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母を求めて3000年  作者: 三木叶
1章
6/14

3話

「……お見苦しいところをお見せしました、先ほども申し上げましたがネモと申します、えっとなんとお呼びすれば?」


 此方でワタワタしている間待っていてくれた先方の893さんに謝罪をする。取りあえず攻撃される展開ではなさそうだ。


『む、私はテッセンと言う。それで君たちが宙賊からその船を奪い取ったというのは本当かね?』

「えっと、はい。僕の住んでいた星に降りてきたので、不意打ちしてこの船を。此方が管制AIのヴェルヌで、どうもそいつらにかなり不満があったようで協力いただけて、頭領含め4隻を撃墜しました」

『……ほう、頭領が載っていた船は?』

「レイノルズ級でしたね、斥力場シールドに大気を抱え込んでガンマ線パルスレーザーを屈折させて直撃させました」

『……ふむ』


 どうだろうか。嘘はついていないが、まあ信じがたいかな?


《僕、僕って、ふふ》

《……ブラックキャット商会って、結構力ある感じ?あの星のこととか言って大丈夫?》

《ふくく……最近勢いのある中堅どころの地方商会といった感じですね、E星域の住惑星間輸送業ではシェア3割くらいを占めてます。正直この辺の黒点もよく知ってるでしょうし誤魔化すのは大変かと》

《……とりあえず有用な情報に免じて笑ってるのは許してやる》

《……ぷふっ》


 いい加減笑うのをやめないか。

 と、テッセンさんのもとに1人の茶髪の優男が入ってくる。


『ヒューズ』

『あいあい、調べはつきました。どうもあの船AIは軍からの払い下げらしいですね、それもあの『カゲロウ』ことウェリントン騎士爵が現役で乗ってた船の管制AIだったとか。んでいくつかの会社の間を転々として昨年宙賊団『猩々』に鹵獲されたとか』

『……間違っていないか?』


 横のヴェルヌを見る。ようやく落ち着いたらしい彼女は、凛とした雰囲気で顔を引き締め、口を開く。思わず見とれてしまいそうになる美しい横顔に、頼りになりそうな気配を醸し出して、


《はい、そうです。……ぶふっ》


 此方をちらと見て噴き出した。頼れる気配は気の所為だったようだ。笑いをこらえているからか余計なことを口にしなかったのは僥倖か。


「……いい加減に笑い止んでくれないか」

《ふふっ、ええ、そうですね、善処します……くふっ》


 話をはぐらかす時のお役人じゃないんだから。というかいくらなんでも笑いすぎだろう、そんなにツボったのか。


『あー、分かった。どうも嘘ではなさそうだが、こちらとしても立場がある。この先の『駅』までの同行は許可するが、同行する場合船首をこちらに向けないこと。向けた場合は敵対行動とみなし即座に射撃する』

「分かりました」

『……そうだな、それと次の『駅』でより詳しく話を聞かせてもらいたい、もちろん多少の謝礼も出す』

「是非。ところでそれは此処で通信では問題ですか?」

『いや、できれば向こうで頼みたい』

「分かりました」


 謝礼とはありがたい、現状一文無しだからな。


『では、『駅』で』

「はい、また」


 通信が切れ、スクリーンに再び外の景色が映る。周囲を包囲していたハヤテ級5隻は包囲を解くと1隻を除いてコウノトリ級の護衛に戻ったようだ。突出した1隻は此方の後ろにつけ、主砲をこちらに向けている。陣形組み換えの速さ・スムーズさを見るにどうもかなり練度は高そうだ。

 さて、今のうちに聞かれそうなことへの返答を用意しておこう。


《随分と、また下手に出ていましたね。話しながらもペコペコと……ふふ》


 いい加減落ち着け。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆




《まもなく到着ですね》


 巨大な球体がゆっくりと近づいてくる。その大きさは直径10kmほど、そしてその周辺には小型の輸送船が何隻も係留されている。

 このクインリッジ10支腕航路における2番目の『駅』は中型の施設であり、内部にはエーテル補給施設と小規模な娯楽施設くらいしかなく、常駐の職員も存在しない。しかしそれでも船内にそういった娯楽目的の設備を持たない、特に大きな運動スペースを持たない船にとっては非常にありがたいものである。

