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第2話 スタート合図は衝撃と共に

 私立高校の一般的な基準ってのを俺は知らないけれど、少なくとも俺の通う高校は可もなく不可もなくといった立ち位置にいるのだと思う。


 一クラスしかない特進クラスはきちんと結果を出していると聞くし、入学希望者が年々減っているということも聞かない。高校二年の四月を迎えているが、悪いニュースが耳に入ってきたこともない――いや、それは人によりけりか。


 少なくとも俺からすれば、毎日は悪いニュースであふれている。

 ホームルーム前の時間。

 授業の合間の休憩の時間。

 昼食の時間。

 放課後の時間。

 どこからだって、同世代の男女の会話が聞こえてくる。


 今日はどこ行く、だとか。

 昨日は面白かったよな、だとか。

 明日の待ち合わせ、遅刻すんなよ、だとか。

 あれが楽しかった、あれがつまらなかった、動画投稿サイトの誰が好き、誰が嫌い、昨日の写真をシェアしようよ、あの子彼氏つくってから調子のってるよね、あいつ彼女できてから態度がでけえよ――うるせえ。


 俺からしたら、全員、態度がでけえし、調子のってるよ。

 なんでそんなに一方的に人を批判できんだよって話だ。お前らだっていずれ立場が変われば、そうするんだろ?――言ってやりたいが、言ったところで、なんだあの空気読めない奴呼ばわりで学生生活はエンド。


 だから俺はいつも首からさげているヘッドホンで耳を塞ぐ。

 俺の高校生活で大事なことは三つだ。

 無料でWi-Fiの電波を拾えるスポットを把握しておくこと、各種充電の残量を常に把握しておくこと、そしてクラスメイトを含めた人間には極力関わらないで静かにしていること。


 ボッチってやつに徹する。これが学生生活、ひいては人間社会において余計な問題に巻き込まれない為の一番の方法だと俺は悟っていた。

 妹から「にいにって、社会に出るときどうすんの?」と聞かれて思考停止となった過去はとりあえず棚上げにしとく。

 

   ◇


 昼食は毎日同じもんを食べる。

 小倉マーガリンコッペパン。約500㎉。

 これ一つとっておけば脳に糖質がいくので集中力は切れないし、片手で食べられるのでネットで情報収集しながら容易に食い終わる。


 この前、男子グループが俺の昼食を見て、『あいつ、また小倉じゃん。名前、小倉じゃねえの?』とか『ジャムに変えてきたその日、地球が割れるだろう』とか意味のわからねえ低レベルの会話で笑っていたが、すぐにヘッドフォンのスイッチをオンにして無視した。

 ……明日、イチゴにしてきて地球を終わらせてやろうか?

 ボッチとはいえ、ムカつくもんはムカつく。だが関わったら終わりだ。聞こえなかったふりをしてりゃいい。


 そう思って過ごしていたのだが、一つだけ俺は勘違いしていたことがあった。

 たしかに聞きたくない言葉は耳は防げばよいし、見たくないものはスマホの画面で埋めちまえばよいのだが、それ以外の対処というのを具体的に考えていなかったのだ。


 俺の席はボッチにふさわしい、窓側の列の一番後ろというベストポジションである。

 だが同時にそこは、優秀なコミュ力を保持するグループがたむろするスポットを背後にはらんでいる、という諸刃の空間でもある。

 

 高校一年目は席に恵まれなかった俺だが、二年は早々に祝福されていた。背後に立たれたって覗き込まれない限りはスマホでなにしてるかなんてわからない。

 それに今の時代、昼休みに協力型のゲームをするなんて男子の間では当たり前のような話だし、俺が何をしていても目立つことはないのだ。


 俺はその日も、「エアポケット・ウォーカー」と呼ばれるアプリを起動した。これは一年前から絶大な人気を集めたPCゲームのスマホアプリ版である。

「孤島でのサバイバル・シューター」と銘打った、ありそうでなかった設定は人の目をひいた。くわえて同時に120人が様々な戦術トラップと純粋なる操作技術で戦い合うゲーム内容は、ストリーミング配信を行うゲーマーを中心に好まれ、視聴者も分かりやすいルールと熱い展開になりやすいゲーム性に虜になった。


