第一章 ありふれた日常
第一章 ありふれた日常
『中央都市』と呼ばれるトルバラド王国の一番賑やかな場所から一歩外れた外円部、その貧民街の一角に古びた工場がある。工場のかつての主は、国内の争乱に巻き込まれすでに死亡したことが確認されていた。しばらくの間無人だったその工場を、ある時から自分たちの暮らす場所にした孤児達がいた。
早朝、まだ日が昇ることもなく多くの人間が寝静まっているこの時間、工場の前には人影があった。
それは体力づくりに勤しむ少年だった。
年は恐らく十代半ば。顔立ちには幼さが残り中性的な印象すら受ける。しかし、彼の瞳は修羅を生きた人間のそれだった。背は低く線は細いが、決して矮躯というわけではない。はだけた上半身は、年齢離れした引き締まった身体、そして無数の傷と雑な治療痕をさらけ出し、戦いの中で研ぎ澄まされた刃を連想させた。
彼の名前はシオン。
かつては少年兵であり現在は孤児という、この国ではそれほど珍しく無い経歴の人物だ。
一通りのメニューを終えたシオンは、右手に拳銃、左手にナイフを構え、ゆっくりと眼を閉じる。拳銃からは弾丸が抜かれており、故にシオンは最初に弾丸の重さをイメージする。気象条件、建物の位置、そして自分の位置から『敵にとって最適の位置』と『想定される装備』を考える。
「ッ!」
そして目を開けると同時に、現実の風景へとイメージ上の敵の姿を重ね合わせた。
飛び出してきた敵のサブマシンガンが火を噴いた。
もちろん、それらはシオンのイメージに過ぎない。だが、それを現実として想定し、シオンは対処のために行動する。
射線を避け、有効射程まで一気に間合いを積め、右手に構える拳銃の引き金を引く。――外れた。だが、相手が移動し位置関係が変わる。二人目の敵が現れる。相手が同士討ちを避けるポジションに移動。それを利用し銃撃を封じる。素早く間合いを詰め一人目をナイフで刺す。即死には至らない。だが、それを盾にして二人目に銃撃。命中、二人目の攻撃能力が大幅に低下。三人目、四人目の敵が現れる――。
構え、走り、跳び、刃が煌めく。
常に不利を想定しながら、最適の動きを選択する。
やがて、イメージの中には八人分の死体が転がった。そして、次なる九人目に刃を突き立てようと突進した、その時――。
「おはようシオン! 今日も早起きだね」
シオンの動きがピタリッと止まった。
彼の目の前、紙一重で刃が突き刺さる至近距離に、エプロン姿の少女が立っていた。
「――アミナか。おはよう」
シオンの前に現れた人物の名はアミナ。シオン達と共に暮らす同い年くらいの少女だ。短めの黒髪と細く痩せた体からは『女性的』という印象を得ることは殆ど出来ない。もっとも、貧民街であるこの辺りでは、そんな少女の姿も珍しくはない。この辺りの地域でアミナが異彩を放つ点といえば、コロコロとよく変わる表情が見せる、その屈託無い笑顔だ。こればかりは育った環境に依ることのない、天性の才能なのだろう。
アミナは、手に持っていたタオルをシオンに渡しながら言った。
「汗くらい拭いたら? 臭くなるよ」
「……別にいいよ、どうせ制服に着替えるんだし」
「そういう問題じゃないの。そんな風にしてると周りからも浮いちゃうし、サラにだって嫌われちゃうよ」
そう言ってアミナはシオンに対してタオルを押しつけた。
シオンは渋々といった感じで汗を拭いつつ、近くに引っかけてあったシャツを取りに行く。
「アミナもやる?」
「私はいいや。今のシオンには絶対勝てないし、シオン達と違って訓練も受けたことないもん」
「でも強かった」
シオンはそう言いながら、自分の腕の傷跡を触った。
それに対してアミナは、何処か懐かしそうな目をして言った。
「あれは昔の話。もう、あんな生活には戻りたくないかな」
二人は自然と、自分たちの暮らす工場の入り口に目を向ける。
