表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

第二章 傭兵の来訪

第二章 傭兵の来訪


 ウォーカーの頑強な足が、荒野を蹴って走る。頭部のゴーグル型複合光学センサーが標的を捕らえる。それをディスプレイ上で確認したパイロットがトリガーボタンを引くのに連動し、ウォーカーの巨腕が手にした三十ミリアサルトライフルの引き金を引く。直後、放たれた弾丸が標的として設定されていた演習用の標的を打ち抜いた。

 演習場の片隅には、その様子を見る二人の男がいた。

 一人は一目で高貴と分かる、上等な服に身を包んだ、金色の髪を刈り上げた鋭い目つきの男。もう一人は細身に迷彩柄のジャケットを羽織った長髪の青年だ。

 一目で高貴と分かる金髪の男が自慢げに問いかける。

「どうだね、我が陸軍の力は」

 別の場所では、脚部のローラーを用いて陣形を組んだウォーカーが走り抜ける。脚部に搭載されたローラーを用いることで高速で疾走し、あらゆる地形を二脚で踏み越えるその姿は、ウォーカーが戦場の覇者たる所以を見せつけていた。

 他方では、超硬質アックスを装備した二機が、近接戦闘の訓練を行っている。その他にも戦車や歩兵と連携した進攻の訓練を行う者達もあり、日々練度の向上を図る兵士達の日常がこの場所にあった。

 青年は返答する。

「なかなかだと思いますよ、ガダル王。手前味噌な感じになってしまい恐縮ですが、主力機がゴルデアのM&Wコーポレーション製であり第二世代ウォーカー最良とも言われる〈ウルス〉というのも良いですね」

 青年の隣に立つ一目で高貴と分かる男こそが、トルバラド王国国王である、ガダル=トルバラドに他ならない。

「貴様の目に適ったのならば、高い金をかけて輸入した甲斐があったというものだ。その武勇は我が耳にも入っているぞ、ゴルデア帝国一の傭兵と名高い男、ジュラルド。当初の契約通り力を貸してくれるな?」

「ええ。練度が一定の水準以上であること、機体はこちらが持ち込んだ物を使わせてもらえるということ。私が提示した条件のうち、後者は既に了承を頂いておりますし、前者に関しても、これならば十分でしょう。負け戦の片棒を担がされるのは願い下げですが、これなら問題なく戦えそうです」

 ガダル王は護衛を連れていなかった。それは、ジュラルドという男の持つ戦闘能力と危機回避能力が、この国のどの軍人や警備員よりも優れていることを理解していたからだ。更に言えば、ガダル王は自身の部下を、それも近しい者ほど信用していなかった。『かつて自分がそうしたように』近しい者による暗殺の危険は常に存在すると考えていた。

「それは有り難いことだ。一部はまだ旧式の〈コクレア〉を使っているが、指摘の通り大部分は最新鋭の第二世代機〈ウルス〉だ。兵器の質という点で言えば、テロリストを相手に遅れを取ることはない。そうだろ? ゴルデアの傭兵」

 これに対しジュラルドは、露骨に不機嫌そうな顔をしながら応じた。

「全長六.五メートル、最高速度八十二キロ、固定装備は十二.七ミリ胸部内蔵機銃。陸戦兵器としてはとてもバランスの良いウォーカーです。主力機としてこれを採用したのは正しいと思いますよ。……それと、確かに私はゴルデアの人間ですが、私がここにいることと、ゴルデアという国の意思には何の因果関係もありません」

「例え一傭兵に過ぎない身でありながら、国が開発中の試作兵器を託され持ち込もうとも、かね?」

「あなたとて、国家元首ならお分りでしょう。ゴルデア帝国は立場上、公然とトルバラド王国を支援することが出来ません。今多くの国が、この王国に眠る宝を独占しようと画策しています。公然と抜け駆けをすれば何が起こるか分かったものではありません。その上、武力併合で拡大したゴルデアには、内にも外にも敵が多すぎるのですよ」

 トルバラド王国の宝、それは即ち、ウォーカーの補助装置の基盤に使用されているアテニウムのことを指し示している。

 勿論ゴルデア帝国の広大な国土の中にも、それらが存在しないわけではない。だが、その採掘にかかるコストを考えた場合、トルバラド王国からの輸入が最も効率が良い。

「理解はしている。しかしゴルデア帝国の対外拡張戦略が推し進められれば、この国も無関係ではいられない。そうなる前に打てるだけの手を打ち、国の形を残せる道を探る。大国を近くに持つ弱小国とはそういうものだ」

 「情けない話ではあるがな」と付け加えるガダル王に対し、ジュラルドは肩をすくめながら言った。

「あまり深くは詮索しないでおきますよ。私は所詮一傭兵、政治に無関心と言えば嘘ですが、政治家になろうなどとは思いません。それに、私の立場がゴルデアという国を代表できない理由には、そんな対外的理由とは別に、国内的な問題がありますので」

