第六章 迫る暴風
第六章 迫る暴風
中央都市、及びその外円部にある貧民街の一部からの一時避難命令が伝えられたのは、その日の朝の最初のテレビニュースだった。
政府は昨今の不安定な国内情勢を鑑み、暴動を起こす反政府系武装組織に対する大規模一斉攻勢を仕掛けるとのことだ。これに当たって、罪無き国民に及ぶ被害を最小限に止めるというのが今回の一時避難命令の意図であると伝えられた。
「逆に言うなら、残っていれば問答無用で敵と見なして射殺する、ってことなのよね。相変わらず物騒なことだわ」
貧民街の一角にあるかつての工場。そこの食堂兼事務所のテレビから繰り返し伝えられるニュースに対して、サラは辛辣にそうコメントした。
今この場には、年少組を含めた全員が集められていた。
ボリスはテレビを消し、そして全員に対して言った。
「以前から予想していた状況の一つが、ついに現実のものになった。やや不本意ではあるが、最も荒い『計画』をこのタイミングで実行に移す。アミナは年少組全員を連れて、予定の避難所に移動してくれ。この旧工場が焼け落ちたときのために、金品と重要書類も頼む。反政府系武装組織と国王の意思という外部要因のせいで、ややなし崩し的且つ強引ではある。だが、ついにこの時が来た」
直接的に『計画』、即ち『サラ自身の手によるガダル王の暗殺計画』に関わらない年少組達も、おおよそ何が起こるのかは察している。サラやシオン達はとても危険なことをしようとしている。そして、それが成功すればきっと良いことが起こるのだ、と。
ボリスの言葉に続いて、サラが全員を見渡し宣言する。
「じゃあ、作戦開始よ。次に皆で会うときは、もっとマシな国に成ってるはずだわ」
それを合図に、全員が行動を開始した。
貴重品や重要書類を箱に入れ、避難用の車に詰め込む。年少組達に衣服やその他身の回り品をまとめるように指示を出す。武器弾薬の補充、『計画』に関する詳細の確認、〈スヴァログ〉の最終点検……。やることは多くあったが、全員集中して動いていた。
年少組を取りまとめ、『計画』終了まで守り抜くことを任されたのはアミナだった。そんな、暴力を伴わない大役を任された彼女だったが、少し浮かない顔で事務所の書類をまとめていた。それに気が付いたサラが話しかける。
「どうしたの、アミナ。随分と深刻そうな表情をして」
「えぇ!? 私、そんな顔してた?」
「ええ。大分似合わない顔をしていたわよ」
アミナは一旦手を止め、そして意を決したようにサラと向き合った。自分がどんな表情だったのかには無自覚なアミナだが、そんな顔をしてしまうであろう自分の心には思い当たるモノがあった。
「……私、やっぱりサラには勝てないよ。だってサラは凄いから。器用だし、頭もいいし、綺麗だし、だから……」
アミナはそう言いながら、部屋の片隅でボリスから受け取った書類に目を通しているシオンの方を向いた。
アミナは、自分の中にある感情を巧く説明することが出来なかった。シオンと話したり、一緒にいるのは確かに楽しい。最初に会った時は本気で傷つけようとし、それこそ殺すつもりでいたはずなのに、同じ場所で同じ方向を向いている内に、そんな気持ちはただの思い出になっていた。
アミナにとっては、サラが仲間に加わったことは、とても嬉しいことだった。共に過ごす時間は楽しかったし、心強かった。だがシオンは、自分よりもサラの隣にいるべきなんだと、そんな思いが強くなっていったのだ。
サラは凄い。シオンも凄い。だからシオンの隣にいるべきなのは自分ではなくサラの方なのだ。
そんな結論にたどり着いたアミナは、自分の中にサラに対する濁った感情が生まれたようで、それに戸惑っていた。
サラはそんなアミナに対し、小さくため息を付いた。
アミナの考えていることはだいたい察することが出来た。それも恐らくは、アミナ当人以上に的確に、だ。
(……本当なら、もっとシンプルでいいのよね。こんな国の、こんな生まれの、こんな状況でなければ、私もアミナも悩む必要なんて無かった。自分の本心には誰よりも早く自分自身で気が付けた筈だし、そこに躊躇いはいらない筈だった。……だけど、現実は違う)