 かくいう俺もその一人で、普段はあまりやらないスマホ版にもどっぷりはまってしまっているところだ。

 妹の茜に関して言えば、いままで可愛いアバターと声で『マメッコモンスター』のレート対戦を配信する程度だったのに、今じゃあ相方までつくって『うらああああ、しねやあああああ』なんて言いながら配信している。

 おかしなことに、可愛い子ぶっていたときよりも、本能のまま敵を撃っているほうが視聴者も稼ぎ出す金も数値が上だ。世の中何がうけるか分からないものである。


 その日の昼休みソロゲームも、順調に進んでいた。

 どちらが上というわけではないが、PC版とアプリ版の楽しみ方は変わると思っている。もちろん操作方法は全く違うし、戦術レベルで変化する。だからこれはあくまで俺の時間潰しであるし、これをすることにより早退したいボッチマインドをなだめているのだ。


「……トップいけるな」

 小さくつぶやいてから、反省。

 誰に聞かれたかわかったもんじゃない。


 さきほどから背後に数名の女子が固まって、窓際、ロッカーの上、果ては地べたにしゃがみこんだりして、話をしているのだ。

 この前、なんの他意もないだろう男子生徒がスマホのカメラレンズを女子生徒にむけがちに操作していたところ、「おー、うちら今、盗撮されてない? やば、今日、勝負下着じゃないんだけどw」とか言われていた。

 つまりそういうグループだ。


 ヒエラルキーってのは『△』こういう形をしている。

 その一番上に居る奴らは、高いところから声を大きくして話をしてくる。

 まるで下を見下すように、声高らかに宣言してくるのだ。


 ――我々の発言はすべて正論なのだ、と。


 くそくらえだ。

 盗撮犯扱いされた男子はその後、まだ他の男子グループからバカにされている。

 学校内のヒエラルキーは気まぐれで法律をかえる王様を筆頭に、いびつに組み立てられているのだ。

 やっぱり、くそくらえだ。


 だから俺は今日に限っては、背後に気をつけていた。

 視界を遮り、音を遮断していた。

 対策は十分――のはずだった。


 それは突然おそってきた。

 背中に衝撃が走ったのだ。


「きゃっ、ちょっと、やめてってば!――いたっ」

「うわ!?」

 

 どうやら背中に誰かがぶつかってきたらしい。

 耳を塞いでいて明確にはとらえられなかったが、何かを拒否するような声は女の声。

 ついでに柔らかい感触と、めちゃくちゃ甘い香りも襲ってきたところを考えると、背後にいた女子生徒の誰かが俺にぶつかってきたということらしい。


 衝撃で耳をふさいでいたヘッドフォンがずれてしまった。

 首にかけなおす。

 振り返ることはしなかった。


「ご、ごめ!」と背後から焦った女の声。「だいじょうぶ!?」

「いや、別にいいけど……」


 女子生徒は体制を整えるために、俺の背中に手をあてながら、こちらを窺っているようだ。

 なんだこれ。なんで背中に手を当てられてんだ俺は。気でも注入されてんだろうか。それともリア充グループにとっちゃ、服の上からの接触は、接触としてみなされないのだろうか。

 

 まあいい。ここでキレても仕方がない――俺はスマホを置いてから……あれ、スマホ、どこいった?


「……げ!?」


 スマホが地面に落ちていた。

 拾い上げると、画面が……割れている。無情にも画面の半分ほどをヒビが覆っていた。

 液晶はうつっているが、これはさすがに使えないだろう。

 『残念! 2位だ! 運の差かな!? もっかいいこうぜ!』とリザルト画面が出ているのが逆に悲しい。


 割れたスマホを、原因となった女子生徒も凝視しているようだ。

 俺は原因となった女を思わずにらんでしまう。

 同時に、ああこいつか――と思う。

 

