6話
不気味な沈黙を保ってこちらに相対速度10km毎秒程度で近づいてくる敵部隊、どんどん大きくなってくるその艦影はよく知った形をしていた。
『敵の構成はレイノルズ級2にフレイリー級1、クラマ級9か、巡洋艦は厄介だな……。ネモ、どこまで受け持てる?』
「巡洋艦3隻位なら行けます。それと、遊撃の許可を」
敵は斜め右からすれ違うようにやって来ている。即席の連携をするくらいなら左手から廻りこみ、先制の十字砲火をかましてやろうと思うのだ。
『いいだろう。どう動く?』
「左手から廻りこみ主砲でフレイリー級を撃ち抜きます。その後は抜けてチクチクと」
『行けるのか?……行けそうだな、聞いたかお前ら!愚図愚図してると全部持ってかれちまうぞ、1対2くらい何てことねえ、クラマ級と当ったやつは速攻でつぶせ!パターンCだ!』
『『『おう!』』』
パターンCは機動戦闘、やや広めの間隔を取り船団全体で機動戦闘を行う一撃離脱だ。彼らの練度なら並の相手ならば確かに倍の数もなんということもないだろう。とするとこちらに求められるのは彼らが離脱にかかる際の嫌がらせか。
《左から敵真横に10kで殴りこむ》
《了解です》
速度は落とさず右と前のスラスターを1秒噴射、同時に座面が回転し加速度が足方向へかかるように向きを変える。人が大地を離れられなかった時代からずっと続く自然の合理性により、人体が最も加速度に強いのは下方向であるからだ。慣性緩和100倍の条件下では改造人間たる俺でも限界に近い12km毎秒毎秒の加速度により、全身の骨がギシギシと軋み血流が足へと向かう。継続すれば酸欠で気絶するであろう超加速度を抜ければ、敵船団に対し左方向に約10km毎秒の速度を持つように。ここから姿勢を微調整しながら左スラスターで2km毎秒毎秒の加速度をかけ続け半円形で廻りこめば、15秒で敵真横である。
後方にはややゆっくりと制動をかけ相対速度を落とした護衛船団、彼らは敵船団へ相対速度3km毎秒程度まで落としていた。まあ確かに10km毎秒での戦闘機動は統括AIの機動予測に頼る彼らでは無理があるだろう。相手も制動を掛けているようでこちらの相対速度もやや落ちているが、敵との衝突は此方の方が先になりそうだ。
「一番槍、もらいます……!」
《主砲発射用意、補助コンデンサから300テラジュールまで供給で》
《了解、主砲チャージ開始、偏光場セット》
フレイリー級のエーテルリアクターの標準出力は100ギガワット程度、電磁拡散シールド備え付けのコンデンサがフルチャージされていてもシールドは数テラワット程度の負荷で音をあげる紙装甲だ。即ち此方の主砲を直撃させれば抵抗の余地なく即死、もちろんかすっただけで拡散シールドは吹っ飛んで無防備になってしまう。陣形を見たところ旗艦ではなさそうだし、ついでにクラマ級を2隻くらい打ち抜いてやろうか。
《進路修正、回転半径を40kに》
《了解》
左スラスターの出力を強める。このまま回れば相手の10km程度手前を横切る形になるが、直線距離35km程度のところで相手船団の脇腹を捕らえ、直進に切り替える。さあどうする、こちらの主砲は貴様らを捕らえたぞ――?