アミナがシオンに惹かれているのだということを、サラは良く理解していた。
そして、サラ自身も同じような感情が、少なくとも単なる好意以上の感情が生まれていることを自覚していた。だからこそ今取るべき最善の行動は一つだとサラは考えていた。
「貴女の口からシオンに言いなさい、絶対に帰ってきてほしいと」
「それは……、私でいいの? 多分、私なんかじゃダメだよ。それに、シオンだってサラが言った方が……」
サラは首を横に振った。
「私では駄目なの。私の言葉はシオンを戦わせることは出来ても、生かすことは出来ないわ。確かに私が命じればシオンは命がけで敵を討つかもしれない。だけど、その時はきっとシオン自身の命まで削ってしまう。最初に出会った日から今まで、戦う理由を与えた私は、シオンのたどり着くべき場所を作ることは出来るかもしれない。だけどね、生きて帰るべき場所になれるのは私じゃないの。それがアミナ、貴女なのよ」
サラはかつて葛藤した。もしかしたら自分はシオンに惹かれているのかもしれない。シオンと共に生きたいと、彼に生きていてほしいと心の奥で思っているのかもしれない。
(……結局私にはそんな想いを抱く資格がないのよ。私はシオンに対して、絶対に勝つように命令したし、必ずその報酬を用意すると誓った。でも、そう宣言し戦いを始めた私には、シオンに対して「生きて帰りなさい」なんて命じる資格なない。それに、例えそうでなかったとしても、個人的な復讐心で、結果として沢山の人の人生を壊そうとしている私に、その先人並みの幸せなど望む資格なんてないわ。……それでも、……ならせめて、自分の復讐に巻き込まれた者達が、後に幸せを掴んでほしいと考える、そのぐらいの傲慢なら許されるはずよ)
サラの言葉を聞くアミナも、サラのそんな心の奥底を理解することなど出来るはずもない。しかし、今自分が求められていること、やるべきこと、そしてやりたいと思っていることは分かった。
「難しいことはよく分からないけど、……でも分かった。私が言ってくるね」
アミナはそう言うとシオンの方へと駆けて行った。
そしてサラが背後から見守る中、部屋の片隅に立って渡された資料を読んでいたシオンに対し、元気よく声をかけた。
「ねえ、シオン!」
「……ん?」
シオンが振り向いた。いざ声をかけてみたものの、アミナ自身、何が言いたいのか、何を言えばいいのか、それらは自分の中でまとまっていなかった。
それでも何か言いたいという気持ちはあった。
だからアミナは、とにかく今自分が思っていることを素直にぶつけることにした。
「シオン、絶対に帰ってきて。そのことを約束して」
「……どうして?」
シオンの素っ気ない、意外そうな反応はアミナにも予測出来ていた。そして、シオンがどこか遠くへ行ってしまい、このまま二度と帰ってこないような予感がしていた。
アミナはそれがイヤだった。
いつも無口で、何を考えているか分からなくて、身だしなみに興味がなくて、だけど仲間思いで、優しくて、たまに格好いいシオンと、もうこれっきりになってしまうのはイヤだった。
「だって……、だって私は、シオンに死んでほしくない。また会いたいし、また話がしたいから。死んじゃった人とはもう話せなくなって、私はシオンとそんな風になりたくなくて……、まだ話したいことも沢山あるし、これからもきっと話したいこととかやりたいこと沢山出来ると思うから。だから……」
シオンは怪訝そうな表情を見せた。
その理由はアミナにも分かる。いきなりこんな事を言われれば誰だって戸惑うだろう。込み上げてくる感情をぶつけるだけの言葉じゃ、きっと何も伝えられない。
それでもアミナは、ひたすらに感情のまま言葉を紡ぎ続けた。
「だから私はシオンに死んでほしくない。絶対に、生きて帰ってきてほしいの」
シオンが曖昧に頷いた。
それを見たアミナは少しだけ安心出来るようになった。
(何だか勢いだけで押し切っちゃったけど、だけどこれでいいんだよね? シオンは絶対に約束を破らないもん。それが『正しいこと』だってシオンは言ってた。だからシオンは絶対に帰ってきてくれる。そうだよね?)
