兄が世界最強と名高い剣聖なのだけど魔女狩りに行ったら魔女に一目惚れして国滅ぼすとか言い出した件
兄は最強だった。
最強にも色々種類があるとは思うけど、兄のそれは強さの基準に当てはめて考えるのすらバカバカしくなるものだった。
俺は生まれたときから前世の記憶があったから、これは前世の記憶を生かして知識チートで無双してハーレム築くやつだな!って期待してたのよ。
あ、ちなみに前世の最期はトラックに轢かれるってお決まりの奴だった。
と、まぁそれはどうでもいい。
五歳の時、俺は水属性の下級魔法である『ウォーターボール』を無詠唱で発動させた。
簡単に説明しておくと俺が産まれたこの世界で魔法はかなりの訓練を要するものであり、下級魔法といえど五歳の子供に発動できるようなものではない。
あー、これ絶対神童とか言われちゃうなーとか思いながら俺は周りの反応を伺ったわけよ。
もう凄い良い反応だった。
本当に良い反応だった。
予想通り「神童だ!」なんて言われたし。
けど、そのあとがよくなかった。
兄が言ったのだ。
「凄いよヒル! 本当に凄い!」と。
そして、続けた。
「これはお兄ちゃんとしても負けてられないな!」と。
兄はそう口にすると最上級魔法『インフェルノ』を発動して山を一つ消し飛ばした。
ちなみに最上級魔法ってのは才能に富んだ者が死ぬまで修行を積んでよくやくたどり着ける境地だ。
なんだこいつって感じである。
当たり前だけど一気に流れは兄の方に向いた。
そりゃそうだ。下級魔法と最上級魔法、どちらが優れた魔法かなんて改めて考えるまでもない。
当時、俺は五歳、兄であるアサは十歳。
それから五年の月日が流れ十五歳となったアサは千年間一度も抜かれることがなかったと言われている聖剣を引き抜いて『剣聖』となった。
俺も色々兄に勝てる方法がないか頑張って考えてみたんだけど、糸口すら掴めなかったので大っぴらに人に魔法を見せることはやめた。
何をしたところで兄と比べられてしまっては見劣りするから。
……というのは結局言い訳に過ぎないのだろう。
要するに俺は逃げたのだ。
前世の記憶という大きなアドバンテージを持ってなお、兄にすら勝てないという事実から。
前世の記憶を頼って異世界で楽に生きてやるぜ!なんて甘い考えを持っていた俺には兄という壁はあまりにも高すぎたのだ。
しかし、だからといって兄と仲が悪いかと問われれば決してそんなことはない。
むしろ良い方だと思う。
剣聖としてお務めを果たして家に帰ってくる度に若干鬱陶しいくらいに絡んでくるのだから、仲が悪くなりようもない。
あんまりにも鬱陶しかったから一回崖から突き落としたら空気を蹴って飛びながら帰ってきたので突き放しようもない。
善意100%、好意100%で接されてしまえば、たとえどれだけその相手に複雑な感情を持っていても嫌いにはなれなかった。
兄が剣聖となってから二年。
十二歳となった今では俺は兄のことを尊敬すらしている。
だが――
「……これはないだろっ! バカ兄貴ッッ!!!」
尊敬しているからといって、なんの断りも無しに国に反旗を翻すようなことをされて怒らないわけではない。
というかあのボケ!マジで何やってくれてんだ!
