様な視線を向けるとその視線に気付いたシアが溜め息を吐いた。呆れの含んだソレの意味が分からず困惑するエストに視線を合わせずに、

「エストは過保護。私はもう充分に動けるのだから、気にする事は別にある筈」

「……そうだな、悪い」

 シアの激励に気持ちを引き締める。それでも、やはり姉の体調が気に掛かるのか事あるごとにその視線はシアへと向けられていた。

 そんな状態のまま暫く。魔人討伐隊に襲い来る魔物達を次々に切り払いながら山の中腹辺りに差し掛かった時、クライムがぽつりと『妙だ』と呟いた。それを聞いたエルミナとシアが同意する様に頷く。

 その二人の反応を見たエストは何が妙なのかが分からず一人取り残された様な奇妙な疎外感を味わっていた。エストを置いてけぼりにしたまま三人の男女は話を進めていく。

「三匹でひと組の魔物が数組で襲い掛かってきている」

 『竜の巣』へと足を踏み入れた直後から今まで、何体もの魔物が襲い掛かってきた。それを悉く斬り伏せていた彼らはその事実に気付き、それぞれの意見を出し合い、ひとつの過程に至る。

「――恐らく、もうこの山は魔人の支配下にある」

 クライムの言葉を引き継ぐ様にエルミナが口を開く。

「本来、ここの魔物に統率などという概念は存在しない。粗いながらも編隊が出来ているという事は、竜の巣に絶対的な存在が居るという事ですね?」

 頷き、肯定を示す。竜は山を統べてはいるが他の魔物達に対して干渉はせず、飽くまで自身の領域を侵した者だけに牙を剥く種族だ。そんな存在が他者を統率する事も必要もない。

「気を付けろ。今、俺たちは『竜の巣』そのものを相手取っている様な物だ」

 低い声での警告に、他の騎士たちが無言のまま気を引き締めた。数は少ないが彼らはリノアキシア国の中でも熟練者であり、その程度の脅威に怯える事はない。それどころか、彼らの士気は高揚していた。国の為に強大な敵へと立ち向かう――何故、滾らずにいられようか。

 魔人という規格外の存在が相手だが、自分たちは国を護る誇り高き騎士、そしてリノアキシア最強の騎士が共にいるのだ。恐れるモノなどありはしない。

 無言でありながらも高まりつつある熱気にエストとシアは面食らう。頼もしいが、それ以前に少し暑苦しかった。

「――来るぞ」

 鋭い声で敵の存在を告げるクライムに倣い、その場に居る者全てが武器を構えた。程なくして現れた魔物はやはり三体でひと組。

 先頭に居たクライムが腰を低めて駆け出す。視認する事さえ困難な斬撃を三度繰り出し、魔物の命を刈り取った。しかし、今回はそれで終わらなかった。

「気を付けて! まだいます!」

 注意を促す叫びと共にエルミナは指先を走らせた。銀色の軌跡が宙へと描かれ、刹那の内に消えていく。消える術式とは対照的に高まる魔力が風を取り込み、鋭い刃へと姿を変えた。

「はっ!」

 気合の声と共に放たれる不可視の刃。それらは壁面を削りながら突き進み、クライムの死角から忍び寄っていた魔物を断ち切った。

 エルミナはクライムの下へと走り寄ると容赦のない怒声を浴びせ掛けた。

「前に出るのなら甲冑を着てください!」

 クライムはアルバンのときの服装のままだった。長躯を包む服の上に簡素な革鎧を身に着けただけの軽装備は身体を護るのにだいぶ心許ない。

「甲冑は邪魔だ。動き辛くて仕様がない。国の中でだけ着れば良いと言ったのはお前だぞ」

「それは貴方が言っても聞かないからです! 騎士の証である銀甲冑を着ずに国民の前に出れば威厳も何もあったものじゃ――」

「――致命傷を喰らわなければ良いだけの話だろう? そんな事より、まだ来るぞ」

 エルミナの説教に被せる様に新手の存在を知らせる。僅かに唸った騎士少女は手にした大剣を正眼に構えた。

 続々と姿を現す魔物達。その数はおびただしい程であり、エストの顔が思わず引きつった。

「うーわ、数日前の悪夢が蘇る……」

「何を黄昏ているんだ、行くぞ!」

 孤独に逃げ続けた三日間が脳内を駆け巡った事によって、士気が下がったエストをエルミナが叱咤する。同時にクライムが魔物の群れに飛び込み、長剣を薙ぎ払った。刹那、魔物の首が幾つも宙を舞い、醜い身体が地へと伏す。他の騎士たちの援護もあり、程なくして魔物の大群の中に一本の道が出来あがった。

「走るぞ!」

「おう!」

「は?」

 エルミナの掛け声に威勢よく返事をしながらエストは横に居た姉を肩に担ぎ、開かれた活路へ向けて駆け出した。

 全ての魔物を相手にしていたら魔人の下へと辿り着く前に力尽きてしまう。飽くまで自分たちは魔人を倒しに来ただけで魔物を駆逐しに来た訳ではないのだ。

 脇から稀に魔物が襲い掛かってくるが、その動きは右手に握った長剣に阻まれる。一撃で倒せるものは倒し、不可能なものは浅く斬り割いて怯ませ、その隙に前へと進む。死角からの攻撃はエルミナが弾いてくれていた。

 ふと後ろに視線を向けると、そこにはつい先程まで活路だった場所を魔物が埋め尽くしていた。

「うげ……」

 おぞましい光景に呻きを上げ、更に加速する。もしも、転んだりして動きを止めてしまえばあっという間に魔物の食料となる事は間違いない。最前線で活路を開き続けるクライムとその後ろで活路の封鎖を阻止する騎士たちの尽力のお陰で、未だ自身の足は止まらずに済んでいるから、エストは自身の事だけを――ただ前に進む事だけを考えられた。

 走り始めてからどれくらい経ったのかは正確には分からない。既に魔物の包囲網を抜け出したので前方の魔物は少ないが、背後で魔物の大群がひしめいており、油断できない。

「お、らぁっ!」

 眼前に立ち塞がる二足歩行の魔物を一撃で屠り、再び加速する。

「いつまで逃げ続ければいいんだよ!」

「敵がいなくなるまでに決まっているだろう!」

 エストの叫びに対して、エルミナが風刃を飛ばしながら怒鳴り返す。抱えあげられているシアが耳を押さえて呻いた。

 最前線から下がってきていたクライムが前方を見据え、眉をひそめた。

「……この先は崖だ」

「はぁ!?」

 驚きの叫び声をあげながら遠くを見遣ると、確かにそこには巨大な亀裂が横たわっていた。亀裂の幅はおよそ三フィール(約三十メートル)はある様に見える。人間はおろか、魔物さえも飛び越える事は困難かもしれない割れ目が彼らの行く先に存在していたのだ。

「ど、どうするっ?」

 上ずった声を上げるエストに対し、金色の髪の青年は至極当然の様にあっさりと、

「跳ぶしかないだろう」

「無理に決まってんだろうがぁぁああ!!!!」

 全身全霊を込めた叫びだった。その声量は流石にシアが肘鉄を繰り出す程。先程からやけに自身の鼓膜が狙われている様な感覚を、シアは憶えずにはいられなかった。

「……エルミナ。こいつらを運んでやれ。それと、跳ぶ直前に思いきり俺に風をぶつけろ」

「分かりました。気を付けて」

 言うや否や、黄色と銀色の軌跡が宙を舞う。淡く発光するクライムは姿勢を低くし、凄まじい速度で前へと出る。

 そして亀裂の三歩手前で、彼が踏み切るのとその背に風の塊が炸裂するのはほぼ同時。ひび割れた大地を残し、高く、遠く跳躍――吹き飛ばされる黒い影。猛然と空を疾走するその姿を見ていたエストは不意に、

「あれ? 着地はどうすんだ!?」

 向こう岸には間違いなく届く。だが、あれ程までの勢いを殺す術が彼には思い付かなかったのだ。

 一人騒然とするエストの横を並走するエルミナは微塵も慌てた様子はなく、それどころか最早クライムに視線さえ向けていない。亀裂の数歩手前で止まったエルミナは浮遊の術式を描き始めた。見れば他の騎士たちも魔術を用いて向こう岸に渡ろうとしている。

「私たちも行くぞ。掴まれ」

 どこに? と聴く暇はなかった。背後より迫り来る群れの気配に戦慄したエストは咄嗟にエルミナの首にしがみつく。エルミナが僅かに息を呑んだ。

「よ、よりによってそこ――ぐっ、行くぞ!」

 猛然と吹き荒ぶ風を制御し、浮かせた身体を前進させる。さほど速くもない動きだったが、魔物の群れが亀裂に到達する前までには十分な間合いが取れていた。

「とりあえずひと安心、か?」

「……そうでもない」

 安堵の息を吐くエストとエルミナに、抱えられたままのシアが呟いた。彼女の言葉の真意を確かめようと彼が後ろを振り向く前に、すぐ横を何かが通り過ぎた。

 それは赤子の頭ほどの大きな岩石だった。人外ゆえの剛腕で投げられた岩石は猛然と直進し、向こう岸へと易々と到達する。轟音と共に砂埃が舞い上がり、崖の一部が崩れてしまった。

「……そ、速度を上げる! 振り落とされるんじゃないぞ!」

 返事をする暇もなく速度が上がる。同時に魔物たちが一斉に投擲を始めた。

「ふ、ぐぉぉお……」

 猛然と吹き付ける風に呻き声を発するエストは振り落とされまいと必死にエルミナの首に縋り付いていた。下は予想通りに深く、大小さまざまな岩が転がっており、エストとエルミナは顔を青ざめさせていた。落ちれば、命はないだろう。

 飛来する岩石を器用に躱しながら浮遊を続けていると、次第に向こう岸が近付いてくる。

 ようやく地に足を付けられる、僅かに緊張の糸が緩んだエストは妙な音を聞き取った。

 ――なんだ、風の音か?

