第81話 縁の下の力持ち
夜になり、俺はまだ放課後のことを考えていた。
いや、考えていたというとどこか前向きに聞こえる。
ようするに俺は、引きずっていたのだった……。
夕飯時。
俺の前に座った妹の茜が、中学生とは思えない豪胆さで兄を責めてきた。
「にいに。ご飯がまずくなるよ?」
「はあ……?」
「表情、暗いなあ」
「うるせえ……」
「静かにいうね」
「?」
「くらいなあ」
「なお、うるせえ……」
精神的にうるせえ……。
しかし、実際は茜のほうが正しそうであるので、反論もせずにため息だけをついて、もそもそとご飯を口に詰め込み、俺は自室へ戻るために、席を立った。ちなみに両親はすでにご飯を食べ終えてリビングで、体を動かすタイプのゲームをひいひい言いながらプレイしている。
逃げるようにして食卓から離れると――背中に茜の声。
「なるほど。あれは、うん、あれの件ですな。青春だあ」
即時、聞こえないふりをして、二階へ繋がる外階段まで早歩き。
さっそく部屋に戻ると、ベッドにダイブした。
衝撃がキッカケになったのかは不明だが、初めて面と向かったころの藤堂が脳裏をよぎった。
階段踊り場で俺に見つかった時の藤堂はこんなことを言ったっけ。
『く、黒木くんの、部屋、行ってもいいかな……?』
今考えてもおかしな話だ。
たった数ヶ月前の話だが、もう一年ほど前のことのように思える。
当時の藤堂はどこか気まずそうに、しかしヒエラルキーの上から高らかに、俺へと尋ねてきた。
俺とアイツの関係なんて、特別なことはなく、ただ毎日スマホゲームをプレイしてきただけだ。あとはコッペパンを食ったり、お菓子を大量に買い込んだり。
しかしこう思い出してみると、当初の藤堂は実に初々しく、まだ俺に対して遠慮しているふしがあった。
それは変化と表現してよいのだろうか。
俺と藤堂の関係は、良い方向へ変わったのだろうか。
つまり今は――あれだ。うん。
「うう……、思い出しちゃったぞ……」
やはり何が引き金になるかなんて、人間わからないものだ。
俺はうまく思考をぼかしていたはずなのに、いつの間にか、今日の話に戻ってきていた。
放課後の階段上。
藤堂による、どこか現実的ではない、どこかふわふわとしており、どこか詳細に欠けていて、しかし間違いなく、俺へと向けられた言葉の数々。
それらをまとめると、こんな項目に収束するのだろう。
『比較的大きな仕事が、いきなりきまった――らしい』
『短期間だけど学校を休む可能性がある――らしい』
『黒木はどう思う?――なにが?』
頭が痛くなるのはなぜだろうか。
特に最後の質問が意味不明だ。
俺がどう思おうが、あいつになんの意味があるんだよ……。ていうか、思うもなにも、あいつの人生だろ? それこそ大きい仕事をもらえるなんて、誰にでもできる所業じゃないぞ。
だから、答えは一つのはずなんだ。
――おめでとう。
そう言えばいいのに。
言えない。
言えなかった。
「……嘘は、ついてないよな」
わからなかった。
生きるって難しい。
ゲームの数十倍難しいと思う。
◇
そうして数時間、悶々とした挙句、俺はなにを思ったか、茜の部屋のドアをノックしていた。
藁をも掴む、とか、猫の手を借りる、なんて言葉があるが、俺はまさにそんな諺の渦中にいるにちがいなかった。
「……? どーぞー、あいてるよー」
相変わらずゲームをしているだろう茜は、ヘッドセットをつけていなかったのか、すぐに反応が返ってきた。
ドアをあけて「よお」と入室。
少し身構えていたが、食事のときの会話は掘り返されなかった。
不思議そうな顔で茜は言った。
「んあー? どうしたの? 茜ちゃんの占い部屋へようこそー」
「占いなんて必要としてねーよ……」
「男女の関係って占いでほとんど解決できるんだよ。多分」
「え、まじかよ……」
とっさに答えてしまってから、俺はとりつくろう。
「そういう話をしにきたんじゃねーの。ていうか、そろそろマウス返してくれ」
この前、自分の使っているマウスがダメになったからと、ゲームをしなくなった俺のPCから引っこ抜いていったのだ。
しかしパソコンはゲームをするばかりではない。
ネットサーフィンだってするし、メールを書いたりだってする。
だからプログラムの基礎も知らない俺からしたら、マウスのついていないPCは、ただのタワータイプのPCケース(中身空)と同価値なのだった。
「あー、それはごめんなさい。返します――はい」
「おう。まあ、別にいいんだけどさ」
どうやら新しいマウスは手に入れられたようだ。
そして茜は新しいマウスでゲームをしていたようだが大丈夫なのだろうか――ディスプレイを覗き込んで見ればFPSゲームのトレーニングモードをしていただけのようだ。