「静かにしろっ! 首を跳ねられたいか!」
ひんやりとした刃が首に押し当てられる。
あまり気持ちの良い感触とはとても言えたものではないけれど、四肢を拘束され磔にされているので振り払うこともできやしない。
全部、あの兄のせいだ。
俺が生まれ育ったこの国では現在、『魔女狩り』が大々的に行われている。
これについて説明するとまずは『魔女』についての説明からしないといけない。
この世界で魔法とはかなりの訓練を必要とするものだ。
たとえ才能があると呼ばれる者でもそう簡単に会得できるものではない。
しかし、魔女と呼ばれる存在は生まれながらにしてあらゆる魔法を会得しているのだ。
魔法を使うには体内にある魔力を用いる必要があり、その一点において必要な魔力が足りず魔法が発動できないということはあるが、少なくとも魔女に努力というものは必要ない。
改めて考えるまでもなく強力な力と言える。
そんな者とは仲良くしておいた方が得だ。
実際、かつては魔女とそれ以外の人間は仲良く協力して暮らしていたらしい。
しかし、俺がこの世界に生まれるより遥かに昔、魔女の中に優れた自分達がそれ以外の人間を支配するのがあるべき姿だと考えた者が居たらしい。
理解できないでもない考えではあるけれど、実際に支配される側からしてみればたまったものではない。
魔女とそれ以外の人間は殺しあった。
その結果、勝利したのは魔女以外の人間達だった。
いくら一人一人の魔女が強かろうが数の暴力の前では所詮ただの人間に過ぎなかったというわけだ。
一度壊れてしまった関係は修復できない。
隙を見せれば牙を突き立ててくるかもしれない者とこれまでのように仲良くなんてできない。
しかし、魔女を皆殺しにするにしても人間はその数を失いすぎた。
これ以上、無駄に死ぬ者を増やしたくなかった。
それゆえに当時の人間達の長は魔女に人間達に干渉しないことを条件に人の入らない森の奥でひっそり暮らすことを許した。
英断だったのだと俺は思う。
そもそも得るものがない戦争だ。
戦争はビジネスなんてぬかすつもりはないけれど、戦争をするからには少なくとも勝者は何かを得なければならない。
勝者も敗者も失うだけの戦争なんてただただ虚しいだけだ。
そんな虚しい争いをそれ以上血を流すことなく終わらせた当時の人間達の長は英雄だったのだと思う。
その点、今のこの国の王は最悪の愚王だと評すことができる。
そこにどんな思惑があるのかは王と会ったことすらない俺には想像すらできないけれど、王は自らが王になってすぐ、『魔女狩り』を国全体に命じた。
魔女が生きることは許さない。
一人たりとも残さずに殺し尽くせ、と。
「ヒルから離れなさい! この無礼者!」
首に当てられた刃が徐々に体温で暖められていく。
数秒もしないうちにそれの温度は当てられているのが気にならないくらいの暖かさに変わる。
まぁ、それならそれで良いかと割りきった俺とは対照的に凛とした声が響いた。
母さんだ。
兄と俺、それから俺より三つ年下の妹、と三人も子供を産んだとは思えないくらいに綺麗な人だ。
たぶん何も知らない人が見たら俺の姉だと思うんじゃないだろうか。
なにしろ赤ん坊の頃にこの人からの授乳が恥ずかしすぎて餓死しかけたくらいに若々しくて綺麗な人だからね。
そんな彼女の美しさは俺と同じように磔にされていても少したりとも色褪せない。
思わずこんな状況なのに「相変わらず綺麗だなぁ」なんて間の抜けたことを思ってしまった。
「そもそも、私は始めから『魔女狩り』について良い印象を持っていませんでした。今、生きている魔女達は皆かつての約束通りにひっそりと暮らしているではありませんか! そんな彼女達をわざわざ殺すことに一体どんな道理があると言うのですか!? きっと、アサは今回の魔女狩りの命でそのおかしさに気付き、国を正そうとしているに違いありません!」
……いやぁ、それはどうですかね?