 暴風や岩石の飛来音とは違う音は等間隔に鳴り響き、徐々に大きくなってきている気がした。まるで羽を羽ばたかせるような音だと気付いた瞬間、

「エルミナっ、上だ!」

「なに!?」

 気付いた時には遅かった。飛来する岩石の射程外である上空に大きな翼をもった魔物が忍び寄ってきていたのだ。一番動きのつたないエルミナたちに狙いを定めて急降下した魔物は既に回避不能な距離まで詰めていた。強靭な肉体を持つ魔物は多少の衝撃は平気だが、人間は違う。その体当たりは鎧を易々と砕き、骨を砕くだろう速度。

 醜い灰色の魔物とエストたちが衝突する直前、蒼白い膜が魔物の行く手を阻んだ。

 見覚えのあるソレが魔物の動きを阻害したのは一瞬。甲高い音を立てて崩れ落ちる障壁と衝撃により、魔術の制御を失った三人は落下する。空中でバラバラにならない様に姉を担ぐ腕と幼馴染に縋り付く腕の両方に力をこめた。距離的に既に向こう側へと到達しているので崖下に転落する事はないがこのままでは地面に叩き付けられてしまうだろう。

 地面に叩き付けられる直前。

 制御を諦めたエルミナが先程クライムに放った暴風と同じものを大地に向けて放つ。

 衝撃。ある程度の勢いは暴風のお陰で殺されていたがそれでも大地に衝突する未来は変えられず、彼らは空中に投げ出され、地面を転がった。

 死んだように動かない三人の中でいち早く起き上ったエストが首を周囲へと巡らせた。飛来する岩石を叩き斬っているクライムの姿に頬が引きつるのを感じるが半ば予想していた事だ。今はそれより大事なことがある。

 離れた所で見慣れた銀髪を持った騎士少女が立ち上がるのが見えた。それを確認したエストは両腕で抱きかかえた姉へと呼びかける。

「……なに」

 いつも通りの素っ気ない返しに溜め息を吐く。地面に叩き付けられた直後、エストは咄嗟にエルミナから手を放し、シアを護る様に抱えていたのだ。

 その甲斐もあってか目の前の少女は擦り傷程度の傷のみで重大な怪我はない模様。

「とりあえず、移動するぞ」

 岩石は未だ投擲され続け、上空からは飛行型の魔物が迫ってきていた。立ち上がってからの彼らの行動は速かった。先を行く騎士たちに倣って先へと進み、岩石が届かない位置まで移動する。

 魔物たちも投擲が無意味である事を悟ったのか次第に飛来する岩石の数が減っていった。岩石は飛んでこなくなったが代わりに飛行型の魔物の数が増えている事に気付いたクライムは他の騎士たちを振り向き、告げた。

「お前たちはここに残って背後からの魔物の迎撃に当たれ。ここの指揮はダニール、お前に任せる。俺たちは先へと進み、魔人を打ち倒す」

「はっ! ご武運を!」

 胸の前で拳を握り、威勢よく声を上げる騎士の姿に頷き、先へと進む。

 程なくして背後で響く戦いの音に振り向く事なく、エスト、シア、クライム、エルミナの四人が魔人が待つ頂上へ向けて駆け出した。


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 騎士たちと別れてからおよそ四半刻(三十分)が経った。道とは言えない道を進む四人の男女の内、癖のある金髪の青年が小柄の少女に声を掛けた。

「何か魔人を打倒する手はないのか?」

 唐突の問いに口を閉ざすシア。顎に手を遣るその姿勢は何かを考えているのではなく言っても良いのか悩んでいる様に見えた。

 三呼吸分の時間黙りこくっていた少女は不意に『確実に倒せる方法がひとつ』と言った。

 “確実に倒せる”。

 言い切る彼女の言葉にクライムだけでなく、エストとエルミナも興味深げにシアへと顔を向けた。視線を一身に集めたシアは確かな確信を持った瞳でエストを射抜く。その強い眼差しに首を傾げる少年を見据えたまま、


「――エストが“一人で闘えば”確実に勝てる」


 思わず全員の歩みが止まった。驚きのあとに訝る様な視線を浮かべるエストとエルミナ。表情には出さないがクライムも同じ気持ちだろう事は彼の雰囲気で分かった。

 エルミナが語気を荒げてシアに食って掛かる。

「エストと私が二人掛かりでも敗れたんだぞ! それなのに、エストが一人で勝てる訳がないだろう!」

「それはあの時はあなたが居たから負けた。ただそれだけ」

 その言葉を聞いたエルミナの顔が瞬く間に赤くなる。今にも掴みかかりそうな彼女を制する様にクライムが会話に割り込んだ。

「根拠は何だ」

 短い言葉を掛けられたシアの視線が自然と青年へと向く。

「説明しても信じられないと思う。実際に見ない限り……」

「なら、駄目だ。他に案はないのか」

 シアは答えない。その姿に最早、策はないと判断したクライムは彼女に背を向け、歩みを再開する。

「なら、俺が奴と闘う。お前たちは邪魔が入らない様にしろ」

「何か、考えがあるのですか?」

 颯爽たる風姿と声音に確かな考えを見てとったエルミナが尋ねる。青年は振り向く事なく、

「奴の魔術を封じる。俺ならそれが出来る」

 それだけを告げ、後は無言で歩き続ける彼を追い、歩みを進める三人。エストは、先程のシアの断言の意図が掴めず、困惑したまま姉を見詰めていた。

 問い詰めようと思ったが、それは唐突に鼻の粘膜を貫いた異臭によって阻まれる。

 鉄と腐肉が混じった臭い。

「これは死臭、か?」

 臭いはこの先から漂ってきている。彼らは僅かに歩みを速めて臭いの下へと近付いて行った。

 開けた場所に出た瞬間、その異臭の発生元は直ぐに見つかった。

 ソレの見目はトカゲに酷似していた。全身を赤い鱗で覆い、背に生えた蝙蝠の羽によく似た巨大な翼は片翼、頭部に生える二本の角は根元から折れている。

 そこで、この山の覇者たる竜たちが絶命していた。

 雷に打たれた様な火傷跡や無数に刻まれた裂傷がこの巨体の命を奪ったのは想像するまでもない。犯人はただ一人だがそれを口にする者は居ない。する必要などないだろう。

 絶句し、二の句が継げない彼らの中でシアだけがその死体に近付いていく。その背中に静止の声を投げ掛けながらエストは追いすがった。

「成る程、これは……」

「どうしたんだよ、シア」

「この爪、削りなさい」

 死臭に鼻を摘まみながら横に立つ少年にしゃがんだ体勢のまま、姉は命令を出す。彼女が言う爪とは目の前の死体の爪の事だ。理由を聞こうと思ったが、流石にこの状況で意味のない事をこの姉が言うとは思えず、彼は言われるがままに鋭い爪を長剣で削り出した。

 自身の上半身ほどの大きさの爪は強靭で、削るだけでもそれなりに力がいる。

「そのくらいで充分。剣を前に出して」

 爪の先を少し削ったくらいのところで静止が掛かった。シアは片手で爪の粉を持ちながら空いた手で術式を展開させる。術式を描き終えた彼女は、おもむろに粉を長剣の腹の部分に擦り付ける。すると粉は長剣に吸い込まれる様にして消えた。