シオンに対して必死に語りかけるアミナの背中を眺めていたサラは、その姿がとても眩しいように感じていた。そして、それと同時に決意の拳を握りしめる。
(もしかしたら、こんな風に考えなくてもいい世界だってあり得たかもしれないのよね。シオンやアミナや、私自身が平和な世界のただの学生でいられたら、こんなことを考える必要も無かった。だけど、私達が今ここで生きている以上それは許されない。ならせめて、それを私が変えてみせる。私に与えられた総てを利用して)
×××
王国側が発表した避難最終日を迎えるよりも先に、反政府系武装組織は本格的な行動を開始した。
最初に行われたのは増援部隊への急襲だった。占領された所とは別の軍事基地から陸路で兵士と、武装を運んでいた列車を反政府系武装組織が発見。強奪と殺害を行い、さらに列車の利用客に対する自主検問を開始した。住民の避難速度は著しく低下し、中央の王国軍は完全に孤立することとなってしまった。
続いて反政府系武装組織は、散発的ながらも城に対する直接的な攻撃を開始した。昼夜を問わない奇襲を仕掛け、王国軍に対してプレッシャーを与えると共にその限られた兵力を削ろうというのだ。
この戦いは、未だ兵と武器の質、量ともに優位を保つ王国軍の側にとって極めて不利な点が存在した。
それは、『勝利条件』である。
実は、公式に明らかになっている王位継承者は現在存在しない。ガダル王が王位につく直前に起こったクーデターとその事後処理によって、彼の遠縁を含めた親族の総てが死亡、ないしクーデターに関わったことの罰として継承権の剥奪を受けている。
特に、当時の国王とその后、そしてガダル=トルバラド唯一の兄妹である妹がクーデターによって『非業の死』を遂げた事は大々的に報じられ、多くの国民の記憶に刻まれていた。
無論これには、己の地位を確固たる物にしようと考えたガダル王と、彼に接触をはかりトルバラド王国に傀儡政権を作ろうと考えた外国工作員の思惑が存在した。余りにも度し難い事だが、ともかく現実はそのような状況となっている。
故に反政府系武装組織は、現王ガダル=トルバラドの首さえ手に入れれば、その時点でどのような犠牲を払おうとも王政という現在の国家体制を破壊することが可能なのである。これこそが反政府系武装組織の目指す『勝利』なのだ。
だからこそ彼らは、現在最も警備の厳重な王宮に対して攻撃を仕掛け続ける。それがただ一度でも成功すれば、どれほどの血を流そうと勝利者になれるのだ。
そして、ついに王国側の出した避難命令の期日となった。
反政府系武装組織は支配領域を拡大すべく中央都市の各地で行動しており、これまでの間王国軍はこれに対して、あくまでも必要な迎撃のみにつとめ、武力を用いることは最小限だった。これは王宮に対する攻撃にも同じことが言え、ひたすら防衛戦に専念していた。
しかし、避難命令の期日を過ぎると同時に状況は一変した。
まず、王宮に次ぐ国の権力の象徴であり、先日『暴動』の起こった講堂前広場に動きがあった。講堂前の広場が、何らかの軍事施設として用いられるように作られているという噂は以前からあったが、これが都市伝説ではなかったという事が公に示された。
広場の地下空間に待機していた王国軍の少数精鋭のウォーカー部隊が、講堂前広場周辺の隠し通路から出動。中央都市各地での戦闘に参加し、反政府系武装組織への徹底的な攻撃を開始した。
それと同じ頃、一人の少年が行動を開始した。
「――パーソナルディスク、――インストール完了。ヘッドセットディスプレイ表示、――正常。各種パラメーター確認、――問題なし、燃料、装備、残弾――各問題無し、コックピットロック、視界良好」
ただ一人残り、行動開始のタイミング、即ち中央都市での王国軍と反政府系武装組織の本格的な先頭の開始を待っていた少年、シオンは自身に与えられた第三世代相当試作型ウォーカーに搭乗し、馴れた手付きで機体を起動させていく。
「――エレベーター、遠隔起動。全装備正常認識、火器管制システム、最終安全装置解除。――〈スヴァログ〉、発進」
太陽の光を浴びた、真新しい白の装甲が、陸戦兵器としてはあまりにも異質な輝きと存在感を放つ。
エレベーターが地上に出ると同時に、シオンは自らの搭乗するウォーカー〈スヴァログ〉の脚部ローラーを使用。カタログスペック上、整地であれば最大時速九五キロを誇る鋼鉄の健脚は、うなり声を上げながら烈風の如く、戦場を目指して前進した。
閑散とした貧民街を進むシオンは、武装した複数のウォーカーの姿を確認した。数は五。識別信号から推測するに、おそらくは反政府系武装組織だろう。
シオンは一切の躊躇い無く、その反応のある方へ向けて〈スヴァログ〉を進行させた。同時に、長めの持ち手の先端に重い刃の付けられた新型試作装備である『ブーストアックス』を装備する。
反政府系武装組織の一団は突然の事態に対して戸惑っていた。味方でもなければ、敵である王国軍でもない、その上全く見覚えのない機影が自分達の方に向かって一直線に突っ込んでくるのだ。
――味方か? 敵か? 威嚇か? 牽制か? 迎撃か?