《右1、……左1.5、左1、撃て!》
焦ったのか急加速と急減速で逃れようとする相手フレイリー級だが、逃がさない。フェイントを交えて誘導し、クラマ級の1隻と射線が重なる瞬間に発砲。光速で突き進む超高エネルギーのレーザーは2隻の敵船を撃ち抜き、内部のエーテルを起爆。
《2隻の撃墜を確認、おめでとうございます。しかしレイノルズ級より先にフレイリー級が沈むのは納得いきません》
《……良いじゃないか、レイノルズ級よりフレイリー級の方が脅威だって証拠だと思えよ》
《なるほど、おっしゃる通りですね、よい判断です》
こんな時までいつも通りのヴェルヌに呆れ半分、尊敬半分。しかし相手は秒速10kmで突き進むこちらにようやく機動予測が合ったのか、レイノルズ級主砲を中心に此方へと弾幕を張ってくる。限界まで加速した思考で弾道予測線をリアルタイムに確認、回避機動をとる。相手はやはりAIの限界か射線が素直で読みやすく、フェイントで一気に釣ることが出来てしまう。もともと少数対少数の機動戦闘は操縦者とAIの実力が諸に出てしまうもの、記憶のみとはいえエースを受け継ぐこの俺と、かつてのU.S.O.F撃墜王の管制AIを務めたヴェルヌのコンビを超える敵などまず居はしまい。
《敵レイノルズ級の後ろを抜けるぞ、左一杯!》
《了解、右スラスター最大出力》
敵船団は目と鼻の先、船団手前のクラマ級までわずか距離1kmまで迫ったところで全力で左へ進路をずらす。機体の出せる限界の向心加速度である14km毎秒毎秒に慣性緩和を最大までかけても意識が一瞬抜け落ちる。
《抜けました!次は!?》
《そのまま左旋回、後ろに回り込む!》
以前俺を寝かしつけたあれと同様にヴェルヌがニューロンに干渉し、血液不足への防衛反応で止まっていた思考を無理やり動き出させる。ATPもヘモグロビンも供給が止まってしまったが、それらを毛細血管内部にわずかに残る血液から絞り出して指示を出す。俺が意識を飛ばしてもヴェルヌがいいようにしてくれると、そう信じて取るべき経路を思い浮かべる。。
朦朧とした意識が次に己を取り戻したときはすでに敵船団を離れ旋回中、距離も5kmは離れた時だった。
《状況は!?》
《被弾1、損傷は軽微です》
後ろから2kmほど離れたところで追ってくるレイノルズ級とクラマ級1隻ずつ、脳に流し込まれる情報を読み取ればレイノルズ級の光線系の主砲が掠り、電磁拡散シールドの出力がガタ落ちしているようだ。被害は至近距離を抜けたレーザーからの熱輻射により機体右側がかなり熱をもっていることくらいか。右の副砲は使わないほうが良いかもしれない、熱で砲身がゆがんで暴発でもされたら大惨事だ。しかし先の砲撃で主砲も回路が焼け付き、しばらくは撃てはしない。ならば大回りして冷却時間を稼ごうか。
「いや、そんな逃げ腰かっこ悪いよな……!」
そうだ、副砲はまだ2門ある、シールド用コンデンサも貯蓄エネルギーは回復しつつある。たかがレイノルズ級にクラマ級1隻ずつくらい蹴散らせなくて、この先やっていけるもんか。今の俺にあるのはちょっと優れた操縦能力と、そして最高の相棒だけなんだから……!
《制動かけて後ろに、右フェイントで左から廻りこむ!》
《了解、エースたるものそうでないと》
《……流石にまだ荷が重いかな》
前スラスターと左スラスターを前部のみ噴射、モーメントを得て角度を変える。それを見た敵クラマ級は即座に右へと追従の様子を見せるが、レイノルズ級は誘いに乗らずやや速度を落とす。
《良し、下がるぞ!副砲2門発射準備、充填率100%、砲種徹甲弾に榴弾!》
《了解しました、装填します》
それを確認し即座に急制動、座椅子が急速回転し向きが変わるとともに一気に速度が落ちる。ブラックアウトすれすれの加速度にプチプチと毛細血管が破裂する音を幻聴するが、無視。1秒弱で相手の後ろに回り込むと同時にスラスターで偶力を発生させ向きを調整、クラマ級に狙いを定める。
《装填完了しました》
《撃て!》
フェイントに引っかかったが故に機動予測に混乱が生じ、わずかな間とはいえ惰性で動いてしまったクラマ級。砲口の向く先に収めるのは容易なこと、そしてフレイリー級の副砲は最大出力で速度にして1000km毎秒、最大加速度で回避に動いてもこの距離なら間に合わない!
《クラマ級撃破確認しました》
フレイリー級の副砲は1000km毎秒の速度での射出のために30mもの砲身を持ち、重量にして120kgの徹甲弾の射出時には慣性緩和必須、それでも不足する圧縮強度を補うために高価な単結晶処理超硬チタン-マルエージング鋼配合材に合成ダイヤモンド骨格を組み込み何とか射出時の圧を受け止める。フル充填した活性エーテル炸薬の炸裂時に砲弾にかかる最大瞬間圧力はなんと100GPa、バカげている数字だ。
その運動エネルギーもまた数値にして60テラジュールに相当し、クラマ級やフレイリー級程度の斥力場シールド径50mで受け止めるならば瞬間負荷は砲弾が止まるまで平均600エクサワット、ヒッグス場干渉による慣性緩和を最大まで掛けてやっと6エクサワットだ。100マイクロ秒の刹那の間とはいえ当然ながらシールドが焼き切れてしまう一撃必殺の威力はどう見てもやりすぎな副砲だ。大体戦艦主砲クラスの砲を積む軽巡洋艦なんてこいつ位である。
