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母を求めて3000年  作者: 三木叶
1章
5/14

2話

 あれから11時間強。亜光速航法ですっ飛ばせば一瞬であった距離を秒速3k如きの鈍足でごとごと通過し、やっとこさ次の跳躍用の黒点が近づいてきた。

 復路では此処の跳躍が一番の難所である。周辺ミンチデブリの関係上どうしても秒速3kを下回る速度では黒点に突入できないし、突入できなければブラックホールとの相対速度を落とさないためにすさまじい大回りで20時間以上かけて航路に復帰しなければならない。おまけに多少離れた位置ではあるが巨大連星系があり、1時間に1回凶悪な重力波パルスを送ってくるとか。


《黒点接触まで5分です、いい加減だらしないその頭をヘッドセットに突っ込んで心の準備を終わらせてください。それができないなら放り出します》

「……勘弁してください、気合入れますから」


 正規の所有者として安全登録をしたわけでもないから、元軍用の管制AIであるヴェルヌはその気になれば俺を殺すこともできてしまう。だから俺のやるべきことは彼女に俺を認めさせること、確かにさっきまでの醜態はマイナス評価だろう。


 大丈夫だ。さっきはわざわざ2kで突入したんだ、もちろん突入後の落ち込みを回避するためでもあるけれど、ここの予行演習でもあるんだ。2kが3kになるだけ、大差ない、はず。


《確認だが重力場ノイズの観測結果の投影を》

《またですか……。想定通りです。現状モデルからの有意なズレは観測されていません。突入想定時刻のノイズは偏差7σまでで通過可能です》


 ヴェルヌには奥の連星系から届けられる重力場揺らぎをここ1時間ずっと観測し続けてもらっている。正直結構ハードだとは思うが、突入失敗するわけにはいかないから我慢してもらうしかない。そして観測された重力場は単純連星系のモデルから推定される重力場と非常によく一致しているのでつまり問題はなさそうだ。


《っし!覚悟決めるぞ、一発で通過してやる!》

《その意気です、接触まで1分》


 再びマイクロチップの演算補助機能を開始、熱限界の4倍まで引き上げる。時間が引き延ばされ周囲の情報が緻密に流れ込んでくる。いつも見ている世界とは鮮やかさが違うこの分解能4倍の世界でならば、いかなる才能をもってしても手の届かないような神域の機動をも指示しきって見せる自信がある。


《残り30秒……20、じゅうっ!?重力偏光出ました!推定質量100億トン、向こうから来ます!》

《嘘だろ!?》


 唐突にかなり大型の重力偏光が観測された。理屈は分かる、黒点は空間上の重力特異点の残滓であるため、背後にて起きる重力偏光を観測するのは難しい。単純に先ほどからずっと此方と黒点を挟む位置に居たのだろう、しかし本当に一体どんな確率だというのか。

 異常事態にマイクロチップの演算補助の稼働率をぎりぎりまで上げて行く。5倍、6倍、そして今、ATP供給の限界値である7倍の思考加速まで行きついた。数秒でチップ周辺の脳細胞にとって致命的な温度まで上がってしまうが、この際仕方がない。その数秒があれば十分だ!


《相対速度は!?》

《6kです!接触まで残り4秒、下回避します!》


 なるほど遠赤外線透過レーダーを見れば此方の相対位置はあちらよりやや下、下回避機動が一番低加速度でも回避が間に合うルートだ。


《いや、撃ち抜く!》


 しかしそれでは回避した後が続かない、なんせ4秒後に推定1km下を潜ってから5秒で黒点に合わせるには最低でも±160m毎秒毎秒の加速度が必要、いくらなんでも耐えられない。その加速度を何とかする慣性緩和システムは黒点周辺2kmでは使用出来ないからだ。


《慣性緩和倍、最大制止機動!副砲榴弾装填、主砲補助コンデンサ接続!》

《了解、いいですね、好きですよそういうの。エーテルリアクター超過駆動、コンデンサ充填率40%……副砲装填終わりました》


 ガンマ線パルサー用コンデンサのゲージがたまっていく。フレイリー級の圧倒的瞬間火力を特徴づけるこの超大容量亜活性エーテルコンデンサは、100%充填してあれば瞬間供給出力10エクサワットまでをたたき出す。つまり主砲1秒照射で断面積100平方メートルを1000メートルの深さにわたって200℃上昇させるほどの超火力である。それこそフル充填なされていれば先の戦闘でも小細工を弄することなく主砲の一発であちらがご臨終しておしまいだ。メガネザル船長の用心深さに拍手。


