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第1話 俺とアイツの日常風景

 昔の俺が今の光景を目にしたら、なんて答えるだろうか。


 俺は同級生と肩をならべてシューティングゲームをしている。

 最近はやりの、孤島内での生き残りをかけた撃ち合いをするってタイプのやつだ。


「……ねえ、聞いてる?」

 確かめるような声の主は、同級生の女子だ。

「なんの話だよ――って、おい、そこの拡張アイテムとらないのか?」

 俺はわざと大きめに声を出した。

「え? あ! とるとる! 欲しい!」と女の気が逸れる。


 場所は俺――黒木陽くろき・ようの部屋。

 友達のいないぼっちには、唯一といってもいい聖域だ。

 俺にとってもそうだった……はずなのだが、今では俺だけの居場所ではなくなっている。


 俺は都内の高校に通う二年生。

 実家住まいなのだが、二世帯住宅構造の家のため、両親とは別棟に住んでいる感覚である。

 実際、一階の住居部に行くには、一度外に出て外階段を下りて、一階の玄関から入らねばならないのでマンションに住んでいる感覚でもある。

 一階は父さんと母さんの住居、仕事部屋、黒木家食堂、そして生活に必要な風呂やトイレなど。

 二階は爺ちゃんが天国に行ってからというもの、俺のゲーム部屋という名の勉強部屋と、妹の茜の勉強部屋という名のゲーム配信部屋が中心だ。風呂もあるけど一階で入る。夏にシャワーを浴びたり、ゲーム中にこぼした飲み物の処理をする程度。


 基本的には両親は二階に来ないし、妹は基本的に場所の離れた部屋から出てこないので、友達のたまり場になりやすい典型的な構図なのだが、それはもちろん友達が居たらの話である。


「で、さっきの話なんだけど……ねえ、黒木、聞いてる?」

「おいそこ、トラップあるぞ」

「え? きゃあ! ちょっと! なんでもっと早く言ってくれないの!?」

「落ち着け、視覚妨害だけだろ――と、敵居た……よし、倒したぞ、クリア」

「ナ、ナイス! 焦った……」


 自分の部屋に同級生が居る光景など、少し前の俺ならば想像もしなかっただろう。

 ましてやその相手が、女――それも現役JKモデルで、学園内ヒエラルキーのトップに位置するギャルグループの中心人物の一人で、学内どころか世間からもちやほやされている有名人だなんて知ったら、何かの冗談以外考えられず、自分の頭を疑ってしまうだろう。


 それにしてもコイツ。

 わざわざマスクとサングラスで顔をガンガン隠しまくって、途中で制服から普段着に着替えてまで、うちに遊びにくるなんて、本当に同胞に飢えてんだな……。

 我が家全員がゲーマーって言ったら、まじで血の涙を流さんばかりに羨ましがってたからな……。

 

「で、さっきの話なんだけどさ」と、そいつ――藤堂真白とうどう・ましろは言った。

「来月のアプデの話か?」

「全然ちがうから! さっきの質問!」

「……なんだっけ?」

「とぼけないでよ! だから、その……わたしが、こうやって押しかけてゲームさせてもらってるの……嫌じゃないのか、ってこと……PCまで借りてさ……」

「あ、おい、敵だ。東方面に二人」

「え? あ、ほんとだ、黒木、行く? 援護するけど」

「よし、俺が援護するから、是非つっこんでくれ」

「はあ!? スナイパーライフルでどうやって突撃しろっていうの!?」

「おし、威嚇射撃完了。ほらみろ、向こうからつっこんでくるぞ。撃退して、練習の成果を見せつけてやるんだ、藤堂」

「ちょっと、ちょっと、せっかくトップとれそうな展開なのに――」


 慌ててマウスとキーボードに集中しはじめた藤堂の横顔を見て、俺は嘆息する。


 俺は嘘が嫌いだ。

 嘘を口にするくらいなら黙秘する。

 だから嫌なことがあったとしても事なかれ主義でへらへらと笑いながら付き合う、その場限りの三年間の友達なんて吐き気がする。

 昔はなんとかひきつった笑いと疲弊した心で対応していた気もするが、いまじゃあどうやって折り合いをつけていたかも思い出せない。

 俺は誰から見てもひねくれているのだろう。

 でも俺からみればそれは真っ直ぐな線なんだ。

 そういう生き方しかできないんだろうな、って自分で思うくらいには直線的なんだ。


 だから、さ。

 俺にそんな質問はやめてくれよ、藤堂。

 そんな質問をされたらこう答えるしかないじゃないか。

『俺だって悪い気分じゃない。またヒマになったら遊びにこいよな』――なんて。


 でも、そんなこと。

 口が裂けてもいえないだろう?