時間にすれば数秒足らずの、その僅かな思考時間による判断の遅れが、彼等の運命を決した。
シオンの操縦する〈スヴァログ〉は、装備するブーストアックスを容赦なく横一線に振り抜いた。
「燃料接続、ロケットブースター、点火」
ブーストアックスに内蔵されている推進機構、小型ロケットブースターによる斬撃加速装置が起動する。遠心力に加えてロケットブースターによる加速が行われた破壊的な一撃が、一機のウォーカーを胴体からコックピットごと真っ二つに叩き切った。
突然攻撃を仕掛けてきた〈スヴァログ〉を敵だと認識した残りの三機が迎撃のため行動を開始する。しかし、それはあまりにも遅すぎた。
〈スヴァログ〉のブーストアックスの返す太刀が一番近くにいたウォーカーに対して、予想外の角度から襲いかかり、武器を構える暇すら与えずに粉砕する。
ブーストアックスの推進機構は破壊力を強化する為だけの物ではない。通常の武器ではあり得ないような変則的な太刀筋を可能にすることで、近接戦闘における絶対的な優位を確立するのだ。
一機のウォーカー、近接戦闘用の増加装甲を纏い、通常仕様の二倍近い長さの刀身を有する超硬質ロングブレードを装備した〈コクレア〉が、シオンの方に向かってきた。
ロングブレードが振り下ろされたのは、ブーストアックスを用いても反撃の間に合わない完璧なタイミングだった。だが対するシオンは反撃するのではなく、僅かな後退という最小限の動作でこれに対応。紙一重で斬撃を回避するのと同時に、ロングブレードが空を切ったことによって重心が最も不安定になるタイミングで、ブーストアックスの柄によって敵の〈コクレア〉を突く。
敵ウォーカーがよろけた。
自立型二足歩行という極めて不安定な方式を採用しているウォーカーには、自動の姿勢制御装置が搭載されている。敵の〈コクレア〉も当然その恩恵によって、倒れることなく踏みとどまる。だがシオンは、その最も無防備になるタイミングを見逃さない。
自動で行われる僅かな姿勢回復の動作には、操縦者のコントロールが介入出来ない。その僅か数秒間だけは完全な無防備状態になる。シオンはこの隙に〈スヴァログ〉を半歩後退させると同時にブーストアックスを構える。そして、敵の動作が自動姿勢制御から操縦者へと移る直前に、ブーストアックスを振り下ろした。
暴力的な一撃が、増加装甲の存在など意にも介さずに粉砕する。
残すは二機。
彼等はこの一連の戦闘から後退することを選択し、射撃装備による挟撃を行おうとする。
しかし、シオンはそれを許さない。一機の方に向けて牽引用アンカーを射出。命中したアンカーの先端に内蔵された電磁吸着装置が確かに標的へと食らいつく。そしてそのまま、力任せにアンカーを横凪に振り、もう一機のウォーカーの方へと捕縛したウォーカーを叩きつける。
激しい衝突音と共に、二機のウォーカーが折り重なるようにして倒れた。
この程度でウォーカーを確実に機能停止させられないことはシオンもよく理解している。最初の不意打ちで撃破したウォーカーの物と思しきマシンガンを拾い装備。その銃口を倒れたまま起き上がれずにいる二機のウォーカーに対して向け、容赦なく弾丸を浴びせた。
フルオートで放たれる弾丸が命中する金属音が容赦なく響きわたった数秒後、燃料に引火したのだろう、二機のウォーカーが爆散した。
「……よし、次だ」
五機のウォーカーを確実に撃破したことを確認したシオンは、再び移動を開始した。
目指す場所は講堂前広場。
目的はただ一つ。
『講堂周辺からあらゆる武力的脅威を排除すること』。
それがサラの手によるガダル王の暗殺を成功させるための必須条件だった。
×××
ヘイダルの率いる革命武装同胞団は第一段階の目的を果たす事に成功し、どこか浮かれた空気すらも漂っていた。そんな彼等が占拠する王国軍の基地に、突如として緊張感が走った。
錯綜する未確認の情報は、その内容を精査することもなく、素早くヘイダルの耳に届くこととなった。
「所属不明機の強襲だと!? どこかに隠れていた王国軍か?」
情報を伝えに来た男は、ヘイダルの態度に威圧されつつも、伝令としての役割を果たす。
「いいえ、それは無いと思われます。所属不明機は、我々に対して攻撃を仕掛けていますが、王国軍との連携の様子はなく、識別信号も未登録のものです」