 ジュラルドの言葉に対して、ガダル王は興味を示した。

「ほう。いったい何があるというのだね?」

 ガダル王はジュラルドの傭兵としての経歴であれば知っている。だが、ジュラルドという人間の人生やその国の人間でしか知り得ない国内情勢という物までは、彼の耳には入っていなかった。

「何のことは無い、生まれとか、血筋とか、その手の話ですよ。私のご先祖は、ゴルデアとの戦いに敗れて併合された国の民でしてね。そのため、私の様な人間が国を代表することに反発する勢力は多くいます。まあ、死んでも誰も困らないという意味では、私が選ばれたことは正しいのですがね。……おっと、王族を相手に自分が卑しい血筋だと言うのは、嫌みとも受け取られかねませんね。気分を害したなら謝りますよ」

「不要だ。その程度で害されるような脆弱な気など持ち合わせてはいない。主義や主張、思想などという不確かなモノには大した価値もないと我は考えている。その点、金という実体の伴う物を重視する傭兵は、親衛隊よりもよほど信頼に値する。そもそも我は貴様の実績を評価して雇うことを決めたのだ。必要なのは貴様の、傭兵としての戦力だ」

 トルバラド王国は積極的に、ウォーカーを中心とした陸軍戦力の強化を行ってきた。しかし、それでも国内で力をつけていく反政府系武装組織には、対処が追い付いていないというのが現状だった。

 そんな中ガダル王は、現在拡張路線を突き進むゴルデア帝国において、その中でも最強とうたわれる傭兵ジュラルドを雇うことを決断した。彼の一個人としての破格の戦闘能力はもちろんのこと、彼に一個小隊の指揮権を与え訓練に参加させることで、その知識や経験を吸収させ陸軍のさらなる練度向上を図ろうと考えていた。

「何はともあれ、これもビジネスです。既に前金も頂いていますし、私としても御力になれるよう頑張らせて頂きますよ」

そう答えるジュラルドは、口調こそ穏やかだったが、瞳には肉食獣のそれを連想させる鋭さがあった。彼の傭兵としての嗅覚は、すぐそこまで迫った戦いの気配を、逃すことなく嗅ぎ付けていた。


×××

 

 日付の変わる頃、シオン達が暮らすかつての工場の地下室には、いまだ煌々と明かりが灯っていた。その地下室に、作業の指揮を執っていたボリスの声が響きわたった。

「よし、これでいいだろう。明日から細かい調整に入る。シオンも時間のあるときに、操作マニュアルに目を通すくらいはしておけよ」

 組み上がったばかりの真新しいウォーカーのコックピットから出てきたシオンは短く「分かった」と応じた。

 いつもと変わらない口調でそう応えるシオンだったが、流石の彼も疲れの色を隠すことは出来なかった。

 作業が一段落となった地下室に、人数分のコップを持ったアミナが入ってきた。

「みなさんお疲れさま。飲み物どうぞ」

 普段の就寝時間はとっくに過ぎているが、ボリスを含めた年長組全員が作業服で集合していた。

 普段からこの地下室は雑然としている。壊れかけの作業道具や車、廃棄されていたところを拾ってきたスクラップ同然の小型ウォーカーなどが、比較的無秩序に格納されているのだ。しかし今日は、この空間に真新しい新顔の姿があった。

 曲面が多く一目で頑強と分かる分厚い装甲と、バイザーの奥に隠された人間の顔の形状とはあまりにもかけ離れたモノアイ型の光学センサーからは、この機体が『コクレア』の系譜のウォーカーであることを読み解くことが出来る。

 また、このウォーカーは装甲の色という点で、陸戦兵器としては極めて異彩を放っていた。何と言っても『白』である。その純白の輝きを放つ装甲に時折統一感を見いだせないような色のパーツが混ざっており、迷彩効果など一切期待できない『目立つ』機体となっていた。

「はい、シオンもどうぞ。大変だったでしょ?」

「ありがとうアミナ。でも、本当に大変なのはこれからだ。……これは?」

「片づけしてたら古い粉が出てきたから、サラと一緒にお菓子を焼いてみたの。サラは「アミナが渡してきなさい。私が行ってもやる事なんてないわ」って言って寝に行っちゃったけど。ほら、食べて食べて。みんなの分もあるからねー!」

 地下室に響く明るい声を受けて、道具箱の上に腰を下ろしたカリムが言った。

「後でもらう、そこに置いといてくれ! ……しかし、意外と上手くいくもんだな。組み立てるのはかなり面倒ではあったが」

 それに対してボリスが応える。

「反政府系の武装勢力なら協力者の手引きで完成状態の機体を密輸入するだろうが、生憎そういうわけにはいかんからな。このところ遅くまで頑張ってもらっていたが、細かい調整も含めやることはまだ多い。その辺りもお前達に協力してもらうぞ」

