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母を求めて3000年  作者: 三木叶
1章
7/14

4話

「このご時世宙賊が本当に多いのよね、んで丁度大きい依頼と重なっちゃって動かせる護衛船が足りなかったのよ」


 ヤマトさんが前置きを語り始める。てっきり単刀直入に本題を話して来るタイプだと思っていたけれど、そうではないのか。


「クインリッジまであと1週間、それまでの護衛がハヤテ級5隻じゃちょっと心許ないのよね。なので依頼はクインリッジまでの護衛」

「……」


 本題は割と予想外の内容であった。そもそも護衛を雇うにしてもなぜここで?それにどう考えても護衛としての信用を得られているとは思えないのだが。


「報酬は、そうね、クインリッジまでの燃料弾薬その他消耗品、それから50万クランに働きに応じて色を付けるわ。それから、」


 一息入れて、溜める。何がその鮮やかな唇から飛び出してくるのだろうか。気付かぬ間に彼女に俺の視線は吸い寄せられていた。


「クインリッジ出生の戸籍、なんてどうかしら」

「っ!」


 まさかこちらの素性に気付かれている!?

 いや、深いところまでは気付いていない、はず。


「ふふ」

「……私を、選んだ理由は?『素性も知れない』怪しげな人間、どう考えても護衛には不適でしょう」


 此方が正式な戸籍を持たないことを暗に肯定する。とりあえずこの依頼断ることはほぼ不可能だ、ならばできる限り情報を引き出すしかない。

 開き直ってお茶を啜る。香りから察する通り、素晴らしい風味だ。渋み成分カテキンと旨味成分テアニンの織りなす絶妙な香りの螺旋が舌の上で踊り、それを柑橘系特有のスッとした酸味が洗い流して後に引かせない。これならば茶菓子などいらない、それ1つで完結した茶の美味しさの究極系とすら思わせる。冷めてやや温くなったものでこれなのだから淹れたてはさぞ素晴らしい味だったことだろう。


《ヴェルヌ》

《あー、だいぶヤバそうですよこれ。結構偽装が深いところまで行ってます。護衛船団をブラックキャット商会が身元保証してて、つまり識別信号が照合できないんです。で、クオンタムシティからガーライアの間で『駅』が一つあるんですが、どうも寄ってないんですよねそこに。しかも直で移動したとするにしても1日余計にかかってますから、つまりどっかに寄り道してそうなんですよね》

《なるほど》


 あやしい。実に怪しい。しかしこれを追求するのが良策となるかはまた別の話だ。そして、俺はこのヴェルヌのクラッキング能力を悟られるのはかなり好ましくないと考える。余計な追及はせず、戸籍だけもらってさようならするのが上策だろう。好奇心ネコをも殺すとはよく言ったものである。


《ごめん、聞いておきたいんだがヴェルヌのクラッキング能力ってどのくらい知られていると思う?》

《まあここのセキュリティを見ても知られてないでしょう、というか私とてサー・ウェリントンとあなた以外に伝えたことはありませんし》

《そっか、光栄だな》

《ええ、感動にむせび泣くことを許可しましょう》


 それは遠慮させてもらおう。

 しかし本当にヴェルヌは心強い、彼女に頼りっきりな気がしてならないな。今回の仕事の報酬はノーチラスの整備にでも費やそうか。


「紅茶、気に入っていただけたようで何より。『自然公園』ミシガンから直接取り寄せたアールグレイのレモンティーよ」

「それはそれは、猫舌なのが申し訳なくなります」

「……そうね、あなたを選んだ理由だけれど、まず腕ね」

「腕?」

「あれだけスムーズに横着けするのはうちの若手じゃ無理よ。しかも1m着けとか、もうベテラン並ね。船に乗ってから日が浅いのにこれというのは相当な才能よ」

「……管制AIが優秀だっただけですよ」

「謙遜はいいわ、管制AI任せならあんな無茶しないで10mは離して着けるもの。マニュアルじゃなきゃあんなことできないわ」


 正直うちのヴェルヌなら愉快犯でやりかねないんです……。

 いえ、何かごめんなさい。


「次に、立場ね」

「というと?」

「才能ある若手が他所の紐もなく、おまけに戸籍すらないと来た。態度を見れば他所から送り込まれた産業スパイかそうでないかくらいわかるわ、あなたは真っ白ね」


 いや、扱いとしては思いっきり軍の所属だったんですが……。

 まあ今はフリーランスだし、間違ってはいないのか?


