第28話 start?
終わりへの始まりになります。(一区切り)
予想通り12万文字程度かなと思います。
Chapter2。あと少しですが、お付き合いください。
――人間とは図々しい生き物である。
俺はそういう風に、心の中で他者を批判しながらも、自分は決してそうではないと妄信していたように思う。
笑顔を浮かべて、嘘をつく。
心配そうに見えて、不幸を笑う。
自分の正しさを、人に押し付け、正義を気取る。
ああ、なんてクソったれな世界だろうか。
それもこれも、人間が己の立場を優先して厚顔無恥で図々しく生きているのが悪いんだ――だが気が付いた。
俺はいつの間にか、気が付いてしまっていた。
まるで、課金までしてあんなに熱中していたはずのスマホゲームへの熱意がたった一晩で嘘みたいにひいてしまったかのように――そのポッカリと空いた穴のようなものは、いつの間にか、俺の頭に生まれていた。
わけもなく、理由もなく、唐突に、俺を現実へと落とすべく、地上一階行きの直行落とし穴が掘られていたのだ。
事実――残念なことに、俺、黒木陽も、どうやらただの人間のようだった。
他者と、何も変わらない、ただの人間のようだった。
そんな当たり前の事実が、そんな分かり切っていた当然の構図が――藤堂と過ごす時間に比例するように、その言葉の持つ重さを雪だるま式に大きくさせていった。
真正面からぶつかれば、俺の価値観を破壊することなど朝飯前なくらいに、育ってしまった。
ならば、俺としては避け続けるしかないのだ。
それがたとえ欺瞞だとしても、ぶつかってしまえば、この現実が一瞬で壊れてしまうと分かっているのだから、逃げ続けるしかないのだ。
◇
二人きりの秘密の場所。
「わ、今のヘッドショットすごくない? ほめてほめて」と藤堂が笑う。
「まあまあだな」と俺は言葉を濁す
「ちゃんと、ほめろー?」と藤堂が机を少し揺らす。
「すごいです」と俺は体を離す。
「あ、さらに敵を発見」と藤堂が喜び、「なんでもかんでも狙撃しようとするな」と俺は自分をごまかす。
そう。
ごまかしだ。
俺は今、図々しくも、己の立場を偽って生きている。
ヒエラルキーはどこへ行った?
教室でのグループわけはどうした?
ギャル集団?
陽キャグループ?
――なんだっけ、それ。
ヒエラルキーなんて言葉をつかって線を引いて、藤堂との適正距離を保っていたはずなのに。
ショットガンでは届かず、スナイパーライフルでは近すぎる、そんな適切な距離を保っていたはずのなのに。
俺はいつの間にか、藤堂と並んでゲームをすることに抵抗を覚えなくなっていた。
横並び。
なんてことだろうか。
あんなに人を批判していた俺が、ヒエラルキーを無視して、最上位の生物と、あたかも同等のようにゲームをしている。
どうした、黒木陽。
なにを勘違いしている、黒木陽。
お前の旅は終わったのだろう? ヒエラルキーのてっぺんに登って、酸欠を起こしたのだろう? 次の機会に、互いの距離を確かめ合う言葉を伝えるのだろう?
だが、その機会はまだ来ない。
あれから、もう二回もパーティを組んでいるというのに、三度目の今日もそのチャンスはなさそうだ。
いや、訂正だ。
『なさそうだ』ではない。これは俺が自ら望んで、退避しているに違いない。
茜が言う――にいには、最近、楽しそうだよね。
ひねくれた自分が言う――もう、こんなことはやめろ、ばかみてーに笑ってんじゃねーよ。
お前は本当に楽しいのか?
わからない。
このまま近づいても、安全なのか?
わからない。
藤堂の人生に傷がつかないか?
わからない。
わからない。
本当に、なにもわからない。
俺と藤堂の適正距離が分からない。
俺がいま構えている武器はなんだ?