 ボリスの言葉に対し、カリムは頷くことで応じた。そして、カリムの隣に立っていたニコラスも答える。

「りょーかいッスよ。まさか反政府系の武装組織で雑用を押しつけられてたのが、こんなところで役に立つとはね」

 シオン達はヴォルク共和国から一機のウォーカーを密輸入していた。しかもこれはヴォルク共和国において極秘裏に開発されている試作機であり、本国において一度完成したその機体は、パーツごとに分解された後、輸送経路を偽装してトルバラド王国に運び込まれ、シオン達のところに送られた。

元々シオン達は廃棄物の回収などもやっていたので、トレーラーに多少大きな『荷物』を積んでいたとしても、それを不審に思う者はいなかった。また、この工場の本来の用途がウォーカーの整備だったことから、機材や防音設備に関しても問題は生じなかった。

 ヴォルク共和国。

 それがボリスの出身国だ。彼はある密命を帯びて、トルバラド王国に潜入していた。そしてシオン達と出会い、手を組むことになった。

 ボリスは、仮ではあるが一応は組立が終わり、巨人の姿を現した真新しいウォーカーを見上げながら言った。

「安心しろ。これが手中にある限り、最悪の手段を使おうともワシ等は必ず成功する。我が国の技術力は、あの傲慢なゴルデアにも劣ることはない。――第三世代相当の最新鋭試作型ウォーカー〈スヴァログ〉タイプゼロ。予定通りこの機体はシオンに預ける。明日からシミュレーターの訓練を行うぞ。必ず使いこなしてみせろ」


×××


 トルバラド王国中のあちこちで、いくつもの勢力がそれぞれの計画のため暗躍しているが、多くの国民はその気配にすら気付いていなかった。だが、偽りの平穏に身を隠す彼等は、密かにその時を待ち続けていた。

 時間は午後三時三十分を少し回った頃。

 トルバラド王立第三高等学校は午後の授業を終え、多くの生徒が下校しようとしていた。

「シオン君、少しいいかしら?」

 皆と同じように荷物をまとめ、下校しようとしていたシオンのことを呼び止める一人の声があった。振り返るシオンの視線の先には、一人の少女がいた。

「……何、エリサ」

 ただ短くそう応じたシオンに対して、エリサは嬉しそうな笑みを浮かべた。

「名前、ちゃんと覚えてくれたのね。私、シオン君のことをもっとよく知りたいの。この学校にいる人たちは、殆どがそれなりに恵まれた家庭の出身。だけど、私の父は鉱夫で貧民街出身だから、何となく居心地が悪くて。でも、シオン君って『そっち』の方出身なんでしょ?」

 教室にはエリサとシオンだけになっていた。静かな教室には、エリサの言葉が少しだけ強めに響いていた。

「出身というか、まあ、確かにそんな感じかな」

 シオンはそんな、当たり障りのないような答えをしてやり過ごすつもりでいた。だがエリサは、そんな素っ気ない態度をとるシオンに対してさらに一歩踏み込んでくる。

「私はね、この国は今のままじゃいけないと思うの。国の中が豊かな人と貧しい人で二分されてしまっているなんておかしなことだわ。だから、それを何とかしなくちゃいけないと思うの。だけど、父も母も、「貧民街には近づいちゃいけない」って言うし、だから、いろいろ教えてほしいの、あの街のことを。知りたいの、私は」

「……いいよ。だけど今日は無理かな、用事があるから。また、時間のあるときに話すよ」

「本当!? とても嬉しいわ! 約束よ」

 笑顔を見せるエリサとは対照的に、シオンの顔からは表情を伺い知ることが出来ない。そもそも、シオンの目的はこの学校で学生をやることでも、勉強をすることでも、ましてや友達を作ることでもなかった。

(エリサとの接点があれば、生徒会やその先にある学生運動にも繋がりやすくなる。ボリスからの任務は、これでどうにかなりそうだ)

 空調が切られ夏の熱を取り戻し始めた教室を後にするシオンの思考は、誰にも悟られず誰にも読み解かれる事はなかった。だが、彼は着実に任務を遂行していた。


×××


 ガダル王に雇われた傭兵ジュラルドは、中央都市の周辺を一人で歩いていた。持ち込んだ機体の細かい調整等に予想以上の時間が必要となり、まだ完了していなかった。そのため、どうしようもなく時間を持て余していたのだ。

 彼は仕方なく、同行した技術者に機体を預け、トルバラド王国の城下町へと繰り出した。

 護衛を断り一人でやってきたジュラルドは周囲の様子を観察しながら、中央都市から『外』に向かって歩く。

(……お膝元は流石に栄えていますね。観光資源などなくとも、外国からの来訪者や富裕層の訪れる場所には手を抜けないということですか。王族と貴族は見栄と面子で商売をしていると思っていましたが、まさにその体言ですね。ですが……)

 歩き続けるに従って、景色は華やかで活気に溢れた街から一変し、一目で貧民街と分かるモノに変化していた。

 薄汚れた町並みと、不快な臭気を放つ淀んだ空気。平日の昼間であるにも関わらず、地べたに座って数人で安酒を呷る汚い身なりの者達。清掃の手が入らず何処までも汚れの染み込んだ地面や建造物。割られたまま放置された窓ガラスや無秩序な落書きの数々。そして大通りの方から聞こえてくるのは、現王に対する不満を叫ぶ集会だ。