「率直に言うならクインリッジの戸籍を用意して渡りをつけたかったのよ。出来ることなら入社してほしいわね、つまり囲い込みよ」

「なるほど」


 まあ、納得のできる理由である。腕の件も確かにこちらは撃墜王たちの記憶を引き継いでいるのだから当然のことだし、となればスカウトしたいのもよく分かる。


「最後に、私的な理由だけれど」


 しかし、理由はそれだけか?それに、なぜここまで来てから護衛を雇おうとしたのかも分からない。戦力が足りていないなら始めから雇うべきだろう。

 ひとつわかるのは、どうも護衛の身元を気にしているだろうということ。つまり宙賊などではない、明確な仮想敵がいるということだ。


「私、ウェリントン騎士爵のファンなのよ」

《ネモさんこの人いい人ですね、一緒に何としてでも守り抜きましょう!》


 一気に緊張感が抜け落ちた。


《おいこら、情報収集はどうした》

《そっちもひと段落つきました。今回どうも大発見、クインリッジとグウェン系列B星域のヴァルキリアスを結ぶ黒点を見つけちゃったみたいで》

《嘘だろ!?系列間を結ぶ黒点なんて民間初発見じゃないか!》

《それがどうも本当っぽいんですよ。1月前からブラックキャット商会が他系列まで運送先を受け付けるようになってるんです。で、6日前に輸送船団がクローヴィッツに運送に行っているんですがどうも身内の依頼で日数的にも寄り道しているらしいと来た、おまけにこいつも『駅』には寄らないし黒点でも身元保証で識別信号をパスしてるんですよ》

《識別信号は出ていない、つまり途中で船が入れ替わっていても気付かない……》

《で、結構苦労したんですが2月前所属不明のハヤテ級の不時着がお隣のヴァルキリアスで目撃されてるみたいです。裏市場での取引だったので探るのに苦労しましたが、ビンゴでしょう。ついでにここ2月ほどレオナさんの明確な目撃情報はありません。内勤ということになってますがね》


 うわご自分でのご発見とか、アグレッシブな……。


《恐らく地元のクインリッジで所有権の登録を行うんでしょうが、あまり公にしたくないんでしょうね。念のためなのかクインリッジに向かう商船の数がすごいことになってます》

《まあかなりあちこちの利権が絡んでくるし、それはそうか》

《流石に主星を経由せずに系列をまたぐ黒点ともなると中央政府もいい顔をしないでしょうから、下手な場所で申請すると横槍を入れられてもおかしくないんでしょうね》


 なるほどな……。いや、スケールの大きい話だ。


《ただリスクはそんなに大きくなさそうですね。かなりの船団がクインリッジに向かってますし、そう簡単に探れるものではなさそうです。この黒点発見で割を食いそうなP.A.Lユニオンにはご長兄が直々に赴いて牽制してるっぽいですしね》


 了解、ありがとう。そうなるとまあ様子見の妨害位か?あとは精々宙賊だけだろう。まあ何とかなりそうだ。


「さて、どうかしら?できれば引き受けてもらいたいのだけれど」

「ええ、ぜひとも引き受けさせていただきます」


 たぶん引き受けなければ殺されていただろうしね。テッセンさんの筋肉が緊張で張っているのを感じるよ。


「ではテッセン、打ち合わせをして置きなさい。私はヴェルヌだったかしら?彼女に話を聞きに行ってくるわ」

「は。ほどほどにお願いします」


 ヤマトさんが立ち上がり、テッセンさんがドアを開ける。彼女はそのまま振り返ることなく早足で出て行った。


「では細かい話を詰めよう。報酬は先に提示されていた通りでいいな?」

「はい」

「よろしい。では次に護衛における配置だが、フレイリー級は機動力に優れる、此方の船団の先導を頼む。もし戦闘になったら遊撃として敵の殲滅を念頭に行動してくれ。連携をとるのは難しいだろうから此方の邪魔をしないでもらえればいい。あとはそちらの管制AIに任せよう。それと120GHz帯を此方との通信用に常時開放しておいてくれ。暗号キーと復号キーは後程送る」