母さんがどう思ってるのかは分からないけど、あの兄ほんとにバカだからなぁ。
剣聖である兄が任される仕事というのは揃いも揃って難題ばかりだ。
例えば、どっかのバカが封印を解いた竜帝とかいう化け物の討伐。
例えば、大昔に勇者とかいう奴に封印され、ちょっと前に復活した魔王とその部下の討伐。
どちらも兄はサクッと剣の一振りで終わらせたらしいが普通だったらそうはいかないだろう。
どう軽く見積もっても国一つでどうこうなんて考えられる問題ではない。
例によって今回兄に与えられた命令も実に厄介なものだった。
魔女、そのなかでもとりわけ強力なある女の討伐。
これまで魔女の討伐は数を使って叩きのめすというものだった。
魔女を殺した者に与えられる報酬はそれこそ一生遊んで暮らしても余るくらいのもので国に属さない冒険者や上昇思考の強い兵士達からの志願は絶えない。
六、七割の志願兵は死ぬらしいが、そもそもが大人しく暮らしていたところを奇襲されるうえに数を使って囲まれるのだから結果として魔女は魔力を消耗したところを殺されてしまう。
しかし、その女は違った。
底無しの魔力で惜しげなく上級魔法、最上級魔法を半永久的に放ち続けるのだ。
数だけの雑兵ではそれに対抗する手段なんてありはしない。
だからこそ、王は兄を使うことを決断した。
兄は俺に尋ねた。
どうして王は魔女を殺そうとするのだろうか、と。
俺は答えた。
強い力を持った者が怖くて仕方がないんじゃない?と。
さすがに「ヒビリなんだよ。死ねば良いのに」とは言えなかった。
このバカ兄貴なら王と会ったときにうっかり「そういえば弟が陛下死ねば良いのにって言ってましたよ!」とか言いかねない。
俺の答えに納得いかなかったようで兄は首を傾げていた。
そして、口を開いてこう言ったのだ。
魔法なんて誰でも使えるじゃん、と。
腹立ったから崖から蹴り落としてやった。
と、まぁこんな具合にバカなのだ。
日常的に「え?俺また何かやっちゃいました?」を悪気なくやってくるような奴なのだ。
お前が何かやってなかったら山が消し飛んだりしないだろうがボケ。
「貴様ッ! 愚かな逆賊を育てただけに飽きたらず、陛下を愚弄するつもりか!!」
「今からでも遅くはありません! 過ちを認め、魔女狩りなんてバカな真似は止めるべきです!」
「……」
とかなんとか兄のことを思い返していたら事態が結構緊迫した感じになっていた。
そもそも、母さん、なんで磔にされて命握られてる状態でそんなこと言っちゃうの?絶対あのバカ兄貴のバカな部分は母さんに似たんだよ。
あー、もう、ほら、名前も知らない兵士が顔真っ赤にしちゃってるじゃん。
「もう、我慢ならん! 自らの愚かさを悔いて死ね!」
いや、我慢しろよ。バカなのかこいつ。
どう考えてもこいつらに出された命令は俺達を殺すことじゃない。
今の段階でも絶望的だとは思うけど、もしここで母さんを殺すなんてことをしたら完全にあの兄貴をこの国は敵に回すことになるんだぞ。そこら辺ちゃんと理解できてるのか。
いや、理解できてないな。
理解できてないから剣振り上げてるんだろうし。
……ま、なんとでもなるか。
「お母様! ヒル! ヨル! 無事かい!?」
音もなく、顔を赤く染め、目を血走らせていた兵士が倒れる。
そして、それとタイミングを同じくして何度も聞いた声が聞こえた。
「これが無事に見えますか? だとしたら眼科に行った方が良い」
「視力には自信があるぞ!」
「間違えました。精神科に行ってください。もしくはあの世でも良いですよ」
「アハハ、バカだなぁヒルは。あの世に行ったら戻ってこれないだろ?」
「帰ってくるなって言ってんだよ……」
そもそもこの兄はあの世出禁になってそうだ。
「……それで、俺は兄さんが魔女を匿って国に反旗を翻したとしか聞いてないんだけどどういうこと?」
「おおむねその通りだな」