それは敵が存在しないモードで、おもに練習用に使う。
珍しい。
茜はあまりそういうことをしないタイプで、いつも俺と一緒に戦場を駆け回っていたものだけど。
俺の視線に気がついたのか、茜が「ああー」と言葉を継ぐ。
「にいにが勉強ばっかりしててさー、茜ちゃんの相方を休止してるからね?」
「その節失礼しました」
「いや、それはいいんだけどね。Aさんとたまに二人でやったりするんだ、FPS。それが問題」
「問題?」
Aというのは、俺と茜のゲーム友達だ。
元は俺の因縁のライバルだったゲーマーであるが、もちろんネット上の友達であって、直接会ったことはない。少なくとも引きこもりがちの人間であることは知っているが。
「Aさんとペアチームでプレイしてるとね、わかっちゃうんだなー、色々と」
「わかっちゃうて、何がだよ」
手をひらひらとしている茜に思わず尋ねてしまう。違う話をしにきたはずなのに、なぜかその話が気になった。
「いや、Aさん、基本的にソロで突っ込んでいくアタッカーでしょ?」
「ソロで突っ込むというか、仲間をデコイかなんかだと思ってるからな、アイツは」
「そうそう。でもデコイと思わせて横から倒したりもするから、Aさんは恨まれないんだと思うんだよね」
「まあ、結局、強い奴が正義なところもあるからな」
ゲームというか、スポーツにおいて、もちろん礼儀は必須だが、それでもやはり強さの前では、すこしばかりその論理性も霞む。
茜は肩をすくめた。
「にいにと3人でやってるときはさ、気がつかなかったんだけどさ」
「……?」
「にいにって、意外と同調したり人を立てたりするの、うまいんだなーって思って」
「は? 何言ってんだ?」
思わず強めに聞き返してしまった。
「だってさ、人をおとりに使うAさんにとって、『おとりにしても倒されない人』がいるから、横から叩けるわけだよね、敵を」
「そりゃそうだろ。おとりが死んでちゃどうにもならねーし」
「で、さらに人に合わせなきゃいけないんだよ、おとりだって」
「そりゃ別の方向向いてちゃしょうがねーだろ」
「それをナチュラルにできる人って案外、いないよね」
「……?」
「なんでそこで不思議な顔をするんだろうって、茜は思うよ。まあ、」
「うん」
「そこがにいにであり、」
「お、おう」
「だからこそ、彼女ができないんだろうね……」
「何の話だ」
おとりというか。
陽動作戦というか。
とにかくチーム戦であるから、いかにして――それこそ不利なときは、いかに相手を騙すかということが勝敗の結果を左右することがある。
さらにAの気持ちも汲み取る必要があるし……たしかに俺、普段は人を疎んでいたくせにゲームになると、矛盾した人間になってるな。
「Aさんもそれは気がついてるんだろうねー。だから優秀な囮役のにいにがいないとね、なんとアタッカー特化のAさんがディフェンダー使うんだよ。いやあ、気を使わせちゃってる、茜ちゃんだ。だからトレーニングしてるの」
「なるほど……?」
ようするに茜は、Aとの実力差に悩んでいるということか。
だから先をゆく相手に追いつくために、苦手なトレーニングをプレイしているんだな。
たしかに、俺とAとは一緒にゲームをしている歴も長いし、実力もどっこいどっこいだ。
それにくらべて茜は、下手ではないが、まだまだサポートされる側――そんな事実に気がついた。俺とAと茜の三人でプレイしているときは気がつかなかったという話か。
二人になって、初めて気がつくことがあり。
三人だからこそ、発生する状況があるということだ。
足し算で気がつかず。
引き算で気がついた。
「だから、にいにってすごいんだねって話。縁の下の力持ちタイプだとは思ってたけどさ、本物の縁の下の人だったんだね」
「お、おう」
なんかいきなり褒めてきて、反応に困るな……。
「縁の下にもぐりすぎて、ひきこもりにならないでね」
「おい」
「縁の下にいきすぎて、支えるべき相手が見えなくなりそうだけどね」
「おい」
おおむね前言撤回。しかしどこか否定できない部分もある。
茜は最近、どこか俺をバカに――しているわけではないだろうか、こう、なんだろうな。茜の年齢が少し上がった気がするのは気のせいだろうか。
大人びているわけではないし、元々頭だってよかったから的確な意見を言ってくれるタイプだったが、それでも最近は視野が広いような気がする。
気がするだけで、答えは不明。答えあわせなんてするつもりもねーんだけどさ。
「で? なに、にいに」
「ん?」
唐突に茜は言った。
「そんな縁の下の力持ちで実力も十分にある、にいにがさ――このか弱い妹ちゃんに、なんの用事なのかな?」
占いの館「あかねちゃん」
ヒントは灯台下暗し。