「……何したんだ?」

 何か魔術を掛けた様だが、手にした長剣の見た目は変化しておらず、どこにでもある凡庸な剣のままだ。

「竜の爪は魔術効果を増幅させる力がある。だから、その竜の爪を混ぜた剣に魔力を通せば魔力が増幅する」

「つ、つまり?」

「エストの貧弱な魔力でも魔人の魔術を打ち負かせるかもしれない」

 魔術を打ち破るのに最も有効な手は魔術であり、打ち合いでも魔力量が多い方が勝つ。

 そして、この長剣は元々シアが造った物である為、竜の爪の効果の全てを引き出せる様にするのはさほど難しくはない。

「へぇ、それはすげぇ――って、シア!?」

 感心の声はすぐさま驚きの悲鳴へと変わった。シアは眩暈を覚えたかの様によろめくが自力で踏ん張り、転倒を避けるもその顔色は青褪めている。その華奢な身体を支えようと伸ばした手は彼女の両手で押し留められた。

「大丈夫だから」

 青褪めた表情の中でもその瞳に浮かんだ意志の強さは揺らいでいない。自分の足で立ち、共に歩んでいく――彼女のその意志を汲み取り、エストは不安の表情を浮かべたまま、差し出した両手を引っ込めた。

 先の二度に渡っての魔術行使が原因だが、彼女の行動を責める事は出来ない。いち度目は自分たちを魔物から護る為に障壁を張り、二度目は彼の勝機を高める為に武器を改良したのだから。

「休憩は、いるか?」

「愚問。必要ないに決まっている」

 間髪入れずに返された言葉を聞いたエストは離れた所で心配げに佇むエルミナたちの下へと歩み出す。彼の横を歩くシアの足取りは重いが、けれどもその一歩一歩は力強かった。

「悪い、待たせたな」

「それは良いんだが、シアは大丈夫なのか?」

「ああ、だから先に進もう。頂上までもうすぐだ」

 自然と全員の視線が一方を向いた。視線の先には竜の巣で最も高度のある場所、頂上。未だなお、膨大な魔力が噴き出るそこは近付くにつれ、禍々しさが濃くなっている。

「気を引き締めた方が良い」

 不意に騎士の青年が口を開いた。その声は僅かに鋭さが増している。彼の瞳を見たエストは自分の中である疑問が浮かんだ。

「……クライムは魔人を、ギルベルトをどうするつもりなんだ」

「捕えられるのなら捕える。不可能ならば殺す。それだけだ」

 少しも揺れ動かない瞳と感情を前にしたエストは困惑に包まれる。幾ら敵とはいえ、血の繋がった家族を殺す事に何の躊躇いも持たない青年の考えが、エストには理解できなかった。

「俺は騎士で奴は魔人。ならば、闘わない道理はない。お前の目的を果たす前に殺してしまうかもしれないがその時は諦めろ」

 クライムの足が動き出す。エストはもう、何も言わなかった。



 頂上の地面は思いの外、整っていた。小さな小石が幾つか転がっている程度でひび割れもなく、足を取られる心配はないだろう。広さもそれなりに広く、戦闘中に崖下に転落する事はない。

 明らかに人の手が加えられたそこの中心地で魔人ギルベルトは不敵な笑みを浮かべて来訪者を歓待した。

「遅かったじゃないか、脆弱な人間共と出来損ないの神。キミたちがあまりにも遅いからほら、この通り此処の王の座を奪ってしまったよ」

 魔人の背後に控える魔物たちが獰猛な瞳を来訪者たちに向ける。涎を垂らし、低い唸りを上げる魔物たちは獲物の気配にその戦意を滾らせていた。

 異形の獣たちなど眼中にないとでも言う様にクライムが臆する事無く一歩進む。

「久しぶりだな、ギル」

「ええ、お久しぶりです、兄上」

 一見穏やかな挨拶だが、彼らを取り巻く空気は重苦しく、緊張感に満ちている。距離は離れているが既に彼らの闘いは始まっており、油断をすればそこに付け入られるとお互いに理解していたのだ。

「大人しく投降するつもりはないか」

「それは兄として言っているのですか?」

「兄として言えば投降するのか?」

 無表情に問い返す騎士に、魔人は吐き捨てた。

「そんな訳がないでしょう。投降した所で僕になんの得が?」

 一歩踏み出したクライムが、腰に差した長剣の柄へ触れ、

「少なくとも、俺に殺されないで済む」

「――ははっ」

 顔を覆って魔人の青年は身をくゆらせ、笑った。ヒトを超え、圧倒的な力を身に着けてもこの人は自分をなめるのか……。

 身体の揺れが収まり、覆っていた手を退かす。そこには鋭い殺意の篭った双眸。

「相変わらず、癪に障る野郎だ――!」

 吼えた。瞬間的に膨れ上がる魔力が彼の身体から漏れ出てゆらゆらと背景を揺らす。獣を想起させる威圧感を肌で感じながらクライムは困惑していた。

 ――これが魔人の力、だと? なんて……。

「なんて弱いんだ」

 いや、人としては彼の魔力は強く、以前のギルベルトと比べたらその差は歴然だという事は分かる。けれども、それはクライムが想像していた程ではなかった。この程度の魔力を持った魔物に過去に飽きる程出会い、そして滅ぼしてきた。

 ――見た所、力を温存している様子はない。なら、これが奴の全力なのか?

 不可解さを残したままクライムは腰を低めて力を溜める。対する魔人は背後に控える魔物へと指示を飛ばした。

「あの男は僕が始末する。お前たちは後ろの奴らを近付かせるな」

 命を受けた魔物たちが、魔人の前へと進み出た。

「さあ兄上、正々堂々と闘いましょう。貴方より僕の方が優れている事を、証明してあげます」

 蛇腹剣を構える魔人を見据えたまま、クライムは背後に声を飛ばす。

「魔物はお前たちに任せる」

 短く告げると同時に彼は魔人へと駆け出す。少し遅れて魔人の前に控えていた魔物たちも動き出した。途中、魔物とすれ違いながらそれらには手を出さない。今は目の前の魔人に意識を向けるべきだからだ。

 瞬く間に魔人へと肉薄した騎士が長剣を薙ぎ払った。その一撃は蛇腹剣で受け止められるも、彼はすぐさま第二撃を繰り出した。

 縦横無尽に描かれる剣筋をギルベルトは超人的な視覚で以って防ぐが、その凄まじい猛攻を前に反撃に転じる事が出来ない。

「ちぃっ!」

 接近戦は不利だと悟ったギルベルトは背後に大きく跳躍する。互いの距離が広がったところで、二人は同時に指先を走らせた。

「接近戦は貴様に分があったが、魔術戦ならどうだ! 魔人の力を得と思い知れ!」

 ギルベルトの術式が完成するよりも少し速く、クライムの術式が発動した。刹那、

「――は?」

 突如、霧散した自身の術式を見詰めて、魔人は呆然の吐息を漏らした。彼を中心に高まっていた魔力は空気に融ける様に消え、魔術は発動しない。

「な、なんで――っ!?」

 いつの間にか肉薄していたクライムが振るう長剣を、辛うじて受け止める。そこには先程までの余裕はなく、困惑だけが浮かんでいた。

「お前の術式に干渉し、それを打ち消す為の式を打ち込んだだけだ」

 切り結びながら淡々と己が行動を告げる兄に、弟は戦慄する。

「馬鹿なっ! 一部を見ただけで術式を把握したと言うのか!?」

 僅かな一瞬で判断し、式を相殺するのに必要な式を練り上げる。それには術式を見破る洞察力、どんな分解式を当てるのかを決める判断力と知識。それらが絡み合う事で初めて成される魔術封じ。

「魔人が恐れられる理由は身体能力もそうだが主に膨大な魔力と圧倒的な魔術行使故。――ならば、それさえ封じてしまえば、お前はただのよく動く阿呆だ」

 ここに来る途中でシアから聞いた魔人の特長とそれを封じた時の結果を告げる。実はクライムは、ギルベルトがどんな魔術を使うのかをある程度は予測できたのだ。不仲であっても、結局彼らは二十余年、共に暮らしてきた家族だったから。

「ヒトを超えた気になっている様だが勘違いも甚だしい――」

 苛烈な攻撃に魔人が僅かに引いた直後、最強の騎士は剣を救い上げた。

「――道を踏み外したに過ぎないんだよ、お前は」

 耳障りな金属音を響かせながら、蛇腹剣が宙を舞う。武器を失い呆然とする魔人の首筋に刃を突き付け、毅然と言い放つクライム。

「今すぐ魔物共に攻撃をやめさせるんだ」

「……それは無理な相談だな、クライム」

 最早勝敗は明らかだというのに魔人は強気な姿勢を崩さない。それどころか不敵な笑みで挑発さえしていた。それはまるで、自分の勝利を確信し、悦に浸るならず者の様。

「……何を、企んでいる」

 彼が知っているギルベルトという男はこういう場面に晒されると、必死に無様な命乞いをする男だ。僅かに警戒の色を深めた。

「魔人がこうもあっさりとやられるでしょうか? ――そもそもなぜ“僕が本物である”と思ったのですか?」

「どういう――っ!?」

 突如、目の前の魔人が爆裂した。臓物などの肉片の代わりに白煙が広がる。外からの明かりの一切を遮断する、重い大気が辺りに充満した。

 咄嗟に顔を覆った青年は横から何かの気配を感じて剣で切り裂く。

「■■■■――ッ!」

 醜い断末魔が響くのと身体に衝撃が走るのはほぼ同時。急激に広がる熱と痛みを辿ると、腹部から一本の“蛇腹剣”が生えている。

 むせた口から赤く、生暖かい液体が吐き出された……。


 /3


 決戦の地は静まり返っていた。先程まで鳴り響いていた激闘の音は一切なくなり、誰もが呆然と一点を見詰めていた。

 背中から腹部へと一直線に貫き、真紅に染まった蛇腹剣が天を指している。誰もが口を開かないこの状態において、蛇腹剣の担い手だけが愉悦の笑いをあげていた。

「うーん、敵に背を向けるなど騎士として如何なモノかと思うのですが、兄上ェ?」

「……最初から俺たちが見ていたお前は、偽物だったという訳、か……」

 未だ冷静に状況を分析する姿に苛立ちを感じ、手にした剣を僅かに動かす。肉を抉られ、漏れ出た呻き声に魔人の青年は口角を吊り上げる。

「僕が勝つのは目に見えていたからな。折角だから貴様の涼しい顔を屈辱に歪めてやりたかったのさ!