「分かりました。それからエーテルと推進剤の支給と、あれば50㎝径用の榴弾をお願いしたく」

「支給しておこう。整備の道具などはいるか?」

「いえ、簡易なもので十分かと思われますので船内備え付けのもので十分です」

「そうか。では、お互い最善を尽くそう」

「……そうですね、ありがとうございます」


 話はこれで終わりのようだ。退出を促され、席を立つ。


「ああそうだ、一応のことだがお嬢様がここにいることは吹聴するな。ああ見えて敵も多い方だからな」


 軽い調子で告げられた一言、しかし彼にとって今日一番大事なことだろうな。


「ええ、もちろん」


 あなた方を敵に回すつもりはありませんよ。

 ……そういえば、ヴェルヌが欲しいとは来なかったな。自信満々に用件を予想しといてあれだ、ちょっと恥ずかしい。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆




「テッセン、どう見る?」

「間違いなく何かありますな。頭も切れるようですがそれだけでは説明がつかない」

「ハチの巣で反応したわ。銃口もかなり気付かれていたようね」

「……申し訳ありません」

「従軍経験のある年には見えない、でもスラングは通じる。大体あの辺りに標準航路から離れた住惑星なんて見つかっていないわ」

「逃亡移民ということでしょうが……」

「そう、それが一番ありそうな線よね。国軍系の逃亡移民、でもそれにしたってね……。いっその事ウェリントン騎士爵の隠し子説とかどうかしら?」

「それは、流石に……」

「まあいいわ。訳ありだろうと何だろうと、取り合えず使えそうなのは間違いないし。首輪をつけて飼いならしてしまえばいいだけよ。……それより、本部からの連絡は」

「いえ、ございません」

「ったく、なんのために上の兄をP.A.Lユニオンに送り込んだんだか。この申請が通れば系列間輸送にも一気に食い込めるんだから、もっとしっかりやってもらわないと」




 ◆◆◆◆◆◆◆◆




 燃料として不活性エーテルを12トン、推進剤を500トン、副砲用に榴弾4つと通常弾12を要求し、持ってきてもらう。それを待つ間に手元の小型端末越しにヴェルヌから教わって点検と整備を行う。不便なことに受け継がれた記憶には航海中の操縦の様子しか残っていないのだ。


《まず初めに船体に超低音波振動を与えて、骨格の応力異常がないかを確認します。といっても異常があったところで何ができるかというとあれですが》

「交換できる部品がないってことか?」

《そうです。ですから致命的なトラブルがないかを確認するだけですね。……では許可をお願いします》

「はいよ」


 船体全体に正弦波を与えると、骨格や装甲のあちこちに張り付けられている圧電素子がその場所の歪みを検出する。亀裂が走っていたり、歪んで残留応力が生じていたりするとその場所周辺の歪みが異常値を指し示すため、手っ取り早く骨格のダメージを確認するにはこれが一番なのだ。ただし船内に余計なものがあるとそこ由来の振動のずれが生じるので、出来る限りそうしたものを運び出しておく必要がある。もちろん人間も然りだ。


《あー、やっぱりあちこち微妙にガタが来てますね。一応亀裂っぽい応力集中は見られませんが、結構歪んでますよこれ》

「航行に支障は?」

《センチメートルオーダーの精密制御ではちょっと悪影響が。ただまあ応力分布のデータ取れましたんで通常航行には問題なしですね》

「戦闘時には問題があると?」

《いやこの程度なら無きに等しいと思います。位置収束が数十μ秒遅れるくらいですね》

「まあそのオーダーならいいか……」


 まあここに来るまでにそこそこ無茶させてしまったのだし、仕方ないだろう。


《応急処置は飛ばして、動力炉周辺の確認ですね》

「うっす」


 ノーチラスに乗り込み、動力室へと移動。エーテルリアクターの様子と、各種配管の圧力漏れに動力回路の絶縁破壊辺りを注意して見るように言われている。

 初めて入ったノーチラスの動力室の中はやや熱気がこもっているように感じた。上半分が覗く巨大な円筒の側面についた小さな耐熱ガラスの窓から見えるのは巨大なタービン、そしてその周辺を覆う大量の熱交換器。窓横のハッチを開けて中の臭いを確認する。