 どうやらブラックキャット商会は専用のドッグを持っているらしく、『駅』内部にそのまま入っていくようだ。


《コウノトリ級から通信です》

「?分かった、受ける」


『駅』に横付けし、係留用の触手じみたボーディングブリッジへと係留信号を送ろうとしたところで、テッセンさんから通信要請が入った。


「長旅お疲れ様です、如何様なご用でしょうか?」

『ああ、ありがとう。要件だが、こちらのドッグを使用するか?此方が話を聞かせてもらう訳だしな。君の話からすると公的な所有者登録はまだだろう?窃盗のリスクも気にしたほうが良いのではないかと思ってね』

「……そうですね、少々お待ちください」


 確かに公式な所有者登録はまだだ、となるとこの船を盗まれても公的機関は動いてはくれないだろう。しかし気になる。


《ヴェルヌ、どう思う?どうも待遇が良すぎるような気がするんだが》

《そうですね、まあこれは受けても大丈夫でしょう。ただ整備とかの申し出は断って下さい》

《まあそんなところだよな》


『駅』のスペースは有限だ、内部に自社専用のドッグを持っているということは『駅』を運営している運輸省に強いコネがあるか、単純にかなりのお金を積んだかのどちらかだ。そしてそうまでして手に入れたドッグを他人に使わせるというのは、何かしらの見返りを期待しているに違いない。

 思わず呟きが漏れる。


「……この船は手放したくないんだが」


 そう、恐らくはヴェルヌの積んだ経験を当てにしてこの船を買い取ろうという申し出が来るのだろう。余計な口をはさんでくるしちょくちょく腹立たしいが間違いなく管制AIとしては世界最高峰だ、運輸業においてこうまで管制能力の高いAIは喉から手が出るほど欲しいに違いない。


《ふふふ、安心してください、取りあえず私に鞍替えする意思はありませんよ今のところ。あなたの能力は多少は認めていますし、鈍足な輸送船如きの管制なんぞ此方からごめんこうむります。……ふふ》

「っ」


 畜生そうだよな、聞こえてるよな!クッソ恥ずかしい、顔から火が出るようだ。


《いや、しかし私を手放したくない、ですかそうですか。ええ、ええ分かりますとも、この私ほど優れたAIなどこの世に存在いたしませんからね、当然のことです。普段私に文句を付けていたのは照れ隠しだったのですね、可愛らしい》

《いやそれは本音だが》

《またまた御冗談を、分かってますから》


 教訓、調子に乗っているヴェルヌはいつもの3割増しで鬱陶しい。


「分かりました、ではお世話になります」

『ああ、何だったら整備も請け負うが?』

「いえ、それは此方でやりますので」

『ふむ、相分かった。では本船について来てくれ』


 さてはて、鬼が出るか蛇が出るか。

 何が出てきてもヴェルヌを手渡すことにはならないよう、気を引き締めよう。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆




「こんにちは、あなたがネモね?」


 船を降りたら美人がいた。西欧風の彫りの深いしかし上品さを感じさせる顔立ち、銀色をした清流を思わせる艶のある髪色、すらっとしたモデル体型のその女性はまさにキャリアウーマン、できる女といった雰囲気を醸し出している。


「はい、そうです」

「此方へ、ついて来なさい」

「えっと、あなたは?」

「ブラックキャット商会資源探索部門統括のレオナ・ヤマトよ、テッセンから話は聞いたわ」


 もしかしなくても結構な重役のようである。というか、いいのだろうか?1人ではさすがに不用心なような……。


「ああ、不埒な真似はしないことをお勧めするわ、ハチの巣にされたくはないでしょう?」


 そんなことはなかった。周りをよく見ればエースの記憶で覚えのある銃口が物陰からちらり、ちらりちらりちらり。


「……ふーん」

「えっと、なにか?」

「いいえ、それより早くついてきなさい。怪しげな真似をしないようにね、お互いのために」


 彼女、ヤマトさんは踵を返し、すたすたと歩みを進めていく。こちらは少なくとも10以上の銃口がこちらを狙っているというこの状況に流石に緊張しているのだが、一切配慮はしてくれないようだ。ヴェルヌが居なければすでに心が折れているかもしれない。