 だってそれは、俺にとっては曲がり道になっちまう。


 案の定というか、俺が手を止めてしまっていたせいで、スナイパーライフル好きの藤堂は倒されてしまった。


「せめてカバーぐらいしてよー! もう!」

「あ、すまん。手が止まってたな……」

「もう。ツッコめとか言ったり、そのくせカバーしなかったりさ、意味わかんないよね」

「いや、まじですまん」


 しばらくすると画面に〈三位! くやしい! もう一回チャレンジだ!〉という文字が現れた。


「ああ! もう!――ほんと、黒木って黒木!」


 藤堂はよく分からない言葉を口にしながら立ち上がる。

 キレてるときはヘッドセットをガシャンとおくクセがこいつにはあるのだが、今は丁寧に置いているので怒っているわけではないのだろう。


「のど渇いちゃった。飲み物とってくるけど、黒木は?」

「いや、いらん」

「はーい」


 勝手知ったるなんとやらといった感じでドアに手をかけて、こちらを振り返った――ようだ。俺は背中に目がついていないので、なんとなくの憶測。


「ねえ、黒木」

「あー?」

「一つ、聞いてほしい」

「あー、いや、わりいけど今はリプレイデータ見るから。あとで頼む」

「いま聞いてよ」

「とりあえず飲み物、持ってこいって」

「いま、聞いて欲しい」


 俺はさきほど撮影していたデータを確認するふりをして、ヘッドセットも取らないまま、音量をあげた。

 耳が痛いが、これだけあげれば奴も諦めるだろう。

 

 これは嘘ではない。

 逃げではあるだろうが。

 同級生とゲームで遊んでいるだけのはずなのに、俺はいっつもこいつに振り回されている気がする。最近は特にだ。


 雑誌のグラビアに写る藤堂。

 こちらに笑いかける藤堂。

 俺はそれをゲーム画面の映ったディスプレイの前で、一人眺める。

 今振り返れば、きっとそれは目の前にある。

 なのに俺の世界と奴の世界は雑誌の1ページ以上に薄く、しかし何よりも硬い透明な膜で隔絶されているのだ。


「ねえ――黒木、さ」

 

 邪な思いを土台にした作戦はすぐに崩壊した。レベルが1では魔王は倒せない。

 音量をあげたゲーム音の間隙をぬうように、藤堂の声はしっかりと俺の耳に届いてしまった。


「聞いてる、黒木? あの、わたし、ほんと……いつも、ありがとって思ってる。だから明日も、来て、いいよね……?」

「……おう、気にすんな」

「あ……、うん! ありがと!」


 いけない。思わず反応してしまった。

 やけに幼く聞こえる声で藤堂が頷いたようだが、その後すぐに投げモノアイテムの爆発音で全ての音が消えた。

 どうやら後ろにまだ藤堂が立っているような気配もするのだが、今、振り返ることはやめよう。なんていうか、アイツの表情を見るのが少し怖い。

 ……なんなんだこれは。重症か。


 自分以外の他人が好き勝手、聖域の中を歩いているんだぞ?――ボッチはボッチらしく嫌気を感じればいいのに。

 でも困ったことに、俺は嫌気なんて全く感じていないのだ。


   ◇


 さて、これから話す物語は、俺には関係がないだろうと信じ込んでいた同級生の女とのちょっとしたあれこれだ。


 ネットとゲームだけが友達であったはずの俺と。

 ゲームをしたいのにできない環境であったはずの女の。


 ――うん。きっとリア充からしたら、大したことなんてねーと笑われる程度の、ちょっとした話なんだろう。


 もし、よければ聞いてくれ。

 あれはそう、なんでもない一日から始まった。


 少なくともその時点では、俺とアイツは友達じゃなかった。




【ひとこと】

これから始まる二人の物語を、よろしくお願いいたします。


【おしらせ】

もしよろしければ【↓】の評価欄から、2pt~10ptの評価をつけていただけると嬉しいです。

このポイントは自作品の比較でとても役立ちます。

さらに、つまらなくなったら「再評価」(5ptだったものを3ptに付け直す)などもできる?はずです。

これをしていただけると色々と展開の良しあしがわかります。

皆さんと作り上げていけたら良いと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。

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