そこには、吊るされた大きな四角形の布が風に揺られていた。布の中央にはドラゴンの首の絵が描かれており、その周りには今まで仲間になった者たちのイニシャルが書き込まれていた。国旗のデザインを模して造られたそれは、シオン達にとっての『団結旗』だった。
書き込まれたイニシャルの人物の中には、幸運にも他に生きる場所を見つけて離れていった者、あるいは不幸にも死んでいった者達もいた。
昔を懐かしむ二人に対し、その背後の、少し遠くの方から言葉が投げかけられた。
「なんだか仲間外れみたいで少し妬けるわね。そのころ私はいなかったわけだから仕方ないけど」
シオンとアミナは振り返った。そしてアミナは元気良く手を振りながら応じる。
「あ、サラ! おはよう!」
アミナと殆ど変わらない年でありながら、長い金色の髪と、何処か気品を感じさせる空気が対照的な少女、サラが二人のところへとやってきた。
「アミナ、ご飯の当番、殆ど任せきりで悪いわね。私も手伝いたいところではあるんだけど」
「いいよ別に、私が好きでやってるんだし。それにサラは、私に出来ない難しいことたくさんやってるから」
現在サラは『計画』の為に動いている。そうでなくても、事務方の仕事全般を一手に引き受けているサラは、朝早くから夜遅くまで大忙しだった。
「適材適所で役割分担ね」
「そういうこと。でも、それを教えてくれたのはサラなんだよ。みんな自分に出来ることを必死にやればいいんだ。そうやって力を合わせれば、きっと何だって出来るんだ、って」
「……そうだったわね。そんなこともあったわ」
「じゃあ、私はご飯の準備しなきゃだから戻るね。シオンも、あんまりゆっくりしすぎちゃだめだよ!」
そう言うとアミナは、パタパタと足音をさせながら戻っていった。
残されたシオンとサラは、しばらく無言のままいた。ややあって、先に口を開いたのはサラだった。
「結構髪が伸びてきたわね。邪魔でしょ? 今度切ってあげるわ。それにしても、シオンは本当に身だしなみに無頓着なのね。もったいないわ、せっかく顔は悪くないのに」
「僕は別にいいよ、そういうのは。気にしないし、気にしていいことがあるわけでもないから」
「あら、いいことならあるわよ。人の外見っていうのはね、それだけで武器になるの。色々と使いどころはあるのよ。……ねえシオン、私達が最初に会った日のこと、今でも覚えている?」
シオンは頷きながらサラの方に向き直る。
「大人を相手に石だけで反撃するなんて、変わった女の子だって思った」
「そんな私を助けて、その上こんな無謀な計画に乗るなんて、貴方の方がよほど変わり者だわ」
「……無謀なんかじゃない」
シオンは短く、しかしハッキリとそう応じた。
「今更無謀だなんて言わせない。僕達は絶対にサラの計画を成功させる。退く気なんて最初からない」
シオンの射抜くような視線がサラに向けられた。対するサラは、それに怯むことなく、まっすぐにその視線と向き合いながら答える。
「当然よ。躊躇いも後悔も、あの日に全部捨ててきた。現国王ガダル=トルバラドを私自身の手で殺して、私がこの国の新しい王になる。それが成功したら、この国を今よりも少しはマシな形に作り替える。今更計画の中断なんてあり得ないわ。今はただ進んで、全てを奪い取る。それだけよ」
×××
「サラ、後は任せたぞ。ワシは今から用事がある。それと、今日は最後の『荷物』が届くはずだ。受け取りを頼むぞ」
そう言うと、早々に朝食を終えた白髪の男は席を立った。年は六十代後半と言ったところか。引き締まった肉体とキビキビした動き、そして刻まれたいくつもの古傷は、彼が只ならぬ経歴の持ち主だということを容易に想像させた。
「スケジュールは分かっているわボリス、行ってらっしゃい。定時連絡で良い報告が聞けるのを楽しみにしているわ」
いち早く朝食を食べ終えたその男、ボリスの言葉に対して、比較的上品な作法で食事を食べていたサラがそう返答する。
現在の時刻は六時三十分を少し回った頃。