(……やれやれ、少し歩けばこれです。やはり何処の国も変わらないですね。しかし、どうにも私はこちらの方が馴染む)

 ジュラルドは投げ捨てられていた数日前の新聞を拾った。紙面には王室の栄光と国の発展、そしてありふれたいくつもの事件が掲載されている。だが、その紙面が貧民街の様子を伝えることはない。

(しかし、中央の方の学生達が反政府を掲げる運動を展開しているところを見ると、現状の不満を権力者にぶつけたいという点には、あまり貧富の差は無いようですね。人間という生物の本質は富や知識程度では覆りませんか。或いは、外からの情報が遮断されているこの国のような場所では、富裕層には富裕層なりの不満というものがあるのでしょうね。そうした国中の、特に若い世代を中心に渦巻く不満というものを的確に理解することが出来れば、それを利用してわずかな刺激を与えることで、学生運動を誘発することなど簡単に出来るのかもしれないですね。さて、いったい何が起こっているのやら)

「おいテメェ、見かけない顔だな」

 いきなり声をかけられたジュラルドは振り返った。

 数人の若者グループがジュラルドに迫ってきていた。声をかけたのは、そのグループのリーダーと思われる男だった。

 ジュラルドは「何でしょうか」と素知らぬ顔で応じる。

「トボケるなよ。テメェ、ここは世間知らずのお坊ちゃまがなぁ、ノコノコ歩き回っていいような場所じゃあねぇ―んだよぉ。何をしに来たんだ? あぁ?」

 ジュラルドは、男達がいくつかの旗を持っており、その一つに『世界平和』と描かれているのを見つけた。そして皮肉混じりに言った。

「いきなり喧嘩腰とは。貴方達は、少なくとも平和主義者ではなさそうですね」

「黙れよ、貴族気取りめ。俺たちの国にはテメェらみてぇな奴らは必要ねぇんだ。テメェらみてぇなトッケンカイキュウは、考え方がゼンジダイ的なんだ。国っていうのはなぁ、本来コクミンの物なのさ。それを、国王って奴が偉そうにケンリョクをショウアクしているから、この国はいつまでも貧しいままで変われないのさぁ。今こそミンシュ化し、キンダイ国家にならなければこの国に未来はねぇんだぁっ!」

 叫ぶ男に周囲が同調し声を上げる。地面を蹴って威嚇し、旗の付いた竿を鳴らし威圧する。

 言葉こそ威勢はいいが、どこか空回りしているようにも見えるのは、それらの言葉がただの借り物に過ぎず、意味など分からないまま叫んでいるからなのだろう。それに対してジュラルドはやれやれといったように応じた。

「貴方達、まだ若いようですが? 学業はどうしたのです? そうでなければ職に就いているはずだと思うのですが?」

「俺たちには金が無いから学校には行けねぇんだ。中央の奴等は俺たちを貧乏人と見下した。だけどな、アレンさんは違った。同じ若者として仲間に入れてくれた。この腐った国を変えるために、共に闘おうと言ってくれたんだ。俺たちは同志なんだっ!」

 ジュラルドは、手にしていた新聞に一瞬だけ視線を落とした。そこには、政府に対する大規模抗議デモが行われたことが書かれていた。紙面に載せられた写真には、勇ましく拳を突き上げる学生の姿が映っていた。そして『学生運動を扇動する少年、アレン』と書かれているのを見つけた。

「なるほど、ご立派なことです」

「うるせぇんだよ。ナメた口きいてんじゃねぇぞ。どこの世間知らずのお坊ちゃまだか知らねぇがノコノコと出て来やがって。無事に帰れると思うんじゃねぇぞ!」


×××


「……大体こんな感じかな」

 シオンは、ボリスから渡された地図に注釈を書き込んでいた。 

 エリサに別れを告げて学校を出たシオンは、その足で貧民街の方に向かった。

 シオンはボリスから『計画』の準備に必要なデータ収集を行うように頼まれていた。国の発行している地図は、貧民街の建物の状況を正確に把握していないため、それを元にして作戦を立てたり状況の推移を推測することは余りにも危険だった。そのため、地図を片手に実際に現地へと彼が行って『修正』を行っていたというわけだ。

 その作業を行っていたシオンは、貧民街の路上で今にも一触即発といった感じになっているところを目撃した。彼は少し距離を置いて状況を観察する。

 一方は質の良さそうなジャケットを着崩した細身の優男。もう一方は反政府活動家の思想に傾倒した若者の集団だった。

 口論というよりは若者達の方が一方的に罵倒し威嚇している、と表現した方が正しいだろう。

 この先数秒後には暴力沙汰に発展するだろうということは、シオンにとっては簡単に推測できることだった。下手をすれば死傷者も出るかもしれない。騒ぎが大きくなれば、武装した警官隊が治安維持のために出動する可能性もある。