 さて、推定密度から標的の主成分は氷、瞬間的に200℃も温度が上昇すれば周囲が真空なのも合わせあっという間に揮発する。あとはとどめに副砲で実体弾を連打すれば撃ち抜けるはず。


《距離100で主砲発射、続けて副砲注入率100%で連射、コンマ2秒後突入》


 フレイリー級の副砲は実体弾、活性化エーテルを注入された複合信管で起爆する120kgの砲弾を炸薬式で最速秒速1000kmで打ち出すそれは船体前面に3門設置されている。活性エーテルの注入量により出力を上げるこの方式は電磁加速式と比べ、装填時間がかかるものの高出力を出しても主リアクターへの出力負荷が少ないという点で瞬間最大火力志向だ。

 これだけのバカ火力にその分の紙装甲、本当に神がかった回避機動を見せるエースでなければ乗りこなせないというのも当然のこと、しかし逆に言えばエースであれば乗りこなせるこの船は、それだけの技能がある船乗りにとっては最高の相棒だ。


《3秒後主砲発射、用意》


 どんどんとスクリーンに投影された巨大岩石が迫ってくる。ざっと縦横2000mのごつごつしたそれが差し迫ってくる様が脳に投影され、とてつもない圧迫感を感じる。加速された時間間隔でもすさまじい速さだ。

 しかし、不安は驚くほど少なかった。


《(なるほど、いい船だなって)》

《……何か?》


 数々のエースの残滓が伝えてくる。素晴らしい火力だ、最高の機動性だ、応答性も神がかっている……。すさまじいエネルギーを持つコンデンサの圧迫感が、生成した偏光場の外乱刺激に対する安定性が、副砲砲門の射角微調整の追従の良さが、脳波直結によるダイレクトな情報として俺の持つエースの記憶に訴えかける。


 この船に乗っていれば、安心だと。


《撃て!》


 音もなく一筋の閃光が走り小惑星のど真ん中に着弾、氷の大地に灰色の花が咲く。無音でしかしもうもうと巻き上がる粉塵の中心には、確かに1キロ先まで続く深い孔が穿たれていた。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆




「……抜けたぁ!」


 周辺は質量反応もなく、真空度はフェムトパスカルオーダー、重力場揺らぎも観測限界以下といたって平穏なありふれた宇宙。銀河ど真ん中のブラックホール降着円盤内というとんでも空間に対し、ここは周囲に本当に何もない。黒点のこちら側は左手数万光年に見える銀河のどこかしらの星が数百万年位前に超新星爆発した際の物で、つまり銀河の移動に置いて行かれた黒点であるわけだ。


「なんもないな……」


 本当に何もない。外の世界は本当に真空、最も近くに見える銀河でさえ数万光年の距離なのだ、満天の星空ではあれど一抹の寂しさは拭えない。


《次の跳躍まで亜光速巡航で11日ですよ、さすがに泣き言をいうには早すぎます。……せめて標準航路に合流する5日後まで我慢しなさい》

《……すんません》


 いや、でもなあ……。

 亜光速巡航航行で最短5日間、それが住惑星クインリッジから10支腕系への航行で通常使われる航路である『標準航路』へ合流するまでの日数だ。『標準航路』というだけあって常にそれなりの船が行き交っているし、退屈な長旅でのストレス解消のために『駅』と呼ばれる人工小惑星が点在しており、エーテル等必須消耗品補給から大きいところでは命の洗濯まで幅広い役割をこなしている。そしてこの黒点から約5航日の距離に中規模の『駅』が存在しているのだ。

 そこまで行けば2人旅も終わり、クインリッジ行きの船なんて腐るほど居るに違いないからな。よし、希望が見えてきた。


「いよっし、行くぜ宇宙、待ってろよ!」

《……あまりの孤独に頭がおかしくなりましたか、仕方ありませんね寝てなさい》


 ああ、たの、し、み……。

 ゆっくりと薄れていく意識の中、最後に見えたのは心底鬱陶しそうにこちらを見る2つの冷たい瞳だった。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆




「……おい」

《何をおっしゃりたいのかさっぱり分かりませんが、よく眠れましたか?まったく航行中に寝落ちするとか船長の風上にも置けませんね、貴方が惰眠をむさぼっている間に航路の修正から何から一人でやっていた私への労いでも仰せでしょうか、まあ当然のことではありますが私は心が広いので受け取って差し上げましょう》