 どんな気分だ? 格下だと思っていた弟に裏を掻かれた気分は。さあ怒れ! 血走った瞳で怨嗟の声を上げてみろぉッ!」

 狂った様に哄笑を上げる魔人は己が武器を握る手に力が篭っている事に気付かない。口角泡を飛ばしてまくし立てながら、小刻みに剣を揺らした。

 広がりつつある傷口から噴き出る血液の量が徐々に増えていく。二度三度と吐血する兄の表情をひと目見ようと身体の位置を変えた瞬間、彼は言葉を失った。

「な、に……?」

 クライムの表情は変わっていなかった。鋭い視線と人間味を感じさせない無表情――彼がこの数十年間見続けた兄の姿があった。

「……く、そ! なんなんだ、何なんだよお前は! 何故そんな目で僕を見るんだ! 魔人になってあんたを倒したのに、まだ僕に対して無関心なのか!」

 剣が引き抜かれ、大量の血液が噴き出す。崩れ落ちる騎士の髪を掴む事によって、踏み止まらせてから蛇腹剣を振り被った。

「ふ、ざけるなぁぁッ!!!!」

 怒りの雄たけびを上げながら、無防備な首を断ち切ろうとする魔人の背後に、一筋の影が躍り出た。

 突然の奇襲に対し、凶行の手を止めた魔人は自身の背後に半透明の壁を創り出し、影の繰り出す刃を受け止めた。

「貴様か、劣等種」

 赤茶色の髪を持つ少年――エスト・グレイスを見詰めて、ギルベルトは舌を打った。自身の下僕の無能さに苛立った彼は、障壁を突破しようとする少年に険悪な視線を向けた。突破出来る筈もないのに障壁に長剣を叩き付け続けるその姿は滑稽さを通り越して憤りさえ感じる。

「無駄だ。貴様如きに破れるモノじゃない。安心しろ、こいつを殺したら次はお前たち――」

 言葉が途中で途切れ、驚愕が露わになる。

 鉄壁と思われた自身の障壁に一筋の亀裂が走っていた。

「はぁぁああぁッ!」

 裂ぱくの気合いと共に、何度目になるか分からい斬撃が繰り出される。全身を使って繰り出されたソレは阻まれるが、障壁はそこで限界を迎えた。甲高い音と共に砕け、他者を遮るものが消滅する。

「くっ!?」

 そこにすかさず、風の刃が放たれてギルベルトは距離を取らざる負えなくなった。

 血塗れのクライムを担ぎ、仲間の下へと下がったエストは彼を下ろしたあと、長剣を構えて敵を見据える。

 既に少年たちの足止めに当たっていた魔物は倒した。魔人さえ通さなければ、彼の治療に集中できるはず。

「――エスト」

 背後では、エストを気遣うシアの声。

 振り向く事なく、

「クライムを頼んだ」

 魔人の下へと歩み出した。

「――エスト、待つんだ!」

 背後から掛かるエルミナの静止の声。

 けれども、彼の足は止まらない。連れ戻そうにも、満身創痍の上司を放ってはおけず、歯噛みした。

 そして、五歩ほどの距離を開けて両者は視線を絡ませる。

「驚いた。まさか、貴様如きが僕の障壁を破るとはね……」

 黄色の双眸に敵意が浮かぶ。

 余程、先の事が癪に触ったのか。傲慢の魔人はクライムへの視線を外し、エストだけを見据えた。

「少し、遊んでやろう。そして知れ、――劣等種。

 貴様は搾取される側だという事をなぁ――!」

 武器を構えた二人は同時に駆け出した。怒号と共に振るわれた二本の剣が大気を斬り裂く。空中で打ちつけ合った剣身からは黄色い火花が散り、彼らの相貌を明るく照らす。

 けれども拮抗したのは僅か一呼吸分という短い時間。魔人の剛力で腕を弾かれ、重心を崩された。その隙を突く様に、繰り出される斬撃を、後ろに倒れ込む事によって回避した。

「はぁ、はぁ――くそっ」

 受け身を取って立ち上がり、頬を伝う汗を拭った彼は荒い呼吸のままに吐き捨てた。腹の底から声を出し、猛然と魔人へと突進する。

 間合いへと入った刹那、長剣が鈍色の軌跡を三筋描く。その猛攻を嘲笑うかの様に魔人は身体を逸らして避けた。

「今度は、僕の番だな!」

 宣言と共に蛇腹剣が残像を伴い、繰り出される。その一撃は矢かと見間違う程に速い。その斬撃を防いでも息を吐かせぬ間に第二撃が飛来する。

「く、ッ!」

 それをも弾き、次撃に備える。

「はぁ――」

 暴れる肺をひと呼吸の間に大人しくさせる。呼吸が乱れれば感覚が狂い、狂ってしまえば、易々と刃はこの身に届くだろう。

 圧倒的な力を前にして、身体の性能が少しでも落ちれば、自分の命はない。常に自身の全力を、出し続けなければならないのだ。

「少し、反応が遅れてきているぞ!」

 余計な事に思考を割いたからか、それとも限界が近いのか、僅かに鈍ったところを突かれ、

「――ぅ、おぉぉぉッ!?」

 咄嗟に逸らした胸の前を通過した斬撃が胸当てを削り、不快な音を響かせる。飛び退るエストに魔人が追撃を掛ける事はなかった。

 それは油断か慢心か。恐らく両方だろう。

 ――いつでも殺せるってか? くそっ、正しいぜ……。

 魔人がその気になれば、魔術による圧倒的な弾幕で瞬時にエストを射殺す事が出来る筈だ。それなのに、わざわざ接近戦を行い、彼にも反撃の機会を与えている。

 ――好都合だ。

 僅かに熱くなる思考を自分に都合の良い様に考え、冷ます。事実これは好都合以外の何物でもなく、エスト・グレイスが相対する化け物に打ち勝つ為の唯一の可能性。

 ――奴の心に隙がある限り、俺にだって勝機はある筈だ。

 まずは魔人と自身の距離を詰める必要がある。彼に遠距離戦をこなす技能はない。

「なんだ。来ないのか劣等種。なら――」

 いつまでも動かない少年に詰まらなさげな声音と共に指が虚空を踊る。指先の走ったあとの黄色い残滓と高まる魔力にエストは青褪めた。

「――こちらから行くぞ?」

 解き放たれる白い雷槍。魔人の膨大な魔力の一部が、エストの命を刈り取りに来る……!