 そうこうしているうちに騒ぎが目に見えて大きくなっていった。

 男達の一人が奇声を発しながら、旗の付いた竿を振り回し始めた。しかし、ジャケットを纏う青年は紙一重でそれを回避する。

 一人がスタンガンを、一人がナイフを取り出し攻撃を開始したが、そのどれもが当たらない。

 青年の動きには無駄がなかった。最小限の動作、最小限の移動だけで、相手の攻撃に対する安全圏を確保し続けていた。数の不利など感じさせる事なく、青年は常に余裕の表情を浮かべていた。

(それでも『使わない』か。常識のある人みたいだ)

 シオンが、男達と青年が争う横をそのまま歩いて抜けようとした、その時だった。

 男達のリーダーが絶叫しながら懐に手を入れた。

「――っ!」

 その瞬間、シオンは動いた。

 男との距離は五メートルもない。

 この男が、拳銃を持っているであろうことは、シオンも予測出来ていた。

 その拳銃が整備されていない安物であることも、男が銃の扱いに長けていないことも、男が気安く銃を抜き躊躇い無く発砲できる性格だということも、シオンにとっては十分に予測可能なことだった。

 男が懐から拳銃を抜く。

 その銃口が青年に向けられた。

 対する青年が重心を落として回避体制をとる。

 そして男が安全装置に指をかけた、――その瞬間だった。

 青年の方に集中していた男の死角から、シオンは全体重を乗せた肘撃ちを、男の脇腹に向けて打ち込んだ。

 鈍い音が響く。

 拳銃から弾丸が放たれることはなかった。

 拳銃を持っていたリーダーと思しき男が吹き飛ばされた。そして頭を地面に撃ちつけるよりも先に、白目を向いて気絶していた。

 皆、突然のことに呆気にとられ沈黙した。そんな中シオンは呟く。

「……危なかった。流れ弾には当たりたくないな」

 ややあって、男達が声を上げる。

「テ、テメェ、何しやがるんだァ!」「無事に帰れると思うなよォッ!」「まとめて叩き潰せェッ!」

 武器を手にした男達が、シオンと青年を取り囲む。

 シオンは、青年に対して一瞬だけ目配せし、互いに背中合わせに立った。

「私としては必要以上に荒立てたくはありません。すみませんが、協力してもらえますか?」

「……全員黙らせたら、すぐに走る」

「分かりました。土地勘がまるで無いものでしてね。お任せしますよ」

 男達が叫んだ。

「ヤっちまえェッ!」

 シオンと青年の四方八方から、殺意を持った攻撃が襲いかかる。しかし、それが二人に届くことはなかった。

 回避し、受け流し、反撃する。

 時として相手の力を、相手の武器を、あるいは地形そのものを利用する。

 二人は互いの素性も知らない。紛れもなく初対面の、赤の他人だった。しかし、完璧と言ってもいい連携で、二人を取り囲んでいた男達を無力化した。

 そして戦いは数分の後に決着がついた。戦闘不能となって地に伏した男達を後に残し、青年とシオンはこの場から離脱することに成功した。

 走り続けていたシオンが足を止め、背後に立つ青年に向けて言った。

「ここまでくれば大丈夫だと思うよ」

「助かりましたよ、ええっと……」

「シオン。そういえば名前は教えてなかったね」

「そうでしたね。では改めて、助かりましたよシオン君。私はジュラルドと言います」

 シオンとジュラルドが逃げた先は貧民街の外れにある、廃棄物処理施設だった。

 処理施設と言っても、それほど大層なものではない。中央から集められたゴミが堆く積まれた単なる集積所である。この国に作られた貧弱な焼却施設では、これらを処理するよりも、より多くのごみが集められてくるせいで、この山が無くなることはなく、無尽蔵に膨張を続けるだろう。

 そして、貧民街で暮らす人間にとってもこの場所はとても重要だった。彼等は多くの食料や日用品を、この場所に来て調達していた。

「ジュラルドさんは外国から来たんだっけ? じゃあ、こんなところに連れてくるのは失礼だったかな?」

「『さん』は付けなくていいですよ。どうもむず痒い。……この場所、この辺りの地域、どれも私にとっては見慣れた風景です。ここに連れて来てくれたことは失礼などではないですよ」

「そうか。外国にもあるんだ」

「ええ、恐らくは何処の国にでも」

 ジュラルドがそう答えた後、二人は無言のままその見慣れた景色を見ていた。

 しばらくの後、ジュラルドが口を開いた。

「一つ質問してもいいですか? 君は、何故私を助けてくれたのです?」

「あのままだと僕が流れ弾に当たるかもしれないって、そう思ったから」

 そう答えるシオンに対し、ジュラルドは首を横に振りながら応じる。

「いいえ、君のその答えは正確ではないですね。あの男が拳銃を持っていることに気が付いていたのなら、その時点であの場所を離れれば良かったのですから。なのに君は、わざわざあの場所に残り、暴力沙汰に巻き込まれた」

