第89話 原宿and告白①
原宿に来る前のことだ。
茜先生に原宿のなんたるかを尋ねることはできないため、俺は俺なりに色々と調べてみた。
学生がクレープなんかを食べにいくのは竹下通り。広くない道の両脇を雑居ビルが、消えないテトリスみたいに密着しており、そこにあらゆるテナントが入っているという。
海外の旅行者なんかは、街並みを見るだけでも刺激的だとネットには書いてあった。たしかにヨーロッパあたりの人間からは想像もできない風景なのかもしれない。
とにかくこの地域を調べればいいんだろ――と意気込んでみたものの、どうも調べてみると、原宿には明治神宮なんていう誰もが知っている神社があった。
その神社へとつながる参道が――表参道というらしく、青山通りなんかも含めると、おしゃれなセレクトショップやら、誰もが知っているブランドショップが立ち並んでいるらしい。
また、パンケーキの激戦区でもあるという。
俺はイメージしてみた。
クレープを食べる藤堂。
パンケーキを食べる藤堂。
制服ならクレープが間違いなく似合っていたけれど、どう考えても私服でくるに決まっている。
となると、俺の頭はパンケーキを食べる藤堂をイメージし――つまるところ原宿のどこへ行くかと予想するのであれば、表参道に行くのではないかとあたりをつけたのだったが……。
◇
「クレープだった……」
「嫌いなの? クレープ」
クレープ屋を前にして俺は自分の予想レベルの低さに悲しみを覚えていた。
「いや、嫌いじゃない。甘すぎなければ」
「よかった」
クレープ屋の前にはそれなりの列が形成されていた。
想像していたよりも人は少ないが、クレープ屋の規模からすると、どうみても長すぎる列だった。
「ここ最近、ひっそりとできたらしくてさ。まだあんまり話題になってないけど、おいしいんだってさ」
「十分、話題になってそうだけどな……」
「話題になってたら、こんなんじゃ済まないって」
「そうなのか」
「人通りだって少ない場所だしね、ここ」
「なるほど……」
なにがなるほどなのかは知らないが、確かに穴場っぽい感じがする。
見た所、ここは竹下通りではないと思う。多分。
店も小さめで、店員さんの上半身だけが窓の向こう側に見える作りの店舗。
おしゃれな感じのお姉さんが、おしゃれな感じのエプロンをつけて、にこにこと手際よくクレープを巻いていた。
藤堂はさっさと列に並んでいる。
「黒木、はやく」
「お、おう」
当たり前というかなんというか、クレープ屋の前には女子の比率が高い。
かろうじている男子も、俺と比べると、宝石とゴミ屑みたいな差がある。モデルみたいな男の横にはやっぱりモデルみたいな女が立っていた。
「なにしてんの、黒木」
「いや」
なんだか気後れしてしまったが、藤堂の後ろにあたらしい客が並ぼうとしていたので、急いで駆け寄る。
ほぼ同時に列の最後尾にたどり着き、俺は思わず一歩引いてしまった。
同じタイミングでやってきた中学生っぽい女二人組は、俺を怪訝そうにみた。
「あ、すみません。このひと、わたしと並ぶので」
藤堂が俺の肘をひっぱって無理やり列へと参加させた。
俺をどこか変な感じで見ていた中学生女子二人組(仮)は、振り返った藤堂に色々と驚いていたようで、口を半開きにして頷いていた。
「黒木、他の人に迷惑かけないで。わたしには沢山かけていいから。わかりましたか?」
にっこりと笑う藤堂様が怖かったので「す、すみません……」と本気で謝る。
列に並び遅れるだけでこの怖さということは。人ごみの中ではぐれたら、おそらく命はない。
あと先ほど肘を掴まれたことに驚いて、心拍数が高くなっているのは黙っておこう。ただ俺は引っ張られる勢いに驚いただけだ。
さて。
これでクレープを買って、おいしく食べながら帰路につく――なんてことになるんだったら、もうこの話は終わったも同然だった。
だが、当然のように、そんな簡単には終わるわけはなかった。
数分が立つと列も解消されてきて、俺たちの番まであと少しというところ。
その時、後ろからヒソヒソと声が聞こえてきたのだった。
『前の人、モデルさんとかかな……めっちゃ美人』
『目、青かった、すご』
『隣の人、彼氏じゃないよね……?』
『え、ありえないでしょ……マネージャーさんとかじゃない?』
『あ、そっか』
居心地が悪い。
ぶっちゃけ、内容に異論はないのだが、やっぱりヒソヒソと話されるのは気持ちの良いものじゃない。
まあ、その大半が藤堂がいかに美人であるかの議論であり、なんならわざとこっちに聞かせて、藤堂の気を惹こうとしているようにも捉えられなくはないが……藤堂は楽しそうにクレープのメニューを見たり、SNS用の写真を撮っているだけだった。
聞こえないのだろうか?