「王国軍の独立勢力か? 何であれ敵には違いないが、所詮は一機だけだ。ウォーカーを六機ほど送って一気に撃破してしまえ。こちらの被害が拡大する前に不安要素は潰しておいた方がいいだろう」
ヘイダルはそう指示を出すと、ウォーカーの整備が行われている格納庫に向かった。
(想定外の事態だが、その程度で我々の優位が揺らぐことはない。すでに奪取したこの基地のウォーカー部隊も出撃可能になった。数の優位を手に入れた我々が失敗することなど、決してあり得ない)
そう考えるヘイダルだが、心の奥底には僅かに拭いきれない不安があった。それは、あらゆる作戦において絶対などあり得ないことを知る彼の直感だった。
ヘイダルは基地から奪った待機状態の〈ウルス〉に乗り込んだ。
不測の事態が発生した場合、最も安全な場所はウォーカーの中であるというのが彼の考えだった。
それは、かつて少年兵を率いていた頃の経験に基づくものだ。
(王国軍の奇襲を受けたあの時もそうだった。俺自身の直感を信じたからこそ、今こうして生き残っている。今度も生き延び、俺が総てを手に入れる)
ヘイダルのそんな思考の直後、占領中の王国軍基地に衝撃と爆発音が響き渡った。
×××
「……さて。それでは仕掛けるとしますか」
トルバラド王国に雇われた傭兵の男、ジュラルドは小さくそう呟いた。
彼は自らの搭乗したスカイブルーの輝きを放つウォーカー〈テンペスト〉の操縦桿を握る。
「メインエンジン始動。網膜投射開始。全ステータス、戦闘モードに移行」
〈テンペスト〉即ち、ゴルデア帝国で開発された第三世代相当であるこのウォーカーには、いくつかの実験的且つ先進的な技術を用いた機能が搭載されている。頭部のデュアルアイ型光学センサーから収集された映像は、そのまま直接パイロットの網膜に投射され、よりダイレクトに外の状況を把握することが可能となっている。
続いてジュラルドは〈テンペスト〉の背面部に装備された飛行ユニットの滑空翼を展開し、左右に搭載されたジェットエンジンを始動させた。
ウォーカーを単騎で自由に飛行させるという発想に基づいて開発されたこの装備も、今までのウォーカーが持つ陸戦兵器という常識を打ち破るための意欲的な試作品だ。
一人の傭兵に過ぎないジュラルドだが、彼はそんな最先端技術の固まりである試作型ウォーカー一機と整備用の予備パーツ、そして専属のメカニックを連れて、トルバラド王国に入国していた。
勿論、これにはそれなりの、ゴルデア帝国が内部に抱える問題に起因する事情がある。
そもそもジェットエンジンに関する技術はそれほど開拓されているとは言えない。現在運用されている多くの航空機はその大半がプロペラ式であり、更なる高速化の為の新技術として各国が研究を進めている最中だった。
そんな物を、航空力学上極めて不安定な人型の背面部に搭載して飛行させようというのだ。当然リスクは大きいが、不安定な試作兵器を使いこなす技量と、最新鋭の装備を任される信頼を兼ね備えるテストパイロットという称号は、名誉ある英雄的地位てある。
〈テンペスト〉という試作機はゴルデア帝国の技術の粋を集めて作られた機体であり、軍事機密の固まりとも言える。そして同時に、試作段階にあるような兵器を実戦に投入しデータを採るともなれば、敵からの撃墜以上に、不慮の事故が発生することが予測された。つまり、『名誉ある地位』等という言葉を用いなければ志願する者など滅多にいない、言ってみれば都合のいい『モルモット』なのだ。
ゴルデア帝国が求めていた人材は『不安定な試作機を乗りこなす実力』を持つ『死んでもかまわない』と思えるような存在だった。
そして、ジュラルドはそれに合致した。
ウォーカーの操縦に長けた才能を持ち、特定の組織に属さないフリーの傭兵。そして、複数の国を力によって併合してきたゴルデア帝国において、蔑まれる側として存在する、かつての被征服国出身者。
そんな条件に当てはまるジュラルドだからこそ、トルバラド王国に派遣されることになったのだ。
「……しかし、結果として私は戦場に立っているのです。戦いが出来、金がもらえるのであれば、文句を言うつもりなどありませんよ」
それは決して強がりなどではない。