ショットガンか? スナイパーライフルか?――どうにせよ、その銃に弾は入っていない。
――もう、話しかけないでくれよ。
藤堂の為に用意されたはずの銃弾を、俺はいつの間にか落としてしまったらしい。そんなことにも気が付かず、俺はバカみたいに銃を構えて、まるで全ての悪を警戒してるかのような顔をする。
事実、背中はがら空きだ。
認めるしかない。
残念なことに、俺は二人の関係を測るものさしを見失っていた。
気が付いたときには、すでに遅かった。
当たり前のように、二人だけの世界に肩まで浸っていたくせに、自分はまるで高台に避難しているような気でいた。甘い蜜だけ吸っていた。
たしかにこれは恋心ではない。断言する。俺はそこまで飛躍のできる人間じゃない。
だが、俺を襲っているのは、なにかしらの錯覚を与えてくる〈変化〉であることに間違いはなかった。
それがどんな変化なのかは分からないが、今の俺に許されているのは、喜んだり、おろおろとしたりして、毎日を過ごすことだけだった。
スマホの画面の中で、俺のキャラが倒れて、すぐに藤堂のキャラも倒れた。
「負けちゃったね」と嬉しそうに藤堂は言った。
勝っても負けても、藤堂は同じ顔をする。
「そうだな」と俺はなんでもない風に言った。
いつだって同じ表情をしているつもりだが、心は右に左に傾いて仕方がない。
なぜ今まで気が付かなかったのだろうか。
目の前に、藤堂は座っているのだ。
目の前で、藤堂は呼吸をしているのだ。
目の前の、藤堂は――生きているのだ。
これはゲームではない。
相手はデジタルデータではない。
ネットの繋がりと、リアルの繋がりが一緒?――そんなわけあるか。ならばオフ会なんて開くやつは死滅するだろうが。
どちらが優れているかなんてしらねーが、質が同じでないことは明白だ。
行えることが違うのだ。リアルでできることと、デジタルでできること。似ているようで、似ていない。
どんなに密接につながっていても、出来ることの種類は別物なんだ。
だから気が付け、黒木陽。
だから認めろ、黒木陽。
スマホを捨てて、ゲームをすてて、両手を空にして――片方の手だけでも前へ差し出しさえすれば、俺は、藤堂の美しい顔に手を添えることができる距離に居るのだ。
そんな距離にまで、近づいてしまったのだ。
たった机二つ分の距離の関係。
聞こえは、よかった。
だが、気が付いてしまえば――言葉一つで線を引くには近すぎる距離だった。
◇
Chapter Ⅱ
last episode〈Party〉――start?
→YES
NO
◇
お悩み相談が幕を閉じてから、四度目のパーティ結成。
その日は、金曜日だった。
月曜日に相談を受けたので、月から金で五日間。
そしてパーティ結成は四回。
つまり俺は一日を除いたその全ての放課後を藤堂と過ごしていたということになる。
土曜日は四時まで――といったように、当初こそ、連絡のくる曜日にも法則性は見えたような気がしていたが、ここまでくると、連絡がこなかった日のほうが疑問に思ってしまうほどだった。
慣れというのは怖い。
客観的に見れば、たった五日――いったい何が変わるんだと思うだろう。だが、当事者からすればまるで別だ。
全てを壊すような悩みが生まれ、全てを壊すような結論に至るくらいの時間は十分にある。
もちろん、それを口にするかどうかは別として、だ。
さて、本日のタイムリミットも、近づいてきた。俺は今日も、なにも言えずじまいらしい。
「藤堂、そっち行くと、敵いるかも」
「え? うそ――あっ、やばっ」
今日はこれでラストだ、と決めた最終ゲームは残念ながら早々に終わってしまった。
「うわー、黒木、ごめん」
藤堂の判断ミスでパーティが全滅。
俺のカバーもむなしく、二人の画面には〈全滅〉のシステムメッセージが表示された。
「……最後の最後で、残念だったな」
「うーん、まあ、しょうがない! また明日やろ」
「……おう」
「あ、ごめん。明日、土曜日だから、予定、あるよね……?」
藤堂はわざわざ居住まいを正して、申し訳なさそうに視線を下げた。どうやら毎日誘っていることへの罪悪感があるらしい。
俺は少し考えてから、言った。
「いや、大丈夫」
「ほんと? やった!」
ガッツポーズをする藤堂が、どこか幼く見えるのは俺だけだろうか。まるでおもちゃを買ってもらった子供のようにあどけない印象を受ける。