 シオンは男が拳銃を所持していることには気が付いていた。そして、男達の危険性を察知した時点であの場所を離れていれば、男が拳銃を抜いた時には、その安全距離まで移動することは十分に可能だった。

 ジュラルドの言葉からややあって、シオンが口を開く。

「……正しいと思ったから、かな」

「正しい? いったい何がですか?」

「僕自身がそうすることが。後は、ジュラルドとあいつ等でジュラルドの方が正しいと思ったから。相手は理不尽な暴力を振るってきたのに、ジュラルドは『それ』を使わなかった。兵隊みたいだし、使い慣れてるはずなのに」

「気が付いていたのですか? なかなかの観察力です」

 彼はそう言いながら、自分の腰を軽く叩いた。

 ジュラルドも、護身用のために拳銃を持っていた。彼の実力であれば、あの男が拳銃を抜くよりも先に引き金を引き、その眉間に弾丸を撃ち込むことは十分に可能だった。

 だが、あえてそうはしなかった。

「無用の殺生は私の好むところではありませんからね。何より、必要以上に騒ぎを大きくすることは望ましくない。私もそれなりに面倒な立場ですしね。しかし、君は中々面白いことを言う」

「よく言われる。でも、誰だってそうしてると思う。誰だって、自分にとって正しいと思ったことをしてるはずだよ。ジュラルドも正しいと思って兵隊をやってるんでしょ?」

「それは、確かにそうかもしれません。……しかし、兵隊という言い方はどうもしっくりこない」

 「違うの?」と聞き返すシオンに対して、ジュラルドは少し困ったような表情を作りながら答えた。

「違わないですが、私はこの国の兵隊ではありません。外国から来た傭兵なのです」

「ガダル王に雇われてるんだ」

「そういうことですね」

「……強い?」

 その質問の瞬間だけ、シオンの視線は鋭いモノになった。それを察知したジュラルドもまた、内に秘める獣性を隠すことなく、闘争本能をむき出しにして返答する。

「私は強いですよ。少なくとも、私自身はそう思っています。……さて、中々貴重な時間でしたよ。礼を言います。もし次に会うことがあれば、その時は気軽に声をかけてください」

 シオンは、彼と再び会うことになるだろうということを、頭の片隅で予感していた。


×××


 この日ボリスは中央都市にある会社の事務所に来ていた。ボリスは契約書にサインをした後、改めてそれを読み返していた。

「講堂前広場のゴミの回収と日常清掃、確かに請け負わせていただく。……しかし、ワシがこんなことを言うのも変な話だが、本当にいいのか?」

 契約書を受け取ったスーツ姿の男は、書類の不備がないことを確認しながらボリスの問いかけに応じる。

「我々も人手が足りませんからね。清掃業務は人気がありませんから、人が集まりにくいんですよ。その点、貴方の所ならこうした業務を格安で引き受けてくれるという話ですので、こちらとしても大変ありがたいわけです」

「学校もあるし、学生が集まりそうなものだが、そうでもないのか」

 男は手をヒラヒラと振りながら答える。

「ダメですよ、中央の学生は。お金に困ってるようなのはいないですし、小遣い稼ぎならもっと華やかなところに行きますよ。……書類は大丈夫です。開始は来週の頭からで、仕事は週に二回の一ヶ月更新。道具と服はこちらで用意します。ではよろしくお願いします。今日はもう戻られるのですか?」

 立ち上がり手を差し出す男に対して、ボリスも立ち上がり握手に応じる。

「こちらこそ有り難い。一応現場に足を運んで見ておこうと思っている。では、今後ともよろしく頼む」

 別れの言葉を告げたボリスは、事務所を後にするとその足で講堂前広場に向かった。

 中央都市の主要な道路と繋がった、幅百メートル以上、無論長さは数百メートルというこの広場は、流石に平日のこの時間では閑散としていた。広場の側面には、街路樹と共に等間隔に設置された巨大で分厚い石碑によって、壁が形作られていた。石碑には、王の栄光と国の歴史を称えるレリーフが彫り込まれており、この国の成り立ちとされる神話を見て取ることが出来た。

 コンクリートで頑丈に舗装された広場には、いくつもの彫刻や鉢植えの花で飾られ、華やかな雰囲気を演出していた。

 この広場は近年一度だけ大規模な改修工事が行われたことがある。それは現王であるガダル=トルバラドの即位した直後のことであり、「実は広場の地下にはガダル王専用の地下シェルターが存在する」等という噂がまことしやかに囁かれたこともあった。

 噂の真偽はともかく、巨大な石碑が建造されたり、多くの花や彫刻で鮮やかに飾られるようになったのはその後である。これらは中央に縁のある国民からは概ね好評であった。

 広場を進んだ一番奥には堅く分厚い門が存在し、その先にあるのが講堂だ。その講堂で、王に選出された議員や有力貴族によって行われる政治こそが、このトルバラド王国の未来を形作っていく。