まさか、さすがにそこまで耳が悪いわけはないだろう。
喧騒だって遠いし、女子中学生だって興味の大きさだけ、声量が増している。
だが藤堂はやっぱり何も聞こえないようで。
クレープのメニューを、スマホのカメラでズームして写真をとると、それを俺に見せてきた。
「黒木はなに食べる? ここトッピングとかすごい選べるんだってさ。でもそれなら並んでいる間に小さいメニューみせてくれたらいいのにね」
「お、おう」
なんだかすごい考察を始めているが、俺には何もわからない。
わかるのは藤堂の食べようとしているクレープの値段が千円近くするということ。そして、こういう時は多分、俺が藤堂の分も払うべきなのかな……という、漫画で仕入れた知識の是非を検索エンジンで調べたい欲求があることぐらいだった。
「どれ食べる?」
藤堂がスマホを俺に見せつけてくる。
早いところ決めちまおう、と考えて、甘くなさそうなバナナチョコというやつを指差した。
「これかな」
「え? どれ?」
藤堂は俺に見せたスマホの画面を確認しようとしたのだろう。だが、画面を俺につきつけているもんだから、自分に向けたら指し示されたメニューがわからない。
だから、ということだと思うし、他意はないと思われるのだが……、藤堂は手などの配置はそのままに、スマホの後ろから画面を覗き込むようにして、首を伸ばしてきた。
反対側を覗き込もうとしているので、当然、前のめり。顔の向きも結構無茶で、ようするに藤堂の頭が俺の目まできた。つむじが眼前にあり、金色の絹のような髪が俺の前でさらさらと揺れている。
……なんだかめちゃくちゃいい匂いがする。シャンプーかなにかの匂いだろうか。
「黒木が指差してるのって、チョコバナナ?」
「あ、ああ……」
「甘いの平気? 結局、クレープってどれでも甘いよ?」
「ああ……、うん」
甘すぎる匂いは時として毒となる。
密林なんかに生息している食虫植物は、甘い蜜をおとりにして虫を捕食しているらしい。
藤堂が何をおびきよせ、何を食べようとしているのかは不明だが、とりあえず俺はもう、おなかいっぱいだった。
「甘いの苦手なら、むしろシーチキンとかっていう手もあるよ。チーズとか入れて」
「あ、ああ……」
「どっちにする?」
「うん……」
「人の話を聞きなさい」
「いて」
脳天に藤堂のクラッチバッグの角が落ちてくる。
藤堂はスマホをしまいながら、俺の前から頭をどかした。
「もうわたしが決めてあげよう。甘いの苦手ってことでいい?」
「苦手ってわけじゃないけど……、甘くないやつがあるなら、そっちにしようかなと……」
「そか。じゃあシーチキンサラダかなー?」
「お、おう。それでよろしく……」
どもってしまったのは、何も藤堂から漂うめちゃくちゃいい匂いだけが原因ではない。
なによりテンパってしまうのは、背後から聞こえてくる話し声だ。
気のせいか、さらに後ろに並んでいる人たちも、藤堂の顔を見て驚き、茹だったようにぼうっと藤堂を見ては、相方と言葉を交わしていた。
中学生の二人組はやっぱり隠れるように、しかし藤堂と話したいような欲望が声に乗ったまま、こう言った。
『マネージャーつかえない人なのかな……』
『迷惑かけてるっぽいね……』
マネージャーじゃないんだよ!、などとツッコミを入れたら、もれなく警察がきそうなので、俺は黙っていた。
藤堂はその間も、俺との会話だけが世界に存在するルールであるかのように、何も聞こえないような態度でクレープ屋の順番を待ち続けていた。