まるで女王だった女子生徒が、俺だけに見せる笑顔――そう考えることもできるが、俺は、どこか違うイメージを持っていた。
さて。
思わぬ速度での全滅により、タイムリミットはまだ先のことだった。
だが最後と決めた以上、プレイを続行するものではない。こういったゲームは引き際が大切だからだ。
よって、終了。
ここに居座る必要はいのだが――俺はおろか、藤堂さえもが、黙ったまま立ち上がることはなかった。
二人の息使いがやけに大きく聞こえる。
藤堂はつと、明り取りのほうへ目を向けた。
「時間が過ぎるのは早いね」
外に視線を向ける藤堂の表情は――カメラにうつる女優のようで、俺は少し安心する。
しかし藤堂の言葉に、反応することはできなかった。
それが、どこからどこまでの時間を区切っているのかが、咄嗟に判断できなかったからだ。
俺の疑問を察知したかのように、藤堂は付け加えた。
「悩み、聞いてもらってから、もう五日も経ってる」
「ああ……そうだな、早い」
ならば、俺の悩みもそれぐらいということだ。
結論どころか、最近は考えることも億劫になってきた。
だが、それでも――心のどこかで、俺は俺へと向けて警鐘を鳴らしている。
気が付け、気が付け――手遅れになるまえに。
だがもう一人の俺が耳をふさぐのだ。その問題は明日でいいじゃないか、と口が動くのだ。
「黒木、さ」
藤堂が探るような物言いをした。
「なんか、言いたいこととか、ある?」
「……な、なんで、そう思うんだ?」
思わず噛んでしまう。
藤堂の言葉は、いつもタイミングがドンピシャで怖い。
「あ、いや、なんとなく……」
藤堂は俺を気づかうように、さらには、気まずそうな雰囲気を出しながら目をそらした。
そんな藤堂の行動に、俺はダメージを受けた。
かわいいなんて、思っているわけじゃない。そういう楽観的な印象じゃない。
幼く見える藤堂を見たときに感じたような〈困惑〉が俺の中に芽生える。
それはドレイン攻撃のように、じわじわと俺の体力を奪っていった。
藤堂が、気まずそうに、だと?
俺に気をつかうように、だと?
おい、藤堂。
やめてくれ。
お前はヒエラルキーのトップにいるべき人間なんだぞ。
俺のように、他人を一方的に決めつけて、他者を心中で見下して、言いたいことも言えない癖に、理論だけは武装し、まるで二枚貝みたいに心を必死に守っている――そんな人間と同等ではないんだぞ?
なぜ、そんなやつに頭を下げる?
お前は偉そうに、命令する側だろう?
――全部、黒木の、せい。
胸が苦しくなる。
好きなアニメの同士を増やすために周りにそれを薦めるなんて、そんな単純な話じゃない。
たとえばそれは、視力が重要な競技でオリンピックを目指しているようなやつに、画面を凝視しなければならないゲームを教えてしまったかのような気まずさ。
そいつは見事にはまり、視力がどんどん落ちていく――。
もしもそんな事態を招いてしまったら、相手は気にしていなくても、俺はその事実に耐えられないだろう。
だがそれは決して〈If〉の話ではないのだ。
俺は、ヒエラルキートップにいるべき奴に、何か、そういった行動を押し付けている気がしてきたのだ。
――全部、黒木の、せい。
藤堂に悪気はないのはわかっている。
だが、その言葉は、俺をつかんで離さない。
別に、ゲームなんて教えなくたってよかったはずだ。
ゲームがうまいの?、と聞かれたって答えなきゃよかったはずだ。
俺が応じなければ、こいつは元の生活に戻っていたはずだ。
このままいけばオリンピックだって目指せるような生活なのに、俺は考えなしに巻き込んだ。
悩みを相談されたときに思った事実。
相手の人生が変わるようなことは、慎重に答えなければならない――笑わせてくれる。
俺は、そんなこと分かったつもりで、事実、すでに、相手の人生を変えていたのだ。
「黒木、さ」
藤堂の声は、俺を現実に引き戻すには十分な力を持っていた。
「……ん」
「なんか、最近さ」
「ああ」
「怒らない?」
「多分」
「うん、じゃあ、言うけど――」
やめろ、藤堂。
なぜ俺の言葉を無視する。
多分、といったろうが。
絶対怒るな、と命令してくれ。
だが藤堂は、とても気まずそうに、こんなことを言うだけだった。
「――黒木、最近、なんか、楽しそうに見えない、かも」