「この、野郎ッ!!!!」

 ずしりとした衝撃が彼の身体を震わせる。手にした長剣が彼の魔力を増幅させる事によって均衡を保つ事が出来るが、それでも漸くといったところ。断ち切るには“骨が折れそうだ”。

 魔力の出力を上げる。ぎちぎちと軋む筋肉に顔をしかめながら、ようやく剣を振り抜いた。両断され、霧散する魔人が創りだした奇跡。急激な魔力の放出に身体が付いて来ず、僅かに視界が明滅した。

「何を終わった気になっている」

「――ッ!?」

 咄嗟に身体を地面に投げ出すと、頬をかすめて何かが通過した。火傷と裂傷が同時に襲い来るが苦しんでいる場合ではない。腰を低めて三射目の雷槍を迎え撃つ。

 今度は先程よりも多く魔力を込めておく。魔力切れを考慮していたら、死ぬ。

「その剣は素晴らしいな。加減をしているとはいえ、その貧弱な魔力で僕の魔術を打ち破れるとはな!」

 武器に対して素直な賛辞を贈りながら、雷槍を放つ。今度は先程よりも抵抗を感じる事無く、振り抜けた。

 エストはそこで動きを止めない。霧散する魔力の残滓を尻目に、腰を低めて魔人の下へと駆け出すが、それは四射目の雷槍に阻まれた。

「だが、担い手が弱過ぎる。折角の武器が泣いているぞ」

 疲労に霞む視界の先で、魔人が嘲笑っている。けれども、少年はその様子に気付く様子はない。彼の思考は既にそこにはなかった。

 エストの思考を占めるのは少し前に聞いた言葉。


『――エストが“一人で闘えば”確実に勝てる』


 姉の言葉と視線は強い意志が宿っており、伊達や酔狂で言った訳ではない事は分かる。それにあの姉が、間違った事を言うとは思えなかった。

 けれども、現状は勝負にさえならない勝負を強要されている状態。一体、なんの根拠を持って姉はあんな事を言ったのか。

 ――闘技場では二人掛かりで挑んで負けたのに、何で一人だったら勝てるんだよ。理屈が分からねぇ……。

 思考している間にも雷槍は放たれていた。最早、何度剣を振ったか分からない。普段、魔力を使う事のない身体はその行使に耐えきれず、彼の身体が少しずつ崩壊していく。

 むせた。

 吐き出される赤い液体が大地を濡らし、己が限界を否応なく勧告する。

「ぁ、れ――?」

 気が付けば、攻撃が止んでいた。それに気付かない程に摩耗した心身は次の瞬間、強制的に叩き起こされた。

「嘘、だろ……」

 傲慢の魔人は“左手に”魔力を集めていた。それは吐き気を催す程に膨大な魔力。

 闘技場でのシアの一撃よりかは劣るものの、それでも確実に自身の命を摘み取るだろう。

「――い、今の僕の全力をその剣は受け、切れるか?」

 これは魔人にとっても容易な魔術行使ではないのだろう。苦しそうに顔を歪めながらも笑みを浮かべるギルベルトは左手を前に突き出した。迸る魔力が火花となって彼の全身に纏わりつく。

 ――無理だ。いくら魔力を増幅させても、俺の魔力じゃ……。

 膨大な魔力を前にしてもエストに恐怖は湧かなかった。それどころか、冷静に相手の攻撃の規模と威力を分析し、退避しようとして――

「避けたければ避けるといい。――後ろの奴らは死ぬだろうがな」

 その声に、弾かれる様に振り向いた。離れた所で心配そうにこちらを見る二人の少女。その様子から恐らくクライムは助けられたのだろうと見当を付け、背を向けた。

 最早、突き出された左手からいつ雷槍が射出されてもおかしくない。

 魔力の残量と身体への負荷を考えずに、一度に使える量以上の魔力を剣に込めた。

「ぐっ――!」

 視界が脈を打つ。頭に走る激痛は身の丈に合わない行動の代償。それは確実に命を削る愚行でしかないが、今はやるしかない。

 僅かにぐらつく身体を叱咤する様に両足で大地を踏みしめる。腰を据え、長剣を上段に振り被った。

「無駄だ。後ろの連中ごと――死ね」

 無慈悲に告げられた死の宣告。解き放たれた絶対なる死。膨大な魔力は最早、槍などではなくただの光の塊。

 地を抉り、風を巻き込み肥大するソレに、全力で剣を叩き付けた。


 薄れゆく意識の中で姉の悲鳴が聞こえた様な気がした。


 /4


 気が付けば、白色の空間に座り込んでいた。そこは音、匂い、温度、気配、在るべき筈の全てが存在せず、ただ白い世界が続いているだけ。地面は硬いのか柔らかいのかさえ、分からない。

 果てしない白一色の風景。此処には全てが在り、そして同時に何もなく、此方こなたであり、彼方であり――何処でもない。

 言うなれば“伽藍”。

 その伽藍な世界に、彼は憶えがあった。それは彼が今より幼かった頃。故郷が滅び、自身も神の放った稲光に呑まれた時、僅かに垣間見た風景だった。

 あの頃と違って自身の肉体と意思があり、彼の起立を阻む者はない。地面に手を突き、起き上るも状況が不明瞭すぎる故に行動を起こせない。手持ち無沙汰に佇むエストはふと、気配を感じて振り向いた。

 人が居た。

 汚れのない純白の衣を纏い、腰まで届く金色の髪を持った女性。

「――久しぶり、と言うべきかしら?」

 深い碧色の双眸を細めて微笑する女性は、開口一番にそう言った。

「虚神――いや、“女神フォルテシア”。ならやっぱりここは……」

 定まらなかった彼の思考が、目の前の女神によって形を取る。やはりここはあの時の空間であり、“世界”そのもの。

 最後に見たのは魔人が繰り出す魔力の奔流。それは明らかに逃れ様がなかった絶望の未来。そして今この空間に自身が居るという事実。つまり――

「――俺は死んだのか? いや、そうじゃない……」

 ぽつりと、呟く。そして、同時に首を振り、俯けていた顔を上げ、女神へと詰め寄った。

「皆は――シアはどうなったんだ?」

 あそこで、魔人の一撃を防げていなかったのだとしたら、背後に居た姉たちもただでは済んでいない筈。その事実に彼は確かに恐怖していた。

 詰め寄られたフォルテシアは人差し指を少年の唇に押し当て、勢いを削ぎ、優しく微笑んだ。

「大丈夫よ。あの娘たちは生きているし、当然あなたも生きているわ」

 その事実にエストは安堵すると同時に幾つかの疑問を思い浮かべた。

「死んでいないのだとしたら俺は何で……」

 この空間に居るのか。

 此処は命が尽きた時、肉体から離れた精神が行き着く謂わば、人生の終着点。生きているのだとしたらここに来る筈がないのだ。

 エストを見詰める相貌は微笑のまま。片手で口を押さえて微笑む神の姿に困惑する。この女神はこんな性格だったのだろうか。

「ふふっ、随分とあの娘の事が心配なのね」

「家族だからな」

 当たり前だろう、そう続ける少年に優しい笑顔を向けたまま、彼女は彼の疑念を晴らした。

「雷撃を防げないと悟ったあなたは咄嗟に軌道をずらした。そのお陰で寸での所で後ろの子たちに被害はなかった。けれど――」

「――俺は駄目だった」

 フォルテシアがゆったりと頷いた。僅かに悲しみの篭った表情を浮かべた彼女は俯き、自身のつま先を見詰める。

「直撃は避けたけれど、余波を間近で受けたあなたは無事では済まなかった。

 あまりの激痛に肉体の前に精神が崩壊しかけたのだけれど、咄嗟にあなたの防衛本能が精神を肉体から切り離し、此処へと逃がした」

 エストは一度こちらに来ているからそれが可能なのだと、女神は語った。

「このままここに居たらどうなるんだ?」

 それは問うまでもなく答えが出ていた。事実エストの予想とフォルテシアの答えは見事に一致していた。

「このまま世界に留まり続ければ、痛みを感じることなく世界に呑まれ消えるわ」

 なら迷う事など無い。今すぐ元の世界へと戻り、再び立ち上がって魔人と闘う――それだけだ。勝てるかどうか分からない――いや先程までの闘いで既に彼らの優劣は決まっていたのだ、勝てる見込みなど最早ありはしない。けれど、と弱気になる心を叱咤する。

 ――やるしかないんだ。俺が……!

「戻った瞬間、死ぬかもしれないのに?」

「え?」その言葉は、彼の決心に水を差した。

 その言葉を放ったのは言うまでもなく、一人の女神。フォルテシアは微笑を消し去り、無表情のままにその言葉の意味を告げた。

「あなたが今此処に居るのは肉体に走る激痛を精神が受け止め切れなかったから。なら現実に戻ったら、その激痛を再び受けると言う事。

 此方に逃げ込めたのはただの偶然。二度目はないわ」

 その覚悟があるのか、と神は少年に問うた。このまま楽に消えるのか、それとも、危険を冒して数少ない生存の可能性に掛けるのか。

 答えは初めから決まっていた。

 女神から視線を外して背を向ける。この果てしない空間から出る方法はなんとなくだが理解していた。現実へと回帰しようとするその背中をフォルテシアは呼び止めた。

 胡乱な目で振り返る少年に彼女は一つの問いを投げ掛ける。

「あなたを突き動かすのはやはり復讐なの?」

 唯一の家族だった師を失い、故郷さえも焼かれた。それを行ったのは目の前の女神だが、彼女は師の心と尊厳を救ってくれた。恨むべきは、原因となった悪魔と名乗る一人の男のみ。