 故にこの場所こそが、王の絶対権力によって導かれ発展する、王国の力強さを象徴する場所と言えた。

(……だが、確実に綻びは生まれている)

 先日、この場でデモがあったということはもちろんボリスも承知している。そのデモが暴力沙汰に発展することなく静かに解散したという国の発表も聞いている。

 しかし、未だに消されずに僅かに残った落書きや、広場の隅に散らばる数枚のビラからは、国の発表が表層をなぞったに過ぎないものだということを容易に知ることが出来た。


×××


 場所はシオン達の暮らすかつての工場。

 朝食の時こそ子供達の賑やかな声が響くこの場所だが、住人の大半が仕事に行っており平日の昼間はとても静かになる。今この場所にいるのは一人。この辺りでは珍しく育ちの良さと気品を感じさせる少女、サラである。彼女は現在事務仕事をこなしていた。

 サラの携帯端末の着信音が鳴った。世界各地で断続的に繰り広げられる戦乱は、必然的に情報通信技術に対する飛躍的な進歩を促した。その結果として、数十年前までは電話線を用いた固定電話すら国民に行き渡っていなかった発展途上国のトルバラド王国ですら、無線通信のインフラが整備されることとなった。

もっとも、こんな場所で生活をしているサラのような少女が個人で携帯端末を購入出来るほど安価になったわけではなく、彼女が使用しているのはボリスが自国から持ち込んだ、通信傍受に対する防御機能を備えた特別仕様である。サラやシオン達の置かれている状況はやや特殊性の強い部分もあり、この国の『一般人』とは大きく異なる点がいくつもある。そのため、彼らを基準としてこの国の生活レベルを推し量ろうというのは、困難なところが多いだろう。

 サラは作業を止め時計に視線を移す。そして、着信音を鳴らす携帯端末のモノクロの液晶画面に記されている着信先の電話番号を確認すると電話に出た。

「定時連絡ご苦労様。そっちはどうかしら?」

「仕事の方は問題はない。後は、『計画』の為の情報収集を行う」

 電話の主は遙か北の大国、ヴォルク共和国から密命を帯びてやってきた男、ボリスである。

 ボリスは、新聞や雑誌の求人広告、あるいは知り合った人間のツテを頼りにシオン達の働く場所を探していた。何をするにも人脈と資金は重要であり、ボリスはそれらを得るための努力を惜しまなかった。

「……しかし、よもや異国の地で営業職をやることになろうとはな。何があるか分からん人生だ」

「あら、人身掌握はお手の物じゃない。得意分野でしょ。私なんて、昔算数の基礎的な部分を習っただけなのよ。適材適所なんて自分で言ったけど、随分と苦労する羽目になったわ。それが貴方の本来の目的でないことを承知の上で言うけど、シオン達の働き先を見つけてくれてることには、結構感謝しているのよ」

 仮にシオン達がボリスと合流することがなければどうなっていたか? 最悪飢えて野垂れ死ぬか、そうでなくても物乞いや窃盗集団の類になっていたことは簡単に想像出来る。実際、この辺りで暮らす子供達の多くはそういった生活を送っていた。

「そういえばシオンだが、あれはもう少しどうにかならんのか? まるっきり感情というものが表に出てくる気配がない。優秀なのは認めるが、あれでは命令を実行するだけの機械と同じだ」

「元少年兵とかだと結構いるみたいなのよね。自分を、命令を実行するだけの機械の様にしている子って。その意味では、カリムやニコラスの方が例外なのかもしれないわね。だけどあれはシオン自身の問題よ。責任の一端は私にもあるけれど、私にはどうすることも出来ないわ。それは、シオンが自分で解決しなければいけないことよ」

「相変わらず手厳しいな。……これから何人か知り合いに当たって『計画』の為の調査を行う。いくつかの勢力が各々の目的の為に行動しているようで、それがぶつかるとなれば、近いうちに大きな事件が起こるのは最早必然だ。ワシ等も恐らくはそのタイミングで動くことになるだろう。覚悟しておくことだ」

「そんなもの、とっくの昔に出来ているわよ。……じゃあ、また次の定時連絡で。良いニュースを期待しているわ」

 そう言ってサラは通話を終了させた。

(いつ、何が起こってもおかしくないような状況、という事なのよね。だからこそ私達ものんびりと構えているわけにはいかない。むしろ発生する混乱が大きければ大きいほど、私達は行動することが簡単になる。私達以外の誰かが起こした混乱が大きければ、事後処理で私達の痕跡を簡単に消せるようになるもの。だからこそ、これは好機なのよ)