広さとしては『食堂』のようにも見えるが、壁際には大量の書類が積まれており、立てかけられた黒板にはチョークの白い文字でスケジュール表が書かれている。『食堂』ではなく、本来の用途としては『事務所』のような部屋なのだろう。
部屋にいる人間の多くが、まだ幼い子供達だった。その中の一人が早々にお椀を空にし、元気よく言った。
「アミナねーちゃん、おかわり!」
「私も!」
「はいはい、お椀貸して。順番だからね」
アミナは笑顔を見せながら明るい声でそう応じる。彼女も『子供』と呼ばれるような年頃の少女だが、この食卓においては上の方の年齢だ。
「オレもおかわり欲しいー」「ダメなんだぞ、全部食べ終わってからじゃないと」「今食べ終わった!」「ちゃんと順番だぞ」
子供達の賑やかな声とプラスチックの食器の音が響く、平和そうな朝の食事風景だ。
しかし、例えば壁には無造作に立てかけられたアサルトライフル。或いは文鎮代わりに使われている銃弾の入ったケース。台所に包丁と一緒に置かれている、人の命を奪うことに特化したアーミーナイフ。それらは彼女たちの暮らすこの場所が、決して平和な世界でないことを暗示していた。
「シオンもおかわりいる?」
アミナの言葉を受けたシオンは、黙々と食べていたその手を止めた。
「あぁ、でも」
どこか上の空のような返事をするシオンのお椀を、アミナは当人の返事を聞くよりも先に奪う。そして、本人の了承を得るよりも先におかわりをよそった。
「遠慮しないでよ。シオンは沢山頑張ってるんだし。ねえ、サラ」
「そうね。シオンにはちゃんと食べてもらわないと困るかしらね。今日も色々とお願いしたいし」
サラの言葉を受け、子供達の一人が囃し立てる。
「そうだぞ、シオンにーちゃん。たくさん食べないと大きくなれないぞ」
アミナからおかわりの盛られたお椀を受け取ったシオンは「身長は余計なお世話だ」と小さく応じた。
三十分ほどでにぎやかな朝食は終わり、その片づけも済んだ。『年少組』の退室した事務所では、先方から渡された指示書を手にしたサラのかけ声と共に、朝のミーティングが始まった。
「じゃあとりあえず、今日の割り振りを発表するわ。まずニコラス。今日は中央の方にあるビルの定期清掃三カ所ね」
「りょーかいッス」
何処か気怠そうな声でサラから指示書を受け取った、長髪を後ろで括った細身の青年、ニコラスは三枚の指示書に目を通す。年は十代後半といったところか。『軽そう』な印象を拭えない人物だが、指示書を見る目つきは真剣そのものだった。
「……あー、空調機フィルターに、ワックスがけもか。そういえば、もうそんな時期だったな」
「次はアミナ。今日もいつもの食堂の手伝い、お願いね」
アミナは元気な声と笑顔でそれに応える。
「うん、分かった」
「カリムは鉱山にあるレアメタルの採掘所ね」
ニコラスと同じくらいの長身だが、短髪で筋肉質のカリムは無言のまま受け取った指示書の内容に目を通す。
「俺が行くのはいいが、これ、どっちかって言うとシオン向きの現場だろ? まあ、今の状況は俺にも分かっているが」
「僕だって現場の方が気楽だ。でも、必要なことだから」
真新しい学生服に身を包んだシオンは、カリムの言葉に対してそう返答した。
×××
時間は十二時を少し回った頃。
午前中の授業が終わり、食堂で昼食を食べる王立第三学校高等部のグループの会話は、その主題が自然と数週間前にやってきた転入生になっていった。
「例の転入生、シオン君だったかしら? 放課後は随分と忙しくしているようね」
「はいグレース会長。先ほどエリサにも確認しましたが、何でも家庭の事情だそうよ」
「でも会長、家のお手伝いをしながら学校に通うなんて、とても大変なことなのでしょうね」
談笑する彼女たちの隣の席に、昼食を持った少年がやってきた。
「転入が夏休みの少し前ってのも微妙なタイミングだが、まあ、貧民街出身は何かと大変なんだろうさ。俺達も特別すごい家ってわけでもないけどさ」