ジュラルドという男の偽ることの無い本心、命の奪い合いに惹かれた、戦闘狂の独白だった。
「ではみなさん、手はず通りに頼みますよ」
彼はそう言うと機体を発進させた。
〈テンペスト〉は脚部ローラーによる僅かな助走の後、飛行ユニットの翼は大気を掴み、ジェットエンジンの加速によって瞬く間に空へと舞い上がった。
結論から言えばヘイダルの直感は正しかったのだ。
革命武装同胞団に軍事基地を奪われたかのように見えた王国軍だったが、これは王国軍側の作戦だった。革命武装同胞団の襲撃を予測していたジュラルドは、自身に指揮を任された部隊をウォーカーやその他装備諸共避難させていた。
そして、革命武装同胞団の大半が基地占領のために集まったところで、避難した少数精鋭で一気に攻撃。まとめて一網打尽にしてしまおうという作戦だった。
そのために、まずジュラルドが飛行能力を持ったウォーカー〈テンペスト〉で攻撃を仕掛ける。その後で王国軍が突入し基地の奪還を行おうというのだ。
一見有効な作戦に見えるかもしれないが、先行突入した〈テンペスト〉が敵のウォーカーを総て押さえる、というただ一点において、一般的には極めて困難なものであると考えられるだろう。しかしジュラルドは、それでも尚十分な勝算を持ってこの作戦に挑んだ。
「……いきますよ」
ジュラルドは〈テンペスト〉の飛行ユニットに装備していたロケット砲の全てを発射する。王国軍側の撤退時の破壊工作によって対空レーダーの機能は、その殆どが喪失していた。その為、革命武装同胞団が攻撃を受けたことに気が付くことが出来たのは、それらが目視で確認可能な距離まで接近し、着弾まで秒読みという時だった。
迎撃など間に合うはずもなく、発見の数秒後には衝撃と爆音、そして火柱が立ち上ることとなった。
基地の中から何機ものウォーカーが〈テンペスト〉の迎撃のために現れる。それに対してジュラルドは、〈テンペスト〉の両腕に内蔵されたビームマシンガンの狙いを定め、容赦なくトリガーボタンを引く。射出された閃光を放つ無数の帯電粒子の弾丸は、革命武装同胞団のウォーカーの頭上から容赦なく降り注いだ。
この腕部内蔵型のビームマシンガンもまた、意欲的に先進技術を用いた装備の一つだった。確かにビーム兵器自体は各国で開発が進められており、要塞などに迎撃用の固定砲として備え付けられている。或いはウォーカーの専用装備として開発されている。だが、それをウォーカーの腕の内部に埋め込むほどの小型化というのはまだ成されていないはずだった。
しかし、〈テンペスト〉の両腕には、まさにそんな小型化されたビーム兵器が試験的に搭載されていた。
「……とはいえ、やはり威力が低いですね。収束率も悪い上に減衰も酷い。まだ試作品の域を出ることはなさそうです」
『ウォーカーが上空から単騎で攻撃を仕掛けてくる』ということ、それ自体が想定されないものであり、そして、陸戦兵器として開発された多くの戦車や装甲車がそうであるように、ウォーカーもまた空からの攻撃に対しては決して強いとは言えなかった。
例え威力こそ低くとも、上空から降り注ぐビームマシンガンに対して有効策を見いだせなかった革命武装同胞団のウォーカー数機は、無数の弾痕を付けられた後に駆動用の燃料に引火し爆散した。
無論、彼等とて上空からの攻撃を想定していなかったわけではない。基地備え付けの迎撃用機銃と、ウォーカーの装備するマシンガンの無数の火線が、飛行する〈テンペスト〉に対して向けて延びていく。
〈テンペスト〉の飛行能力は先進的とはいえ所詮試作装備の域を出ない。速度や旋回能力の面において、既存の航空機が持つ性能には大きく劣り、上空でこれらの迎撃を回避することは容易ではない。
そのことを十分に理解しているジュラルドは、迷うことなく着陸を選択する。滑空翼を折りたたみビームマシンガンを乱射しながら急降下。着陸すると同時に脚部ローラーを用いて、即座に地上での高速移動に切り替える。
そして、専用装備であるビームバヨネットを装備する。
所謂ライフルに近い形状の武器の銃口からは〈テンペスト〉の腕部に備え付けられたビームマシンガンよりも遙かに高い威力のビームを連続して放つことが可能である。そして、銃口へと電磁力による帯電粒子の収束固定を行えば、刃状の極めて威力の高い近接戦闘用装備として用いることが可能となる。