そんな徹甲弾に榴弾を刹那の間隔で喰らったクラマ級は当然のごとく大破、一撃目は斥力場内部で負荷に耐え切れず破裂、2撃目は船体前部に直撃してそのまま爆発し、大穴を開けた。運が良いのかクラマ級はエーテル炉にはあまりダメージが行かず、惰性のままにふらふらと離れていった。もちろん、乗員は死亡しているだろうが。
そして残念なことに砲門はすべて死亡、あと10秒くらいは砲撃が出来なくなった。
そう、そうなのだ。主砲1門、副砲3門。バカみたいな超火力を放つ4つの砲門があって、それだけ。打ち切ると冷却に再充填が済むまでは体当たりくらいしか攻撃手段がなくなるのだ。バカじゃないのか。昔の個人戦・機動戦の時代であればまあよかったのだが、現代の戦場は集団戦が基本である。正直、継戦能力に難があるとしか言いようがない。
というわけで仲間を3隻も落とされて怒りに燃えるレイノルズ級の追撃をかわしつつ、冷却が終わるころにこちらの護衛船団と闘っているだろう敵船団に突っ込めるように大回りしようと思う。
《回避機動を取りながら敵後背に回り込むよ、回転半径は50kで》
《そうなりますよね……冷却に全力を注ぎます》
《よろしく》
後方を見遣る。敵残存戦力は此方を追撃するレイノルズ級1、そして護衛船団と闘っているのがレイノルズ級1、クラマ級が5、いや今4になった。あちらも好調に敵を倒しているようで何よりだ。一撃離脱をとるのかと思えば船団を2つに分け、1番・2番艦が左手から、3~5番艦が右手から相手を交互に攻撃し、翻弄している。特に1番艦はさすがの動きで、何度か敵船団の中に突入すらしている。……大丈夫なのだろうか、彼女が落とされると割と問題なのではなかろうか。
《一応聞くけど、砲身がダメになってもいいから最速で撃ちたいって言ったら次撃つのにどのくらいかかる?》
《……お転婆お嬢様ですね。一応主砲の出力を100テラワットで行くならもう撃てますよ、後で総とっかえですけどね》
《んじゃ、後ろのを何とかしてあっちに向かおうか》
流石に危なっかしい。いくら何でも駆逐艦に乗り込んで戦地に突っ込むのはやり過ぎだろうし、戦況は優勢で無理にリスクを背負い込む必要もない。
《進路変更、加速して急速旋回。最速で突っ込む》
機体に制動をかけ、半径5km程度でターン。加速度も限界すれすれ、此方を追うレイノルズ級の横をすり抜けるようにして敵船団左の脇腹へと向かう。杞憂であればよい。が、万が一でも撃墜されたくはないはず、場合によってはでっかい恩が売れることだろう。
再び1番艦が敵船団に突っ込もうとする。毎度の如くフォローするように2番艦が後を追っているがやや離れ気味、クラマ級がまた1隻落とされてはいるが……逸ったか?更に位置が悪い、旗艦らしきレイノルズ級のやや上を至近距離で斜めに横切るような進路である。予想される接敵点では射線がクラマ級にかぶるし、高出力の砲を撃てばレイノルズ級自身にも被害が及ぶだろうと見込んだのだろうが、甘い。敵レイノルズ級は船首をやや上に向け、クラマ級は減速し進路をふさぎにかかる……間違いなく撃ちに行く気だ!
《偏光場セット用意、出力下げていいから最速で撃って!》
《正面の敵レイノルズ級に偏光場を確認、主砲ですね》
《ああもうやっぱり!》
即座に船首をやや傾け、正面のレイノルズ級の船首へと狙いを定め、砲撃。出力100テラワットのガンマ線パルスレーザーは砲撃のために活性化したパルスジェネレータに直撃、熱暴走により偏光場も掻き散らした。
こちらも無事にクラマ級を処理した1番艦にちょっとした嫌味を送る。
《通信、貸し1と伝えて》
《やっておきます……背後レイノルズ級主砲に感有り、実体と光線双方です》
《うっわ一難去ってまた一難!》
左手を通過しようとする1番艦に万一にも砲撃が及ばないようにしたいところ、特にアルファ線超高収束砲のビームがあちらに向かないようにするには……
《左に船首をを向けてフェイント、回転しながらバック!》
そろそろ見破ってくるだろうフェイント、あえて動きは此処までと同じに。相手は何度か見せた動きに今度こそはと射角を右に変更した。それを確認し即座に急制動で後退、ここでまさかの体当たりだ!
《斥力場シールド出力最大、範囲を10mに絞って!後は頼む!》
《体当たりですか、はは!最高です!》
このレイノルズ級もそれなりの練度があるのだろう、動きからすれば機動予測は0.5秒か。だが、その対応のための0.5秒の間にも、こちらの最大急制動は2km以上下がりきるぞ!
《衝撃に備えてください!》
凄まじい重圧、そして衝突の瞬間に慣性緩和が切られ、相手を弾き飛ばす。衝撃に悲鳴を上げる内臓に脳、視界が黒く、暗闇に覆われていくような感覚。
《よろしく……》
《任されました》
ちょっと無茶しすぎた、かな……