少年はそう言いながら席に着いた。
彼の言葉を聞いた少女の一人、このグループのリーダー格と思われる『グレース会長』と呼ばれていた女子生徒が言った。
「あまりその様なことを言うべきではありませんよ。それに彼の場合は編入。噂によれば元々学校には通っていなかったそうですし、さらには編入試験の理数系科目は満点近くの相当な点数だったそうですわ」
「アイツが!? 編入試験って、確か入試の問題よりも難しいって聞いたことがあるぞ。貧民街のヤツにそんなこと……」
「なら『裏口』だとでも言うの? 貧民街の親が金を積んだなんて、それこそナンセンスな話ですわ。彼にはそれだけ力があるということよ。素直に認めた方がいいわ。でも、そんな有望な彼なら王立大学のアレンさんに報告しておいた方がいいかもしれないわね。……そうだわエリサ、彼のことを任せてもいいかしら? 次の放課後の集まりには彼も連れてきてくださらない?」
いきなり話を振られた女子生徒、エリサは戸惑いながら「私が、ですか?」と返した。それに対してグレース会長は、どこか威圧感すらもある笑みを浮かべながら応じる。
「当然よ。貴女は彼と学年もクラスも同じなのでしょ? きっと上手くやれると信じているわ。お願いするわね」
×××
同じくちょうど昼時。
カリムは採掘場の事務所内にある簡素な食堂で、従業員達と一緒に昼食を食べていた。彼は従業員達の会話の主題が国内情勢へと移っていくのを横から聞いていた。
「しかし、最近は色々と物騒になってきたな。前の王様が死んでからロクなことがない」
「最近は反政府系武装組織との戦闘が減ってきてる感じだし、今のガダル王だって頑張ってるんだろうが、いかんせん金がなぁ」
「給料が上がるなら誰が王だっていい。俺はそう思うし、大概のやつがそうだ。それが下がるから不満が出る」
「仕方ないだろ、この業界の社長は、この国の王様なんだ。雇ってもらえてるだけありがたい」
「そもそも、この国には外国に売り出せる物がロクにないからな」
人体を模した形状であり、腕と足を持ち二足歩行する、ウォーカーという存在は従来のマシーンと比較しても、極めて複雑な動作を要求される。ウォーカーにはそれを可能とする補助用プログラムが搭載されている。高度な情報処理を要求されるそれの基盤には、『アテニウム』と呼ばれる特殊なレアメタルが用いられている。そして、トルバラド王国にはそのアテニウムが大量に埋蔵されていた。
アテニウムの採掘と輸出は、現在のトルバラド王国を支える主力産業となっている。そして、その関連企業の全てが国営化されていた。この国で生み出される殆どの富は王の下に集められる事になる。そして王はそれを公共事業として国民に再配分する。それがトルバラド王国を支える基本的なシステムである。
「なあ、カリム君っていったか。君は偉いな、まだ若いのにこんな仕事を手伝ってくれて。君ぐらいだと、まだ学生やってても良い年だろ?」
体格や人相のせいもあってか、年が上に見られることの多いカリムだが、彼はまだ十代だ。それはこの国においても、一定以上の収入のある家庭の生まれであれば、学生をやっていてもおかしくない年齢である。
「昔は行ってたんですけどね、お金もないし、それに読み書きには困ってないですから」
「それもそうだな」「俺も大学は行かなかったな。特にヤリテーこともなかったし」「俺だって学校出てないぜ。字の読み書きくらいは出来るけど」と何人かが声を上げる。
「君みたいなのがいる反面、随分と『志の高い』学生もいるみたいだがな」
「ああ、例の学生運動か」
革命による王政の打破と、国の民主化による近代化。
それを訴える学生達を中心とした抗議活動は、今この国を騒がせている話題の一つだった。
作業員の中で比較的若い一人が、手にしていたチラシを見せながら言った。
「俺、この前の学生運動結構間近で見ましたよ。すげー人数集まってて、みんなで旗やらプラカードやら掲げて大行進してよ。マジでこんな感じだったんだぜ」