「確かにそれもあるけど、少し違うかな」

 エストの返しに、女性は再び微笑んだ。それは何? 笑みに込められた問いを読み取った彼は笑顔を浮かべて、

「――護るって約束したからな」

「相手が自分よりも遙かに強大なのに?」

 いたずらを仕掛ける子供の様な笑みを浮かべて意地の悪い言葉を投げ掛ける。答えは間を置かずして帰ってきた。

「シアが言ったんだよ。『エストなら勝てる』って」

 尊敬する姉の言葉だ。間違いである筈がない、と全幅の信頼を寄せていた。それに、と更に言い募る。

「俺はアイツの弟だからな、この程度重荷でも何でもないぜ」

 胸を張る少年の姿に、女神は苦笑した。それから、人差し指を立てて『助言をしてあげる』と言った。

「――生きる事だけを考えて。余計な思考を消し去り、人としての機能を極限にまで削ぎ落として、ただ生き残る事だけを思って剣を振るいなさい。――そうすれば、あの程度の魔人に後れを取ることはないから」

 相も変わらぬ微笑のまま、励ます様に言い切る女神の姿にエストは先程から感じていた違和を話した。

「……なあ、あんたそんな性格だったっけ? 前に会った時はもっとなんかこう、冷たい雰囲気があったんだけど」

「あら、でも抱きしめた時は暖かかったでしょう?」

 火の海と化した村から脱出する時に彼女に抱きしめられた事を思い出したエストは堪らず顔を赤らめた。あの時、頬に当たっていた柔らかくて大きな物の感触を思い出し、自然と視線を彼女の胸の辺りへ注いでしまった。

 その視線に気付いてもなお、彼女は気にする風でも微笑を消す事もなく質問に答える。

「こっちが本来の性格よ。私はこれでも慈愛を象徴とした女神なのだから」

「ならなんであの時は無表情だったんだ?」

 問われた刹那、慈愛に満ちた笑みが消え、幼き頃に相対したときの人形めいた無表情が浮かび上がった。

「……感情を殺さずに、あんな事は出来ないわ」

 無機的な瞳に思わず息を呑んだ。けれども、それは一瞬の事で、すぐさま人形めいた表情は微笑に彩られる。

「ところで、あなたが望むのなら、神の力を貸してあげるけど」

「神の力って……シアの女神化みたいなアレか? いいよ、どーせ扱えないだろうし」

 人間として、俺は俺の目的を達成する。断言する少年を見て『フラれちゃったわね』と笑顔のまま肩を竦めた。

「それじゃあ行くよ。助言とか色々ありがとう」

 役立てられるか分からないけど、とは言わなかった。言う必要などないだろう。

 微笑を浮かべたまま片手を振って自身を見送るフォルテシアの前で突然エストの姿が消える。現実へと回帰したのだ。

 果てのない真白ましろの空間に佇む一人の女神は、振っていた片手をそっと下ろした。

「――ふふっ」

 口元を押さえて笑みをこぼすその姿は予想外の掘り出し物を得た時のソレだった。笑みが抑えられない両頬に手を添える。今恐らく、自分はとっても間抜けな顔をしているだろうと自覚しながら。

「あの子を選んで正解だったわ。とても面白い人間に成長しているみたい」

 たかだか数年前に会った時はとても小さかったのに人間の成長とは速いものだと感心した。

「ふふ、彼は『守護者』として“世界”に貢献してくれるのかしらね……」

 真白の空間が虚しく広がっている。そこにはもう、誰も居なかった。



 †



 身体が空を飛んでいた。けれどもその浮遊感は仮初の物だったらしく、少年の身体はあっさりと灰色の大地へ落下した。墜落してもなお、衰える事のない勢いに振り回された身体は二度三度と弾み、更に地面を転がったところでようやく止まってくれた。

 飛んだ飛距離はそれなりだったらしく、仲間たちが彼を見下ろしている。

「――――ッ!」

 怒鳴り散らす二つの影。目は霞み、耳は衝撃と轟音によってその機能を麻痺させている為、何も反応できない。そして、時が経ち、徐々に形を持ち始める意識に比例する様に身体の感覚も覚醒を始める。ぴりぴりと痛む身体がむず痒い。そして、瞳が青い空を見止めた直後、全ての感覚が一斉に覚醒した。

「……■■■■――ッ!?」

 絶叫が、響いた。

 蘇った痛覚が悲鳴をあげ、彼の心を押し潰していく。声にならない大絶叫を吐き出すも、その行為が彼の痛みを更に加速させていく。

 あまりにも苦しくあまりにも狂おしい地獄にエストは目を剥き、血の泡を吹いた。のた打ち回りたいと思っても、押さえ付けられた身体は僅かに痙攣させる事しか出来ない。

 全身を蹂躙し続ける痛みに心が挫けそうになる。

 全身を蝕む苦しみ。

 自身に立ち塞がる圧倒的な敵。

 何の役にも立たない脆弱な身体。

 けれども、絶望の要因しかなくとも、諦める訳にはいかなかった。

 力のなさを罵り、蔑む者が居た。

 強い怨嗟を抱えていながら実力が伴わないこの身を嗤う者が居た。

 ――だからどうした。

 確かに少年は弱かった。魔物にやられて気絶して、尻拭いをさせてしまった。

 尻拭いをしてくれたのは誰だったか、激痛に混乱する頭ではそれが誰であったか思い出せない。

 ――でも、護ると誓ったんだ。

 痛みに喘ぎ、もがきながらもそれだけは憶えていた。それだけが原動力だった。

 だから、諦める訳にはいかない。誰を護ると誓ったのか、それを思い出すまでこの意識を手放す訳にはいかなかった。

 身体に力を入れ、腹の底から声を出す。まるで痛みを口から吐き出す様に全力で叫んだ。

 客観的に見ればその姿は生き汚く、これ以上ないくらいに無様で滑稽だった。嗤う者は更に増えるだろう。

 何か、悪い事なのだろうか?

 ――そんな筈がない。必死に生きようともがく事が悪い筈がねえ……!

 嗤いたければ嗤え。自分が嗤われる事によって“彼女”を救えるのならば喜んで受け入れよう。

 まずはこの激痛を堪えきらなければ話は先に進まない。容易ではないとしても、けれどもやり遂げなくてはならなかった。

 早鐘を打つ鼓動が身体中の血液を高速で循環させる。あまりの速さに鼓動と眼球が在り得ない程の脈を打つ。まるで自身が一本の血管になってしまったかのような感覚。

 どくどくと脈を打つたびに痛みが更に倍加する。

 駄目だ、耐えきれない。

 いや、耐えきって見せる。

 相反する気持ちがせめぎ合う中、

 ――ぁ、れ……?

 何かが切れた。エスト・グレイスという一人の人間を構成する何かが、音を立てて千切れた。

 徐々に、身体に満ちていた力と痛覚が色を失っていく。まだやれるのに、まだやらなくてはならないのに、そう心の中で叫ぶも、意識は暗闇に沈んでいく。

 ――く、そ……。

 最後の力を振り絞り、天へと手を伸ばした。誰かに助けを求める様に伸ばされたその腕は虚しく空を掴もうとして、掴まれた。

 不意に感じる暖かさ。感覚は薄れたのだというのに、それは確かに暖かかった。

 ――誰、だ?

 感じた事のある温もり。それは彼が全てを失った日から今まで何度も感じた事のあるモノ。

 ぼやけて使い物にならない目よりも先に、耳がソレを理解した。

「――エストッ!」

 普段の平坦な声音ではなく、激情に駆られた声。それでも、彼にはそれが誰のものなのか分かる事が出来た。

 ――嗚呼、そうか。俺が護ると誓ったのは……。

 それは他でもない、彼の唯一の家族だった。何故そんな大事な事を忘れていたのか不思議に思い、彼は微笑んだ。思い出したら、余計に諦めがつかなくなった。

 切れた何かが再び繋がり、身体に熱が灯る。その熱は瞬く間に全身を駆け巡り、活力となって朽ち行く身体を支えた。

 痛みなんてどうでもいい。寧ろこの痛みを利用し、意識を繋ぎ止め続けようと試みた。

 ――立てる……!