「中身を説明しろって言ってんだよボケ」
いつもと何ら変わらない兄の様子に若干の苛立ちを覚えながら言葉を返す。
いや、いつもと一つだけ違うことがあった。
兄の隣に銀髪の少女が居た。
銀髪はこの世界でも珍しい。
おそらくは彼女が件の魔女なのだろう。
「一目惚れしたから助けたい! 悪い子じゃ無さそうだし! だから、国滅ぼそうと思う!」
「……はぁ……そう……」
予想外、というほど予想外でもない。
まだ予想の範囲内。
すこぶる面倒なパターンではあるが、大体のことは兄のその短い説明で察した。
「だったら……助けないとね」
どうせ何を言っても兄は聞かないだろう。
だって一目惚れしたって言ってるし。
「――ッ!? 貴様……っ」
兵士の一人が俺に剣を向ける。
俺が自分を縛る鎖を火属性の魔法で融かして拘束から逃れたからだ。
「父さんと母さんとヨルくらいなら俺一人でも守ってあげられる。だから、さっさとこいつら片付けて」
「よし、分かった!」
返事と同時に全員倒れた。
「……俺、要らないじゃん」
こんなことなら大人しく磔にされておけば良かった。
襲撃に備えて構えた腕のやり場に困りながらそんなことを思った。
★★★★★
二ヶ月経った。
「あの……ヒル君」
「なんですか?」
「その……ヒル君って……いい感じに小生意気だよね」
「兄さん! なんか俺、義姉さんに嫌われてるっぽい!」
「ち、違っ! 私は……その……仲良くなれたらって……」
「だからってそれはないでしょ。そもそも仲良くって今更じゃないですか?」
二ヶ月経てば状況は大きく変わる。
例えば、兄が結婚したり。
例えば、魔女が普通に人の世で生きていけるようになったり。
例えば、魔女と人の関係が修復の兆しを見せたり。
なぜ、国王が魔女狩りをしようとしたのか。
国との衝突を避け、なお兄の願いを叶えるにはそれは不可欠な情報だった。
そして、それを国の追っ手から逃げながら調べる日々のなかで兄が言った。
そういえば参考になるかは分からないけど、陛下は国が匿って力を借りてる魔女にこっぴどくフラれたから魔女が嫌いらしいよ……あっ、これ言っちゃダメって言われてたやつだ!と。
こいつほんと張り倒してやろうかと思った。
当然崖からは落とした。
そして、王を説得した。
武力やら黒歴史やらその他もろもろ使えるものは全部使って。
そうして今がある。
「ヒル!」
「……なに、兄さん? 言っとくけどさっきのは違うからね」
「さっきの?」
「分からないならそれでいいよ」
「……?」
「それで? 何か用事があるんじゃないの?」
「あ、そうそう! 何かちょっと前に殺した魔王とか竜帝とかが一気に蘇ったらしい! 一人だと手が足りないから手を貸してくれないかな?」
「またとんでもない案件をさらっと……」
「ヒルならできるだろ?」
「そんな無責任な……」
竜帝だの魔王だの、そんなのは兄だから倒せるのだ。
適当なことを言わないでほしい。
「大丈夫! だってヒルは凄いからな!」
「……はぁ、嫌みにしか聞こえない。……けど、どうせやるしかないんだよな」
この二ヶ月。
俺がそこそこ闘えるということが知られてしまった。
なんかここだけ切り取るとやれやれ系の主人公みたいだけど決してそんないいものではない。
ただ、兄の劣化版であることが露呈しただけだ。
「よし! 行こう!」
「はいはい」
全くもってろくなことがない。
ろくなことがないのだけど……だけど……
「あっ!『神童』だ!」
「今度は竜の親玉の退治だよね?」
「期待してるよー!」
「頑張って!!」
こういう黄色い声援を受けるのは悪くな――
「あっ!! 剣聖様よ!!」
「え!? ほんと!?」
「……カッコいい……」
「こっち向いてー!」
「……」
「ヒル? どうかした?」
「……ぶっ殺してやる」
「なんでっ!?」
やっぱり兄とは仲良くなれそうにない。