「お前バックドア掛けて無理やり眠らせただろう」

《はて……何のことです?過酷な区域を抜けて安心して疲れが出たのでは?あ、ちなみにあなたが寝落ちしてからちょうど5日ですよ、良かったですねもう間もなく最寄り駅です》

「……こいつ」


 ヘッドセット越しにシナプスに干渉して睡眠促進物質をバカスカ出させ、おまけにコールドスリープまでさせてやがったらしい。いくら元軍用で人への干渉の禁忌設定が緩いにしても、好き勝手しすぎだろうこいつ。

 運び込まれている短期コールドスリープ型の脱出ポッドから体を起こし、周囲のスクリーンを見渡した。周囲には大型の輸送船が1隻と護衛だろう駆逐艦が数隻せかせかと動き回っている、見たところハヤテ級だろうか。しかし随分とカスタマイズされていそうに見える。


《識別信号によればブラックキャット商会本部所属の中規模輸送船コウノトリ級ですね。だいぶ警戒されていますよ》

「……もしかしてヴェルヌなんか挑発でもした?」


 よく見れば駆逐艦は此方に砲門を向けて包囲しようと動いているように見える。

 ……いやいや、まさかね?


《あちらからの最後通告らしき通信です、出ますか?》

「ねえほんとお前何やったの!?ああ、もう出るに決まってるだろ!!」


 正式な商会相手に身寄りのない一文無しが喧嘩を売ってはもう地球探索どころではない、この資本主義全開のU.S.O.Fではとりあえず持っている金の量で大抵のことは決まってしまうのだから。


《お繋ぎします》


 取りあえず全力で謝罪して、しばらくの間ただ働きとかその位で許してもらえるように……!

 唸れ前世の俺の社畜根性、取りあえず謝る日本人の習性を見せてやる!


『最後通告だ、所属と名を名乗れ!』

「ごめんなさい悪気はなかったんですうちのヴェルヌがすいません!!」

『……は?』

「ついさっきまで眠らされていたんですうちのヴェルヌは船長だって当たり前のように脱出ポッドに叩き込んでコールドスリープさせる鬼畜ですがたぶん悪気はないんです、なにとぞ金銭面の賠償だけはご勘弁願いますせめて働いてお返しいたしますから」

『……』

「なにとぞ、なにとぞ伏してお詫び申し上げますので寛大なご処置を……!」

『……よく分からんが、取りあえず所属をだな』

「この船に乗りましたのもまだ1週間もたっておりませんで、念願の船を宙賊より奪い取ったはいいもののじゃじゃ馬AIに振り回されて限界突破なのでございます、どうかご寛恕を……!」

『ふぅ、……所属と名を名乗れ!!』

「はひぃ!?ネモと申します、所属は特にないフリーランスでございます!」


 こわい、マジ怖い。絶対893だ、あの凄まじい眼光は人殺しの目だ。

 ちらりと横を見るとヴェルヌの投影体が器用にも腹を抱えて音もなく爆笑していた。お前のせいだろう他人事だと思って笑うなと、全霊を込めて睨みつける。


《あっはは、はは、はぁ……あー笑いました》

《ほんとお前何やらかしたんだよ……》

《私は何もやってませんよ》

《嘘つけ!》

《……冷静に考えてみて下さい、少し前まで宙賊の使用が確認されていて軍からも手配されている船が識別信号もなしによって来たら警戒するのも当然でしょう?大体戦力としては此方の方が上なんですよ?砲撃されるところまで持って行かせなかった私の努力を誉めてほしいですね》

《……あ》


 確かに重戦艦級相手でも撃破実績のあるフレイリー級相手ともなれば鈍足の輸送艦を引き連れた駆逐艦数隻では荷が重い、警戒するのも当然だ。


《ぷっ、くくっ、いやそれにしてもこう、ヘッドセットも外さずにあれだけペコペコと頭を下げて、しかも見当違いなことを、おまけに最後は相手に一喝、ぶふっ》

《笑いをこらえるな!》

《あはははははっ!》

《大っぴらに笑えってことじゃない!》


 穴があったらヴェルヌを一発ぶん殴ってから入りたい。


《ホログラムなのでどうあがいてもすり抜けますけどね》


 うるさい!

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