第30話 Party(2)
嵐の前の静けさ、という言葉がある。
嵐が来る前というのはむしろ不穏になりそうなくらい、ぞっとするような低音が響いている気がするのだが、太古より伝わる言葉に間違いがあってはならないだろうから、解釈が違うのは俺のほうなのだろう。
土曜日の待ち合わせは、三度目だった。
よくよく考えてみれば、五月の連休に連なる土曜日であり、ここでもし約束をしなければ、俺が藤堂と学校であうのは、大分先のことになっていたかもしれない。
恐ろしいことに、俺は藤堂と毎日パーティを組みすぎて、連絡を取り合うことが当たり前になっていたらしい。
土曜日の学校も、三度目ともなれば、さすがに慣れてきた。
慣れてきたというのは、当たり前のように待ち合わせ場所にたどり着くという話ではない。手際よく私服から制服に着替え、手際よく適量の菓子をコンビニで買って、手際よくバックとビニール袋の中身を入れ替えて、短時間のうちに校門をくぐることができるという意味である。
我ながら、方向性を間違えた絶滅危惧種みたいな進化をしていると思うが、やはりこれが俺なのだから、仕方がない。
だが、伝えなければならないこと、きっとある。
それは仕方がないことではないのだと思う。
◇
どちらにせよ、伝えようと思う――俺はそう決めていた。
それが左か右かは別として、なにか行動を起こすべきだと、ようやく決心がついた。多分。
きっかけは、昨日の茜の言葉だろう。
家族というのは偉大だ。
無条件で、さまざまなものを与えてくれる。ゲーム内にこんな仲間がいたら最強のチームが組めるだろう。残念なことに、それぞれのゲームの趣味が違うため、いまだ実現はしていないが。
伝えるべき言葉が、どちらの気持ちに由来しているのかは分からない。
分からないが、それはゲームだって同じだ。
やるべきタイトルが決まっていて、使うべきキャラクターと武器も想定していて、当初の作戦も定めている――それでも実際にプレイしてみれば、現在進行形で変化していく状況に合わせて、行動を変えるしかない。
よって、求める結果を定めることだけが、ゆるがぬ目標となるのだろう。
ゲームをプレイすればわかる。
むしろ、しなければいくら頭でころがしていても、机上の空論でしかない。
中身のいないCPU戦ではないのだから。
問題はそれが、勝つための行動なのか。それとも楽しむための行動なのか。
その違いなのだろう。
◇
「あ、今日はわたしのほうが、遅かったか」
藤堂が階段をあがってきたとき、俺はすでに準備を済ませて着席していた。
「別に、気にしなくていい」
「うん。気にしてないよ」
まるで息をするかのように、藤堂は嘘をついた気がする。
こいつは、俺が考えていたほど、傲慢ではない。
一か月前には知らなかった事実が、ヒエラルキートップに君臨する女王の実像をゆがめている。
「じゃ、はじめよっか」
「……おう」
こうして始まった二人の協力プレイは、今日終わるのか、それとも明日も続くのか。
分からないまま、俺は流れるようにゲームをプレイする。
「あ、ミスった」
「いいよ」
藤堂の過ちをサポートし。
「やられたー」
「助けに行く」
藤堂の危機に駆けつけて。
「弾、ない!」
「落とすから」
藤堂の不足を補い。
「わ、まさか、勝てるとは」
「今のは悪くなかった」
藤堂が勝つための道を共に歩く。
現実世界では何一つなし得ないことが、ゲームの世界では当たり前のように実現できる。判断することができる。
だから、俺はこの調子で、最後の課題に挑まねばならなかった。
出撃ボタンを押下するたびに、時間は過ぎていった。
時計を見れば、藤堂のタイムリミットである16時は目前に控えていた。
俺の悩みに答えはない。
だが、このゲームを終えたら、自分に問いかけよう。
出撃ボタンを押下するように、端的に、己の気持ちに従おう。
右か、左か。それとも真ん中なんてものがあり得るのか。
答えは今は分からないが、俺は自分を変える行動をとらねばならない。そうしなければ前に進めないからだ。
――もう、話しかけないでくれ。
用意していたはずの弾丸。
打ち込むはずだったそれを、捨てるか打ち込むかは、トリガーひとつ、引くか否かの差なのだ。
だが、経験はないだろうか?
そういった課題がある時にかぎって、別の物事はうまくいく。
普段であれば早々に終わるような激戦区に向かっても、普段であれば簡単に全滅するようなパターンに陥っても、そういった時は、するすると困難を超えていく。
まるで今から己を襲うだろう不幸の代わりに、ゲームぐらいは幸運をさずけようと、神様が配慮してくれているみたいに、俺と藤堂のパーティは1位を勝ち取った。 先ほどの勝利を足すと、二連続の優勝である。
「おー、連続って初めてだね」
「運が良かった」
「相方が良いからでしょ?」
藤堂のくったくない笑顔に、俺は曖昧に頷くだけだった。
アラーム音が鳴ったのは、その時である。
ああ、と気が付く。
藤堂も気が付いた。
16時。
タイムリミットが訪れたのだ。
ああ、今日も答えは出せなかったらしい。
俺は途端に、情けなくなる。自分の決意なんて、運しだいで、変わってしまうレベルのものなのかと心が重くなる。
銃弾をこめた銃を構えていた俺の心は、指をかけていたトリガーから、そっと離れていった。
まさか俺の悩みに藤堂を付き合わせて、帰宅を遅くさせるのか?――バカをいえ。さすがにそれは許されない。俺は、そこまでのバカになりたくない。
だがその物陰に、ほっとしている自分が隠れているようで、嫌な気持ちにもなりそうだ。ほら、これだ。また揺れ始めた。
まあいい。
藤堂を見送ったら、少しだけここで休んでいこう。
でなければ――家族とのパーティで、茜にまた言われてしまうだろうから。
しかし、だ。
嵐の前の静けさ――どうやら、運命のダイスというのは、振られたところで、音など鳴らないらしい。
来ると思われていた未来は、俺の選択したルートには現れず、まるで予想だにしない展開が、ワンクリック後に提示された。
「えい」
藤堂は、コミカルな言葉を口にすると、アラームを消した。
それから何事もなかったかのように、言った。
「さ、三連勝目指して、もう少しだけ、やろ?」
「は?」
なんで?
どうしてだ?
タイムリミットが訪れたのではないのだろうか。
「あ、ごめん。時間、なかった?」
「あ、いや」
パーティはあるが、それはおそらく20時頃からである。
まだ16時。帰宅時間を差し引いても、十分に時間は用意されている。
だが、藤堂はどうなのだろうか。
16時というタイムリミットは、あらかじめ余裕のある時間設定だったのだろうか。もう一戦程度であれば、問題なく次の予定を履行できる程度の、遊びのあるアラームだったのだろうか。
本当に?――藤堂の、金色の髪がさらさらと揺れるのは、彼女が視線を下げたから。髪の毛同様にキラキラと光る長いまつげは、不安そうに揺れ動いた。
何かが胸の中で動いた。
シンプルな答え。
――俺は、そんな藤堂は見たくなかった。
だから言った。
「問題ないぞ。まだまだできる」
「あ、ほんと?」
藤堂は、面を上げた。
にっこり――とは程遠い、控えめな笑みが何を伝えたいのか。
自分が今、どこに立っているのかということすら分からない俺に、分かるわけもなかった。