迎撃する革命武装同胞団のウォーカー部隊の銃口が〈テンペスト〉を追う。
「遅い。貴方たちはあまりにも遅いですよ」
極めて有機的で変則的な移動を行う〈テンペスト〉に対して、革命武装同胞団の攻撃が成功することはなかった。敵の弾丸が放たれる前に、相手の刃が振り下ろされる前に、ジュラルドは柔軟且つ正確な読みで革命武装同胞団のウォーカーを撃破していった。
「さあ、狩りの時間を始めましょう」
×××
基地から奪った〈ウルス〉に搭乗していたヘイダルは、迷うことなく機体を格納庫から発進させた。
「たった一機を相手に何を手間取る? 包囲して叩けばすぐに終わることだろうに」
不意を付かれた、相手は未確認の高性能機だ、パイロットの技量も桁外れだ……。それらのことは、無線を駆けめぐる会話から容易く想像できる。
「だが、その程度で数の優位は覆らない。相手が複数ならばともかく、単騎を撃破出来ないなどあり得ない。所詮はウォーカーだ、大口径の弾を当てられればそれで終わる」
そう考えながら〈ウルス〉に乗り格納庫を出たヘイダルは、そこで繰り広げられている、惨状とでも呼ぶべきモノを目撃した。
「……バカな」
革命武装同胞団の乗るウォーカーは、既に半数以上が撃破されていた。
あちこちで燃料に引火した黒々とした煙が上がっている。そこら中に巨大な空薬莢と装甲の破片が散らばっている。武装を失ったもの、破損により戦闘続行が不可能になったもの、既にパイロットが脱出したもの……。原形を留めつつも戦力として数えることの出来ないソレらを除けば、戦闘可能な状態のウォーカーは僅かだった。
その中で唯一、殆ど無傷の機体がいた。
ジュラルドの操る空色のウォーカー〈テンペスト〉である。
もちろん、どれほど驚異的な戦闘能力を持っていようとも、どれほど圧倒的な性能だとしても、所詮はウォーカーという機械兵器に過ぎない。
だが、背中の飛行ユニットを折り畳んだその姿は、見る者に対して、天使や悪魔の存在を連想させた。
その〈テンペスト〉がビームバヨネットを構え、ヘイダルの乗る〈ウルス〉へと向けてデュアルアイの光学センサーを光らせた。
「……化け物だとでも言うのか? ふざけるな、こんなところで俺は!」
ヘイダルは装備する対装甲ショットガンを連発しながら、フットペダルを踏み込んで機体を前進させる。だが〈テンペスト〉の動きは、ジュラルドの反応速度はそれを凌駕していた。確かに何発かの散弾は〈テンペスト〉に届き装甲を叩いたが、ダメージと呼ぶには程遠い。
〈テンペスト〉の側も〈ウルス〉の方へと接近してくる。
両者の間合いは一瞬のうちに詰まり、そして今にも正面から衝突するのではないかという距離に至るその直前、〈テンペスト〉は装備するビームバヨネットを無造作に振り上げた。
「――っ!」
ヘイダルの野性的な勘が働いた。
彼は咄嗟の判断で機体を停止させる。そして後退を選択したその直後、装備していた対装甲ショットガンの銃身が切断された。
「まさか、これはビーム兵器か!?」
〈テンペスト〉を操縦していたジュラルドの採った行動、それそのものは極めてシンプルだ。彼はビームバヨネットを振り上げ、その銃口からビームのブレードをごく短時間、即ち発生させたブレードが対象を切断できると想定されるタイミングでのみ発生させたのだ。
ジュラルドは再び袈裟切りに振り下ろし、左右に振り抜き、同様に切断の瞬間のみビームブレードを発生させ攻撃を仕掛ける。
回避に徹するヘイダルだが幾度と無く攻撃を受けてしまう。
そんな中、ジュラルドは笑みを浮かべた。
「それでも致命傷は避けましたか。少しは骨がありそうです」
攻撃の瞬間のみビームブレードを発生させるこの攻撃方法は、ウォーカーが装備する兵器としてビームが用いられるようになったことによって編み出されたものだ。エネルギーの消費を最小限に押さえつつ、攻撃の間合いを悟られないように立ち回ることが可能なこの方式は、極めて合理的且つ有効な方法だった。
それと同時に極めて高い技量を要求される戦闘方式である。そもそもビームブレードという装備が技術的観点からも一般化されているとは言い難く、多くの者にとって未知の戦闘方法だった。