 そう確信したら、自然と身体が動いた。震える足で、ゆっくりと立ち上がる。

 その最中、碧い瞳と見つめ合う。僅かに潤んだ瞳を安堵させる様に笑いかけ、毅然と敵へと振り向いた。

「……馬鹿な。直撃を避けたとはいえ生きていられる筈が」

 愕然とする敵から視線を外し、握った物を見ると、半ばから折れた武器があった。

 雷撃を受け止め切れずに折れた長剣、だったモノ。最早、武器として使い物にならないソレを見たエストは緩慢な動作で指を走らせた。赤く煌めく文字と記号。

 その様子を見た魔人の背中に冷たいものが走る。あれを完成させてはならないと、本能が告げるままに雷撃の術式を展開させようとして、呻いた。

「く、そ……腕が」

 自身の限界と技術を度外視した、先の魔術行使の代償に魔人の腕へと鈍い痛みが走り、術式を描く指が止まる。

 エストの術式が完成すると、彼の構えが変わった。腰を据え、両手で剣を握るのではなく、片手で持ったソレを逆手に構える。

 それは短剣の構えの一例だった。堂に入った姿勢には微塵も隙がなく、魔人の青年を困惑させる。

 荒い筈の呼吸が聞こえない。力の優劣が気にならない。

 そもそも、死に体の彼はそんなものを気にする余裕はない。ただ生きる事だけを考えて剣を振るう、そう誰かに教わった。

 立つ力と剣を振るう活力を取り戻した。なら、後は実行するだけ。

 大地を蹴った。

「なっ!?」

 驚きの声は傲慢の魔人のモノ。俊敏な動作で地を駆ける少年の動きは、死に体である事を忘れさせる程に速く力強い。

「く、そがぁ!」

 あれをこちらに近付かせてはならない、本能が告げる警鐘に従って高速で魔術を展開する。腕の痛みなどに、構っている場合ではなかった。

 雷槍が顕現し、大気を割いて迫り来る。疾走を緩める事無く、エストは僅かに首を傾けるだけで躱した。

 雷槍が掠った頬は焼け焦げ、血さえ噴き出さない。明らかにその頬から激痛が広がっている筈なのにそれでも彼は止まらず、魔人に肉薄した。

 そこで魔人は見てしまった。もしも彼がそれを見なければ、結末は違っていたかもしれない。

 剣を振るう少年の瞳と魔人の瞳が交差する。

 黒色の瞳は微塵も、死を恐れてなどいなかった。



 †



「どうなっているんだ……?」

 騎士少女は目の前の光景に呆然と声を上げる。それ程までに目の前の光景は異様なモノであり、理解できないモノであった。

 魔人の怒声と共に蛇腹剣が振り上げられる。しかし、その手が斬撃を繰り出す寸前、エストは更に前へと出た。己が武器の有効範囲外に入られた事により動きを止めた魔人へと、横一文字に薙ぎ払う。

「ちぃッ!」

 後退する魔人だが、再び間合いに踏み込まれ、短剣を突き出される。

「ぐ、が……!」

 衝撃。紙一重の所で短剣を躱した瞬間、鼻っ柱に頭突きを見舞われた。こぼれ出る鼻血と襲い来る斬撃。障壁を展開しようにも術式を描く暇など無く、持ち前の反射神経のみで凌ぐも魔人は後退を強いられる。

 騎士少女の目には魔人が圧倒されている様に映った。その情景に対して、喜びよりも困惑が勝る。

 満身創痍の身体が繰り出す動きは明らかに健康体の時より速く、重い。けれども、彼女が困惑するのはソレの所為ではなかった。

 先程から時々繰り出される魔人の一撃はどれも当たれば致命傷になるだろう威力を孕んでいる。

 そして、一瞬でも反応が遅れれば死ぬという状況下においても、彼の動きは鈍らず、それどころか更に加速していっていた。

 身体の至る所に裂傷が刻まれてもなお、剣を振るう事を止めないその姿は、

「――まるで死を恐れていない様だ」

 人間として当然の恐怖を、少年から感じる事が出来なかった。呆然と闘いを眺めるエルミナの横でシアがぽつりと呟く。

「人は未知の物へと恐怖を抱かずにはいられない生き物。でも未知が既知へと変わった瞬間、人は恐怖を忘れる」

 その言葉に、はっとなり、横の少女に視線を向けた。その言い方ではまるで――

「――エストが死を知っているとでも言うのか?」

「故郷を滅ぼした虚神を前にして、あの子は何て言ったのだと思う?」

 問い掛けを無視して再度問いを出す虚神の欠片に対し、エルミナは首を傾げる。

「――“ありがとう”」

 言葉を失った。全てを奪った存在に対して、怨嗟や憎悪ではなく、感謝の言葉を投げ掛けるなど正気の沙汰とは思えなかった。

「師匠にして唯一の家族が目の前で絶命するところを前にしたあの子の心に、何処かズレが生じてしまった。故郷や仲間の命が奪われた事に憎悪せず、師の凶行が食い止められた事に安堵してしまった。

 間も無くして虚神は“皆殺し”という使命に則り、あの子を殺した……」

「ばか、な……エストは生きているじゃないか!」

 詰め寄るエルミナにシアは視線を合わせない。ただ、繰り広げられる闘いだけを目に焼き付けている。

「虚神はあの子を生き返らせた。自身に向けられた感謝の念の理由を知る為に。そのまま生かし、私を託したのは恐らくただの気紛れ。

 その過程であの子は死を理解してしまった。そしてそれは大切な者の死に比べたら“大した事はない”という結論に至ってしまった」

 だから少年は死を恐れない。大切なモノに比べたら、己が命など酷くちっぽけで無価値だと思えたから……。

「けれどあの子もヒトの子。雑念を振り払う事が出来なかった」

 自分が死んだら大切なモノを護れない。そして護り続ける事が出来ない事が恐い、と。

「その思考があの子の動きを阻害し、逆に危険を招いた」

 護れないかもしれないではなく、護ると強く念じさせねばならない。だからこそ、彼を一人で闘わせ、思考する余裕を取り除く必要があった。生きて護る事だけを思い、ただひたすらに剣を振るう存在になる必要があった。

 シアはふと、エルミナと視線を合わせる。碧色の双眸に吸い込まれる様な錯覚を憶えながら、エルミナは息を呑んだ。

「さっき、私はあなたを足手纏いのつもりで言ったんじゃない」

 それは頂上に到達する少し前にシアがエルミナに対して放った言葉の事。その時はエルミナは侮辱されたと思い憤慨したのだが、真白の魔術師は一切侮辱したつもりはなかった。

「魔術と剣術を器用にこなすあなたは強い。だからこそ、エストに思考する余裕を与えてしまった。けれど、今の死に体のエストに余裕はない」

 これなら自身の性能の全てを出しきる事が出来るだろうと、少女は語る。心配げな面持ちでありながら、確かな勝利を確信する真白の魔術師は再び闘いに目を向けた。

「ありえるのか……そんな事が」

「ほら流れ弾が来たわ」

「へ? ……くっ!?」

 咄嗟に風の防護壁を展開させ、雷撃を凌ぐ。流れ弾についてシアが心配する事は何もない。クライムの止血も既に済み、後は彼の回復力に任せるしかない。

 目の前で繰り広げられる激闘に、意識を集中できそうだった。

「もうじき決着が着く」

 確かな確信を持って少女は告げた。弟の勝利を疑わない表情のままで――。


 /5


 剣戟が響き渡り、迸る火花の光が目に刺さる。けれどもそんなものは気にならない。少年はただ目の前の相手を打ち倒す事だけを思って剣を振るう。

 後退などは思考の外。ひたすらに前へと進まなければ、何もかもが止まってしまうと分かっていたから。

 死が迫る。鋭い剣身が脇腹を掠め、鮮血を撒き散らすがそれでもエスト・グレイスは止まらない。

 再度、剣戟が響き、魔人は数歩の後退を強いられる。

「何故、だ……! 何故僕が追い詰められる! たかが人間に!?」

 魔人は未だに自身に渦巻く感情の正体に気付いていなかった。

 焦燥は認識している。けれども、“恐怖”に気付く事が出来なかった。

 当然に感じる死への恐怖。極当たり前に感じる筈の感情が、少年にはない。

 未知への恐怖を感じない存在は正しく、未知の存在。ならば、ソレに怯えるのは自明の理。そして何より、ギルベルトは“傲慢”という感情を糧にする魔人だ。恐怖と焦燥に支配された彼は満足に力を行使できない。

「くそッ……図に、乗るなぁっ!」

 剣で打ち合い、その衝撃と魔人の身体能力を使って背後へと大きく跳躍する。両者に空いた間隔はおよそ十数歩、今のエストなら、一息で詰められる距離。

 けれど、魔人にはそれで充分だった。飛び退りながら既に術式は展開し終わり、後は魔力の充填を待つのみ。感覚が薄まった左手に魔力が溜まっていく。流石に先程ぐらいの威力にする時間はないが、それでも、目の前の死に体を屠る程度の威力はある。

 あの身体では受け止める事は出来ず、避ければ後ろのシアたちに被弾する。

「これで終わ――ッ!?」

 己が勝利を確信し、終幕を声高々に宣言しようとした魔人は魔力の霧散に目を見開いた。

 術式の分解。その事象には憶えがあった。視線をエストの背後へと向ける。

 血の気の薄い顔色をした最強の騎士と視線がかち合う。青褪めた唇が動く。掠れた声は確かに、『残念だったな』と紡いでいた。

「死に、損ないがぁッ……!」

 呻く魔人の動きが一瞬止まった。

 懐に潜り込む影。短剣が走る。

 鋭い踏み込みと共に、蛇腹剣を握った魔人の腕が切断された――。

「――ガ、あァァあああああおぶッッ!?」

 痛みに喚く口へと短剣を潜り込ませる。僅かに口の端が切れたらしく、唾液と共に血がこぼれた。

 目尻に涙を浮かべる魔人を至近距離で見据えたエストは低い声で、

「終わりだ。アイツ――黒色の悪魔について、全てを喋ってもらうぞ……!」



 †



 唐突に深い闇が現れた。エストたちを覆う様に広がった闇は瞬間的に凝縮する。

「――その必要はありません」

 闇が口を開き、刹那の内に男の姿へと変化した。

 闇色の神父服と長身の細い体躯。

 色白な顔の中の、得体の知れない虚ろな瞳。見る者の背に、寒いものを走らせる酷薄な笑み。闇の様に黒い長髪は掻き上げられている。

 今回の魔人事件の黒幕が、エストの真横に立っていた。

「なっ――が、!?」

 突然の浮遊感。そこで、エストは吹き飛ばされたのだと理解した。軋む身体に鞭を打ち、空中で体勢を整え、着地する。痛みはなく、本当にただ吹き飛ばされただけらしい事を確認して顔を上げると、ギルベルトが闇に呑まれ、瞬く間に消えたところだった。