 サラは視線を上げ、窓の外を見る。

 この場所からはあまりにも遠く、決して肉眼で見ることなど出来ない。だが、その先には王宮があり、そして王座に座る一人の男がいる。

 屈辱と嘆きの日々は、胸の内に秘めた炎をひたすらに強くさせた。

 悲しみと苦しみの日々は、心の内に秘めた刃をひたすらに鋭くさせた。

 想いが消えることは無い。

 決意が変わることは無い。

(分かっているわよ。私の狙いはあくまでも、現トルバラド王国国王、ガダル=トルバラドの命。私達はそのために計画を立て、準備を進めてきた。そのためならシオン達の力を頼りもするし、彼らの手を血で汚させもする。それがどれほどの罪だとしても、今の私に残された道は、私の命の意味は、ガダル王を殺すことしか残されていないのよ。)


×××


 サラとの定時連絡を終えたボリスは城下町のオフィス街から、貧民街との境界を作り出している高架の方へと向かった。

 そして、探していた人物を見つけ、彼の方へと向かっていった。ボリスは、高架下の地べたに座り空の酒瓶を弄んでいたその人物に声をかける。

「やあ、久しぶりだなアフマド。最近調子はどうだ?」

「ああ、またアンタか。何とか死なずに生きてるよ」

 男の名はアフマド。この辺りを拠点として活動している浮浪者であり、ボリスの情報源の一人である。

「今日も何か面白い話を聞かせてくれるか?」

 ボリスの問いかけに対して、アフマドは空の酒瓶を振りながら答えた。

「無い訳じゃないんだが、話すのが苦手な性分でね。こんなんだとどうしても口が堅くなってしまう」

 アフマドが暗に要求することを理解したボリスは、酒の入った瓶を取り出して見せる。

「決して高級というわけではないが、この辺りでは珍しいワシの故郷の酒だ。なかなか強いぞ」

 それを見たアフマドの表情が変わった。中身の詰まった封の切られていない酒瓶とボリスを何度か交互に見比べ、すこし思案するような仕草を見せた後言った。

「……色々と聞かせてやるぞ。ついてこい」

 アフマドは立ち上がり、人目のつかない路地裏までボリスを案内する。そして酒瓶を受け取ると、ポケットから取り出した古い栓抜きで素早く開け、ラッパ飲みにして満足そうな表情を見せる。

「……あぁー、いい酒だ。これなら少しは口が緩くなる。さて、何が聞きたい?」

「色々とあるが、まずは最近のデモについてだ。お前も参加したのか?」

 ボリスの言いたいして、アフマドは満足そうな表情を見せながら答える。

「最近は俺達みたいなのにも動員がかけられる。日当と昼飯が出るんでな、有り難く参加させてもらってるよ」

「近いうちに講堂前広場で大規模な集会をやるという話を聞いたが、本当か?」

「本当さ。俺にも話が来た。……だが、俺はリスクが高いと思ってる。日の出てるうちに行って報酬をもらい、早々に抜けようと思うよ」

「やはり軍が動く可能性は高いか」

 ボリスの言葉に対してアフマドは肯定の意思として首を縦に振った。

 ボリスは、このアフマドという男の語る国の内部に関する話については、信頼性と重要性が高い情報と考えていた。ボリスはアフマドと最初に接触した後、彼の素性を調べようとしたが上手く遡れず、何らかの力で隠蔽されていることに気がついた。噂では追放された王室の側近とも言われており、その噂の信憑性は高いと考えていた。

「最近不審火騒ぎや停電などの話を聞くが、何か知っていることはないか?」

 ボリスの問いかけに対して、アフマドはニヤリと笑みを浮かべた。

「いい質問だ。実はアレ等については、俺達みたいなのが一枚噛んでるんだ。浮浪者に指示を出している奴らがいる。金を渡して時間と場所を指示するんだ。よく分かるぜ、俺もやったからな」

「命令は何処から来ている?」

 アフマドは一度周囲を見渡し改めて周囲を確認した後、ボリスに対して耳打ちした。

「……反政府系の武装勢力だ。いくつかの組織が連携している。俺達を使って起こさせてる騒ぎは、国の対応速度と経路を調べるためだろう。反政府系組織の奴ら、今は直接手を出してこないが、大義名分を見つければすぐにでも大騒ぎを始めるぞ。どうも、他の国から古いウォーカーを買い付けて準備を整えてるらしい」

「……なるほどな」

 アフマドの話はボリスにとっても予想出来ていたことだった。そして、アフマドの語ったことが事実であるならば、今のトルバラド王国の国内情勢は、目に見えているる以上に相当不安定になっているということになる。

 ボリスは思わず溜息をつく。

(全くもって大した国だ。これに加えて王室の方も、トルバラド王国を守るための機能は腐りきっていて、現状ただの傀儡に成り下がっている。反政府系の過激派が事を起こそうとしているなら、ワシ等の計画にとっても状況はかなり深刻だ。最悪の場合、王国軍と反政府系武装組織の両方を相手にする必要が出てくる。……とはいえ『最悪のプラン』にも変更は無しだ。武力衝突が起これば、その状況は最大限に利用させてもらう)

 ボリスはそう考えながら、まだ残りが沢山入った酒瓶を嬉しそうに見るアフマドをぼんやりと眺めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