《取りあえず焦げ臭かったら絶縁破壊を、ガスくさかったら配管圧力漏れを疑ってください。まあ計器は異常を指していなかったんで大丈夫だとは思いますが》

「ん、異臭はないぞ」

《分かりました。ではリアクター起動許可を》

「はいよ」


 ハッチを閉じて、窓にシャッターを下ろす。塩化した低次フラーレン内部に反塩素を捕獲させ反物質を安定化して保存することで作られるこのエーテルという物質は、7%という高い質量エネルギー変換効率にかなりの安定性、そして波長112nmの紫外線を照射することで活性化し高い反応性を示すようになる使いやすさでエネルギー業界に革命を起こした。そのありえないエネルギー密度故に炉を動かすと瞬時に内部は人が耐えられる温度ではなくなるため、この半径4mの横長の円筒の体積にして3割は断熱の為だけに用意されている耐熱殻である。ちなみに6割は熱交換器であり、わずか1割がタービンだ。


「大丈夫、起動していいよ」


 一瞬の暖機運転でタービン内圧を10MPaに加圧、それから温度を徐々に上げていく。周囲に異臭は感じられず、タービン内部の高熱もこちらまで漏れてきてはいないようだ。


《出力安定、内部圧力10MPa定常、電圧降下正常》


 どうやら問題はないようだ。ありがたい。


《リアクター停止します。次に行きましょう》

「次は?」

《そうですね、運び出した荷物を運びこみましょうか。点検はこんなものでよいかと》

「うへぇ」


 結構面倒くさいんだが。


「すいません、支給品の用意ができましたのでご確認ください!」


 消耗品各種が届いたようで、作業服を着た青年から声を掛けられた。彼の後ろのトレーラーにのって運び込まれてきたのは50㎝径の砲弾、かなりの数だ。


「此方50㎝径榴弾4、徹甲弾12です。赤色が榴弾、黒が徹甲弾ですね。それからエーテルと推進剤は此方のノズルより供給いたしますので、給油ハッチの解放をお願いします」

「ありがとうございます、数量確認しました。……ヴェルヌ、頼んだ」

《はいはい》


 船体後方の側面下辺りの装甲が1枚ゆっくりとスライド、大きさ縦横4m、厚さ5㎝の装甲板が外れたその下には直径10㎝程度の穴が1つ、そして直径50㎝程度の穴がもう1つあった。そしてそこへと天井より大小2本のパイプノズルが伸びてくる。


「では給油を行います」


 作業員の青年が手元のタブレット端末をなにやら操作すると、さらさらとエーテルと推進剤が流し込まれていく。


「推進剤はゲージ圧1万Paで注入していますので10分程度かかります。その間に砲弾を運び込みますのでご案内お願いいたします」

「こちらで運びますので大丈夫です」


 考えすぎかもしれないがあまり中に人を入れたくはない。それと、向こうもプロだろうがこちらも副砲の弾丸の扱いに慣れておきたい。発射時の超圧力に耐えるため要求される超強度は代わりに破壊靭性を犠牲にし、ほんのわずかな傷でさえ発射時に砲弾を自壊させるのだ。


「分かりました。では運び終わったら台車をお返しください」

「あ、いえ人力で運びますので」

「は?しかし1つ辺り120kgありますよ?」

「問題ありません」


 こう見えて改造人間なので、100kgくらいならそう苦労せずに持ち上げられるのだ。


「この通り」

「……まじか」


 度肝を抜かれ開いた口が塞がらないといった表情の作業員を尻目に、こっそりどや顔をしてから弾薬庫へと丁寧に砲弾を運んでいく。

 うむ、満足じゃ。

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