第79話 5回目のプロローグ
というわけで、Chapter5です。
漆原葵が漆原葵としてどこかで生活しているとき。
当たり前のように、俺は俺として存在している。
ということは、だ。
当然、藤堂真白という輝かしい人間も、まず間違いなくどこかでキラキラと輝いているに違いなかった。
そんなこと、俺はわかっていたつもりだし、だからこそ漆原の件を解決し、ある程度は説明をして、はやく勉強に戻らないとならないな――と、寄り道なんてしている場合ではないなと思っていたのだ。
だが、やっぱり俺は黒木陽だった。
そして、同じゲームをしようとも、藤堂真白は藤堂真白だった。
同じ時間を過ごしていても。
同じ地球に生きていても。
俺とアイツとでは、一歩の幅が全く違う。
なんでそんなことに俺は気がつかなかったのだろうか?
俺が数歩を進んで、漆原の問題に取り組んでいる時。取り組み終わった時。
隣を歩いていたはずの――歩いていると錯覚してしまっていた藤堂真白は、実に、俺の数十歩先を歩いていたのだ。
◇
漆原との別れがどこか遠い記憶に感じられたころ。
いや、実際には中三日といったところだったけれども、俺の中では別空間から脱出してきたかのような感覚を日常に感じていたようだった。
その間、特に意識したつもりはないが、藤堂とは大した話をしなかった。
挨拶は何度かした気もするし、俺の席の後ろにたって、周囲と笑い合う藤堂も見た気がするが、勉強の進捗状況を確認したことはなかったし、放課後に階段の踊り場へ行くこともなかった。
それは考えようによっては、至極当たり前のことであるとも言えたし、俺自身もそこに違和感はなかった。
もしかしたら漆原の一件も影響しているのかもしれない。
藤堂に『俺が関わっている事案』の報告をする約束をしたような気もするのだが、じゃあ何を、どう、報告すればいいのかという話になると、俺には何も思い浮かばなかった。
だから正直なところ、話がなかったことにホッとしている自分がいたのかもしれない。繰り返すが、あえて逃げていたわけではない。それが逆に、罪悪感を生まず、俺はいたって普通に過ごすことができていたのだろう。
――が、それも、終わりを見せた。
◇
それは中三日の次の日だから、四日目と言うことになるが、まあ、そんなことは本当にどうでもいい。
その日は雨が降りそうな空模様なくせに、湿度はそこまで高くはなく、とても過ごしやすいはずだが、降雨に関しては信用できないというアンバランスな天候だった。
「黒木。ちょっと、いいかな」
昼休み。パンを買いにいく途中の人気のない廊下。
背にかかる声。
藤堂だった。
いつも通りの抑揚のはずだったが、どこか、なにかがおかしいのは俺の勘違いだろうか。
「いいけど……なんだ?」
「時間あったらでいいんだけど、今日、話せないかな。そんなに時間はとらないから」
「話?」
「うん」
「俺と?」
「うん」
「俺と話をしたいのか」
「何言ってるの?」
「いや、はい」
怖いよ。
でも言いたいことはわかるので、黙っていた。
「時間ならあるぞ」
「よかった。じゃあ放課後、上で」
そう言って、藤堂は元来た方向へ戻ろうとする。
瞬間、夜の公園が脳裏によぎり、「あ」と呼び止めてしまった。
「え? やっぱ無理?」
「いや、そういうわけではないんだが……ていうか、えっと、なんの話をするんだ」
「うーん。なんのって言われても難しいというか……、放課後、わたしから話すから」
「なら、うん、わかった」
どきりとしてしまったが、どうやら藤堂が話すらしいので、俺の心配は杞憂だろう。瞬間的に『まだ漆原のプレゼンテーションが構築できていない!』と焦っている自分がいたのだ。
いや、まあ、別に?
漆原の話をしたところで、俺は別に問題ないんだけどな。
うん。
そうだよな。
はい。
……そうですよね?
ええ。
ああ……、でも、どうだろうか……。
首をひねり始めた俺を見て、藤堂は眉をわずかに歪めた。
「……なにしてんの?」
「い、いや、なんでも」
「ふうん? ……まあいいや、黒木だもんね――」
ツッコみを入れる暇もなかった。
「――じゃ、よろしく。忙しいのにごめんね」
「いや、まあ、気にしないでいいぞ……」
「では、そういうことで、また」
しゅたっと手をあげると、ふたたび踵を返す藤堂。
――その時だ。
なんだか心がざわついた。
その背中を見ていたら、おもわず声をかけそうになった――が、ぐっとこらえる。
藤堂がどこか、変だった。
とおざかっていく背中の上を、金色の髪がサラサラと揺れている。
いつも通りの完璧さ。
間違いなくアイツは藤堂真白だが……、なにかがおかしい。
どこが変なのかと言われても、俺にはわからないけれど、でもなにかがおかしい気がする。なんというか、秘めたるパワーみたいなものが、和らいでいるような――結論からいえば、その感覚は間違いではなかった。




