第75話 75点
深夜の公園で一人、漆原を待つ。
脳裏をよぎるのは、これまでの俺の行動の数々。
直近のものではない。
中学時代のものだ。
俺は三年になって、漆原を「助けるつもり」で大きなお節介を焼いていた。
――と、自己評価していた。
だがそれは間違っていた。
おそらくだが、俺は最悪な間違いをしていた。
これは漆原のための話ではなかった。
俺に対する、長い月日を飛び越えた、答え合わせなのだ。
◇
「……おまたせ、黒木くん。遅れて、ごめんね……」
「いや、待ってないから平気だ」
いつものように――というほど親しく会っているわけではないが、少なくとも俺が想像していたような漆原が、俺の想像していた通りのテンションで現れた。
我が家は特殊だとしても、よくもまあ、こんな時間に女の子が一人で出歩けるものだ。と、俺は常々思っていた。そして失礼ながら、こうも思っていた――もしかすると漆原は学校へ行っていないのかもしれない。
それは俺が大きなお節介を焼いたせいかもしれない――だがそれは大きな間違いだったかもしれない。
しれない。
しれない。
しれない――全ては憶測だが、俺の心に芽生えた疑念は、もはやごまかしの言葉では消えなくなってしまった。
「横、すわるね」
「……おう」
漆原はわざわざ断ってから、ベンチに座った。
「それで……、えっと、黒木くんからのお話ってなんだっけ……」
「ああ、うん」
漆原のどこかおどおどとした態度が、今ではなぜか、作り物めいて見えてきた。
でもそれも少し違うのだろう。
何も、作っているわけではない。
これも、あれも、それも、どれも。漆原という存在の一面に違いない。
中学時代の俺の気持ちを知っていた漆原。
俺の行動を知っていた漆原。
偶然にしては、すべての情報が揃いすぎている漆原……。
「三つ目の、質問。わかったって言ってたね……、黒木くん……」
「ああ。わかったし、それ以外のこともなんとなく、わかった……気がする」
「それって、どういうことかな……」
俺は漆原を見なかった。
漆原もどうせ俺を見ていないだろうから。
二人で並んで、空を見上げている。おそらく客観的に見たらそんな図だろう。
「どういうこともなにも――」
俺は逆に問いかけた。
「――全部、お前はわかってたんだろ、漆原」
「わかってたって、なにを……?」
本当にわかっていなさそうに、漆原は質問をしてきた。
でも俺は断定をやめなかった。
「三つ目の質問だけどな」
「うん……」
「おそらくけど、何個かに絞られる。で、俺も昔、思ったことがあって、おそらくそれが正解かとも思う」
「そう……」
漆原の声は沈んでいく。
夜の闇に吸い込まれて、遠くから聞こえてきたパトカーかなにかのサイレンにかき消されてしまいそうだった。
そうして俺は、ここ数日で知ったこと――いや、逆に言えば『ここ数日間だけ調べればすぐにわかったこと』から、推測した言葉を、漆原にぶつけたのだった。
「三つ目の質問は――『人はなぜ死ぬの?』じゃないのか。もしくは『人はなぜ生きるの?』だとか」
「……っ」
漆原の口から何かが漏れた。
それは言葉にならない声だったかもしれないし、熱を失った二酸化炭素かもしれないし、ただの空白かもしれなかった。
十数秒後に漆原は言った。
「75点かな」
俺にしちゃ、十分な点数だった。
◇◇幕間◇◇
人はなぜ死ぬのだろうか。
右目が疼くような中二病でなくとも、一度は通る可能性のある、未知なる疑問だ。
俺はじいちゃんが死んだときに、それを強く感じた。
人はなぜ死ぬのだろうか――言い換えれば、つまるところ、人生とはなんなのか。
人はなぜ生きるのだろうか。
人生とは暇つぶしである、なんて言い切れない俺は、それを最終的に『ゲームをするためだ!』と割り切って生きることにした。
それはとても運が良かったと思う。
やりたいことがあれば、人生に意味ができる。色がつく。それが他人からみて意味がないようなものだとしても、そこに意味はあるのだ。
では、それが見つからない人間は?
その答えが見つからない人間は?
そして――その人物が、人よりも多感だったら?
◇◇◇◇
点数付けをしたまま漆原は黙った。
100点に満たない、25点分の説明を待っているかのようだった。
俺は勝手に証明を始めた。
もちろんそれらはすべて憶測だ。
たった数日調べて集めただけのパーツでできた、ぼろぼろの論理。
けれども、それが瓦解するとは、俺には思えなった。
「漆原。お前、うすうす気がついてたんだな?」
「何を、かな」
「中学時代の俺が、漆原に大きなお節介を仕掛けていることを、わかってたんだな?――ようするに、お前は、俺に合わせてただけなんだ」
「……そうだね」
漆原の纏う空気が変わった。
それは、おどおどと人の目を気にしている――ように見えていた漆原とは別人。
「俺はお前が……、なんというか、空気の読めないやつだと思ってたんだ」
「それは、ひどいね。黒木くんこそ、じゃないかな」
「す、すまん」
「怒ってないよ。つづけて……」
「でも俺は勘違いをしてたんだな。漆原は……むしろ、よく気がつくタイプだったんだ」
漆原は、つまるところ多感だった。
人の一挙手一投足まで気にかけて、バランスよくいきていくタイプの人間なのだろう。
「どうだろうね、わたしは、生きるのが下手だから……」
漆原は遠くを見た。
まるで過去を空に投影しているかのように、じっと空に目を向けていた。