《クラッキングでもかけてあげましょうか?とりあえず銃口が全部あのレオナとやらに向けばいいですかね》

《辞めてくれ……それより、ヤマトさんの情報がほしい》

《ええそうですね、身長は172㎝、おやあなたより5㎝も高いですね、公開されているスリーサイズは77、52、》

《分かってるよな?そういうことじゃなくて》

《ああはいはいユーモアのわからない男はこれだから……。あーはい、彼女はブラックキャット商会会長の娘さんです。上に兄が2人いてどちらも運輸部門で重役についてますが、次期会長は彼女になるようですね。彼女は資源探索、主に輸送経路となり得る黒点の探索に力を入れているようで昨年度の決算書でも資源探索部門の支出の4割が黒点探索費として計上されていました。腕の良さそうな船乗りを片っ端から集めて人海戦術で黒点を探してまして、ここ4年で120の黒点を発見、うち18は新規航路としてブラックキャット商会が独占しています。ついでにご自分でも駆逐艦乗り回して黒点の探索をやっているらしいですね。最近のブラックキャット商会の成長の原動力です。かなりの黒点を中央政府に権利ごと譲っているので覚えもめでたいようで》


 ……予想以上に詳しい情報が。え?この短時間で調べたの?

 ま、まあとにかくすごい人であることはわかった。そしてヴェルヌの情報収集能力がすごいことも分かった。


 ちなみに現在は俺の脳内のマイクロチップ経由で通信をしている。さすがにヘッドセットもないからラグ無しで瞬時に情報を伝達するわけにはいかないが、こっそり相談できるのは非常にありがたい。なんといったってレオナ女史からはただ物でないオーラがビンビンに出ているのだ、1人で行ったら食い物にされる未来しか見えない。


《ありがとう、ちなみに彼女が何を目的にここに来ているかわかるか?》

《ちょっと待っててくださいね……、えーどっちから辿りましょうかね、このコウノトリ級の寄港地は、……あら?》

《どうした?》

《最終寄港地はガーライアとされてますがどうも怪しげですね、しかも別のコウノトリ級がわざわざ直後にガーライアに寄港しているようです、その前の出発地は……クオンタムシティ?》


 お、おう。当然のように改ざんの形跡とか口にするし、本当に凄腕のハッカーなんだな。


《クラッキングです。ハッキングなんて言うのは2流ですよ、真の凄腕はクラッキングです》


 ……違いが判らない。


「到着したわ、入って頂戴。……テッセン、お茶を」

「かしこまりました、お嬢様」

「……失礼します」


 直立不動だったテッセンさんがすっと奥へ向かう。言葉通りならお茶を入れるのだろうか、あれだけ筋骨隆々のごつい人がお茶汲みをするというのは少し驚く。


「掛けなさい」


 大層お値段が張りそうな椅子に腰かけたヤマトさんの言葉に従い、これまた大層なお値段が付けられていそうなソファーに座る。黒く光沢と張りのあるソファー表面はどうも天然の皮を使っているようで、温かみを感じる肌触りが手になじむ。

 辺りを見渡せば素人目にも品を感じさせる洋風の調度品がさりげなく部屋を飾っている。そんな中、『お客様第一』と達筆で書かれた掛け軸が異彩を放っていた。


「……ああ、あの掛け軸ね、お父様が自筆でお書きになられた物よ。ブラックキャット商会の伝統で会長就任時に必ず抱負を一筆書くことになっているの。正直応接室に掲げるなんてのは馬鹿馬鹿しいとは思うけれど、伝統に縋りつく必要がある人間というのもいるのよね」

「はあ……」


 テッセンさんがお茶を運んでくる。陶器のティーカップに入っているのは透き通った紅茶、しかしその香りは柑橘系の果物のもので、さぞ紅茶の上品な苦みと調和することだろう。でも正直なところ砂糖がほしかったりする、かな。


「それで、如何様な御用でしょうか?」


 取りあえず多少は判断材料を集めないと怖くてこのお茶も飲めないので、本題を促す。とはいえあちらのテリトリーに引き込まれてそれなりに経つ、此処までの対応を見るに即座に身に危険が及ぶことはないだろうが。


「ふふ……。そうね、あなたの腕を見込んで依頼があるのよ」


 目の前に立つ女性の冷たい眼差しは、そんな俺の考えを当然のように見通しているようだった。

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