彼の持つそのチラシは学生運動の時に、国の検閲無しで非合法に配られた物だった。
載せられている写真の中で旗やプラカードに書かれている文字は、『革命』『正義』『民主化』『権利』『賃上げ』『自由』等の単語だ。どれも皆、シンプルで抽象的な物や、現状の不満を的確に示す物だった。その多くが若い学生だが、中には老人や外国籍と思われる者もいた。
「でも武装した警察とウォーカーがやってきてよ、それで、しばらく睨みあった後、ビビったのか根負けしたのか、学生達の方が後退し始めて、少しずつ解散していったな。いやー、ありゃすごい迫力だった」
彼の言葉を受け、他の作業員も話に加わってきた。
「俺もこの前テレビで見たぜ。確か、アレンとかいう男が学生運動のリーダーだったな」
王国に反発する学生達の抗議運動。その話を、カリムは遠い世界の出来事のように、何処か冷めた心で聞いていた。
×××
世界中の大国は、常に己の勢力圏を拡大しようと画策していた。
そのことに端を発する小規模な紛争や内乱は、世界の各地で常に起こり続けていた。
当初は上空からの偵察目的でしか用いられなかった航空機も、徐々にその戦略的意義が見直され、兵員や物資の輸送、機銃を装備しての戦闘参加、爆弾投下による攻撃等、様々な領域での運用が考案され、そして実行に移された。現在でこそレシプロエンジンを用いた機体が一般的であるが、将来は各国が開発を進めているジェットエンジンが主力となり、航空機の世界に革命が起きると噂されている。
陸上に目を向けた場合、やはり主な戦闘が二国間の領土問題や国内におけるイデオロギー対立に起因することから、必然的に陸戦兵器に関する技術は飛躍的な進化を遂げていた。数多くの新兵器が戦線に投入されることとなり、その中でも『ウォーカー』と総称される人型二足歩行重機の登場は、人類史における巨大な革命であったと言えるだろう。あらゆる地形を走破する二脚と、状況に応じて様々な装備を使い分ける両手は、正に『陸の覇者』と呼ばれるに相応しい戦闘能力を発揮させていた。
こうした世界情勢に対して有識者の中には、人類全てを巻き込むような『世界大戦』の可能性を危惧する者もいたが、多くの人は絵空事に過ぎないと笑い飛ばした。
北方に連なる山脈と、南方に広がる海岸を国境とし、トルバラド一族が王として君臨し統治する王国が存在する。周辺諸国と比較した場合、決して大きくない国土を持ち、人口や経済規模等の多くの観点から発展途上国として区分される小国だ。中央にドラゴンの首を象徴する紋章を描き、その左右に四つずつ、合計八個の小さな円形を配置する国旗を掲げる国である。
それが、『トルバラド王国』だ。
トルバラド王国が掲げるその国旗は、かつて山脈の向こうから襲ってきたドラゴンを討伐隊が打倒し、切り落としたその首を城に持ち帰ったという神話に由来している。討伐隊は八つの部族から選ばれた武人によって組織され、その八部族の連合軍こそがトルバラド王国の始まりの形であったとされている。八部族の連合が不可能と言われていたドラゴン討伐を成し遂げたことを象徴するこの旗は『団結旗』の通称で呼ばれていた。
王宮や講堂の存在する政治の中心地区、その周囲に教育機関や大企業のオフィス、それを取り囲むように存在する最も賑やかな商業施設が立ち並ぶ『中央都市』の通称で呼ばれる地域が存在する。華やかで活気に満ちた城下町の中には国の偉人や王族の像が飾られ、掲げられた団結旗と共に王国の発展の栄光を称えていた。周囲を高架橋の幹線道路が取り囲み、その外円部には華やかな中央都市とは打って変わったものになる。
浮浪者やバラックのような建物も存在する貧民街が現れるのだ。中央都市と貧民街を隔てる物理的壁こそ存在しないものの、中央都市の外周を回る環状線の高架は心理的な、そして明確な境界線として機能していた。
その貧民街の片隅でシオン等は暮らしていた。