苦戦を強いられるヘイダルは、銃身が切断され使い物にならなくなった対装甲ショットガンを投げ捨て、後退しながらも反撃の機会を伺う。
迫るビームブレードの斬撃に命の危険を感じながらも、ヘイダルは遂に逆転の秘策を見つけ出した。〈ウルス〉の腰部分に吊り下げられていた超硬質アックスを装備し、即座に近くにあった照明用の鉄塔を切りつける。
「ナメるな、たかが一兵士の分際でッ!」
〈テンペスト〉は倒れてくる鉄塔を回避する為に一瞬の停止、或いは後退を余儀なくされる。その僅かな隙に、近くに倒れている機体の持つサブマシンガンを奪い、距離を離して弾幕を張れば、安全圏から攻撃の主導権を握ることが出来る――、筈だった。
しかし、〈テンペスト〉が現実に選択した行動は、ヘイダルの思考する前提条件を凌駕していた。
〈テンペスト〉は倒れてくる鉄塔に対して、停止も、また後退も選択しなかった。〈テンペスト〉は加速し、前進する事で倒れる鉄塔を回避する。
それは確かに想定外の行動だ。しかし、ヘイダルは瞬時に判断を下し〈テンペスト〉に向けて超硬質アックスを振り下ろす。
咄嗟の判断で、しかし的確に振り下ろされた合金製の斧状の暴力的な刃は、確実に〈テンペスト〉に向けて振り下ろされた。
「――消えた!?」
一切の手応えがなかった。音もなく、衝撃もなく、斬撃は虚しく空を切った。そして、ヘイダルが見つめるモニターには〈テンペスト〉の姿はない。
――ッ。
ヘイダルは背中から小さな衝撃を感じた。
そしてその意味を理解した。
「あの一瞬で、俺が振り下ろす瞬間に、背後に回ったって言うのか!?」
武術の熟練者であれば、体重移動と足裁きを駆使することで、一瞬の僅かな隙に相手の背後に回ることは可能である。そして第二世代、即ち人型兵器として確立されたウォーカーという存在に革新を起こすべく多くの先進技術が試験的に投入された〈テンペスト〉には、その基本構造においても極めて独創的な機能が盛り込まれていた。骨や筋肉と言った人体構造を機械的に再現した内部フレームを用いることで、理論上は極めて人間的な動きが可能となっていた。つまり『正しく機体を操れるのであれば』という極めて困難な条件を満たすことによって、『理論上人間が可能とする動き』を再現することが可能となるのだ。
ジュラルドは、今まさにそれを成し遂げた。
武道の達人さながらの動きを再現し、一瞬にしてヘイダルの操縦する〈ウルス〉の背後に回り、ビームバヨネットの銃口を背中に突きつけたのだ。
「暇つぶし程度には楽しめましたよ。感謝します」
ジュラルドはトリガーボタンを引いた。
それに連動し、ビームバヨネットの銃口から帯電粒子が放出され、電磁力によってつなぎ止められることによりビームブレードが形成される。
高熱を帯びた閃光を放つ粒子の刃は〈ウルス〉の装甲を背後から貫く。その先のコックピットに座るヘイダルも、自分の身に何が起こったかを理解する前に焼き貫かれ絶命し蒸発した。
×××
革命武装同胞団に占拠されていた軍事基地での戦闘は大方の決着が付いた。
ジュラルドは単騎での突入にも関わらず、基地内に存在した革命武装同胞団のウォーカー総てを戦闘不可能な状態へと変化させた。
ジュラルドがそのことを無線で報告すると同時に、周辺へと身を潜めていた王国軍の兵士が突入した。そこまでいけば後は早かった。最早総崩れとなり絶望する革命武装同胞団は瞬く間に拘束され、抵抗した者達も僅かな後に鎮圧された。
ジュラルドは、その様子をコックピットの中から見ていた。
「やれやれ、なんとも呆気ないものです。――ん? ……なるほど、王様は私を御指名ということですか。謎の第三勢力に私をぶつけようと言うのであれば、喜んでお応えしますよ。今度こそ退屈することはなさそうです」
一人呟いたジュラルドは無線で、軍事基地の中への突入を指揮していた者に連絡をする。
「ウォーカーとの戦闘はもう無いでしょう。後はお任せしますよ」
「協力に感謝します。これからどちらに?」
「ラブコールがありましてね。別案件の特殊任務ですよ」
ジュラルドはそう応じ〈テンペスト〉を基地の滑走路に向かわせながら、滑空翼を広げた。ジュラルドが受け取ったのはガダル国王からの特殊任務だった。そこには、『死守せよ』という言葉と共に講堂前広場の座標が記されていた。