 短いスカート、軽く気崩したシャツとネクタイ。

 かるくウェーブしたロングヘアはイチョウ色。生まれつきのものらしく、かなり明るい色だというのに校則に触れず免除されているらしい。

 大きな目に長いまつげ。化粧してんだかしらないが、肌は真っ白で、頬だけはほのかにピンク色だ。

 まるでゲーム内データみたいな女――その名は藤堂真白。

 俺のような人間でも知っている有名人。

 そして俺のような人間には縁のない、ヒエラルキーのトップに君臨する女王。


 藤堂真白は画面から目を離さずに言った。


「あ……ほ、ほんと、ごめん、どうしよ、これ……弁償するよ。データ……大丈夫かな」


 ピコンとレベルがあがった音が、いつの間にか俺達を中心にシンとなった教室に響いた。

 はれてランクがMAXに到達したらしいのだが、何も嬉しくない。


「……っち」


 散らばった思考をまとめたくて、思わず舌打ちをしてしまう。昔からのクセなのだ。

 妹や家族に「ただでさえ目つきが悪いのに、さらに悪人に見えるからやめろ」と言われている悪癖。

 ついつい出してしまった。これは感情とは無関係に出てしまうものだ。


 実際、俺はもうそこまで怒ってはいなかった。面倒くささだけを感じているほうが強かった。

 最新機種が出たというニュースを見てから、機種変を目論んでいたため、目の前で慌てている藤堂を見ていたら、もういいや機種変すれば、なんて思ってもいた。

 

「っ……ほんとごめん」


 だが、そんなことを藤堂は知らず、舌打ちは不快な気持ちの代弁となってしまった。

 レベルアップの音と、舌打ちが響いた教室内に、変な空気が流れてしまう。

 なんなら、俺が悪いような感じにもなっている。どう考えても俺のほうが被害者なのに。

 ゲームデータだって、このあとスマホが異常を起こしたら引継ぎできないかもしれないのだが、んなこといってもギャルグループの誰がこのびみょーな感じの残念さを理解してくれるというんだ。


 背後から「やば」とか、「あちゃー」とか「誰のせい、これ?」とか聞こえてくるが、ほとんどの奴らから真面目さは伝わってこない。

 結局のところ、大したことない事件だと思っているのだろう。なにせ俺はヒエラルキーの一番下の人間だから。そして奴らは上だから。だからどちらが正しいのかなんて、一瞬で決定するのだ。


 もういいさ。

 俺は分かっている。

 だから大きく深呼吸をして、何度かうなずいてみせた。


「別に気にしなくていい。じつは今日、機種変する予定だったから」

「……え? それ、ほんと……?」

「ああ、ほんと。ゲームデータも別に気にしなくていい。たいしたデータじゃないし」

「え、いや、あの……、それ、多分、……いや、そうなんだ……?」


 藤堂真白はおそらく「ランクレベルMAX」という部分だけ読んだのだろう。

 だから俺をうかがうような雰囲気を出しているに違いない。レベルとマックスの単語が意味することぐらいは分かるだろうから。


 実際はレベルマックスまで、かなりのトップ数を必要とするが、ギャルグループにシューティングゲームの説明なんてしてもわからないだろう。

 目の前で『レベルマックスおめでとう!』なんてクエスト達成報告でてたって、気にもしないだろう。

 結局、持っている価値観からして別モノだから、悲しみを共有したくたってできるわけがない。


 だから俺は言う。

 諦めて、言う。


「いや、たいしたことないからさ。マジで気にしてないでいいから」

「あ……、うん……。何かできたら、言ってね……ほんと、ごめん」


 そうして藤堂真白は自分の立つべき位置へと戻っていった。

『もう、ほんと、やめてよね』

『ごめんごめん、有名美少女の今日の下着が知りたくてさあ!』

 なんて、くだらない会話を皮切りに、教室内には平穏が戻ってきた。


 たった少しの距離なのに、確固たる別世界が広がっている。

 まるでサーバーが違うオンラインゲームのように、俺と藤堂真白の住む世界は違うのだ。


 だが、俺は様々な距離を見誤っていた。

 目の前に目標物はあったというのに――俺はそれを視認しきれなかったのだ。


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