 その光景に唖然と見遣る彼らを見ながら、黒色の悪魔はくつくつと笑う。

「あんなモノでも大事な駒ですからね。此処で殺される訳にはいかないのですよ」

 癪に障る笑みにエストの心がささくれ立つ。今すぐに飛び掛かりたい衝動を抑え、怒りに震える声で問い掛けた。

「……アイナ・テグネールという女性を憶えているか?」

 その名を聞いた直後、男は嬉しそうに笑み、何度も頷いた。その様子にエストの剣を握る手に力が篭る。

「もちろん、私がこれまでに造った魔人の中で最高傑作にして“失敗作”の彼女でしょう?」

 失敗作、その言葉に怪訝な顔を浮かべる少年に男は両手を広げて愉快気に笑った。

「あれは既に魔人になる以前からの狂人でした。故にその身に余るモノへと手を出し、結果として村一つとその周辺を焦土と変え、消滅した。此れを失敗作と謂わずして何と言うのでしょう?」

「嗚呼、そうか。なら――」

 もういい、と。

 お前の話なんてもう聴きたくない。そもそも目の前の存在と対話する必要などなかったのだ。この悪魔と出会ったのなら自身が取る行動は一つだけ。それは故郷が滅んだあの日から心の中で決めていた事。

 内の中で渦巻く感情が、彼の心を熱していく。その感情の名は“憎悪”。一度たりとも忘れた事のない殺意の塊が、

「――死ね」

 解き放たれた。

 背後から掛かる静止の声は耳に届かない。刹那の内に悪魔へと肉薄し、無防備な喉を掻っ切った。鮮血がほとばし――らない。

 朱い水の代わりに黒い瘴気の様なモノが漏れ出るその光景に驚きながらも、勝利を確信する。

 だが、

「ほう、なかなか素早い。それに一切の躊躇いもなく急所を抉りますか」

「なっ……!?」

 喉を裂かれてもなお、目の前の悪魔は生きていた。それどころか笑みを浮かべて喉元を擦ると裂傷は塞がってしまった。

 ――いや、魔物だって再生する奴はいる。驚く必要はない!

 再度剣を薙ぐが、その一撃が届く前にエストは首を掴まれる。息苦しさに喘ぎながら剣を振るおうとするが、酸素不足の為か、身体に力が入らなかった。

「魔人を回収できればそれで良かったのですが折角です。――虚神の欠片も回収してしまいましょう」

 刹那エストの瞳が見開いた。憎悪が渦巻く双眸に睨まれた悪魔は声に出して笑いを上げる。

「――深淵の闇よりも更に深く、どんな刃物よりも鋭いその憎悪。……さぞ面白い魔人となるでしょう」

 男の腕が伸ばされる。その手がエストの頭に触れる直前、青紫の光弾が悪魔に被弾した。光弾が飛来してきた方向を見遣れば、金色の髪を持つ少女が腕を突き出していた。

「エストを、離しなさい」

 荒い息を吐き出す顔は蒼白く、脂汗が噴き出ている。下がり掛ける右腕を左腕で握り締め、黒色の悪魔を凝視した。

「それ以上、その身体で魔術を使えば、危ういですよ」

 彼女の行動をたしなめる男に対し、シアは睨み付けながら言い放つ。

「構わない。ここで何もしないのなら死んだ方がマシ」

 シアの瞳は決意に満ちていた。それは虚勢ではなく、紛れもない本心。自身の命を散らしてでも、弟を助ける為に魔術を使うだろう。

 それを悟った男は肩を竦め、エストを放り投げる。地面に落下したエストはむせながら、男へと手を伸ばす。その手は男に届かない。

「貴女に死なれるのは困りますね。仕方ありません。この場は退散致しましょう」

 そう言うと、男は来た時と同じ様に闇に紛れて消えた。

 止める事など出来なかった。元より、エストの身体は魔人との闘いの時点で限界だったのだ。そんな状態で、あんな化け物を捕まえる事など出来る訳がない。

 そして限界だったのはシアも同じ。荒い息を吐きながら、地面に座り込む姉の下へとゆったりと歩いて行く。

「大丈夫か、シア?」

「……私より自分の心配をして」

 え? と言いながら自身を見遣る。革鎧は砕けており、その下の衣服は焼け焦げ、生々しい傷から朱い血が滴っている。

「うわ……これはヒドイ」

「無自覚……」

 自身の傷に気を配る程の余裕などなかった。傷を認識すると、途端に身体の力が薄れていくがまだ倒れる訳にはいかなかった。

「お前たち、気を抜くにはまだ早い」

 声はクライムのものだった。患部を押さえながら立ち上がる彼の姿にエストは乾いた笑いを漏らす。

「……はは、あんたもよく生きてたな」

「俺の得意魔術は“強化”だ。治癒力も例外じゃない。

 と言っても、エルミナとシアに止血して貰わなかったら死んでいたが……」

 飽くまで傷を塞いだだけなのだろう、彼の顔色は未だに蒼白いまま。戦闘は間違いなく不可能だ。

「じゃ、逃げるか」

 エストの呟きにシアが頷く。急な展開にエルミナは困惑した。

「な、どういう事だ? 何故逃げる必要がある」

 結局、エストたちは魔人を倒す事が出来なかった。故に国王との取引は失敗に終わり、彼に虚神討伐の大義名分を与えてしまう事になった。

 クライムは彼らを逃がす事に協力してくれるらしい。魔人と虚神、双方を取り逃がしたとなれば、責任者であるクライムも何かしらの罰を受けるだろうに。

 礼を言うエストに対しクライムは、

「気にするな。お前たちの様な存在が死ぬのは惜しいだけだ。王の事情など興味はない」

 騎士としてどうなんだと思いながら、エストはシアの前で背を向け、しゃがんだ。

「……なに?」

 弟が取った突然の行動に訝しげな視線を送る。しゃがんだ姿勢で首だけを向けるエストは何て事のない声音で言った。

「ツラいんだろ? 背負うよ」

「馬鹿じゃないの? 私より死に体の癖に……」

「弟の親切心を馬鹿呼ばわり!?」

 叫びつつ、彼は立ち上がる意思を見せない。溜め息を吐いたシアはその背に身を預けた。

「待て! 逃げては更に状況を悪化させるだけだ!」

 エストの進行方向にエルミナが両手を広げて立ち塞がる。ここは通さない、という言葉を全身で示した彼女にエストが何かを言う前に彼女の先輩騎士が語りかける。

「俺は王から魔人討伐の他に、“ある任”を賜った。

 “魔人を討伐し終えたのち、疲弊した虚神とその従者を殺せ”とな」

 その言葉に絶句するエルミナに対してシアはやはりと言った具合に頷き、エストは小声で『従者?』と言った。

「元より王は彼らを生かすつもりはなかったのだ。そして魔人を取り逃がした以上、王には大義名分がある」

 握った拳を震わせながら、俯く騎士少女から視線を外し、クライムはエストに自身の長剣を差し出した。

「持って行くといい。折れた剣よりかは役に立つ筈だ。闘えない俺が持っていても仕様がない」

 剣を受け取り、礼を言ったエストは歩き出す。目的地はこの山を下り、東に進んだ所にあるラトルカ国。リノアキシアの敵対国ならば王も易々と手は出せまい。

 エルミナの横を通り過ぎ様としてふと、立ち止まる。悲しみの表情を浮かべる幼馴染を安心させる様に彼は微笑んだ。

「国にはもう戻れないけど、いつかきっとまた会えるさ」

 またな、と手を振り彼らは去って行った。その背中をしばらく見つめていたエルミナは目元を拭い、小さな声で『いつかきっと……』と囁く。

「帰りましょう、クライム。処罰は私も一緒に受けますよ」

 晴れやかな笑顔の彼女に、クライムは僅かに微笑んで『それは助かる』と言った。

 姉弟は東へ進み、二人の騎士は西へと戻っていく。彼らの運命が再び交差するかどうかは、神にしか分からないのかもしれなかった。



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